なかなか筆が進まず苦労しました。
最近、身の回りで事故が多発しているので、皆様も事故には重々注意して下さいね。
◼️04◼️
日本国内の路線で運用されている一般旅客機の飛行高度は、主に36,000フィート(約10,000メートル)前後であることが多い。
では高度36,000フィートの気温はとれほどのものなのか?
気球を発明するまでの時間軸にいた人類は、高く上昇すればするほど『太陽に近づく』のだから気温は高くなると考えていた。
しかし現実は全くの逆で、地表から離れれば離れるほど気温は下がっていく。
航空機パイロットの認識として(空気中の湿度や緯度によって左右されるものの)大体1,000フィート上昇するごとに気温が2℃下がるとされている。
単純計算すると、上空36,000フィートの世界でおよそマイナス72℃。地上での観測気温が25℃だった場合、マイナス47℃という極寒の世界である。
そんな凍てつく空気の世界──しかも湿度の高い雲の中を航空機が通過すれば、当然ながら濡れた箇所が『凍結』する可能性かある。
しかし現在の旅客機には凍結防止装置が装備されており、上昇中は計器を見ながら適時作動させて氷結を防いだり除去したりするのだ。
それでもエンジン出力の関係上、機体の上昇率や運行効率の低下、熱による部品の劣化を招くため頻繁に使用することはできない。
それでも多くの場合は『適切なタイミング』で作動させるため、重大なインシデントを招くことなく安全なフライトが実現できているのだ。
──しかし予期せぬアクシデントというものは、どんな場合においても発生するものだ。
凍結が原因で悲惨な墜落事故を起こした事例は幾つもあり、機体表面に
通常であれば落下するにつれて温度が上がるので、途中で溶けてしまうのだが、様々な条件が絡み合うことで、氷塊として形を
高速で落下してくる氷は──例えそれが僅かに数センチの大きさであっても──凶悪な質量兵器と化す。
もしも『何か』に命中すれば、それは只では済まないだろう。
そしてその氷点下の牙が、今まさに海鳴市へ突き立てられようとしていた。
◼️05◼️
「ぎゃぽっ」
猛烈な破砕音の中に紛れて届いた『声』は、そんな風に聞こえた。
歳幼いとはいえ、はやては時空管理局の特別捜査官という役職に身をおいている。
「だから」という一言で説明するには残酷な理由で、凄惨な殺人事件を幾度か担当したことがあった。
だが目の前で
「……ッ!!」
そう、2人に話しかけてきた男性の頭部が、弾けるように吹き飛んだのだ。ほぼ同時に、はやてと露伴が
「なッ なにイィィィッ!?」
爆発するかのように飛散する破片から自身と
それでも発生した衝撃波によって、はやてや露伴だけでなく術者であるシャマルもイスごと真後ろへ転倒してしまう。突然のアクシデントに脳内物質が大量に分泌されたのか、露伴の感覚がスローモーションのように見るものを捉えていく。
バラバラに吹き飛び、空中に散乱するテラステーブルだった無数の欠片。
テーブル下の歩道にも着弾したのか、砕かれたコンクリート製の舗装ブロックが土埃と共に舞い上がる。
衝撃で
そして。
首から上を失い、バランスを崩す男性の胴体。
頭髪を残したままの頭皮。
下顎の一部。
左右どちらのものか判断できない眼球。
脳漿。
頭蓋の破片であろう
歯茎が付着したままの歯。
赤黒い血のシャワー。
肉片。
そういうものを、1つ1つはっきりと露伴は目撃した。
これまでの体験から『人の死』というものは数多く目にしてきたが、これは中でもとびきり最悪の部類に入るだろう。
やがて脳も『平静になる』という状態を思い出したのか、スローモーションな視界は通常の速度を取り戻していく。
瞬間的な破壊音は静寂へと変わり、舞い散っていた破片や肉片、血液が次々と歩道や道路へ落着していった。
それらを、倒れたままの露伴とはやては呆然と眺めることしかできない。
「はやてちゃんッ!! 大丈夫ですかッ!?」
一番最初に復帰したのはシャマルだった。素早く身を起こし、先ず主人の安否を確認する。
「だ、大丈夫や……何が、一体……何が起こったんや……!?」
それに対して、はやても上半身を起こしながら無事を伝える。瞬間的に襲いかかった炸裂音に耳鳴りを引き起こしたのか、右耳を押さえながらではあるが。
「露伴先生も無事かー?」
「……ああ、シャマルさんのお陰で怪我はないよ。
しかしまったく……なんだっていうんだ……!」
転倒した際に頭を打ったのだろう、後頭部を
やはり、テラステーブルやカップなどが文字通り粉々になって歩道や車道に散乱している。テーブルが置かれていた歩道の舗装ブロックには直径20センチほどの穴が穿たれていた。穴を中心として、舗装ブロックには放射状のヒビが入っている。
上から『何か』が着弾した痕跡だろう。
「すごい音がしたけど何事──って、みんな大丈夫!?」
翠屋の店内から、轟音を聞き付けた桃子が慌てた様子で飛び出してきた。店内にいた客達も、出入口付近から顔を覗かせてザワザワと騒いでいる。
「とりあえず
はやては親友の母親に無事を伝えながら全身を起こすが、数瞬前に目撃してしまった『凄惨な死に方』を思い出す。
「アカンッ! 桃子おばさん、こっちを見たらアカンッ!」
破片と共に地面へ飛び散っているであろう『かつて
はやては桃子の視界を真っ向から塞ぐように移動しながら、鋭く警告を発する。
小学生の
しかし。
「なぁ、はやて君……ひとつ奇妙な……とても『奇妙な質問』をするんだが──」
露伴の戸惑ったような声が、はやての背中から届いた。
シャマルの困惑した気配も背面で感じ取れる。
はやてが振り向くより早く、戸惑いや困惑の正体を漫画家が発露した。
「
本当に『奇妙な質問』である。
どこに行ったのかという問いに、やや不謹慎な返しが許されるのであれば「『あの世』に行ったのでは?」と答えたいところだが──露伴の声色からするに、どうもそういう
「なんやて?」
なので、はやては親友の母親から背後へと視線を移す。
周囲には轟音を聞き付けて集まり、遠巻きに様子を窺う近所の人々。
やや視線を下げると、歩道は車道に散らばる様々な破片群。
その傍で、何がなんだか理解できないといった様子で
しゃがみ込んでコーヒーカップの破片を手に取りつつ、真剣な表情で『現場』を眺めている岸辺露伴。
はやての目には、それらが映っている。
いや、
「…………ッ!?」
驚愕と困惑で言葉に詰まる。
厭な汗が吹き出した。
首を左右に動かして探索する視野を広げたが、見たままの事実は覆らない。
まるで、最初から存在していなかったかのように。
「これを見ろ」
露伴は動揺する魔導師2人に、歩道に穿たれた『穴』を指し示す。
穴の奥には泥とコンクリート塵にまみれながらも、キラキラと輝く透明な塊が鎮座していた。
棒状というよりも、厚みのある板といった形状をしている。
「これは……氷、でしょうか?」
覗き込んだシャマルが、うっすらと表面が溶け始めている物体の正体を、やや自信なさげに口にする。
「だろうね」
「えっ、てことは魔法による攻撃っちゅーことか!?」
「いや」
自身が身に付けている技術と経験から、先程の出来事を『攻撃』と解釈するはやてに、露伴は「待った」をかける。
はやてもシャマルも、ハッと息を呑む。
「スタンド能力の疑いも無くはないが……少なくともコイツは30,000フィート以上の空を飛んでる飛行機から剥がれ落ちてきた氷みたいだな」
立ち上がりながら露伴は上空を見渡すが、勿論もうそこには飛行機など飛んでいない。仮に飛んでいたとしても、目視では確認できなかっただろう。
「ほんなら『偶然』っちゅうことなんか?」
「なら、あの男性は一体……」
パトカーのサイレン音が遠くから聞こえてきた。
野次馬をしている近所の誰かが通報したのだろう。
チラリと見やれば、桃子が不安そうな表情で露伴達を見ている。
いろいろと聞きたいこともあるのだろう。しかしはやてやシャマルの『事情』を知っている手前、黙って見守っていてくれているらしかった。
「とにかく桃子さんに無事を伝えなくっちゃあな。
……いやあ、実に興味深い『事件』じゃあないか!
一体全体あの男は何者で、どうやって死体は消えたのか……
コイツは漫画のネタに使えそうだなぁ~~~~!」
この街で出会った親友(自称)の母親を気遣った次の瞬間には、もう自らの創作意欲に忠実な漫画家の
(これがなのはちゃんやフェイトちゃんが言うてた、露伴先生のアカン所かあ……)
アカンというかアウトな気がするなあ……とはやてが考えていると、露伴が「クルゥ~リ」と体ごとはやて達の方へ向き直り真剣な面持ちで尋ねてきた。
「……ところで不幸な『事故』とはいえ、コレ……テーブルとかカップとか……やっぱり僕が弁償すべきなのか?」
時空管理局の経費で落ちたりしないかい?ダメ?
という
「氷は落ちてきても、んなもん落ちるか~いッ!!」
はやては思わず絶叫しながら、律儀に突っ込むのだった。
捕捉説明。
ヘブンズドアーで氷の情報を読み取ってるのは「鶏の死体であるフライドチキンの情報を読み取れるなら、水や氷もワンチャンいけんじゃね?」という本作における拡大解釈からくるものです。
ホラ、ヘブンズドアーは「成長性:A」らしいですし……