漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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第3話「エブリタイム・アイ・ダイ⑤」

  

◼️08◼️

 

 男は途方に暮れていた。

 

 自殺をするつもりだったのに。

 海鳴神社の裏にある森──いわゆる「鎮守の森」と呼ばれる神域だ──で首を括るつもりで足を運んだのに。

 どうしてこうも上手くいかないのだろう。

 

 そう、人生の途中から何もかもが上手くいかなくなったのだ。

 

 

 一流の高校や大学を卒業して大手外資系企業に入社するというエリート街道を悠々と歩んでいたし、美人な妻と可愛い娘にも恵まれ、40代で独立して立ち上げた不動産会社も初年度から好調だった。

 

 若くして成功するためには手段を選ばなかったし、その過程で『弱い人間』が競争に負けて人生を落伍していくのも『運命』……いや、それが勝者と敗者の『摂理』なのだと男は傲慢にも確信していた。

 正に幸せの絶頂、我が世の春。

 以後もそうあり続けるのだと、まるで疑っていなかった。

 

 

 そんな時に届いた『最大の取引相手である建設企業が「10億円の商談」に失敗した』という報せを期に、男の人生が劇的に狂い始める。

 

 

 大口の仕事に失敗した取引相手は、一瞬で様々なモノを失った。

 当然ながら建設企業は経営困難な状態へと陥り、瞬く間に倒産してしまう。そしてその影響は──ドミノ倒しの如く連鎖的に──男の不動産会社にも及び、企業として致命傷とも言うべき損失を招いた。

 

 最大の取引相手だったこともあり、売上の大部分が依存気味になっていたのが仇となってしまったのだ。

 

 慌てて損失を補填しようと(合法・非合法な手も含めて)立ち回ったものの、タイミングが悪かったり行動が裏目に出てしまったりと、これ迄の好調さがまるで嘘だったかのように全く上手くいかなかった。

 やればやるだけ傷口が広がっていくばかり。

 

 それでも男は諦めなかった。

 田舎の山奥にある『リゾート道路が通る予定の土地』が男の持つ最後の切り札だったのだ。

 

 しかし予定地の一部(山6つ分!)を個人に買い取られて妨害されている内に道路計画が白紙となり、土地の価値が紙屑同然に暴落してしまった。

 

 とうとう万策尽きた。

 

 失意と絶望に曝された男は、莫大な借金を抱え込むこととなってしまう。

 巻き添えを恐れたのだろう、妻は精神的に弱っていた男を半ば脅す形で一方的に離婚と親権放棄を認めさせられると、娘と共に家を出ていってしまった。

 それなりに人望はあった筈だが、ここまで転落すると「縁起が悪い」だとか「呪われている」だとか忌避され助けてくれる人間もいない。

 

「何故、こんなことに」

 

 流れるように、地滑りのように、運命に導かれるままのように。

 マイホームも手持ちの資産も売却しても返済には足りず、結局は破産手続きをした末に会社は倒産。借金自体は(法的には)どうにかなったものの、男の元には何も残らなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 絶望の末。

「死のう」と考えたのは、当時の男にとって論理的な既決であったのだろう。

 

 

 死に場所を探して彷徨(さまよ)った末、海鳴市へと流れ着いた。何故ここにしようかと考えたのかは男自身にも分からない。終焉の地としての魅力があったのか、運命に転がされただけなのか。

 

 工事現場からロープを盗むと、首を括るつもりで神社の裏にある森へと入った。

 御神木の枝を「使う」のは流石の男も憚られたのか、更に奥にある大樹を選ぶ。しかし男は失念していた。

 枝にロープを掛けるための足場のことを。

 己の迂闊さに愕然とし、力無げにへたり込む。

 

「どうしてこうも上手くいかないのだろう」

 

 男は途方に暮れていた。

 しかし心の何処かで小さくホッとしている自分もいる。

 この矛盾した感情を、どう処理して良いのだろうか。

 

 その時。

 ふと動かした視界の中の、ある一ヶ所へと視線が滑るように吸い込まれた。頭上を覆う厚い枝葉の隙間から射し込んだ()の光に、キラリと何かが反射したのだ。

 

「?」

 

 半ば自動的に男は動く。

 腰を上げ、よろめきながらも歩を進め、脛ほどの高さにまで伸びた草を両手で掻き分け、ついに目的の物を見付け出す。

 

 

 それは磨かれたように蒼黒く輝く石──片手で握り込めてしまうほどの大きさの『宝石』であった。

 正直に言ってしまうと、そこまで美しいとは思えない……ガラス玉のような『宝石』である。宝石商に持ち込んでも、大した値も付けてもらえない……そんな印象の石であった。

 

 しかし男は『宝石』から目が離せない。

 

 きっとこの『宝石』は『特別』だ。

 根拠もなく、何故か男は確信していた。

 手にすれば、願えばきっと──

 

 無意識に無自覚に、しかし覚悟もなく男は『宝石』を拾っていた。

 

「死にたいけれど死にたくはない」……そんな矛盾を抱えたままの半端な願望を処理しきれていないまま。

 

 『宝石』は──『ジュエルシード』と呼ばれる古代遺物(ロストロギア)は、それを手にした男の『願望』として受け取った。

 

「なッ、何だッ!?」

 

 これまでに感じたことのない(ちから)の奔流が……膨大な『魔力』の塊が暗い輝きを伴い、輪郭のあやふやな願望に形を与えるべく男の中へ──身体の構造そのものへと注ぎ込まれていく。

 

 男を構成する全ての細胞、全身を網羅する神経に走る痛みにも似た衝撃。

 瞬間的に沸き上がる唐突な一体感と高揚感、そして未知の感覚に対する本能的な恐怖心。

 生命を冒涜する根源的な忌避感。

 

「うわああああああああああああッ!?」

 

 これまで経験したことのない感覚を受けて、男は自分が死ぬんだと思い込んだ。そう思った瞬間、思い浮かんだのは「()()()()()」という言葉であった。

 死にに来たはずだった。

 だがこんな風に死ぬのは嫌だなと思ったのだ。

 死にたいけど死にたくない。

 

 けれど。

 

 どうせ死ぬのなら、何もかも上手くいかない末に死ぬのなら──自分を助けてくれなかった周りの人間を巻き込んで死んでやりたいと、そう『思って』しまったのだ。

 それまでのボヤけた輪郭の願望ではない、そこだけハッキリと指向性を持つ身勝手な我儘を。

 

 そして、その醜悪な願いの傍には、叶えるに足る膨大な魔力を宿した『過去の遺産(ロストロギア)』があった。

 あってしまったのだ。

 

 流れ込む『魔力』が歪んだ願いを更に歪め、()()()()()()()と『ジュエルシード』は男を別の存在(モノ)へと作り変えていく。

 

 永遠に続くかと思われた超常の儀式は、しかし終わってみれば刹那の間隙であった。

 魔の宝石から輝きも魔力の流入も即座に失われ、またそれまで全身を駆け巡っていた一体感、高揚感、恐怖心までも綺麗に消え去っている。

 

 男は放心しながら、その場にヘナヘナと座り込む。

 力の抜けた手から『ジュエルシード』が転がり落ち、草むらの向こうへと消えていったが、それを目で追うどころか意識を向ける余裕など男には無かった。

 

 今のは果たして何だったのか、という混乱と困惑、そして重い倦怠感が新たに沸き上がっていたが。

 

「(……と、とにかく……ここから離れよう……)」

 

 先程自分があげた絶叫を聞き付けて、誰かがやって来るかもしれない。

 ユルユルとした緩慢な動きで起き上がると、男は神社から離れることにした。

 あまりにも現実離れした体験に当てられたのか、その足取りは重度の夢遊病者のようであったが。

 

 境内に出て、参道を通り、鳥居を(くぐ)った先で、男は女子高生が乗った自転車と衝突し──

 

 最初の『死』を迎え──

 

 ぼんやりと不明瞭なだけだったはずの「死にたいが、死にたくない」という願いが「周囲を巻き込んで死ぬが、死ねない」という形を与えられ、捩曲(ねじま)げられ、そういう『現象』と成り果て──

 

 男は2年間も『死ぬ度に被害を出す(Every time I die, disaster strikes)』こととなる。

 

 

◼️09◼️

 

 

「知ってるぞオオオーーーッ!お前らスゲェ能力(チカラ)持ってる()()()じゃあねェかァァァーーーッ!」

 

 男は泣いていた。

 もはや自分でも、どんな感情で涙を流しているのかすら判別できない。ただ頬が張り裂けんばかりに大きく開かれた口から吐露されたのは、子供の癇癪のような幼稚さと僅かでも希望に(すが)り付きたい慟哭(どうこく)に満ちていた。

 

「露伴先生ッ 離れてッ!」

 

 止まらない男の様子から、スタンド能力による無力化が失敗したのだと判断したはやては魔導書型ストレージデバイスである『夜天の書』を素早く顕現させ、露伴よりも前に立つ。

 

《シャマルッ! あの男がまた現れよった!》

 

《えッ!? 分かりましたッ、直ぐに向かいます!》

 

 同時にシャマルへ念話を飛ばし、援護を頼む。

 そして夜天の書を開き、魔力を解放して魔法少女は古代ベルカ式の魔法陣を展開する。

 即座に『封時結界』が張られ、翠屋周辺の一部の空間が別空間へと隔離された。

 

「(これで万が一の事があっても、被害は最小限に食い止められるやろ!)」

 

 最優先で周囲への被害を防ぎつつ、即座に男への警告へと移る。

 

「そこの貴方ッ」「止まってくださいッ!」「止まらんと強制的に拘束しますッ!」

 

 特殊ではあるが逮捕権を持つ時空管理局の特別捜査官は、あくまで相手と意思疏通ができるものとして事情を尋ねるつもりのようであった。

 文字列は標準語気味だが、関西訛りに発音が跳ね上がる。

 

「いかんッ はやて君、おそらくソイツは……ッ!」

 

「だったらッ!! オレを助けろよオオオーーーッ!!」

 

 露伴がはやてを制止しようと動くが、それよりも早く男は少女に懇願と命令が絡み合った敵意を向け、掴み掛かるように両腕を突き出してくる。

 

「リングバインド!」

 

 開かれていた『夜天の書』のページが自動的に高速で(めく)られ、蒐集されている術式の中から対象を空間に固定する拘束魔法を指定すると同時に発動した。

 両の手足を束縛する白環(はっかん)の拘束具が、男の動きを完全に固着させ阻害する。

 

「なにッ」

 

「はやてちゃん!」

 

 そのタイミングでシャマルが翠屋の店内から短距離転移し、主の(もと)へと駆けつける。

 はやての魔法によって動きを封じられた男の姿を素早く視界に捉えると、瞬時に状況を把握して自身のデバイスである『クラールヴィント』を起動した。

 

「《織り成す戒め》ッ」

 

 その形状を指輪型(リンゲフォルム)から振り子型(ペンダルフォルム)へと変更すると、緑色の魔力糸を飛ばして更に男の手足や胴体、首などの部分を絡め取っていく。

 異なる魔力波長による二重の捕縛でのダメ押しだ。

 

「ぐえっ」

 

「落ち着いてください! 落ち着いて事情を──」

 

「やっぱり特別なチカラを持ってるんじゃあねぇかッ!」「クソッ!」「寄越せッ」「寄越せよッ! そのチカラで今度こそオレは助かってやるッ!!」

 

 攻撃的な動きこそ止まったが、男の激情と(くち)は止まらない。いや…それどころか二重に拘束されても尚そこから動こうと猛烈に身を(よじ)り始めたではないか。

 

 魔力を持たない普通の人間であれば、拘束術式を解除することは不可能だ。ましてや力技で突破しようとするとなると尚更である。

 しかし男は事情が違う。

 ジュエルシードによって(いびつ)な願望器の体現と化した男の体は、バインドへの抵抗を僅かにだが可能とさせた。そう、中途半端に力技で抵抗できてしまうぐらいには。

 

 ブチブチと、男の身体を絡めていた魔力糸から厭な音が聞こえ始める。だが拘束が突破される音ではない。突破できないからこそ、肉に糸が食い込込み破損していく音だった。

 

「アカンッ シャマルッ! 『糸』を解除やッ!!」

 

 糸が深々と食い込んでいく男の首から血が吹き出したのを見て、咄嗟にはやては緑の従者へと呼び掛ける。

 その光景はシャマルも視認できていたので、慌てて魔力糸を解除しようとデバイスを操作しようとした。

 

 ところが男の身体を構成しているロストロギア由来の魔力が、魔力糸の術式に『偶然にも』悪い方向に干渉してしまう。

 術式の解除とは逆流する魔力が働いて糸全体に伝達し、放電現象にも似た緑色のスパークが瞬いた。

 糸が内側へと収斂(しゅうれん)する。

 つまり、より強い拘束へ。

 肉を断ち切らんとする程の締め付けへ。

 

「ぐべ」

 

 間もなく短い声が喉の奥で潰れると。

 

  グァッパァーーーッ!

 

 暴走した魔力糸は縛り上げていた男の両腕を、両足を、胴体を、そして首を──おそらく人生で二度も聞くことはないであろう音と共に──容赦なくバラバラに裁断した。

 

「ああっ」

 

 絶望を滲ませた少女の悲鳴と同時に、行き場を失った『糸』の魔力は即座に「暴発」という結果で当初の「拘束の解除」を遂行しようとする。

 内側に向けられていた暴力が、今度は外側に炸裂する形で。

 

 周囲へと拡散した衝撃波は付近にある建物の窓を軽々と粉砕し、停車したまま結界に取り込まれたガス会社のトラックを始めとする様々な車両を激しく揺さぶった。

 

 それと同時に。

 

 弾けた魔力糸が緑色の斬擊波となって、男の前に位置していたはやてとシャマルへと襲い掛かってくる。

 

「なんやてエエエエーーーーッ!?」

 

 目の前で再び発生してしまった惨劇に気を取られてしまっていた2人は、咄嗟に魔法障壁を展開することもできず。

 ましてや魔力攻撃に対する防御手段など何も持たない露伴に、それを阻止する(すべ)など無く。

 

 

 はやてとシャマルの細い身体を鞭打つように、無数の魔力刃が斬り刻んだ。

 

 

 

 

 




シャマル先生の使うクラールヴィントを使った拘束魔法の名称が分からなかったので、当SSオリジナルの名称にしております。

はやての拘束魔法について、たしかはやて本人が拘束魔法を使ったことは無かったハズ……なので彼女固有の(というより古代ベルカ式の)拘束魔法があるのか分からず……
ただA's編でアインスがなのはやフェイトから魔法を蒐集して使用していたので、引き続き『夜天の書』でも使えるだろうと、なのはが使う拘束魔法を使わせています。


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