漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)①」

 

◼️01◼️

 

「ここが海鳴市か」

 

 乗り継ぎを重ねて目的の駅へと到着した岸辺露伴は、駅前広場に出て一望できる街の風景を見渡して呟いた。

 昼を少し過ぎた快晴。

 鼻孔をくすぐる潮の香り。

 少し離れたエリアには幾つかの高層建築物を始めとしたビル群が並んでいるものの、基本的には港湾を中心に住宅街がなだらかに広がっている。

 露伴が住む杜王町とは、同じ海沿いに位置しているという点が同じでも規模が違う。「大都会」ではないにせよ「都会」と呼ぶには十分だった。

 行き交う人の表情を観察するぶんには、とても話に聞いたような怪事件が頻発している街には思えない。

 第一印象は、そんな「平和そうで、平凡な街」だった。

 

「まあ取材してみれば分かることさ」

 

 とりあえずは宿泊先を確保する必要がある。

 ステーションホテルでも良かったが、どうせならサービスが充実した高級な所に泊まりたい。

 例の少女漫画に掲載する予定の原稿は宣言通りに完成させて渡してあるし、週刊連載している作品は2ヶ月分を先行して仕上げて編集部に送っておいたのだ。

 わざわざそうやって作った長期休暇という時間を利用し、腰を据えて取材をするためにも、満足のいく空間を提供してくれる宿泊施設が良い。

 

「旅行ガイドによると月村シーサイドホテルとやらが一番グレードが高いのか」

 

 スマホで旅行ガイドのサイトを確認する。

 高級ホテルではあるが、一般向けにリーズナブルな宿泊コースも設定しているらしい。あまり人望のない露伴だが、幸いなことに資金力はあるのでハイグレードなコースでも問題なかった。

 ホテルの近くには開園したばかりの遊園地もあるそうだが、こちらは興味が全くないので頭の中から情報を削除する。

 

「しかし駅前にタクシーが見当たらないなあ。

 いくら観光のオフシーズンでも、買い物で駅を使う人間だっているだろうに」

 

 露伴がぼやいた通り、駅前広場のタクシー乗り場には1台もタクシーが停まっていなかった。タイミングが悪く出払っているのか、他の交通機関が充実しているので地元住民の利用率が低いからなのか、そこまでは分からないが。

 

「路線バスの時刻表を見ても、どこが最寄りの停留所なのか判断できないじゃあないか」

 

 それならバスを……と思ったものの、土地勘のない露伴には適切な降車場所が分からなかった。杜王よりも「都会」なぶん、路線の種類も多いので尚更である。

 ガイドにはホテルの豪奢な設備については詳しく記載されているものの、バスを利用する人間については考慮していないのか、最寄りのバス停についての記述はない。

 

「クソ、なんて不親切なサイトなんだ。

 あとで管理人に抗議してやる」

 

 別のサイトで調べ直すのも何となく癪に触る(自分から情報弱者だと認めてしまうみたいでプライドが許さない)ので、どうしたものかと思案に耽る露伴。

 

「(無駄なことに時間を割いてしまったからか、小腹が減ってきたな……)」

 

 微妙な苛立ちが胃を刺激したらしい。

 度重なる乗り継ぎのせいで昼食を摂れていなかったことに、今更ながら思い至った。

 周囲を見渡してみると、駅前ということもあってか何軒かの飲食店が並んでいる。

 ファミレス、牛丼屋、バーガーショップ、蕎麦屋など。

 注文してから提供されるまでが短く、そこそこの値段でそこそこの量が食べられる料理を出す店が多い。しかし露伴の胃袋が欲している容量は、そこまで多くを求めていなかった。

 喫茶店で出される軽食──サンドイッチやケーキぐらいの、そんな適度な量で良いのだ。

 しかし見渡す限り、駅前に喫茶店は見当たらない。

 

「さて、どうしたもんか」

 

 いよいよとなれば駅員にでも尋ねるか、と考えていると。

 

「あの……なにか、お困りですか?」

 

 露伴の背後から、随分と若い声が掛けられた。

 首を動かし背後を窺うと、想像していたよりも更に若い──小学生くらいの少女が立っていた。白を基調とした学校制服姿で鞄を手にしているのを見るに、下校途中だったのだろうか。

 髪の両サイドを黒のリボンで短く結った、利発そうな少女である。

 

「困っているといえば、まあ、困っている内に入るのかな」

 

「ああ、やっぱり。

 駅から出てきたっきり移動しないから、そうじゃあないかって」

 

 駅前で独り突っ立て考えに耽る男性を見て、何かしらに困っていると判断したのだろう。親切心から声を掛けてくれたようだ。

 改めて露伴は少女の身形(みなり)を観察してみる。

 小綺麗な格好である。

 制服も汚れておらず、昼の日射(ひざ)しを跳ね返す上質な白い生地が実に眩しい。

 セーラー服とブレザー服の中間にあるようなデザインの制服も着慣れていなかったり着こなせていないといった感じもない。

 都会的なデザインに親しみ、生活の中に「馴染んで」いる。

 駅前にいるということは電車通学だろうか?

 

「(如何にも『都会の子供』って感じだな。小学校5~6年生ぐらいか?

 このぐらいの年齢の子供なら少しマセてるものだから、洒落た喫茶店のひとつぐらい知っているかもしれないな)」

 

 いいとこの嬢ちゃんかもしれない。

 その割に、半袖やスカートから伸びる手足の筋肉は細く引き締まっている。なにかスポーツでもやっているのだろう。

「まあ漫画のキャラクターとしては参考になりそうにないが」などと若干失礼なことを考えながらも、露伴は身体の正面を親切な少女へと向き直す。

 そして喫茶店を探しているのだと告げると、元から晴れ晴れとしていた少女の表情が更に明るくなった。

 

「それなら良い所があります!」

 

「ここから近いのかい?」

 

「少し歩きますけど、スイーツとコーヒーが美味しい店ですよ!」

 

「……僕はどちらかというと紅茶派なんだがね」

 

「はうっ!?」

 

 空気が読めていないというより少し意地悪な反応を露伴が返すと、少女の顔が絶望へと急転直下した。

 さすがに厚顔不遜な漫画家でも、これにはチクリと罪悪感が心に刺さる。傲慢ではあるが嗜虐趣味があるわけではないのだ。

 

「でも、まァ、たまにはコーヒーもいいかなァー……なんて」

 

 厚い曇天模様だった少女の表情が、再び晴天を取り戻す。随分と感情表現が豊かな子供だなあと露伴は軽く胸を撫で下ろしながら、彼女に案内してくれるよう促した。

 オススメというのであれば、一刻も早く絶妙な間隙が生じた胃袋を満たしたい。

 

「お兄さんは観光で海鳴に来られたんですか?」

 

 楽しそうに鼻唄を奏でながら先導していた少女が、ふとそんなことを尋ねてきた。露伴の格好や荷物を見てビジネス目的ではないと判断したようだ。

 とはいえ観光シーズンでもないので、疑問に思ったのかもしれない。

 

「(子供にしては目端が利くようだな)」

 

 特に隠すような用事でもないし、数ある怪事件の情報を収集するなら地元の子供を味方につけた方がいいかもしれないと露伴は思案を巡らす。

 正直、子供は苦手だが漫画のためならば我慢もしよう。

 

「いや、取材だ。こう見えて漫画家をしていてね」

 

「漫画家さん! 凄い! この街が漫画に出てくるんですか!?」

 

「うーん、取材の結果次第かな」

 

 そんな会話を交わしながら歩くことしばらく。

 なるほと確かに「しばらく」という形容がピッタリな距離に、その洒落た雰囲気の喫茶店が道沿いの風景に溶け込んでいた。

 

 喫茶店というよりも「店内で買ったものを飲食できる洋菓子販売店」と呼ぶのが正確みたいだが、数席ながらオープンカフェも設置されている。

 道沿いではあるが主要道路から外れているため交通量は多くなく、比較的静かな環境といえよう。

 なかなかに露伴好みであった。

 

「ここです!」

 

 何故か少女は自慢げに到着を宣言する。小さな体を大きく使って店の存在をアピールするのも忘れない。

 

「ふうん」

 

 そんな少女のアクションに露伴は適当な相槌を打ちつつ、シックでシンプルなデザインの正面出入口を眺め──次いでその上部に掲げられた看板へと視線を移した。

 

 ──そこには「翠屋」という短い店名が記されていた。

 

 

 

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