漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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お待たせいたしました。

ただ今回は閑話であり、原作キャラが出てこないという割と暴挙な回です。



Blather's Log

 

◼️01◼️

 

 その男にとって『ここ』は、自身が()るべき場所ではなかった。

 ただ無意味に朽ちた『過去』があり、無為に『現在』が浪費され続け、その結果として無価値な『未来』が大量発生されていくのが確定している、ただひたすら空虚な時間の集合体でしかない。

 

 しかし『地獄』だと感じた事は一度もなかった。

 

 むしろ『地獄』は別の場所に在るべきだと──(しか)るべき(おこな)いを……()とされるに相応(ふさわ)しい『罪』を犯した者が至る場所は確かに存在しているのだと信じていた。

 

 だからこそ、逆説的に『天国』も確かに存在しているとだと彼は確信していた。

 総てに意味が与えられ、全てに報われるべき価値が生じ、未来永劫それらが有為に存在できる場所。

 決して失われる事のない楽園。

 喪う事が赦されない、永遠に耀(かがや)く黄金の楽土。

 それが彼の確信している『天国』だ。

 

 そして『天国(そこ)』こそが、自分が向かうべき場所なのだと彼は考えている。

 では、どうやれば『天国』へと到達することができるのか。どうやれば意味を得て、価値を(はら)み、有為に()るのか──?

 

 最初から男は理解していた。

 ()うに男は悟っていた。

 

 『天国』へ至るという事は、階段を昇る行為に似ている。

 地道に努力し、1段ずつ昇っていくしかない。

 自らの脚を使い、自らの身体で(もっ)(いただき)へと昇らねば、そこに意味も価値も幸福も存在しないのだ。エレベーターやエスカレーターの様に自動的であってはならない。

 能動的に目指すべき場所なのである。

 

 故に彼は努力を重ねた。

 血が滲むどころか、文字通り死ぬ寸前まで流すほど努力をしたのだ。

 他人(ひと)の何十倍も、何百倍も努力をした。

 努力のために人生を費やした。

 努力できるのならば何でもした。

 努力をした。

 努力をした。

 やがて『天国』へと達するための努力であれば全てが赦されると……正しい事なのだと思い至るまでには。

 自分と同じように『努力』をすれば、その人物もまた『天国』へ向かう資格があるのだと思い()れるまでには。

 

 そして遂に、念願を叶えられるに足る『手段』を見付けた。

 これも努力の賜物(たまもの)だろう。

 素晴らしい。

 努力するというのは、なんと素晴らしいことだろうか。

 

 

「だから」

 

 

 とある屋敷の広い玄関ホールで。

 男は両手を大きく広げ、歓迎の意を全身で表した。

 

 

「私を探しだした君達の『努力』は称賛に値する」

 

 男性特有の低さはあれど、その声は澄みきって清らかである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……何サマだテメー」

 

 男と対峙している2人の魔導師──時空管理局に所属する特別捜査官は、男の言動に明らかな不快感を態度と台詞で示す。

 それもそのはずで、彼らは惨殺された女性捜査官と行方不明になった男性捜査官の同僚……同期なのだ。目の前の男は仲間の殺害と行方不明に関与していると目される最重要容疑者──2人は男を前にした瞬間「コイツが犯人だ」と確信できた──に友好的な態度をとれるはずがない。

 

「捜査本部に連絡は入れた。すぐに応援が駆けつけるぞ! 

 抵抗も逃走も無駄だッ」

 

「しっかし、初対面で上から目線の出迎えカマしやがってよォ~~?

 ムカつくヤローだ、爵位の高い貴族サマかよ」

 

 捜査官の言葉に、男は諦めたように肩を(すく)めてみせるだけで、少しも抵抗する素振(そぶ)りは見せなかった。

 それを見た2人は目線を一瞬だけ交わして頷く。

 投降するようだが油断はしない。不意打ちで近接攻撃や攻撃魔法、あるいは拘束魔法を仕掛けてくるかもしれないのだ。そんな犯罪者と彼らは何度も遭遇しているのである。

 

 真面目そうな青年「アーロン」はデバイスを男に向けて構えたまま。

 口調の荒い捜査官「デイル」は、相棒が万が一の場合に撃つであろう魔法の射線軸に重ならないよう容疑者へと近付いていく。

 

「そんな『お貴族サマ』を、下賤なオレが『お逮捕』してさしあげてやるからよォ~~!

 『お地面』に『お伏せ』になって『お両腕』を『お腰』の後ろに回しになってくれやボケッ!」

 

 リンカーコアからの魔力供給を探知すると高圧電流が流れる仕組みの「対魔導師用拘束具」をデバイスの空間収納から取り出すと、デイルは大して巧くもない皮肉と共に指示を飛ばした。

 

 これに怒るなどの反応をした場合、それを即座に『反抗の意志』と見なし、武力鎮圧する腹積もりである。

 犯罪を取り締まる公的組織の一員として公私混同は避けるべきだが、仲間を惨たらしく殺された恨みは犯人を前にすると誤魔化しようがなく、牙と爪を()ぎながら狼は「正当な理由(いいわけ)」を欲しているのだ。

 

「おい、あまり煽るな」

 

 それを相棒であるアーロンも理解しているから、口では諌めるものの積極的に止めようという気配はなかった。

 彼も男が「反応」したら、発動と発射速度が高い射撃魔法を(非殺傷設定を低レベルに抑えて)喰らわせるつもりだからだろう。

 

 男を鋭く睨み付けながら、慎重にゆっくりと近付いていくデイル。

 魔法を待機状態にしているデバイスを突きつけ、男を牽制するアーロン。

 

「その前に1ついいだろうか」

 

 男は動かない。

 感情も、身体も。

 ただ口だけが小さく動いた。

 それでも2人の捜査官の耳にハッキリと届くほどの、清涼な声で。

 

「あァ?」

 

()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 その言葉に疑問が頭の中に浮かぶよりも早く、デイルの左側の顔に《何か》が「グニィッ」と接触した。

 それは先程までは確実に存在していなかった、黒い棒状の物体である。床から直接生えているかのように直立しており、高さはデイルの頭ほど──およそ170cmぐらい──まであった。

 警戒しながらの歩行だったのが幸いしたのだろう、衝突した速度は然程でもなく、デイルと「黒い棒」の間には激突による強い衝撃や音も発生しなかった。

 

 しかしデイルは「いきなり棒状の物体とぶつかったこと」に何の反応も示さない。

 ばかりか「棒状の物体と顔がぶつかった状態」のまま、ピクリとも動かないではないか。

 

「──デイル?」

 

 唐突に現れた細く黒い柱にアーロンは動揺を隠せず、動かない相棒の名を小さく呼び掛ける。

 

「んーーあーーっ」

 

 しかし返ってきたデイルの声は、この緊迫した空気には似つかわしくない間延びしたもので。

 

 それを相棒の(わる)巫山戯(ふざ)けだと叱咤するには、彼の頭部──その左側が()()()()()()()()()()()()()()()()()()光景があまりにも奇妙すぎており、声を失うより他なかった。

 

 そう、デイルの頭部は「黒い棒」に触れた部分から削り取られるように(しぼ)んでしまい、量を間違えてピザ生地から溶けてこぼれ落ちたチーズのように表皮だけが「ベロンッ」と垂れ下がっていた。

 

 手から抜け落ちた拘束具が「ゴトリッ」と床に転がる。

 

「あ、ば?」「ぎぴゎヒやん、るぉ」

 

 もはや言語として成り立っていない(おと)が崩れかけた口の隙間から漏れると、平衡感覚を失ったのかデイルの身体が前へと傾く。

 

 「黒い棒」へと(もた)れ掛かるように、前へ。

 

 前へ、前へと傾く度に──

 触れた身体の部分が、首筋が、左肩が、左鎖骨が、左胸部が、左脇腹が、棒の形に沿って萎んで(えぐ)れて垂れていく。

 

 胸と同時に心臓も萎んでしまったのだろう、形を残していたデイルの右目からは生命の光が消えていた。

 おそらく自身に何が起きたのか把握できないまま。

 

「なるほど」

 

 言語としてホールに響く、驚くほど厳然に()んだ声。

 

()()()()()()()()()()

 

 2人の捜査官によって追い詰められていたはずの男が発した、感嘆の声だった。

 

 その声に導かれたわけでは無いのだろうが──

 永遠に意識を失った体は重力に逆らえず、棒に絡み損ねたように床へと滑り落ちた。

 

 一瞬だけ場に迎える無音を挟み。

 

「な、なんだとォォォーーーーーーっ!?」

 

 アーロンの絶叫がホールに満ちた空気を打ち付け、激しく震わせた。目の前で起きたあまりにも理不尽で不可解な出来事に脳の理解が追い付かない。

 

「(馬鹿なッ!? 死んだ!? デイルがッ!? 何故ッ!? どうやってッ!?)」

 

 激しい動揺が、体の動きを阻害してしまう。

 しかし眼球だけは眼前に悠然と立つ男を捉えていた。

 

「(この男だッ! この男が()()()のは間違いないッ! しかし奴が魔法を発動させたような動きも気配も無かったッ! あの棒は()()()()()()()()()()()()!)」

 

 抵抗された。

 攻撃を受けた。

 

 混乱する脳が次の行動を探すため必死に掻き集めた材料の中から、2つの事実を本能が拾い上げる。

 疑問と不可解に満ちつつも、確固たる事実としてそれらを認識したアーロンの脳髄は、反射的に身体へ命令を下した。

 詠唱と魔力が結合する。

 

「百と咲いて千に(はぜ)ろ光の(いばら)ッ! 《ニードルシャワー》ッ!!」

 

 アーロンが最も得意とし、あらかじめ準備しておいた攻撃魔法が、リンカーコアとデバイスを繋ぐ魔力回路を通じて発動した。

 発動から発生までの速度、扇状に弾幕を張ることで得られる高い命中精度、純粋魔力弾を細い針状に形成することで上げている貫通性能と殺傷能力。

 どれもが自信を持って繰り出せる最高の術式だった。

 しかも最低レベルだった非殺傷設定を完全に外した状態だ。

 

「(貴様が何をしたのか分からんがッ こうなったら『抹殺』させてもらうッ)」

 

 明確な殺意が込められた光輝く無数の針。

 それらが男へ到達する寸前、スローモーションのように動く視界の中で──アーロンは見た。

 

 先程までは、

 魔法を放った瞬間までは、

 魔力弾の雨が男に降り注ぐ寸前までは、

 絶対に確実に存在していなかったと断言できる「ソフトボール大の黒い球体」が。

 

 尖光(せんこう)弾雨(だんう)の中に浮かんでいるのを。

 

「(いやッ 形は違うが、アレに触れなければ大丈夫だッ! 私は一歩も動いていないッ アレには当たらないッ! それに私の魔法が先に奴へと届くッ! 残念だったなッ 私の勝ちだッ!)」

 

 加速する思考の中で、アーロンは勝利を確信した。

 加速する思考の途中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 アーロンが最後に意識できたのは『困惑』だった。

 渾身の攻撃魔法《ニードルシャワー》は、確実に奴へ命中するハズだった。

 なのに何故その総ての光弾(こうだん)を自分が喰らっているのだ?

 

 何故? なぜ? 何 故。 ナセ ゛ 。

 

 意識に空白が生じる。

 意識が無へと還る。

 

 制御を失った無数の光の針が碎け散り、淡く輝きながら空中へと霧散していく。

 アーロンもまた自身に何が起きたのか把握できないまま、床へ崩れ落ちていく途中で息絶えた。

 

「残念だよ、君達なら『努力』に見合った結果を──『天国』へのヒントを導き出せたかもしれなかったのに……」

 

 一歩も動かず、一挙手一投足の労も経なかった男は、心の底から残念そうに呟く。いつの間にか手にしていた『矢』を眺めながら。

 

「まあ、私の『フィーカル(Fecal)マター(Matter)』の能力を()(くぐ)れなかった時点で『天国』へは至れなかっただろうが──」

 

 深い溜め息と共に大きく肩を(すく)めてみるも、その所作を見せる相手が誰もいないことに思い至ると、今度は口許に薄い苦笑を浮かべてみせた。

 

「さて」「『彼』の首尾はどうなっているか……」「朗報となれば良いが」

 

 言葉を丁寧に区切りながら体ごと振り返り、男は2階へと続く正面階段を昇っていく。

 一歩一歩を踏みしめるように。

 

 天国への階段を踏み外さないように。

 

 想定される障害を確実に踏み潰していくかのように。

 

 男の渇望(歩み)に迷いは無かった。

 

 

 

 To Be Continued‐‐→

 

 

 




能力名の元ネタとかは、後々にでも……
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