漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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お待たせいたしました。
別作品でも言及しましたが、仕事と透析治療の間に親の介護が加わったこともあり、なかなか執筆にリソースを注げませんでした。
精神的に参らないよう、マイペースに続けていきたいと思います。
 
 


第4話「アリス・イン・チェイン➃」

 

■06■

 

「念話での報告は終わったかな?」

 

 テーブルに右肘を付き、Lの字に曲げた手へ顎を深くのせた姿勢で男性は──レイン・ステイリーは微笑む。

 まるで「君の事なら何でもお見通しさ」と言わんばかりに。

 女性の些事が済むまで待つことが『紳士の嗜み』とでも云うかのように。

 余裕に満ちた頬笑(ほほえみ)。

 高町なのはは、未(ま)だ小学生の身でしかない。小学生なのに「戦闘経験が豊富」というのは考えものだが、人生経験そのものは極めて短い。しかしそれでも『1人の女性』として、なのははレインに……その微笑に対して率直に「悍(おぞ)ましい」と感じた。

 

「貴方も局員なら」

 

 なのはは男の言葉を意図的に無視すると、拘束されていない方の手で待機モードのレイジング・ハートを掴む。

 

「すぐに管理局の武装隊が駆けつけてくるのは、理解できる筈です」

 

 レイジング・ハートを通常モード──魔導杖の状態に戻し、レインに向かって突きつけた。

 オープンテラスの一角(いっかく)で少女が男性にデバイスを展開して構えるという事態に、それまで何事かと見守っていた他の利用客達から驚愕と悲鳴が噴き上がる。

 余計な混乱を避けるため、なのはは自身が時空管理局員だと示す局員証を周囲に向けて投影させた。

 

「この拘束術式を解除して、投降して下さい」

 

「ふむ」

 

 それでもレインの全身から漂う余裕ぶりに変化はなかった。

 更には見せ付けるかのように、飲み残して幾分か冷めてしまったコーヒーへ口を付けるまでしてみせたのだ。

 もうすぐ包囲されようかという人間がとれる態度ではない。

  

「武装隊とは物々しいね。私を攻撃するつもりかな?」

「だが安易に実力行使して失敗すれば、その後の交渉が不利になる」

「なにより相手の能力が判明してない状態で攻──」

 

「アクセルシューター」

 

《Accel Shooter》

 

 成績の悪い生徒を諭(さと)す教師のようなレインの言葉を、魔法少女が唱えるコマンドワードが遮った。

 デバイスのカートリッジシステムが作動し、排莢を1発。

 そして構築、生成、収束、加速、射出。

 1秒にも満たないその行程を、全くの同時に6回。

 桃色に発光した野球ボール大の魔法弾が6つ、なのはの頭上に浮かんだ──と思った次の瞬間、それらは別々の軌道を描きつつ発射され、全てがレインの胴体(からだ)や四肢へとめり込んでいった。

 

 先手必勝。

 全力全開。

 相手のペースに乗せられる前に、問答無用で無力化を図る。

 相手の能力が判らなくても、一瞬で制圧すれば問題ない。

 知恵と戦術を駆使するものの、基本的に圧倒的火力でゴリ圧(お)す傾向にあるため、周囲から『魔砲少女』などと揶揄されるのだ。

 

「ぐぉぼッ」

 

 レインの口(くち)から鈍い苦悶の音が漏れる。

 後方へ吹き飛ばすと、謎の鎖で繋がれたなのはも一緒に転倒してしまう。なので上から下へと──地面に押し付けるような角度で魔法弾を放ったのだ。

 少女の目論み通りレインは吹き飛ばされず、まるで椅子に縫い止められていたかと錯覚するほど動いていない。

 攻撃魔法は全て非殺傷に設定してあるため大怪我はしていないだろうが、1発1発が相当な衝撃となって襲った筈である。

 

 ──筈であった。

 

「あああああああああッ!?」

 

 しかし、より大きな悲鳴を上げたのはなのはの方。

 彼女の小さな胴体(からだ)や四肢に──レインの受けた魔法弾と全く同じ角度と攻撃箇所に──抉(えぐ)られたかの如く窪んだ6つのダメージ痕か浮かんでいるではないか。

 その衝撃は、なのはを椅子へ押し込めるように落着させる形となった。

 白い骨鎖(くさり)がテーブルの上で波打ち、周囲から悲鳴が上がる。

 

 予想外の反撃。

 想定外の激痛。

 しかし、これまで散々訓練してきた分割思考(マルチタスク)が、条件反射的に現状の把握を開始する。

 

「(魔法を跳ね返された!?)」

 

 鎖の出現と同様に、そんな魔法を展開した気配はなかった。

 そもそもあのタイミングで間に合うとは思えない。

 それに、ただ単純に《アクセル・シューター》を反射されたにしては、設定していたダメージ値が増えている。

 

「ゲホッ」「ゲホッ」

 

 激痛と驚愕の渦中にある少女の眼前で男は咳き込みながら、

 

「人の話は」「最後まで聞くものだと」「学校で教わらなかったのか……?」

「下手をしたら自分の攻撃で死んでいたんだぞ……!」

 

 話の途中で攻撃したことを暗に非常識だと責めてきた。

 攻撃を反射したからといって、自身へのダメージ自体を無効化できる訳では無いらしい。

 レインの額には脂汗が浮かび、若干ながら呼吸も乱れている。右肘から下全体を使って支えにしながら、テーブルに身を乗り出すように上体を起こす。

 

「いいか」

 

 それは『出来の悪い使用人に言い含めるかのような口調』で。

 

「いま君と私を繋(つな)いでいる『鎖』は、私の能力──『スタンド』によるものだ」

 

「(スタンド!?)」

 

 ようやく痛みも和らいできたタイミングで投げ込まれた単語は、なのはに肉体的なものとは別種の衝撃を与えた。

 親友であるフェイトは露伴以外の『スタンド使い』と遭遇し交戦したらしい。それを聞いた際には「海鳴にもスタンドを使う人がいたなんて凄い偶然だなあ」としか思っていなかったのだが。

 

「(まさかミッドにもいるなんて……!)」

 

 それも管理局の特別捜査官が。

 偶然や必然と呼ぶよりも、これは『悪意』だとなのはは感じた。

 

「今後の生活にも関わることだ、高町空曹長」

「我が能力『アリス・イン・チェイン』は、繋いだ相手に私と『運命』を歩ませるスタンドだ」

 

 左腕に繋がれた手錠と鎖を見せつけながら。

 

「夫が妻を愛するのは当然だ」

「妻は夫を倍以上愛するのは義務だ」

「夫は妻に恭順を求め」

「妻は夫へ恭順を誓う」

「それが夫婦という『運命』だ」

「それが円滑な夫婦という在(あ)り方だ」

「それが『幸福』ということだ」

 

 あまりにも一方的で、物事の中心に自己しか置いていない結婚観。

 なのは達が置かれている状況からすると、とてつもなく場違いな持論の展開だが──だからこその『狂気』が込められていた。

 

「さっきから」「何を言ってるの……?」

 

「恭順な妻ならば」

 

 思わず投げ掛けられた少女の問い掛けに、しかし男は直接の答を返さない。

 

「喜びも悲しみも、夫が感じるものを共に味わうべきだ」

 

 男の目に光悦が宿る。

 

「そう……『痛み』さえも」

 

「ッ!?」

 

「そして『運命』で繋がれた妻ならばッ 夫からの『愛』を倍以上にして愛し返すようにッ!」

「夫が受けた『痛み』も、倍以上に感受すべきじゃあないかッ!?」

「死(・)が(・)2(・)人(・)を(・)別(・)つ(・)ま(・)で(・)ッ(・)!」

「私達は『運命』の『共同体』なのだッ!」

 

 澱みに満ち、大きく歪んだ思想の発露。

 まるで濁った後光が射(さ)しているのかと錯覚するほど、崇高な高説を述べる聖職者めいた表情とポーズをレインはキメてみせる。

 

「それこそ『アリス・イン・チェイン』の能力ッ!

 私への攻撃は、同時に君への攻撃にもなるのだッ!」

 

「(ダメージの『反射』じゃあなく、ダメージの『共有』……!)」

 

 しかも受けるダメージは妻(なのは)側が大きいときた。

 なのはは軋む身体を動かしながら、目の前に座る特別捜査官を鋭く睨み付けた。

 

「随分と偏っていて、女性を下に見た人生観ですね」

 

 レインの言説を聴かされて、なのはの脳内に浮かんだ感想は、まず「なにが『運命』だ」というものだった。

 魔法少女としての、時空管理局員としてのなのはが歩んできたのは、正にその『運命』との闘いだったのだ。

 

 亡き娘を想い、その歪んだ想いから生まれた娘が母の愛を願い、悲しい結実しか待っていなかったけれど──それでも共に前へ進む絆を確かめ合って。

 

 家族との平穏な幸せを願う孤独な少女と、静かな破滅という結末を回避すべく罪を犯す覚悟を決めた家族の想いがすれ違い──それでも共に乗り越えて最後には笑い合って。

 

 父を……星を救わんとする姉妹のすれ違いと、淀んだ意志によって奪い奪われた親友同士の仕組まれた対立と、主の幸せを願う従者達の暴走が絡み合い、傷付き──それでも共に想う道の上で手を取り合って。

 

 みんな「こんなはずじゃあなかった」運命に抗い、望んだ最良の結果を得られずとも、しかし悩み踠(もが)きながらも「自分の未来」を──「誰かと共に歩む未来」を切り拓いてきたのだ。

 

「(こんなヒネくれた考えの持ち主に……そんなヤツが与えてくる『運命』にッ! 従ってなんてやるもんかッ!!)」

 

 奥歯を強く噛み締めながら、なのはは夫を名乗る不埒な男を鋭く睨み付ける。

 

「反抗的な目だ」

 

 顔をやや左に傾けながら、レインは妻と定めた少女の視線を悠然と受け流す。

 

「私は言ったぞ」「妻は夫へ恭順を誓うものだと」

 

 じゃらら、と鎖が蛇行し唸(うな)る。

 男が左腕を動かしたのだと知覚した次の瞬間、突然大きく跳ね上がった鎖が空中で白い身体を波打った。

 明らかに長さが増大した骨鎖のう(・)ね(・)り(・)は、心電図の波形のように伝播する。

 なのはに向かって。

 

「なのにテメェはッ! この私にクソ魔法なんぞ撃ち込みやがってエエエエッ!!」

 

 罵声を浴びせながら、掬い上げるように左腕が振るわれる。

 鎖がし(・)な(・)る(・)度に波の速度が加速され、鞭打の如くなのはへ襲い掛かった。

 確かに速い。

 しかし男に抗うと決めたなのはとって、それは冷静に対処できる程度の「速さ」でしかなかった。主が表層意識に走らせた無言の意志を汲み取って、レイジングハートが瞬時に術式を構築し、展開させる。

 

《Active Protection》

 

 消費魔力量も少なく、発動速度に優れた防御魔法。

 なのはが保有する膨大な魔力を注ぎ込んだ、正に幾何学模様の鉄壁。

 接触した攻撃を単純に受け止めるのではなく、弾き飛ばす攻性の防壁。

 

 だが『綻び』があるのだとすれば──

 な(・)の(・)は(・)が(・)ス(・)タ(・)ン(・)ド(・)使(・)い(・)と(・)戦(・)う(・)の(・)は(・)、こ(・)れ(・)が(・)初(・)め(・)て(・)だ(・)と(・)い(・)う(・)点(・)だろう。

 

「なッ!?」

 

 宙を蛇行する白鎖(はくさ)の波が魔(・)法(・)の(・)防(・)壁(・)を(・)す(・)り(・)抜(・)け(・)た(・)。衝突や反発も発生せず、抵抗も無く透過したのだ。

 

 スタンドによる攻撃は、スタンドによってでしか防げない。

 

 スタンドの基本を知らなかったなのはは、最初にダメージを返された時のような不意を突かれる形となった。

 咄嗟に両腕でガードしようとする。

 だが間に合わない。

 

 グッパアァァーーーンッ

 

 強烈な鎖の一撃が、容赦なく幼い少女の横顔に叩きつけられた。

 

「ぐぅぇっ」

 

 口内と鼻から少なくない鮮血が、口籠(くぐも)った声と共に空中へバラまかれる。

 脳を揺らす衝撃が小さい体を横倒しに薙ぐが、それを防いだのもまた白き鎖であった。またもや長さが変化し、彼女を引っ張る形となることで立った状態を継続させたのだ。

 

 どうにか気絶は免れたものの、非殺傷を設定できるデバイスを介した攻撃ではないため、結構な肉体的ダメージを負ってしまった。

 触らなくても右頬が大きく腫れているのが分かる。

 しかし少女の『心』は腫れても折れてもいない。

 

「……妻(わたし)が受けたダメージは」「夫(あなた)に共有されないんですね」

 

「当然だ」

 

 自分に逆らう妻に制裁を加えることができて落ち着きを取り戻したのか、レインはスーツの乱れを正しながら返答した。

 

「妻の瑣事(いたみ)なんて、夫に持ち込むべきではないからな」

 

 さも当然のように、それが自然の法則であるかのように、歪めた口元と同じぐらい醜悪な理屈をレインは開示する。

 

 ネクタイを直すスタンド使いを視界に収めながら、

 

「(……紳士ぶったクソ野郎だ)」

 

 と、珍しく汚い言葉で相手を評するのだった。

 

 




 
誤字脱字の報告、いつもありがとうございます。
大変助かっております。

なのはさんがボコられてるのは、これが初のスタンドバトルで、基本的なルールも知らない状態で変則マッチやらされてるような状態だからですね。
 
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