漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)②」

 

◼️02◼️

 

「う、美味(うま)い……ッ」

 

 フォークで小さく切り取ったチーズケーキの一部を口に含んだ瞬間、舌の上に濃厚でジューシーで芳醇なチーズとレモンとハーブの味と香りが露伴の語彙を激しく揺さぶった。

 頭の中では、このチーズケーキの味を称える幾万もの言葉が濁流のように流れているのに、言語化というフィルターが「美味い」という単語しか抽出できないでいる。

 露伴は漫画家であって小説家ではないのだが、口の中に広がるリアリティを上手く表現できないもどかしさが実に歯痒い。

 

「料理もスイーツも、トニオ・トラサルディーが作る以上のものはないと思っていたが……世界は広いな。まさかこんなに美味いケーキを出す店があるとは」

 

 このケーキを口にできただけでも、この海鳴市に来た甲斐があったというものだ。

 次に描く漫画は「美味いケーキを存分に堪能する男の話」でもいいかもしれない。

 

「トニオさんという(かた)は存じ上げないけど、そんなに誉めてもらえると職人冥利につきますね」

 

 保湿性に優れたケーキの陳列棚を挟んで、嬉しそうに女性が微笑んだ。露伴が訪れた「翠屋」のパティシエールをしている高町桃子である。

 聞けば三児の母だという。しかし(にわか)には信じられないほど若々しい容姿の持ち主だ。最初は露伴も「いくらなんでも嘘じゃあないのか、リアリティが無さすぎる」と疑ったほどだったが、どうも真実らしい。

 

「(このケーキの味といい、まだまだ世界には興味深いことに満ち溢れている)」

 

 感慨深げに二口目を堪能する。

 とりあえずトニオについては「愛する女性のためにはアワビの密漁も辞さないイタリア人」と紹介しておいたが、イタリア人という部分からジョークだと思われたようだった。

 その密漁に自ら積極的に荷担していたこともあり、敢えて露伴は否定したりはしなかったが。

 

「お母さんの作るケーキは世界一なの!」

 

 そんな露伴を正面に同席していた少女が、嬉々として宣言する。ケーキの味を誉められたのを、我がことのように喜ぶ姿は年相応に可愛らしく映る。

 だが相対(あいたい)する露伴の目は冷ややかだ。

 

「自分の家の喫茶店をオススメするだけじゃあなく、案内までするなんて随分と商魂(たくま)しいじゃあないか」

 

 気持ちは分からないでもない。

 露伴だって「オススメの漫画は?」と聞かれたら、間違いなく自分の作品を即答するだろうから。

 

 ジト目で見られた商売人な少女──店内で改めて「高町なのは」と自己紹介した──は「えへへ」と笑って誤魔化した。商売っ気が無かったと言えば嘘になるのだから。

 

「まあ想像してた以上の店だから別にいいがね」

 

 今は配達で不在だという父親が事前に淹れていたコーヒーを口にしながら、露伴は自身の不遜な寛大さをアピールしてみせる。

 普段は紅茶を飲む露伴だが、ケーキと同様にコーヒーの味にも唸らされた。よく「苦味と酸味とコクのバランスが日本人の味覚にマッチする」という言い回しの評価を耳にすることはあるが、このコーヒーは少し違う。

 マッチする(適している)のではなく、フィットする(合致する)のだ。

 それも一緒に提供されるスイーツや軽食の味を損なうことも上書きすることも無いよう、細心のバランスを保ったままで……である。

 

「ところで」

 

 露伴は目の前で同席する少女に、ジト目を継続させながら話し掛ける。

 

「なんだって君は僕と相席しているんだ?

 新規客の呼び込みという任務は無事に終了したんだから、宿題でもしてればいいんじゃあないか?」

 

 先程からニコニコ顔で露伴が飲食する様子を眺めているのだ。さすがの露伴も正面から観察されながらの食事は落ち着かない。

 なので暗に「帰れ」と告げたのだが。

 

「露伴先生は漫画家さんなんですよね?

 いろいろお話を聞けたらな、って」

 

 どうやら友達に漫画好きがいるらしい。なのは本人はソコまで漫画を読まないのだが、その友人から色々と作品を薦められて目を通してはいる。

 だがこの台詞から察せられる通り、その「オススメ作品」とやらに露伴が描いた作品は含まれていなかったようだ。

 そこが露伴の片眉を大きくハネ上げた。

 

「僕の漫画を薦めないとは、その友達とやらが読んでいる漫画のラインナップを見てみたいもんだね」

 

 まさか「ちょっとした図書館並に蔵書がある」とは想像もしていない露伴の発言に、なのはは「どう応えていいものやら」と言葉が鈍る。

 蔵書数に対する紹介数の割合という、おそらく単純に確率の問題だったのであろう。

 とりあえず友人の名誉を守ろうとなのはが口を開きかけたタイミングで、その騒音か店内に飛び込んできた。

 

 パトカーのサイレン音である。

 それだけではなく、救急車のサイレンも混じっているようだった。

 翠屋のすぐ前を走り抜け、やがて音は小さくなっていく。

 

「事故でもあったのか?」

 

 見えはしないが、外を窺うように首を動かした露伴は何とはなしに呟いた。田舎でも都会でも、まあよくある「音」ではある。

 早々と興味を失った露伴は視線をケーキへと戻す途中、ふと違和感を覚えた。

 それは目の前にいる親子の様子だった。

 桃子やなのはの表情は「よくある音」に対しては、やや翳りが差し込みすぎている。

 なのはに至っては、椅子からほんの僅かに腰を浮かせていた。まるでサイレンを追うように外へと飛び出して行きかねない緊張感すらあった。

 

「……?」

 

 スプーンを口に入れたまま、露伴は怪訝に思う。

 けたたましくパトカーや救急車が眼前を通りすぎれば、誰しも「何があったのか」と不安に感じるものだ。

 だが2人の反応は、それとは何か違うもののように伺えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なのは」

 

 心配そうな、母親の言葉。

 

「気を付けてね?」

 

 何に対して気を付けねばならないのか?

 気を付けなかった時の結果がどうなってしまうのか?

 

「うん」

 

 それらを全て理解した上で返答する、少女の声。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だとすると、それは街の住民が周知するところとなるほどの連続性を持った「()()」ということになるのだろう。

 露伴は口からスプーンを引き抜き、ケーキを飲み込む。

 この取材旅行の切っ掛けになった「消えた大樹」なんて噂話もそうだが、他にも興味深い案件が海鳴市では発生しているようだった。

 

「(来て良かった)」

 

 露伴は、ただただ純粋にそう思う。

 こうして厚顔不遜で鳴らす漫画家は──富豪村やランニングマシーン勝負など、これ迄もがそうであったように──自らの足でトラブルに踏み込んでいくのだった。

 

 

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