漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)③」

◼️03◼️

 

 結局2人から「何を知っているのか」を聞き出すことはできなかった。

 正確には聞き出そうと露伴が口を開きかけた瞬間、なのはが「用事を思い出した」と翠屋から出ていってしまったのと、それでは桃子の方でと方針転換した矢先に客(主に学校帰りの女子中高生達だ)が混雑し始めてしまい、とても情報を集める雰囲気ではなくなってしまったのだ。

 そうしてる内に、騒々しい若人(わこうど)の濁流に押し出されるようにして慌ただしく会計を済ませ、店の外へ。

 苦々しい視線を翠屋の出入口に送るが、再び入店して質問する気も失せてしまった。

 映画の面白そうな予告編を見たのに、日本では公開されないと教えられたような気分である。

 これだから学生というのは嫌いなのだと露伴は舌打ちしたものの、まだ気分に余裕は残っていた。

 

「まあ、また来ればいいだけの話だしな」

 

 せっかく長期間の取材旅行なのだ。いま慌てる必要はないと、誰に見せるわけでもないのに「大人の余裕」ってヤツを見せつける。

 フン、と鼻を鳴らしてから歩道を歩き出そうとして──

 

「しまった、ホテルの場所を聞くのを忘れていたぞ……」

 

 右手で顔の半分を覆って失態を嘆くも、やはりプライドが邪魔をして翠屋に再入店しようという気が湧かない。

 大人の余裕というよりも、子供の意地っ張りである。

 とりあえず駅前まで戻るかと考えてから、はたと気付く。

 

「そうか、駅員に聞けば良かったじゃあないか」

 

 翠屋という店と巡り会えたのだから無駄とは言わないが、随分と遠回りな時間を使ってしまったと露伴は自分の判断ミスを嘆いた。

 

◼️04◼️

 

 駅員から目的のホテルの場所とルートを聞き出し、ようやく露伴はチェックインを済ませることができた。

 道を尋ねる際に、それとなくパトカーと救急車が向かったであろう現場のことを──海鳴市で起きているであろう「事件」について探りを入れてみたが「最近は事故が多いみたいですね」という曖昧な証言しか得られなかった。

 露伴のスタンド能力「ヘブンズ・ドアー」で駅員の記憶から詳細な情報を抜き出してみることも考えたものの、あまり駅構内から動かない駅員が詳しい情報を得ている訳もないかと思い至り、それは実行していない。

 

「事故、事故ねえ」

 

 ホテルのスイートルームに荷物を置いた露伴は、取り敢えずスマホとスケッチブックと鉛筆だけを持って再び街へと繰り出していた。

 以前はカメラやボイスレコーダーなども所持していたが、最近ではスマホで全てを兼用できるようになっている。なので取材で歩き回る際も、上記のような軽装で十分なのだ。便利な世の中になったものである。

 

 道行く何人かの住民に「観光に訪れた画家」のような振る舞いで話を聞いてみたものの、駅員の時と同じく「なんだか事故が多いらしいねえ」という情報しか返ってこないのだ。

 どんな事故かと重ねて聞けば「はて……」と誰も詳細を知らないのである。

 学生も、主婦も、会社員も、警官も、老人も、子供も、若者も。

 事故が起きているということは知っているのに、それが交通事故なのか爆発事故なのか天候や動物に由来する事故なのか、そういった事故の種類すら判別がつかない。

 ただ「事故が多い」という認識だけが人々の中に存在しているようだった。

 

「なんだか変な気分だな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 中途半端に隠されているようだ。

 手品で箱に隠された美女が、いつまで経っても現れないような。

 

「だとすると、やはり高町親子の反応が気になるな。

 あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、と露伴はひとつの仮説をたてる。

 知っているんじゃあなく、むしろ起こしている側なんじゃあないのか?

 もしくは──事故の内容を隠している側?

 しかし単なる喫茶店のパティシエールと小学生の娘が、大勢の人間から特定の情報だけを隠蔽できるものだろうか。

 普通に考えれば荒唐無稽な推論だ。

 だが岸辺露伴は知っている。

 そういうことが可能かもしれない存在を知っている。

 

「あの2人、スタンド使いかもしれないな」

 

 超能力に形(ビジョン)を与えたような異能の使い手。

 そういう者達と(時には人間ではない者共と)露伴は過去に何度も遭遇してきたし、戦ったことすらある。

 翠屋で話題に出たトニオ・トラサルディという料理人もスタンド能力を有している。

 露伴が一番の親友だと信じて疑わない少年もスタンド使いだ。

 杜王町だけでなく、全国各地……いや世界各地にスタンド使いは存在していた。奇妙な事象が起きているらしい海鳴市に、それが1人もいないと考えるのは楽観的すぎるように露伴は思えた。

 

「最悪のケース……一戦交えることも想定しておいた方が良いかもな」

 

 あの素晴らしく美味いケーキを作れる人間とは、正直やりあいたくない。しかし露伴は「希望的観測の通りに事が運ぶことはない」という経験則を何度も思い知っている。

 とはいえ手掛かりになりそうなものが何ひとつ無い状態なので、油断なく慎重に動こうにも「何が油断につながって、どう慎重になれば良いのか」すら分からないのだ。

 

「一番良いのは、僕の目の前でその『事故』とやらが起こることなんだが……」

 

 聞き込みと風景のスケッチで移動していく内に、港湾部の近くまで来ていたらしい。

 大通りではなく、裏路地……というよりもバイクや自転車が通るような少し開けた連絡道といった感じの場所だった。

 群で空を飛ぶカモメの鳴く声が、遥か頭上から重なって聞こえてくる。離れた場所から響く(かす)かな波の音と、鼻を刺激してくる潮の匂い。港を行き交う船舶やコンテナの集積所から届く機械音。

 ──自然と人工の音と匂いが混じる街の一角(日常)

 

 どんな種類の『事故』かは知らないが、そんなものとは無縁そうに思える情景だった。

 希望的観測の通りに事は運ばない。

 ついさっき思い浮かべたばかりの経験則である。

 

「まあ、そう都合良くはいかないか」

 

 まだ取材初日なのだ。焦る必要は全く無い。

 露伴は歩き回った疲労を深い溜め息を吐くことで誤魔化し、ホテルへ戻るべく(きびす)を返した。

 歩いて戻るのも面倒だしタクシーを拾おうと考えた、その時。

 

「ゲギャァッ」

 

 頭上から、何かを(ひね)って絞り上げたような──そんな音が鳴り響いた。

 音がした方向へと思わず目を向けた露伴だったが、音の主は蒼い空には見当たらない。

 何故なら、既にそこには存在していなかったから。

 直後、その「何か」が露伴の近くに『ボッドォォーーンッ』と落ちてきたのだ。

 

「なにッ!?」

 

 露伴は咄嗟に後退(あとずさ)り、突然の落下物から距離を取る。

 アスファルトの地面に勢いよく叩きつけられた「それら」は、ピクピクと痙攣していた。しかし結構な量の血が飛び散っており、どうやら生きてはいないようである。

 

「カモメだと?」

 

 空から落ちてきたのは群で飛んでいたカモメの中の2羽のようである。何らかの原因で飛行できなくなり落下したのだろうが──

 

「……落ちて地面に叩きつけられた以外の傷が見当たらない。トンビや鷹に襲われたって訳でもなさそうだが……?」

 

 (くちばし)の周りを観察してみると、2羽とも白い泡を吹いていた形跡があった。

 よくよく見ると、眼球も異様なまでに血走っている。

 

「もしかしてコイツら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 2羽が同時に?

 露伴が真っ先に疑ったのは病気だが、同時に症状が発生して同時に失速するものだろうか?

 

「何か、何かがおかしいぞ」

 

 露伴の脳内に焦りにも似た警戒警報が鳴り響く。

 何かは分からない。

 だが何かが起きている。

 

 『ガササッ!』 『ガタッ!』 『ドタンッ!』

 

「はっ!!」

 

 冷や汗を隠せない露伴の耳に、裏路地の更に奥から重たそうな異音が続けざまに飛び込んできた。

 小さな倉庫が連なる、その狭間。

 荷物運搬ようの線路や積込場へ向かう小路の奥から聞こえた音だ。

 

「誰か、いるのか?」

 

 意識を注意して向けると、人の気配は確かに感じられる。だが露伴の呼び掛けに反応はない。

「シィィーーーン」という擬音が視覚的に見えてきそうなぐらい、静まりかえっている。

 

 好奇心は猫を殺す。

 分かっていても、好奇心こそが岸辺露伴という漫画家を突き動かす原動力でもあるのだ。

 小路の奥を覗き込もうなんて行動を、彼自身が止められる筈もなかった。

 

 できるだけ音を立てないよう、ゆっくりと物陰から様子を窺う。何を見ても大声を上げてしまわないよう、冷静であれと心に言い聞かせながら。

 そして露伴は見た。

 

 人が、踊っていた。

 

 どうも子供──それも少女のようだった。

 白い制服のような、ドレスのような服を着て踊っている。

 奇妙な形の杖を左手に持ってもいた。

 踊りと言っても、ひどく不恰好でリズムも様式も何もあったものじゃあない。ひたすらその場で手足をバタつかせているだけで、まるで踊ることで踊りを冒涜しているような有様だ。

 

 音楽も手拍子もなく、無音のダンス。

 

 口の端から、血液混じりの白い泡が吹き出ている。

 苦悶に満ちた表情だ。

 なのに顔は紅潮しておらず、土気色に近い。

 歪んではいるが、見覚えのある顔だった。

 

 これは踊りではない。

 

 高町なのはが、無言のまま激しく足掻(もが)き苦しんでいたのだ。

 

「なにをしているんだァァァァーーーーーッッ!!!!」

 

 それに気付いた露伴は、堪らず大声を張り上げてしまっていた。

 

 




とりあえず連投はここまで。
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