漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)④」

 

「何をしているんだァァァァーーーーーッッ!」

 

 露伴は驚愕と叱咤が混じった絶叫を上げながら、致死性のダンスを繰り返すなのはに駆け寄ろうと足を踏み出した。

 

 しかし。

 

 (すんで)のところで。

 命を左右するギリギリのところで。

 どんな状況にあろうとも冷静な観察眼を持つ漫画家は、その「動き」を見逃さなかった。

 踏み出した足が1歩で止まる。

 

 苦悶に満ちながらも、なのはの眼には強い意志が宿っている。横目ながら、その視線が露伴を捉えていた。

 そして彼女の右手が……(てのひら)が露伴に向けられて、ハッキリと拒絶の──いや、制止の意図を示しているではないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのはは露伴より遥かに年下の、小学生でしかない。そんな子供が激しい苦痛から反射的に暴れてしまう五体の一部を剛胆な意志で抑え込み、たった一度交流しただけの人物を巻き込むまいとしているのだ。

 

「(なんという意思の強さ!

  コイツ本当に小学生かッ!?)」

 

 とはいえ死へと誘うダンスは止まらない。

 筋肉の収縮と弛緩が激しく急速に繰り返される。腕や足の関節が逆方向に引っ張られ、首から腰にかけての背骨が弓形(ゆみなり)に反り上がってバキバキと軋む。

 それでも左手の杖は握ったままだった。

 右手のように彼女自身の意志で……というより、指の動きからすると「握った形のまま痙攣」して離すことができないようである。見れば5本の指がメキメキと折れてしまいそうなぐらい握り込まれていた。

 口の端からは吹き出す吐血混じりの白い泡の量が増える。眼球から水分を全て絞り出すような勢いで涙が溢れていた。

 誰の目から見ても見ても限界が近い。

 

 だが露伴は別の「モノ」を見ていた。

 なのはに制止させられたことで見ることができた。

 

 なのはを包んでいる、極めて透明に近い、何かを。

 

「なんだ、アレは」

 

 球体、だった。

 完全に透明ではなく、目を凝らせば「うっすら」と輪郭が確認できる薄く大きな球体。

 直径は1メートル程度だろうか。

 泡というよりも、巨大なシャボン玉と呼ぶ方がしっくりくるかもしれない。

 そんな不可解なものが、なのはの上半身から上をスッポリと包み込んでいるのだ。

 よくよく見ると、シャボン玉の中にはキラキラと輝く粒子状のものが舞っている。

 まるで、なのはの重苦(じゅうく)足掻(もが)きに合わせて踊っているかのようだった。

 

「つまり、アレに捕まると彼女(アイツ)みたいになるわけか」

 

 アレが(なん)なのかは全く分からない。

 誰かからのスタンド攻撃かもしれない。

 しかし露伴にとって「捕まらなければ良い」ということだけ分かれば十分だった。

 

「君には最高に美味い店へ案内してもらった『恩』があるからな」

 

 だから助けてやる──と、なのはに人差し指を向けながらポーズを取る。

 すると露伴の背後から「シルクハットを頭にのせた白ずくめの少年」のビジョンが現れた。

 苦痛に彩られていたなのはの眼が喫驚(きっきょう)に揺れる。

 そしてパラリ、パラリと。

 彼女の頬が()()()()()()()何枚も薄く()()()()()()()

 

「君は【僕の方へ吹っ飛んでくる】ッ! ヘブンズ・ドアーーーーッ!」

 

 白い少年のビジョン──露伴が持つ異能力(スタンド)がなのはへと飛び掛かり、本のページと化した彼女の頬に凄まじいスピードで『命令文』を書き込んだ。

 同時になのはの身体が、それまでの苦悶の舞踏とは異なる動きを示した。露伴がいる方向へ「グンッ」と引っ張られる挙動を見せたかと思うと、そのまま重量級の柔道選手に投げ飛ばされたかように()()()吹っ飛んだではないか。

 

「ええっ!?」

 

「おっと」

 

 インドアな仕事でありながら体を割と鍛えている露伴は、吹き飛んできた少女を易々と受け止めてみせた。

 と同時に開かれたままになっている「ページ」から、彼女の身体状況をチェックする。

 幼い身でありながら全身に異様な負荷が掛けられ、吐血するほど(いびつ)なダンスを強いられていたのだ。障害でも残ると後味が悪い。

(そうなったら、それこそトニオの店に連れていくつもりではあったが)

 

「よし、深刻なダメージは残らずに済みそうだな」

 

 肉体が持つ記憶、この場合は身体ダメージの内容を箇条書きにしたページを一瞥して、露伴は「問題はなさそうだ」と判断を下す。

 いや、女子小学生が負うには重いダメージなのだが、彼が想定していたよりも遥かに軽いものだったという理由を根拠にした判断である。

 

 事実、限りなく透明に近いシャボン玉から脱したことで、なのはの体は苦渋から嘘のように解放されていた。受けたダメージと痛みは残るが、少なくとも泡沫に囚われていた時のような耐えがたい感覚は失われている。

 

「あ、あの、露伴先生、これは一体」

 

 勝手に身体がブッ飛ばされるという自身に起きた現象に困惑を隠せないのか、なのはが抱き止められたままの姿勢で露伴の顔を見上げた。

 

「んん?」

 

 しかし露伴はなのはの疑問を聞いていなかった。眼前で起きていたことにも興味はあるが、それ以上に目を引く「文章」を目にしてしまったからだ。

 だから本来「本にされている対象は気を失う」筈なのに、なのはが意識を保ったままであることにも気付いていない。

 

「──『魔法』だって?」

 

 そう、露伴の注目を引いたのは魔法という単語が含まれた文章(つまり、なのはの記憶であり体験だ)が開かれたページに記載されていたからだ。

 露伴が思わず漏らした言葉を洩らすと、なのはは更に当惑した表情を浮かべる。

 そんなことは知ったこっちゃあないと、逆さまに見上げてくる小学生へ顔をググゥッと近付けた。

 

「君は『魔法』が使えるのか! 願望から来る妄想、思春期特有の思い込みやスタンド能力なんかじゃあなく!

 ()()()()()を!」

 

 少し前まで起きていた以上な光景など霞んでしまうほどの衝撃を受け、露伴は今までにないほどの大声を張り上げていた。

 怪奇現象や妖怪とは遭遇したことはあっても、ファンタジー小説に登場するような存在なんて少しも信じていなかった露伴にとって、これは青天の霹靂である。

 しかも読み取れた範囲以外にも、まだまだ『魔法』に関連して興味深いことが書かれているようだった。

 

「(知りたいッ! もっと知りたいぞッ!

  チラッと記憶の一部を読み取っただけだが、彼女の体験には『溶かした鉛で戦争を描いた絵画』のような重み(リアリティ)があるッ!)」

 

 漫画のネタになると、全く空気を読まずページを読み進めようとした瞬間。

 

《御多忙なところ、大変申し訳ないのですが》

 

 英語で話し掛けられているのに、自然と日本語として理解()()()()()()不可思議な声が、警告めいた口調で露伴の耳を叩いた。

 この事態にあって魔法少女のプライバシーを覗こうとしていた漫画家の手が止まる。

 

「!?」

 

 女性の声だ。

 しかしなのはが発した声ではない。周囲を見渡すが、声の主らしき人物の姿は影も形も見当たらなかった。

 

《それ以上の行動はマスターに対する『攻撃』と判断しますし、何より──》

 

 露伴は続けて聞こえてきた声が何処から発せられたものであるか、視覚的に理解できた。そう……それは発言している間、とても分かりやすく『点滅して』いたのだ。

 

《「アレ」が此方(こちら)へ近付いてきています》

 

 なのはが手にしている『奇妙な形状の杖』が喋っていた。露伴を続けざまに衝撃が襲う。

 だがよく見るとメカニカルな構造をした杖なので、人工知能や外部スピーカーによる通信なのかもしれないと頭の片隅で考えたりもしたが、それよりも『杖』が伝えてきた現状によって興奮が急速冷凍させられたのをハッキリと知覚した。

 

「何ッ」

 

 直感的に露伴の首が動く。

 意識がなのはから外れたため、彼女の「本化」が解除された。なのはは即座に大人の腕の中から飛び出し、しかし先程まで自身を支配していた困惑を引き()ることなく、露伴が首を向けた方へ鋭い視線を送る。

 

 それまで滞空していた巨大シャボン玉が、ゆっくりと動き始めていた。

 

 より透明へと溶け込んでいたが、その丸い輪郭は何とか肉眼で確認できる。そうやって視認することで理解できたが、音や臭いは感じられないため、その動向を視覚情報以外で察知するのは無理そうだ。

 

 なのはを包んでいた時に内部で舞っていた粒子状のものは、輝きを失ってはいるもののシャボン玉の底に沈殿しているようだった。

 

 そんなシャボン玉が、無駄な起動を描くことなく露伴となのはがいる方角へ「スウゥーーーッ」と近付いてきていた。

 

「こいつッ、()()()()()()()

 完全にこちらを標的(ターゲット)に定めているぞッ!」 

 

「露伴先生ッ、先生は逃げてくださいッ!

 アレはさっきまで私を襲っていたんだから、変わらず私を狙って来るるハズッ!」

 

《生体反応、および魔力反応なし。

 視覚以外での感知は極めて困難です。退避を推奨》

 

 慌てる2人の絶叫に、冷静な分析が重なり合う。

 囚われると攻撃を受けること以外は正体不明の巨大なシャボン玉が、あと数メートルと迫る。

 露伴は横目でチラリとなのはを一瞥した。彼女は自分に「逃げろ」と言ったが、肉体的なダメージが抜けきっていないので素早く動くことは無理そうだ。

 次に露伴がいない状態で攻撃を喰らうことになれば、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 

 それでは一飯(いっぱん)の恩義から彼女を助けた意味がなくなってしまう。

 なにより彼女が死んでしまうと『魔法』について知ることが不可能になってしまうかもしれないのだ。

 

「この露伴に『逃げろ』だって?

 確かにそいつが一番安全なんだろうな──」

 

 だがそれ以上に、この漫画家は(ひね)くれ者であった。

 

「だが断る。

 この岸辺露伴が、むざむざ面白いネタを棄てるような真似なんてすると思うなよ?」

 

 ……漫画家って凄い。

 なのはは唖然としながらも、そんな場違いで勘違いな感想を抱いてしまっていた。

 

 




英語は苦手なので、レイジングハートの発言は自動的に日本語に変換されます。
御容赦ください(土下座)
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