漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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3000字前後を目指していたんだけど、それに収められない我が身の未熟さよ……


第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)⑤」

 近付いてくるシャボン玉の速度は決して速くはない。

 と同時に、そのスピードは一定に保たれ変化は見られない。

 しかし露伴やなのはのいる方向を明確に目指していることから、意思のようなものがあるのではないかと思われる。気になるのは「生物としての存在感」が、どうにも希薄に感じるという点だ。

 

「ということは、アレは『スタンド』ということか?」

 

 輪郭が()の光に晒されて、ますます視認し辛くなっているシャボン玉を睨みながら、露伴は仮説を立ててみる。

 

 スタンドってなんですか? という視線を送る隣の少女のことは無視して、再び彼は自身のスタンド──ヘブンズ・ドアーを出現させる。

 驚く小学生を更に無視し、シャボン玉に囚われないよう射程距離(間合い)を調整しながら近付ける。

 

「手っ取り早くいくか……【自ら割れろ】!」

 

 白い洋装の少年、ヘブンズ・ドアーが空中に絵を描く。シャボン玉には眼球に相当する器官は見当たらない。だが対象が無機物でもない限り、フライドチキンであろうとヘブンズ・ドアーの能力は適応される。

 見えていようがいまいが、生命エネルギーであるスタンドも露伴の能力からは逃れられないのだ。

 

 ──シャボン玉が生き物やスタンドであるならば。

 

「……ッ、()()()()()()

 ヤツは生物やスタンドじゃあないのか!」

 

「『魔力』も感じられないのでロストロギアでもないみたい……」

 

 ロストロギアって何だ? という隣にいる漫画家の視線を魔法少女は(さっきのお返しとばかりに)無視した。その代わり、手にした杖をシャボン玉へ向けて構えた。

 

「さっきは不意を突かれたけど……レイジングハート!」

 

《all-right. "Accel Shooter" ready》

 

 杖からの返答と供に、その先端の周囲に淡いピンク色の光球が幾つも発生した。シュルシュルと微細な音を立てながら自転している。

 露伴が好奇と驚愕の表情を浮かべながら「おおっ」と声を漏らす。

 

「シュートッ!」

 

 そんなリアクションを少女は(やはり完璧に無視されて少し怒っているのであろう)無視して、愛機(デバイス)に射撃指示を与えた。

 瞬間、凄まじい速度で一斉に光球群が撃ち出されていく。単純な直線運動ではなく、1つ1つが独立した曲線軌道を描きながら。桃色の残像が線を引くように空中に残り、辛苦をもたらす球体に突き刺さらんとする様子は獲物へ飛びかかる蛇の群を思わせた。

 

「あッ」

 

 しかし蛇は獲物に食いつけなかった。

 いや、シャボン玉に命中はしている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(あのシャボン玉には実体が無い!?)」

 

 魔法攻撃が全く通用しなかった事実に、なのはは驚愕する。幽霊的な存在であっても、魔力の塊である射撃魔法ならば何らかのダメージを与えられた筈なのだから。

 目標を透過してしまった光の弾丸は、そのまま離れた地面に着弾して穴を穿つ。

 攻撃を受けたシャボン玉は気にした様子もなく、淡々と2人へ向けて進行を続行してくる。

 

「とりあえず距離をとろう。

 接触して取り込まれさえしなければ安全だ」

 

 ノロノロと近付いて来るも段々と視認しづらくなっていく球体を見失わぬよう注意を払いながら、とりあえず露伴は隣にいる魔法少女に提案する。

 あれに囚われるとどうなるかを身をもって知ったなのはは、漫画家の進言に同意した。

 

 危険極まるシャボン玉から目を離さぬよう凝視したまま、慎重に後退(あとずさ)りする。

 変わらず2人を追尾してくるが、速度を上げる事はしてこない。

 態勢を立て直し対策を練るためにも、露伴はなのはに問い質さなくてはならないことが多くあった。

 

「……端的に尋ねるが『アレ』は一体『何』で、君は『何者』なんだ」

 

 もちろんシャボン玉からは視線をそらさずの質問だ。

 

「……」

 

 なのはも自身を苦しめた球体を睨みながら、応答には一拍を置いた。

 

「始まりは先月からです。

 海鳴市の街中(まちなか)で、いきなり苦しみだして意識不明になる人が続出する事件が何件も発生しました。

 今日までに8人、そのうち3人が亡くなっています」

 

 露伴が最高に美味いチーズケーキを食べている時に聞いたサイレンも、これまでと同様に苦しみだして倒れた被害者を搬送する音だったそうだ。

 途中で席を立ったのも、事件の調査に向かうためだという。

 

「でも病院の検査や私達の調査でも原因が全然判らなくて……」

 

 それでとりあえず事件現場の近くを探索しているときに、あのシャボン玉からの不意打ちを受けてしまったらしい。

 そのお陰で事件の原因が『奇妙なシャボン玉』だと判明したわけだが。

 

「(『()()』……ねえ……)」

 

 しかし露伴は説明の端々(はしばし)に引っ掛かるワードに興味を示していた。といっても敵性物体から意識を外すような愚行はおかしてはいない。

 

「(母親の反応からすると、なのはの調査については了解していたみたいだな)」

 

 どうやら、なのはは組織的に動いているらしい。

 街の人間が「詳細は知らないが事件が起きたことだけ知っている」のも、その組織が『魔法』で隠蔽したのだろう。

 

「で、私は調査してる人達に協力してる一般人で……」

 

「……いつからあんな物騒な魔法を撃つようなヤツを一般人と呼ぶようになったんだ」

 

「はうっ!?」

 

 到達まで数メートルの距離があるからか、2人の間にはそんなやり取りを交わす余裕があった。

 

「さて、そろそろ対策を講じないとな」

 

「魔法による攻撃も、先生の変な能力も通じませんでしたしね」

 

「変な能力とはなんだ、君の命を救ったありがたい能力だぞ」

 

 ただスタンドについて説明するには時間が足りないし、そんな場合でもない。いや、スタンドの説明をする時間があるなら、先に魔法について取材したい……というのが露伴の正直な気持ちなのだが、そこは空気を読んで言及しないでおく。

 

「物理的な力なら壊せるか……?」

 

 魔法弾を透過しているので期待値は低いが、なにせ魔法は世の(ことわり)から外れた別次元の法則だ。

 純粋な物理法則による単純な力技で、意外とあっさり破壊できるかもしれない。

 問題なのは露伴自身にアレを破壊できるだけのパワーがあるかどうかだ。

 

「まあ、そこは古代の人間に(なら)うとしよう」

 

 そう口にすると、露伴はチラリと周囲を見渡し、近くに落ちていた拳3つ分ほどの石を発見して手に取った。近付いて殴るのはリスクが高いので投擲するつもりである。

 それを見ていたなのはは眉を八の字にしながら「いくらなんでも短絡的なんじゃあないですか?」と苦言を呈した。

 投石で事態が解決したら、死ぬ一歩手前まで苦しめられた自分が馬鹿みたいに思えたからだ。

 

「訳のわからないものを簡単な方法で排除できるなら万々歳じゃあないか」

 

 そう言って露伴は投石のフォームに入った。

 だがしかし。

 

《マスター!》

 

 焦りの色を隠しきれないレイジングハートの警告。

 それが何の警告であるのか2人には瞬時に理解できた。

 

 視認できる輪郭が朧気になりながらも、ついさっきまで数メートル先に浮かんでいたはずのシャボン玉が消え失せていたのだ。

 文字通り、影も形もない。

 

「な、何イイィーーーーーーッ!?」

 

 一瞬だ。ほんの一瞬だ。

 石を拾う、その一瞬だけ視線を外しただけだ。

 なのにその一瞬で姿を消して見失ってしまった。

 

「あッ、そんな!?」

 

《消失の瞬間を探知できませんでした!

 ですが物理的に消失したのではなく、太陽光と光の屈折率の作用により視認不能な状態にあるものと推測されます!》

 

 つまり先程の魔法弾のように太陽光すら透過して歪め、完全に透明になってしまったという事か。

 そう仮説を立てる露伴の額に大粒の汗が吹き出す。

 

 「(……段々と見え辛くなっているとは思っていたが、獲物を補足しやすくするための保護色機能といったところかな)」

 

 頭の良さそうな『喋る杖』がいながら、なのはが不意を打たれた理由がこれだった。

 意図したものなのか、自然とそうなるようにできているのかは分からないが。

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 

「ろ、露伴先生ッ! 急いで離れないと、また……ッ!」

 

「落ち着け、だったら『見える』ようにしてやればいいだけだ」

 

 漫画家なのに、実戦経験だけは豊富に積んでいるのが岸辺露伴という男である。

 石を掴む方とは反対の手で、地面のサラサラな土を握り混む。

 そしてそれを相撲取りが土俵で塩を撒くよりも広く拡散するよう、シャボン玉がいた辺りへ投げつけた。

 土埃が煙幕となり「ブワァーーッ」と空中に舞っていく。

 

「先生ッ、そんなことしても土埃は通り抜けちゃって意味無いですよ!」

 

「ああ、そうだな。だが影の位置はどうかな」

 

 上から降り注ぐ太陽光が空中を漂う土埃を照らし、地面に淡い影を落とし込む。

 しかしよく見ると、土埃の影がおかしなことになっている。

 薄く広がる影の一部が、周りと比べて()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「光の屈折率の関係で姿が消えているように見えるなら、影の位置も屈折率の分だけズレる筈だ。

 太陽の位置から考えて……」

 

 蒼天に座す太陽の位置を一瞥すると、再び影に視線を落とした。

 

「どうやら明るくなってる部分から、ちょいとズレた場所にシャボン玉は浮いてるらしいな」

 

 精密な位置は測定できないが、あれだけの大きさなのだから、おおよその位置さえ掴めれば適当に投げても命中するだろう。

 

「こんな方法で……」

 

「今だ、投げるッ!」

 

 呆れるような少女の声を無視して、露伴が再び石を構えようと動き出す。

 その露伴の上半身を背後から「ムニィィ」と包み込む感触が襲ってきたのは、そんな瞬間だった。

 

 景色が薄い幕に覆われたかの如く、微かに歪む。

 

 キラキラと輝く砂のような堆積物が露伴の体に押されて舞い上がるのが視界の端で見えた。

 

「何」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう認識して呟いたと同時に、露伴の全身に未だかつて体験したことのない激しい『電流のような苦しみ』が突然沸き起こる。

 

「ぐおおおオアァァァァーーーーーーーーッ!!」

 

 反射的に体が痙攣し、叫び声を上げる喉の筋肉も急速に収縮、強制的に声を遮断されてしまう。

 

「先生ッ!?」

 

「(()()()()()()()()()()()())」

 

 呼吸ができない。手足が虚空を掻きむしり、左右に身をよじらせ、頭が後ろへ大きくのけ反る。

 その足掻(もが)く動きに合わせるかのように堆積物が巻き上げられ、露伴の体にまとわりついた。

 苦しい。ひたすらに苦しい。

 筋肉が、骨がきしむ。激痛が走る。

 なのに沸き起こる苦しみ自体に()()()()()

 あくまで一方的に苦しみを与えられているようだった。

 

 そんな苦痛に苛まれ、混乱の極致にありながら、露伴はなのはを発見する前に遭遇したものを思い出していた。

 

「(カ、カモメだ……ッ!

 ここに来る直前ッ、2匹のカモメが死んで落ちてくるのを見たッ!

 あのとき既に、2体目が僕達の頭上を漂っていたんだッ!)」

 

 カモメの死体に警戒して、複数いる可能性を考慮すべきだった!

 露伴は後悔するが、すぐに脱出を試みる。

 強く握り込んだ石を振るって、内側からシャボン玉を破壊しようとしたのだ。

 

 スカァッ

 

 しかし、まるで手応えがなかった。

 空振りしたも同然に、石も露伴の腕も『膜』を透過してしまったのだ。

 更に堆積物が撒き上げられる。

 光の中で溺れているような感覚だった。

 

「(マズイッ! 物理攻撃も効かないッ!

 む、無敵かッ、コイツッ!)」

 

 完全に余裕というものが失われた瞬間である。

 

 岸辺露伴は、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 




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