漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない   作:砂上八湖

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お待たせいたしました。
今話で第1話は終了です。


5/17 後半部分に露伴の独白などを加筆、軽微の修正
5/23 加筆
6/1 指摘のあった誤字を修正



第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)⑥」

 質量のない海で溺れている。

 露伴は無駄と知りつつ、再び手にした石でシャボン玉を内側から割ろうと(逆向きに引き吊る筋肉と関節を酷使しながら)腕を振るった。

 だがやはり破壊の手応えはおろか、命中した感触すら伝わってこない。

 ただ泡の中を舞う粒子を、更に撹拌させるだけにとどまるのみだ。

 

「露伴先生ッ!」

 

 なのはが突如として現れた『2体目』に驚倒しながら、数分前の自分のように囚われてしまった露伴を救いだそうと手を伸ばした。

 

「(馬鹿なッ、『1体目』から目を離すんじゃあないッ!)」

 

 少女がしてくれたサインとは違う意味を込めて制止のハンドサインを送るが、間に合わない。

 

《Master!》

 

「あッ」

 

 なのはの幼い顔が、迂闊な自分の行動から後悔に歪むのが見えた。小さな四肢がビクリと震える。

 同時に、シュポォォーーーンッという無音の擬音が可視化したかのような錯覚が露伴の視覚を襲う。最初に確認したシャボン玉が、再びなのはの身体を包み込んだのだ。

 即座に浸透してきた激しい苦しみに、少女の全身が大きく反り返る。

 

「(クソ……ッ、このままじゃあ共倒れだッ

  この苦しさで上手くスタンドが出せないから、あの時のように吹っ飛んで脱出もできないッ)」

 

 露伴の人生において、これほど「生命の危機」を感じたことはない。だが不思議なことに「もたされる苦しみへの不快感」はあっても「死への恐怖感」は感じなかった。

 あれだけ啖呵を切っておきながら足掻(もが)くしかできない今の自分に腹立たしさや、この『攻撃』の仕組みを解明できなかった悔しさを覚えもするが、それ以上に「もう漫画を描けなくなるのは困るな」という何処か呑気な考えが脳裏に浮かぶことの大半だった。

 

 他人事のように冷静な思考とは裏腹に、身体は反射的にジタバタと虚空を掻きむしる。

 手にしていた石が地面へ落ちる。

 

 その都度、シャボン玉の内部に滞空する微粒子が陽の光を受けて輝く。

 その光景に包まれながら露伴が責苦のダンスを踊る。

 呼吸できない口が空気を求めて何度も開閉される。

 身を(よじ)って、酸素を渇望して、渋難にのたうつ。

 この度に揺れる粒子が口に入ってしまうが、それを気にする余裕はない。

 更に加速する苦しみの中にあって、実に幻想的な光景だった。

 

「(ああ……こんな状況でなかったら、この光景をスケッチしたのになあ……)」

 

 ──スケッチ。

 その単語を思い浮かべた瞬間、一流の漫画家として培ってきた観察眼が急速に記憶と連動し始める。

 このスノードームめいた物体の内部には、常に粒子が舞っていた。

 

 本当にそうだったか?

 

 いや、違う。

 露伴は然程(さほど)遠くない位置にある記憶を引っ張り出して否定する。

 なのはを助け出したあと、シャボン玉の底部に粒子は堆積していなかったか? それこそ「シェイクする前のスノードーム」のように。

 

 再度の重苦に呑まれながら魔力弾を内側から放つも、望んだ効果が得られず焦りの表情が濃くなるなのはの姿にピントが合う。

 

「(そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)」

 

 すぐ隣まで命の危機が這い寄ってきても、逆に露伴の思考はクリアに研ぎ澄まされていく。

 

 シャボン玉の中が真空になっている訳じゃあない。

 でなければ粒子が長々と宙を舞えるはずがない。

 外からも内からも物理的な物を透過するのだから、外から中へ、中から外へと空気も透過していっていると考えるのが自然だ。

 

 ならばシャボン玉内に毒ガスが充満している?

 可能性は高いが、毒ガスの発生源は何処だ?

 

 発生源。

 シャボン玉の内側にあるもの。

 

 スケッチしたい幻想的な光景。

 

 堆積する粒子。

 宙を舞う粒子。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「ま、さか」

 

 露伴は痙攣する喉に力を込め、渾身の気力を振り絞って鼻で空気を吸い込んだ。

 煌めきながら躍り狂っている粒子の一部が、空気の流れに誘われて露伴の鼻孔から体内へと滑り落ちていく。

 次の瞬間、露伴の体内で衝突を繰り返しているかのような苦しみの暴走が、その度合いを増した。

 

「(やはりそうか!

  この粒子を吸わせることで『苦しみ』を与えているッ!)」

 

 大抵の生き物は『動いて』いる。

 その『動いて』いる生き物を包み込めば、当然ながら中の粒子が舞い上がる。

 舞い上がった粒子を吸い込むと苦しみが襲ってくる。

 苦しみから体が大きく反応すると、粒子が撹拌されて更に粒子を体内へと摂取することとなる。すると苦しみが増大するから、体の反応も一層大きくなる──

 その悪循環の中に閉じ込める仕組みなのだ。

 

 同時に露伴は悟る。

 この一方的に苦しみを与えるシャボン玉に囚われたからこそ、スタンド能力という生命エネルギーを使う人間だからこそ理解できたことがある。

 

「(こいつは確かに生物じゃあない!

  『攻撃』を喰らった僕には理解でき(わか)るッ!

  こいつは『()()()()』だッ!)」

 

 海面温度と水蒸気を糧として台風が動くように。

 大陸プレートの歪みが元に戻る衝撃で地震が発生するように。

 皮膚表面が気化熱によって急激に冷やされ、切りつけられたような傷の(あかぎれ)を生む「かまいたち現象」のように。

 

 このシャボン玉は生物の生命エネルギーに反応し、苦痛という生命エネルギーを糧にして動く自然現象の一種なのだ。

 いや、生命エネルギーが関係しているなら「大自然が産み出した独立行動型のスタンド」と言っても良いのかもしれない。

 自然現象の一種なのだから魔力探知もできないし、魔法攻撃も物理攻撃もすり抜けるし、露伴のヘブンズ・ドアーも効果を発揮しなかったのだ。

 

 発生した原因はもちろん、発生する条件も何もかもが不明なままだし、おそらくこの先も判明することはないだろう。

 ただ不運な生き物が包み込まれ、更に運が悪ければ命を落としていく。

 それが今後も繰り返されていくのだ。

 

 今の露伴やなのはのように。

 

「いや、()()()()()()()

 

 (さいな)む苦しみの中、勝利を確信した露伴は穏やかに呟いた。

 苦しみのあまり身体を動かすことで更なる苦しみを与えられるのならば。

 対処法は簡単である。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし人間は外部から与えられる渋苦に対しては、条件反射的に反応してしまうものだ。言葉にしてみるのは簡単だが、ほぼ不可能に近い対処法といえるだろう。

 

「ろ……はん、せん……せ……ッ!」

 

「動くなよ、と言っても無理な話か。

 だが敢えて言うぞ、()()()()()()()()

 

 自分と同じ苦痛に蹂躙されているであろう人物から冷静に告げられたなのはは、一瞬だけ苦しみを忘れて露伴の顔を見た。

 

 パラリ、と覚えのある感覚が彼女の右頬に伝わってくる。

 

 露伴は鋭い眼差しと共に、伸ばした両手の指を

なのはへと向けていた。

 見れば彼自身の体も、なのはと同様に表面がページのようにめくれているではないか。

 

 なのはは、再びあの白ずくめな少年のビジョンを目撃した。

 『勝利の確信』を得た露伴にとって、スタンド能力を使うことなど()()()()()

 

 少女と少年の視線がぶつかる。

 そのタイミングで、ヘブンズ・ドアーの指先によって目にも止まらぬ速度の「書き込み」が発生した。

 

 肉体を『本』にして記憶や情報を閲覧し、時にはページに直接「書き込む」ことで様々な影響を与えることが可能な能力。

 それが岸辺露伴のスタンド『ヘブンズ・ドアー』。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その命令文が、なのはと露伴の「ページ」へ

瞬時に書き込まれた。

 その瞬間、まるで2人の時間だけ停止したかのようにピタリと動きが止まった。シャボン玉によってもたらされていたものとは別種の、完全に「自分の意思に反した動き」である。

 

「(えっ、えっ、なにこれ!? なにこれ!?)」

 

 スタンド能力というものについて何一つ説明されていないなのはにとって、全く未知の体験だった。

 魔法による拘束(バインド)でもない、精神干渉(コマンド)でもない。けれど自分に対する攻撃ではないことだけは直感で判るのは幸いだった。

 

 体が動かなくなったことで、粒子の動きが沈静化し、やがてシャボン玉の底部へと降り積もり、地層のように沈殿していく。

『コーヒーカップの底に溜まった砂糖』のように。

 

 それと並行し、2人から急速に苦痛が薄れていった。

 

「(ッ! シャボン玉が……移動していく……!)」

 

 完全に粒子が曲線の底を埋めると、スルリとシャボン玉が同時に動き出した。

 シャボン玉の方から動く場合は粒子は舞わないらしい。漫画家と魔法少女の身体をすり抜けていく際も、堆積した苦難の粉末が踊り出すことはなかった。

 

 シュルシュルと、2つのシャボン玉は海の方へと流されるように移動していく。一定の『苦痛(エネルギー)』を得たので、動かなくなった2人は用済みということなのだろうか。

 壁や倉庫をすり抜け、大海原の上へ滑り出し、やがて見えなくなるまで露伴となのはは不動を貫いていた。

 あのシャボン玉が引き返してこないとも限らなかったのもあるが、不意打ちの『3体目』を警戒してのことでもある。

 

 そして数分間。

 戻ってくる様子も、新手のシャボン玉が襲ってくる様子もない。

 

「どうやら……心配は要らないみたいだな」

 

「……はい」

 

 自分となのはに書き込んだ『命令』を解除して、露伴は深い深い一息を()いた。

 そして凶悪な性質をもつ半透明な自然現象──名付けるとしたら『漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)』だろうか──が消えていった海を眺める。

 

「(対処法が判ったとはいえ、2度と遭遇したくないな。

 まあ、漫画のネタにはなったから良しとするか)」

 

 とはいえ、と露伴は思考を巡らせる。

 この海鳴市では2つも『漂流』していた。

 では日本には──いや、世界には一体どれほどの数が『漂流』しているのだろうか。

 テレビのニュースやネットの記事で(たま)に見かける「原因不明の突然死」は、もしかしてアレの仕業だったりするのではないだろうか。

 

「もしかしたら都市伝説の『くねくね』の正体もアレだったりして……」

 

 一方、動けるようになっても、しばらく周囲を警戒していたなのはだったが、安全が確認できると同じように深い溜め息を漏らしながら(レイジングハート)を下ろす。

 そこでしばらく圧し黙っていたのだが、やがておずおずと「一般人」であるはずの漫画家へと話しかけた。

 

「あの、露伴先生」

 

「なんだい? 君の命を2度も──2度もッ 救った、この岸辺露伴に何か用かな?

 もしもその『お礼』がしたいと言うんであれば……そォ~~~だなァ~~~

 君への取材という形で返してもらってもいいんだぜ?」

 

 ものすごい勢いで恩着せがましく取材交渉してきた漫画家に、若干どころか大きく「引き」ながらも、魔法少女はどうにか愛想笑いを浮かべてみせた。

 

「とりあえず詳しい話を伺いたいので、同行してもらえますか?」

 

「おっ、つまりそれは君が所属してるであろう組織へ連行されるってことだろう!?

 スケッチブックとペンを買い足しに行ってもいいかな!? 絶対に手持ちのでは足りなくなるからな!

 いや~~~こんな経験、滅多にできないぞ。僕はツイてるなァァ~~~」

 

 上機嫌というよりも変なテンションになってしまっている。

 『魔法』や関連する事象に触れられるのが余程うれしいのだろう。

 自分を助けてくれた頼れる大人の面影は何処へやら。

 まるで遠足前日の小学生のようだった。

 

 海鳴市に置かれた支部の責任者を任されている友人から念話で指示が来たとはいえ、本当にこの漫画家を支部へ連れていって大丈夫なんだろうか?

 なのはは急に心配になってくる。

 

 ……遠くでカモメの群れが憐れむように鳴いていた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 




「Floating Through Space」
オーストラリアの歌手シーアとDJデヴィッド・ゲッタによる楽曲。


次回は幕間を挟んで第2話になります。
今後もよろしくお願いいたします。
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