本物を求める青年と救いたい少女   作:ばやす

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第10話

 

トーストを食べ終えて、食器を洗った後、着替えて買い物に向かう。今日は世間一般に言う休日で、渋谷には人がごった返していた。

 

今は11月で段々と寒くなってきたため、冬物の野菜が安くなってきていた。苦手なトマトは生憎夏野菜のためいつもより高かった。

 

持ち前の目を使って人混みを避け、サッと買い物を済ませて家に帰る途中で信号を待っている時、2人の女子高生の会話がふと耳に入ってきた。

 

「ねぇ知ってる?最近結構音楽をネットに上げてるownってアーティスト。」

 

「あ、知ってる!聞いたこともあるよ。なんて言うか、心にグサッてくる曲だよね。」

 

「うん。歌詞もすごく重くて、歌い方もまるで叫んでいるようでね。」

 

何気ない彼女達の日常会話が、何故か耳から離れなかった。ownか。帰ったら聞いてみるか。

 

何をどう生きたらこのような曲が生まれるのだろうか。帰宅し、自分の部屋でownの音楽を聞いた俺が、まず真っ先に思い浮かんだのはそんな事だった。音楽には、どんな曲にでもある程度の感情が篭もるものだ。POPなら明るい感じ、失恋ソングなら悲しい感じ。そんなイメージをみんな持っているだろう。

 

しかし、ownの音楽は次元が違った。死にたい。消えたい。希望なんて一欠片も見えない、真っ暗で、尖っていて…、過去の俺なら共感したであろう曲だった。

 

セカイでの話を聞いた後ならハッキリと分かる。

 

これは雪…、朝比奈まふゆが手がけた音楽だ。

 

ニーゴで活動している時はここまで顕著な曲は無かったが、これが恐らく、彼女の本心なのだろう。

 

曲を聴いたあとの鳥肌が収まらないまま、昼食を作るためにキッチンへと向かった。

 

 

その日の25時、雪はナイトコードにはいなかった。

 

「あれ?雪が居ないね。」

 

「ホントだね。昼間にはまた夜にねっていってたのになぁ。」

 

どうやら昼の間はいたらしい。ならば旅行などとは考えづらい。

 

「amia、雪からなんか聞いた?」

 

「いや特に何も。強いて言うなら、雪のお母さんが結構な毒親だなって思っただけ。」

 

「それ、どういうこと?」

 

「いや、関係ないだろうし、言うのはやめとく。」

 

「まぁ、雪ちゃんと学校行ってるらしいし、疲れちゃったのかもね。」

 

という会話が聞こえてくるが、恐らくそうじゃない。会話の中で出た親のことや、その他のことで今日彼女に限界が来たとしたら?俺だったら静かで誰も来ない場所でずっと一人でいたいだろう。

 

 

……まさか

 

誰も来ない場所。静か。消えたい。

 

もしも、彼女がセカイの存在を知っていたとしたら?

 

結論を出す前に、俺は即座に「untitled」を開いた。

 

 

スマホから出た光に包まれたと同時に、どこまでも真っ白で、虚無の広がるセカイに俺は一人佇んでいた。

 

しかし、今日のセカイの客は俺一人では無いらしい。とは言ってももう一人はこのセカイの主人なので、客という表現では俺一人なのだが。

 

「雪であってるか?今日、ナイトコードにこないと思ったら、こんな所にいたのかよ。」

 

そう声をかけると、彼女…朝比奈まふゆは静かにふりかえる。彼女の目は何も映しておらず、見ていると飲み込まれそうなぐらいの深い闇が広がっていた。

 

「その声は、アハトだね…。なんで、ここにいるの?」

 

「今日ナイトコードにログインしてなかったし、もしかしたらと思ってな。」

 

そう返すと、ふぅんと特に気にもとめない様だった。

 

「それで?私を連れ戻しに来たの?だったら私は戻らないよ?」

 

どうやら相当に追い込まれているらしい。いや、追い込まれているという表現は違うな。全てがどうでも良くなったと言うべきか。

 

「いや、別に連れ戻そうとは思っていない。ただ雪が戻ろうと思うまで、俺がここにいるだけだ。」

 

雪は特に気にも止めずに好きにしたらいいよと返した。了承は得たので、俺は彼女と背中合わせになるように静かに座る。

 

そのまま何も話さずに、ただ時間だけが過ぎていく。十分経った?それとも一時間?はたまた一日?時間感覚は無いが、スマホを確認する気には全くなれなかった。かなり経っているはずだが、空腹にはならなかったし、喉も渇かなかった。

 

「なんで私のそばにいてくれるの?」

 

ふと、彼女はそう尋ねた。

 

「別に…。俺がここにいたいからってだけだ。」

 

「ふぅん。変なの。」

 

ナイトコードでのボイスチャットとは全く違う言葉遣いだ。おそらくこちらが本当の朝比奈まふゆなのだろう。

 

それから、またただ時間だけが過ぎていく。来た時のピリピリした空気はどこにもなかった。まるで俺たちが空気に同化したような心地がした。

 

「静かだね。」

 

もうしばらく経つと、まふゆがポツポツと話しかけてくるようになった。

 

「来た時に見たけど…、アハトの目はどうしてそんなに腐っているの?」

 

ふと、そんな質問が飛んできた。

 

「まぁ、向こうの腐った現実を散々見てきたからな。聞くか?俺とこの目の馴れ初め。」

 

背中越しにこくりとうなづいたのを感じたので話し始めた。

 

産まれた時はまだ目はキラキラと輝いていたこと。

 

妹が産まれてから親は俺に構うことが無くなったこと。

 

幼稚園、小学校、中学校といじめられ続けたこと。

 

その段階で段々と目が腐り始めたこと。

 

高校での出来事。

 

彼女は終始無表情で聞いていた。

 

「…辛かった?」

 

そう聞いてきた。普通の人なら同情する所なのだろうが、帰ってきたのはあまりに不躾な質問。このセカイの様に、きっと彼女は何一つとして感情など持ち合わせてはいないのだろう。

 

「楽しくなかったことは確かだな。」

 

と返すと、また静かに時間だけが過ぎていく。

 

 

「…私の話、聞いてくれる?」

 

「…話したいなら勝手に話せばいい。」

 

そう。と言ってポツポツと話し始める。

 

「もうアハトも気づいてると思うけど、私、感情が無いんだ。嬉しいと思うことも悲しいと思うこともないし、ただ、消えてしまいたいって思ってるだけ。」

 

俺はただ黙って彼女の話を聞く。

 

「親や友達が望む理想の私を演じている間に、分からなくなっちゃったんだ。 やりたい事も、好きな食べ物も嫌いな食べ物も、何もかもが分からなくなっちゃった…。」

 

どうやら相当に重症らしい。俺は誰からも求められずにただ目だけが朽ち果てた。しかし彼女は周りからの押しつけに応え続けるうちに心までもが朽ち果ててしまった。

 

「アハトは、こんな私をどう思う?」

 

俺は思ったままに答えた。

 

「別にいいんじゃねぇの?」

 

彼女は少し…、ほんの少し面食らったような表情を浮かべた。

 

「これは俺の昔の話なんだけどな?」

 

今日はいつもの言葉は使わない。今の目の前の少女には感情がない。友達の友達の体験談なんて、目の前の壊れた少女に届きはしないのだ。

 

「かつての俺は、変わることは逃げだと説いた。変わるってことは、今までの自分を否定することだ。だから俺は変わる必要なんてないって思ったんだ。」

 

「だけど、Kと出会って、他の数少ない恩人に出会って、知らない間に自分が変わっていることがあるって気がついた。割と最近だけどな。」

 

「だから…、変わろうとする必要なんてないし、意識的に変えられるならそんなものは自分じゃない。それに俺は、偽りでできた欺瞞の関係が大嫌いなんだ。だから、いつものボイスチャットの猫撫で声なんかよりも、今のお前の方が好きだぜ。」

 

まふゆはほんの少しだけ、淡い笑みを浮かべた。

 

「本当の私を見つけてくれたの、アハトが初めてだよ。だから私、もう少しだけ消えずにいようと思う。アハトは…、アハトだけは私の本物になってくれそうだから。私は朝比奈まふゆ。アハトも本名、教えてくれる?」

 

彼女はそういった。そうか…。彼女もまた、本物を求めていたのか。たとえ偽ったとしても、善人の仮面をつけていても、本当の自分を見つけてくれる相手を。

 

「八幡だ。ま、いいんじゃねぇの?もう少し向こうを満喫しても。だけど、一つだけ間違っていることがあるな。」

 

まふゆはこてんと首を傾げる。

 

「お前にとっての本物は、俺だけじゃない。」

 

その瞬間、二人だけで構成されていたセカイに、一人の従者は三人の客人を連れて舞い戻った。壊れてしまった主人を救うために。

 

「雪…だよね?本当に心配したんだから!」

 

えななんが言う。

 

「そうだよ!何も言わずに一週間もいなくなっちゃってさ!」

 

amiaも続いて言う。…ん?

 

「おい待て、今一週間って言ったか?」

 

「そうだよ…。その間、家にカップ麺がなかったから買いに行くはめになったんだけど。」

 

奏が恨みがましくこちらを睨んで言う。どうやら俺も一週間行方不明ということになっていたらしい。

 

「ま、まぁ俺のことはいいだろう。それより朝比奈。お前のために新たに三人の仲間たちが来てくれたんだ。人生案外、捨てたもんじゃないだろ?」

 

「…うん、そうだね。」

 

こうして、期待に応え続けた末に壊れてしまった少女は、一人の青年と従者によってほんの少しだけ修復され、本当の自分を見てくれる三人の友達を得た。

 

「八幡、ありがとう。まふゆを救ってくれて。」

 

従者は和気あいあいとする四人の少女達を眺めながら俺にそう言った。

 

「生憎だが、俺は救ってないし、まだ救われてもいない。あいつの感情はまだ戻ってないし、些細なきっかけで…、俺が聞いた限りでは少なくとも親を何とかしない限り、また消えたいと思うようになってしまうだろうな。」

 

しかし、そんな俺の言葉に、従者はそんなことは無いと言う。そして従者は、そっとある方向を指さした。そこには、何も無かったはずのこのセカイに、一輪だけ、白い花が凛と咲いていた。アネモネだ。色は背景と何ら変わらないが、その花は背景と同化することなく、その存在を誇示していた。

 

「白いアネモネ…。期待、か。」

 

昔、花に興味があった時に調べた花言葉がまだ頭に残っていたらしい。とは言っても、この花以外はまるで覚えていないが。

 

このセカイも、まふゆが感情を取り戻した時には花畑に変わるのだろうか。そんな意味の無い事を考えながら、ミクと共に四人の少女達をいつまでも眺め続けた。

 

 

 

ヒロイン別でルート分けた方がいい?

  • 分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
  • 分けるな。1本でいけ。
  • その他。この質問にその他ってある?
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