本物を求める青年と救いたい少女   作:ばやす

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第13話

 

 絵名が泣き止んだ後、昼から一緒に出掛けることになった。財布は株で大儲けしたのでホクホクだし、こっちに来る前は結構な頻度で誰かのショッピングに駆り出されていたので荷物持ちには自信がある。11時に昼は食べずに集合とのことで一度解散する。

 

 思い切り演奏して歌って汗が凄かったのでシャワーを浴びてから着替える。ぶっちゃけ一睡もしていないが一日ぐらいは平気だ。まだ奏はぐっすりと寝ているのでとりあえず自分の分のトーストだけ用意して食べる。食器は後から奏も使い、今洗うと二度手間となるので今は洗わずにシンクにおいておく。水につけた方が汚れが落ちやすいとも言うが、細菌が繁殖しやすいとも言う。どうしたらいいのだろうか…。

 

 部屋に戻って特にすることもないのでキーボードを触る。今までは本を読むのが趣味だったが今では音楽が第一の趣味だ。楽譜は用意せずにただ思ったようにキーを弾くだけ、それがたまらなく楽しい。思ったように演奏するだけだからいい曲が引けたと思っても覚えてなくて譜面に写せないのが玉に瑕だが。

 

 何も考えずにだらだらと演奏していると奏が起きてきたので奏の朝ご飯を準備する。ちょっと前に聞いたが、俺が来る前までは朝昼夜と缶詰かカップラーメンだったらしく、どうしてそんな不摂生な食生活で肌が綺麗なままなのかが気になった。普通なら肌荒れを起こしていても不思議ではないのだが…。

 

 奏が食べ終わった後は部屋で二人でセッションする。俺が伴奏で奏が歌う。誰かとうたうときの楽曲は自作の時もあればカバーの時もある。さすがに誰かとセッションするときに自分の思うがままに演奏しても併せられないからな。セカイではコンセントが無くキーボードが使えないので部屋でするときは基本キーボードを使う。グランドピアノもあるにはあるのだが、これは俺と奏では調律できないので使う日が来れば調律師に依頼する予定だ。

 

 そうこうしている間に時間になったので支度をして奏に声をかけてから家を出る。お財布よし、服装は…、今日のショッピングで絵名に見繕ってもらうか。あいつ私服のセンス結構いいし。今日の予定を計画しつつ、急ぎ足で集合場所に向かった。

 

 

 絵名side

 

 セカイから戻ってきてから朝ご飯を食べて部屋でイラストを描く。八幡の言葉が心に沁みわたって、今までただ認められたい一心で描いてきたものが今ではニーゴのみんなの期待に応えるためと、絵を描く理由が変わった。この変化が良い方向へと向かうのかはまだ分からないが、今までよりも凄く気分も調子もいい。さっきも彰人に

 

「絵名、いつにも増して機嫌がいいがなんかあったのか?」

 

 と聞かれた。自分ではそんなに表に出していないつもりだったが彰人にはまる分かりだったらしい。今日は友達とデートに行くと言ったらびっくりされた。あの絵名が⁉と驚かれてムッとしたので蹴りを入れておいた。

 

 いつにも増して集中していたらいつの間にかちょうどいい時間だったので自分が今できる最高のおしゃれをして家を出る。彰人は前に話していた相棒くんと出かけたらしいので家にはお父さんしかいなかった。出る前に行ってきますと声をかけると、お父さんは驚いて目を真ん丸にした後でいってらっしゃいと返してくれた。どうやら八幡が言ったように本当に嫌われているわけではないらしい。そんな事実に少し嬉しくなる。

 

 いつも出掛ける時よりも心なしか足取りが弾んでいた。

 

 

八幡side

 

 渋谷駅で待つこと十分、手を振ってこちらに向かってくる絵名が見えた。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって!待った?」

 

「そんなに待ってないぞ。」

 

 絵名は「そこは今来たところっていうでしょ」と言うが、生憎そんなリア充みたいなセリフは知らない。

 

 そろそろ行こうかと絵名が歩き始める。今日は全部俺持ちだからか絵名の足取りが弾んでいるように見えた。そりゃそうだ、他人の金で食う飯ほどうまいものはない。つまり専業主夫は至高だということだ。

 

 そんなバカなことを考えながら絵名についていくと、メンズの服屋についた。服を選んでほしいとはまだ頼んでいなかったがそんなに俺の服は見ていられなかったのだろうか。(グレーのパーカーにチノパン)

 

 店の外観は凄くおしゃれで、俺にとっては場違い感が半端ない。そんなことは気にも留めず絵名は店に入って手招きしてくる。ここでうだうだしていてもしょうがないので渋々店に入る。

 

「全く…、なんであんなに音楽はできるのにファッションはてんでダメなのかしら…。」

 

 まずは自分で選んでみろと言われたので自分が気に入ったものを持って行ったが全滅だった。この店にはいい服が多いがどうやら俺は合わせ方がなっていないらしい。やれやれと言った感じで絵名が俺の代わりに服を見繕ってくれる。着せ替え人形になって、ようやく絵名は満足したのか納得のいった表情をしていた。

 

「うん、これでいいと思う!目はあれだけど素材はいいから結構凝ったファッションが試せるわね。」

 

 目があれなのはデフォルトだから仕方がない。選んでもらった服を購入して店を出る。普段の服の4倍くらいしたが、この服も結構気に入ったので特に気にはならない。

 

「さぁ、次はメガネ屋に行くわよ!」

 

「俺、目は悪くないんだけど…。」

 

「ファッション用の伊達メガネよ。私はあんたの目は嫌いじゃないけど服と合わせるなら少しでもましな方がいいでしょ?」

 

 確かに一理ある。というわけでメガネ屋にやってきて試しに着けてみたわけだが…

 

「えぇ⁉め、メガネひとつでこんなにも変わるんだ…。」

 

 絵名も店員さんも驚愕していた。そんなに変わるものなのか疑問に思って鏡を見てみると、

 

「…いや、誰やねん。」

 

 思わず関西弁で突っ込んでしまった。それぐらいまでに長年の付き合いだった目の腐りが無くなっていたのだ。案外メガネを外しても治っているんじゃないかと思ったが、外した途端にいつもの自分に早変わりだった。

 

メガネを買うのは絶対だと言われたので購入する。さっき鏡を見た時に思ったが案外悪くないので着けたまま絵名のショッピングに付き合うことにする。

 

メガネ効果なのかさっきよりも多くの視線に刺されるが気にしたら負けだと絵名の隣を歩く。俺持ちだからとどっさり服やアクセを買うのかと思ったがそんなことはなく、本当に欲しいものだけをちまちま購入していた。

 

少し歩くと、モール内に今までは見たことのなかった楽器店があった。

 

「あれ?ここに楽器屋さんなんてあったかな?新しく出来たのかも!八幡、寄ってこ?」

 

特に断る理由もなかったし、普段使っているもの以外の楽器も見てみたかったので入店する。中にはバンドに使う基本的な楽器やグランドピアノが置いてあった。

 

「ねぇ八幡、ピアノ弾けるでしょ?ちょっと弾いてみてよ。」

 

グランドピアノには俺も触れてみたかったので、店員さんに許可をとって椅子に座る。キーボードを弾く時は立ってするので少し新鮮な感じだ。しかし弾けないということは無い。

 

深呼吸をして落ち着いてから、そっと鍵盤に触れる。曲は、

 

ベートーヴェン ピアノソナタ 14番 月光

 

俺が学生時代に最もよく聴いた曲の一つだ。この曲を聞いていた約十六分の間は何もかもを忘れられて、ただ自分の世界に入れていたのでよく聞いていた。月光だけではなく、ピアノソナタは全て弾きたかったがあいにく時間が無いので月光だけにする。

 

第一楽章は抑えられない悲しみを込めて演奏する。文化祭で周りから罵詈雑言を浴びせられた時、殴られた時、修学旅行で信じていた二人から拒絶された時。その時のことを思い出して鍵盤を流れるように押す。

 

第二楽章は空元気。奏と出会った当初の俺だ。悲しみを、怒りを、全ての感情を押さえ込んで何も無いように振る舞う様に鍵盤に触れる。

 

第三楽章は溢れる感情。信じられる仲間を得られた喜び。本物が目の前にあるという歓喜。そして…、元総武生への怒り。なぜ、俺は罵られた?なぜ、俺は殴られなければならなかった?なぜ…、俺は何もしていないやつに拒絶されなければならなかった!溢れ出る感情を全て込めて鍵盤を叩く。

 

周りも見ず、ただ鍵盤を押した、触れた、叩いた。自分だけのセカイに入った。

 

演奏が終わった頃、周りは無音だった。周りを見渡すと、大勢の観客が、ただこちらを見つめていた。不思議に思いながら席を立つと、周りは我に返ったのか溢れんばかりの拍手を俺に送った。俺の演奏が褒められただけなのに、何故か自分のことまで褒められた気がして…、自分の人生を肯定してくれた気がして、悪い気はしなかった。絵名に終わったぞと声をかける前に詰め寄られた。

 

「凄いね八幡!なんか、上手くは言えないけど八幡の今の全てが詰まったような曲だった!」

 

絵名からも高評価を頂いた。その事実に自然と頬が緩む。だから俺は、感情に従ってみることにした。

 

法廷で総武に通っていた葉山、戸塚、川崎、材木座以外のすべての人間を…

 

 

 

法のもとに叩き潰して二度と社会に出れないようにしてやる。今度は、俺の番だ。

 

 

 

ヒロイン別でルート分けた方がいい?

  • 分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
  • 分けるな。1本でいけ。
  • その他。この質問にその他ってある?
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