部屋に引きこもっている奏にただいまと声をかけて自分の部屋に入る。
今日はいつになく良い気分だ。新しく編入した学校は、どうやら殆どの生徒が物好きなお人好しらしい。俺に声をかけてくるし、目だけで偏見を持つわけでもないし。いつになく心が躍った日だった。だけど、それはこの気分の理由の半分にも満たない。
今日、初めてまふゆの感情が聞けたのだ。嬉しいと思う、楽しいと思う。今までこそ分からないの一点張りだったが、俺と…、俺たちニーゴと関わって良い方向に変化してきたのではないかと思う。この調子で変化していって、いつかはみんなでくだらない事で屈託なく笑い合える日が来て欲しいものだ。
晩飯を用意して、部屋でひたすらにキーボードの鍵盤を叩く。生憎セカイにはコンセントがないのでキーボードは部屋で弾くしかない。それに、なぜか今日はセカイに行く気になれなかった。今までこんなことはなかったのだが…。この時にセカイに行っていれば、まふゆの異変にいち早く気づけたのかもしれないのに…。
そんなことはつゆ知らず、俺はショッピングモールに買い物に向かった。
青柳side
少し前にショッピングモールで、ピアノで演奏するクラシックを聴いた。
俺はクラシックが嫌いだった。親父の事をを嫌でも思い出してしまうから。小さい頃からクラシックばかり聞かされ演奏させられた俺は、いつのまにかクラシックが、音楽が嫌いになった。
彰人のお陰で音楽自体は好きになれたが、クラシックだけは避けてきた。はっきり言って、月光が聞こえてきた時はふざけるなと思った。こんな事を思ってもしょうがないのだが、それでもそう思ってしまった。
だけど、気づけば足を止めて彼の演奏に聞き入ってしまった。彼のクラシックには感情があった。悲しみ、喜び、憂い、怒り。親父の演奏を聞いていたときには感じなかった何かが、そこにあった。
きっと、あれこそが本当のクラシック…、いや、本当の音楽というものなのだろう。音と奏者の共存。音と感情の共存。彰人とも感じることのできなかったセカイがそこにあった。
ふと彰人の方を見ると、彰人もまた彼の演奏に心を奪われたらしい。
演奏が終わっても、しばらくは動けなかった。
「あ、あの…」
奏者が立ち上がっておどおどしていた。ハッと我に帰った俺たちは惜しみない拍手を送った。
「…彰人、俺はあんなクラシックを…音楽を初めて聞いた。」
「…俺もだ。悔しいが、ジャンルは違うが音楽への努力と想いは現状ではあいつの方が遥かに上だ。」
彰人は下唇を噛んで悔しそうにしている。だが、それと同時にRAD WEEKENDに並ぶ目標を見つけた瞬間でもあった。RAD WEEKENDがもう生では見ることのできない伝説だとするのならば、彼は俺たちにとっての生ける宿敵にまでなったのだ。
「…ああ。だが、今はまだ無理でも必ず超えてやろう。もっと練習して。」
「当然だ。俺たちは誰にも負けねぇ。あいつも、RAD WEEKENDも超えて、音楽の頂点に俺たちは立つぞ。」
「ああ。」
少しだけ奏者に話を聞こうと思ったが、彰人と話している間に帰ってしまったらしい。また会ったら話を聞こう。きっと有意義な時間になる。そう思ってその日は彰人とひたすら練習をした。目標を超えるために。
八幡side
買い物を済ませる前に、ふと気になったのでこの前絵名と出かけたときにピアノを弾かせてもらった楽器店に立ち寄った。しかし、前に店頭に並んでいた楽器、主にピアノやキーボードはほとんど並んでいなかった。
「あ、君はこの前の!」
ピアノの演奏の許可をとった店員さんが話しかけてきた。
「どうかしたんですか?」
「実は、君がこの前ピアノを演奏してくれてからピアノやキーボードがバカ売れしてねぇ。即決で買って行ってくれる人もいれば数日後に買いに来てくれた人もいて本当にありがたいって感じ。」
なるほど、だからこんなに楽器がガラッと変わっていたのか。俺の演奏がみんなの心を動かせたと考えるととても嬉しくなってくる。
「だからさ!もしよければ今日もピアノ弾いて行ってくれないかな?」
俺も演奏するのは好きだし、みんなが喜んでくれるのならなおさら断る理由はない。だけど、今はピアノの気分じゃない。
「すいませんが、ピアノは今の気分じゃないので別の楽器でもいいですか?」
そう告げると、店員さんはきょとんとする。
「えっ?君、ピアノ以外も弾けるの?」
「まぁ、民族楽器でもない限りは。」
そのあたりもいつかは極めて見たいものだが、生憎宵崎家にはないので今は弾きたくても弾けない。
「え、えっと…じゃあギターをお願いしてもいい?」
かまわないと了承し、最初に目に入ったギターを手に取って店頭に立つ。本当ならニーゴの曲を演奏したいところだが身バレは避けたいのでそれ以外にする。今回はエレキギターではなくアコースティックギターなので激しすぎる曲はできない。だから今日は俺が本物を求めたいと思う気持ちにトリガーをかけた曲を弾き語りしたいと思う。
君じゃなきゃダメみたい オーイシマサヨシ
この曲はまだ自分が欲しいもの、求めているものがわからず、生きる意味も感じていなかったときに出会った曲だ。ただ一人に会いたいというストレートな歌詞と一途な思いが俺の欲しいものを指し示してくれた、言わば俺の原点となる曲だ。
幼少期から耳に穴が開くぐらいに聞きふけった曲だ。今の俺の技術があれば耳コピでも簡単に演奏できる。
今はまだ本物を完璧に見つけたわけではないが、いつか胸を張ってこれが俺の本物だと答えられるようになった時にもう一度、今よりももっと素晴らしい音で届けたいと思う。
前回のピアノの時とは違い、今日は最初から最後まで晴れやかな気分で演奏することができた。しばらく演奏の余韻に浸っていたが、前回と似たり寄ったりの拍手の量に我に返ってペコペコと頭を下げて店内に戻る。
「ありがとね!まさかピアノだけじゃなくてギターと歌までできるとは思ってなかったよ!」
そう言ってもらえたものの、あの曲は借り物とはいえ未完成だ。キーとなる俺にとっての本物を見つけていないのだから。さっきの話を聞いた時にはキーボードを即決で買って行った人がいたらしいが、俺の演奏がまだまだだったのか、単純にギターは高すぎるのかは分からないが、ギターのコーナーを見ている人は多いが現段階でレジに並んでいる人はいなかった。
是非また来てねと店員さんに見送られて店を出たところで、見知らぬ青年二人組に声をかけられた。
ヒロイン別でルート分けた方がいい?
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分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
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分けるな。1本でいけ。
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その他。この質問にその他ってある?