メンバーのみんなでショーを見に行く当日、俺と奏は駅前で三人を待っていた。集合時間を5分過ぎているが、待たされることには慣れているので、特になにか思うことも無く奏と音楽の話をしていた。
奏が家を出るのをかなり渋ったのだが、昨日のまふゆの一言を蒸し返したら大人しく支度を始めた。
「おーい!お待たせー!」
走ってきたのは絵名と瑞希だった。ショーが始まるまでにアトラクションも回りたいという話をしていたので、ショーが始まるまでにはかなり時間に余裕があったのだが、遅刻は遅刻なので駆け寄ってきた。
「しかし、意外だな。まふゆは遅刻とは縁遠いと思っていたんだが…」
そう口にしたところでメールが届いたことを携帯が知らせる。
『ごめんね。今日はお母さんに勉強しなさいって言われたから、行けない。』
メールを確認してからみんなに見せる。
「お母さんが理由って…」
メールを確認した瑞希がそう呟いた。やけに意味深な態度だったから聞いてみると、まふゆと2人きりの時にナイトコードにまふゆの母の声が聞こえたらしいが、その会話の内容が毒親そのものだったという。
「ボクのお母さんがまふゆのお母さんだったら、息苦しくて嫌だなぁって心底思うよ。」
瑞希はそう吐露した。
まふゆは折り合いを付けるのが上手い。いや、上手いのではなく、とてつもなく下手だ。下手すぎるあまり、自分を見失ってしまったのだろうと思う。
親からの期待が大きかったのだろう。教師や他の生徒に優等生であることを望まれ続け、無意識のうちに押し付けられたのだろう。
まふゆは〜が出来て偉いなぁ。さすが優等生だ。
一見普通の褒め言葉。しかしそれは時として人をしばりつける呪いになる。
賞賛は期待へ。期待は当然へ。
親や教師は一度出来たことならその先までできて当然だと言わんばかりに、優等生にはそういう風に自分の期待を勝手に押し付ける。
周りの生徒たちも当然優等生を押し付ける。
優等生はゲームセンターなんて行かない。優等生は規則正しい生活をしている。
自分が優等生ではないから、勝手に自分の中の優等生を押し付ける。
その成れの果てがあのセカイだ。酷く歪で、何も無い、俺たちの居場所。
セカイに居たミクは言った。セカイは想いでできていると。まふゆの想いは世界から消えて無くなることだと。
今でこそ今すぐに消えようとは思っていないだろうが、今だセカイには何も無くて、風さえも吹かない。冷たくて寂しい無のセカイ。
きっとあの時救えたと思った。セカイに一輪の花が咲いて、ほんの一瞬、彼女の心が見えて。
でも、救って終わりじゃない。彼女を取り巻く不条理は何ひとつとして変わっていない。
俺が彼女に何を言っても周りは何ひとつとして変わらない。いつも通りを押し付けられるつまらない毎日。
だけど、今度こそは救いたい。本当の意味で。
いい子であることを押し付ける親を。優等生であることを望む周りを。
まふゆを取り巻く全てをぶっ壊してやりたいと思った。
破壊。それはきっと、救うという言葉から最もかけ離れたものだろう。
でも、それでも。
自分の、自分たちの仲間である彼女を見捨てて手に入れる救いなんて要らない。そんなものは欺瞞だ。俺が最も嫌うものだ。
だから俺は彼女を、朝比奈まふゆを救うためなら…
朝比奈まふゆが、それを望むなら…
彼女を取り巻く世界を破壊して見せよう。
「…行くぞ。行先は、分かるよな。」
俺は仲間たちに問いかける。主語は省いた。だけど、彼女たちは俺の言わんとすることを理解する。たった数週間の付き合い。だけど、俺たちは仲間だ。
「うん。行こう。」
「当然でしょ!」
「もちろん!」
三者三様の返答。統率感なんて皆無。だけど、これでいい。言葉は違えど、性格は違えど、意思は一つなのだから。
俺たちは、本物なのだから。
駅前から離れて、学校からの帰り道にまふゆを送っていった時に知ったまふゆの家を尋ねる。インターホンは俺が押しても怪しまれるだけなので、絵名に任せる。
インターホンを押してから十秒ほどで声が聞こえてくる。おそらく、まふゆの母だろう。
絵名がまふゆの友達であることを告げると、中からまふゆの母が出てくる。玄関口には大きな靴もある。日曜日だから、まふゆの父も休みなのだろう。
絵名が当たり障りの無い言葉でまふゆを呼ぶように言う。しかしまふゆの母は勉強中だからと断りを入れる。
そろそろ絵名も我慢の限界そうだったので、そっと手で押しのけて交代する。
「すみません、代わりました。まふゆの同級生の比企谷八幡です。」
まふゆの母は男?と疑念を抱いたようだが、宮益坂がテスト生を受け入れていることを思い出したのか、あぁ、と抑揚のあまりない声音で言った。
「それで?同級生さんがうちのまふゆになんの用です?」
いかにも迷惑ですと言うような声音で応対される。
「今日、友人5人でショーを見に行くことになってたんですけど、まふゆだけ来れないって言われちゃったんですよね。」
「ああ、うちのまふゆは勉強熱心な子だから、今も勉強中よ。」
つくづく反吐が出る。あたかもまふゆ自信が勉強をしたがっているかのように話す。きっと、本人には押し付けている自覚がないのだろう。
「それ、まふゆが勉強したいって言ったんですか?短い付き合いですが、まふゆは約束を自分のためにほっぽり出すような人間では無いと思っているんですが。」
「ええ、そうよ。うちのまふゆはいい子だから。」
いい子、ね。親の心子知らず、という諺があるが、それはきっと逆でも成り立つのだろう。子の心親知らず。まふゆの母は、まふゆ自身を何も見ちゃいない。
「へぇ、そうなんですね。俺のメールには、親に勉強しなさいって言われたから行けないって来たんですけど。」
先程よりさらにイラつきの増した顔になる。
「さっきから何が言いたい訳?まふゆがあなたより勉強ができるからって僻んでるの?」
「そういう訳じゃないですよ。それを言うなら、お宅のまふゆさんは国語と英語だけは絶対に俺には勝てませんよ。」
受験に受かったあと、その学校で入試の成績を見ることが出来る制度がある。編入試験でも可能で、確認した所、国語と英語は満点。社会82点、数学72点、理科70点、と言った感じだった。
国語と英語は歌詞を考えたりしていると勝手に身についた。社会も一応文系科目なので妥当。数学と理科は一桁を取るぐらい苦手だったが、音楽理論を学んでいたらできるようになった。
国語と英語はまふゆが満点を取れば引き分けにはなるが負けはしないので嘘は言っていない。
玄関口でずっと話していて、さすがに長いと思ったのか、まふゆの父も顔をだす。もはや口論になっている中での大黒柱の登場だが、みんな肝が座っているのか一切動じない。
「どうしたんだ?まふゆの友達か?」
「それが、まふゆを出せってしつこくって…。」
しつこいとは人聞きが悪いが、まぁ仕方がないのだろう。傍から見れば迷惑でしかないのだから。
「どうかしたの?」
まふゆが玄関口まで来る。
「ああ、ごめんなさいね。勉強の邪魔しちゃったかしら?」
「ううん、大丈夫。ちょうど休憩しようと思ってたところだったから。」
『いい子』のまふゆが母と話している。俺たちからすれば寒気がするが、これが朝比奈家の日常なのだろう。
「あ、八幡。どうしたの?みんなはショーを見に行くんじゃなかったの?」
『いい子』のまふゆが俺たちに気づいて話しかける。
「いや、これから見に行く予定だ。」
その後もまふゆの両親と口論が続くが、それは永遠ではない。
「まふゆは医者になるために必死で勉強しているのよ!邪魔しないでちょうだい!」
「いつまふゆが医者になりたいなんて言ったんです?将来の夢の話をした時には、まだ決まってないって言ってましたけど。」
本当の所はいつも通りの「よく分からない」だったが、それはぼかして話す。
「このままじゃ埒があかねぇな。」
ずっと平行線なので、ここで最終手段に出る。これでダメならば、俺は諦めよう。ただ、少しでも迷いがあるのなら…。
俺はまふゆの方に手を伸ばす。
「まふゆ。これはお前の意思で決めろ。俺たちとショーを観に行くか、行かないか。このまま一生、いい子でいるかどうか。行きたいなら、俺の手をとれ。行きたくないなら、手を払え。俺たちは諦めて帰ろう。」
まふゆは驚いた顔をしていた。まふゆの両親は全力でまふゆを引き止めにかかる。だけど、まふゆは両親が思っているほどに、
『いい子』ではなかった。
「…お母さん。私、いつ、医者になりたいなんて言ったの?」
その瞬間、空気が凍りつく。
まふゆの両親にとっての未知。凍てついた雰囲気、虚無の瞳、酷く冷たい声音、感情の一欠片も感じさせない表情。
俺たちにとっての日常。いつも通りの雰囲気、いつも通りの瞳、いつも通りの声音、いつも通りの表情。
俺たちにとってのいつも通りが、まふゆの両親に取っては異常なのだ。
「…ごめんね、お母さん、お父さん。私は…いい子でも、優等生でもないの。」
そう言い放つまふゆの声は、両親にとっては先程と同じように聞こえたようだが、俺たちにとっては、まるで付き物が取れたような、清々しい声に聴こえた。
言い放ったあと、迷わずに俺の手を掴む。
この日、一体のマリオネットの糸が全て断ち切れ、自分の意思で歩き始めた。
ヒロイン別でルート分けた方がいい?
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分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
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分けるな。1本でいけ。
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その他。この質問にその他ってある?