喫茶店に入って店員さんに席に案内される。店内の隅の方で、近くを通りかからない限りは決して話の内容は聞こえないような場所だ。
コーヒーを二つ注文して、来るまではお互い無言だった。普段なら何かしらのちょっかいをかけてくるのだが、今日に関してはそれが一切ない。人の少ない店内で緩やかに流れるジャズが、少しの不安を掻き立てる。
「さ、それじゃあコーヒーも来たし、話してくれる?」
雪ノ下さんに催促されて、修学旅行で起こったことを話し始める。
戸部からの海老名さんに告白するけど振られたくないという依頼のこと。
由比ヶ浜が受注を反対していた雪ノ下を押し切りその依頼を受けてしまったこと。
海老名さんからの奉仕部の二人が気づけなかった遠回しな告白の阻止という依頼。
告白三十分前に葉山からグループを存続させて欲しいという依頼。
嘘告白という形で全ての依頼を達成したこと。
そして、雪ノ下と由比ヶ浜から拒絶され、由比ヶ浜から小町に、そして親に話が行き、絶縁されたことを話した。
雪ノ下さんは最初こそ無表情だったが、徐々に苛立ちが現れていった。そしていきなり立ち上がったかと思うと、俺に向かって思い切り頭を下げた。
「ごめんなさい、八幡君!家の愚妹がご迷惑をお掛けしました!」
少し驚いたのだが、同時に納得もした。これが事実であろうとなかろうと俺がどこかでリークすれば雪ノ下家はマスコミに追われ、下手をすれば失墜するかもしれない。事実だったのならばそれは確実となるだろう。だから謝罪しているのだと思った。だが、そんなことで彼女が謝罪しているのではなかった。彼女の目を見てわかった。
曰く、俺の事を心から心配してくれているらしい。目の前で起きた事だけを信じ、何故そうしたのかを考えなかった愚かな妹を呪ったらしい。家族を信じず、知り合いを信じた俺の元家族に怒りを持ってくれているらしい。
きっとこれからも、彼女のことを苦手だとは思うが、これまでのように遠ざけないようにはしようと思った。彼女の行動や目には、人間不信になりかけていた俺を信じさせるぐらいのものだった。
「頭を上げてください。」
そう言うと、雪ノ下さんは顔を上げた。
「俺はあなたの事を恨んではいませんし、家を追い出されたことも、どうせ遅かれ早かれだったので。文化祭のこともあったので学校でも居心地が悪かったですし。」
「…でも、文化祭の件なんて私が主犯みたいなものだし…」
「あれは、雪ノ下を成長させようとしたんでしょう?何でも一人でこなそうとする雪ノ下に、頼ることの大切さを教えるために。」
そう言うと、雪ノ下さんは苦笑した。
「何でも分かっちゃうんだね、八幡君は。」
「なんでもってわけじゃないですよ。分かるのは分かっていることだけです。」
そう言うと、今度は淡い笑みを浮かべる。
「ふふっ、八幡らしいね。」
そうですか。と返す。初めて出会った頃の強化外骨格は、もはや見る影もなかった。
「それと、八幡君にはお詫びの品を用意するから。」
「いや、それは大丈夫です。」
と返すと雪ノ下さんは食い下がる。
「でも、雪ノ下家からすればお詫びの品を渡さないと気が済まないわけ。それに、口止めもしてもらわないとね。」
なるほど、そういうことなら受け取らざるを得ない。しかし、住む場所は一応あるし、欲しいものも特にない。何を頼もうか。…そうだ。
「なら、俺に音楽を教えてくれませんか?」
と言うと、雪ノ下さんはキョトンとした。
「それは予想外だね。別に構わないけど、どうして?」
「同居人が音楽を作っていて。それで俺も話が分かるようになりたいので。」
その返答に、彼女は少し驚いたあとそっかと答えた。
「てっきり私は住むところがないから住居が欲しいって言うと思ったんだけどね。」
雪ノ下さんがそう思うのも無理はない。自分はぼっちで、今までの依頼もほとんど一人でこなしてきた。そんな俺に同居人がいるというのだ。
「まぁ、無条件という訳では無いですしね…。泊めてもらう代わりに家事を全てやるという感じです。専業主夫を目指していたから家事には自信あるので。」
そう言うと、雪ノ下さんはそっかと返した。
「わかった!それなら八幡君に音楽のイロハを作詞作曲から歌に楽器まで手取り足取り教えちゃうよ!けど、私は大学があるから講義のない時間でもいいかな?」
俺はもう学生でもないので時間は十分にある。
「ありがとうございます。雪ノ下さん。」
「気にしないで、これはお詫びなんだから。それと、お礼かな?私個人の。」
「お礼…ですか?」
そう訪ねると雪ノ下さんはうなづいた。
「うん、私って結構自由にやってるように見えただろうけど、ちょっと前まで本当に自由にやる時間も無かったの。そんな中で八幡君と出会って、君の捻くれているけどそんな中に相手を思いやってくれる優しさがあって。私、君といる時間に本当に救われてたんだ…。」
これには相当驚いた。俺が雪ノ下さんを救っていた?そんな馬鹿なことがあるはずがない。俺は誰も救ってなんか無い。これからも救えることなんて無い。今までがそうだったのだから…。
「俺は、雪ノ下さんを救ってなんかいませんよ…。貴方が勝手に救われたと思っているだけです…。」
「それって救っている内に入ってると思うんだけどな。」
俺はキョトンとしてしまった。
「だって、君が救った気になんかなっていなくたって、相手が救われたと思ったのなら、それは救った内に入るんじゃない?それに、よくある話だと思うよ。自分では気づいていないだけでいつの間にか誰かを助けているのって。」
目から鱗だった。そっか…、俺は誰かの助けになれていたのか…。俺自身が気づいていなかっただけで。そう考えて少しだけ俯いた。こんな顔を見られたくは無かったから。残り半分程となったコーヒーに、たった一度だけ、小さな波紋が浮かんだ。
ヒロイン別でルート分けた方がいい?
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分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
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分けるな。1本でいけ。
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その他。この質問にその他ってある?