本物を求める青年と救いたい少女   作:ばやす

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第6話

 

奏の家に帰ってきて手を洗って買ったものを冷蔵庫に入れてから布団に潜り込む。今日は本当に色々なことがあった。雪ノ下さんに音楽を教えてもらったり、望月さんに自分の黒歴史を使って彼女たちのギクシャクしていた関係をリセットすることが出来た。

 

望月さんの件は、最初こそ怖かったものの、それでも行動に移して良かったと思った。報酬として、彼女とその幼なじみの少女たちの曇りのない、本物の笑顔を見ることが出来たのだから。

 

そんなことをしばらく考えていると時計の短針は既に六を刺していた。

 

時間が過ぎるのはあっという間だなと思いつつ布団から出てキッチンに向かう。

 

今日買ってきた食材を冷蔵庫から取り出し調理を始める。

 

三十分程して完成したのでリビングに奏を呼んで食べ始める。その間二人の間に会話は無い。彼女は基本音楽にしか興味はなく、そして俺は現状その事にあまり詳しくない。いずれ話せる日が来るだろうかと思いつつ食べ進める。

 

食べ終わったあと、奏はそのまま自室に入っていく。

 

あ、そうだ。

 

「奏、俺が借りてる部屋にある楽器、使っていいか?」

 

借りている部屋は防音室で、楽器も沢山揃っていた。

 

雪ノ下さんに楽器も習う予定ではあるが、覚えるだけの音楽記号とは違い演奏は練習量がものを言う。

 

「楽器?いいけど、急にどうしたの?」

 

「いや、奏が音楽を作ってるから、俺も気になってな。それにうちに来る条件に音楽の感想を言うこと、とか言ってただろ?だから楽器だけじゃなくて音楽全般勉強する予定なんだよ。」

 

そう言うと、無表情なのは変わらないが、ほんの少しだけ弾んだ口調で構わないと言った。

 

ありがとうと返して奏が自室に入っていったあと、俺は自分と奏の食べた皿をシンクに運んで洗う。そして終わったらすぐに風呂に入る。奏の風呂の時間は決まっていないから早めに済ませておく必要がある。

 

さっさとシャワーだけ浴びて俺も自室に籠る。

 

一番取っ付きやすいのはキーボードだろうか。最近のキーボードにはシンセサイザ機能など、かなり複雑なものもあるらしい。ピアノとは少し取手が違うのは初心者にも分かるだろう。しかしギターは弦の位置を覚えきれていないし、ドラム、ベースに関してはまだ習ってすらいない。やっぱりキーボードにしておくかと思い、キーボードの電源をつける。

 

「…あれ?」

 

キーボードに触れると、不思議に感じた。初めて触れるはずなのに、妙に鍵盤が指に馴染むのだ。まるでここにいない誰かが、俺を導いてくれるように。

 

しかし、始めたばかりでは指がプロのように動くはずもないので止まり止まりにはなってしまったが、お気に入りの曲を引ききることが出来た。

 

「…あれ?」

 

本日二回目のあれ?である。お気に入りの曲で、何百回聞いたか分からないが、初めてでこんなにも上手く引けるものなのだろうか。楽譜、用意してないのに。

 

だがしかし、慢心は決してしない。上手くいったからと言って調子に乗るのは良くない。自分の考えには多少の傲慢さは仕方がないかもしれないが、行動に関しては別だ。考えるのをやめてはいけない。努力を怠ってはいけない。

 

考えることをやめた瞬間、きっと俺の糸は切れてしまう。今までずっと上手くいかないことばかりで、それをどうするかを考えて生きてきたから。だから、考えるのをやめてたら、きっと俺は俺じゃなくなる。

 

勘に頼るな、考えろ。俺の取り柄は思考だけ。どうして上手くいかなかったのか、どうすればもっと良くなるのか。練習量は?方法は?どう演奏すれば人の心に響く?考えるべきことを挙げればキリが無い。

 

だからこそ、俺が俺で居られるのかもしれない。奉仕部の時も、追い出された時も、今も。思えばずっと何かしらを考えて来た。依頼をどう解決するのか、どうやってこれから生きていくのか、そして…、どうやって人を救うのか。

 

そんな思考の波に飲まれていた時に、さっき初めてキーボードに触れた時の感覚を、今度は自分の胸に感じた。まるで…

 

音楽は思考だけが全てでは無いと諭すように。

 

どういうことか、妙に納得出来た。俺の理性は考え続けろと訴える。しかしそれ以上に、さっき導いてくれた何かの言霊が…、俺の感性が、理性を上回った。

 

俺の感性を信じていいのか?

 

そう自問自答した時、不思議と胸が暖かくなった気がした。そして俺の理性も、呆れたのか、はたまた俺の感性を信じてくれたのか、訴えることを止めた。

これでいいのか…。ありがとう、顔も名前も知らない隣人さん。俺の胸がさっきよりも暖かくなった。

 

その後は時間を忘れるぐらい演奏を続けていた。

 

キーボードの時と言い、先程と言い、やはり俺の感覚は間違ってはいなかった。

 

ある時、それは楽器を使う時の指の動かし方を教えてくれた。

 

ある時、それはある程度できるようになった俺に付いた癖を指摘してくれた。

 

ある時、それは歌を教えてくれた。

 

そしていつの間にか教えてもらった歌のイロハをマスターし、ここにある全ての楽器をマスターした時、最期にそれ()は俺に指示した。

 

今教えたことを忘れてもいいから、今までの短いようで長い人生の、心で感じたことを全て音に乗せろと。

 

そう言われた時、不思議と今までの出来事がまるでフィルムのように詳細に浮かんできた。

 

親に構って貰えた幼稚園に入るまでの短い間のこと。

 

小町が生まれてからのこと。

 

虐められ始めた小学生の時のこと。

 

中学生の時に勘違いして女子に告白したこと。

 

犬を庇って車に轢かれたこと。

 

奉仕部に入部してからのこと。

 

可憐な姿を持つ男子から来たテニスの依頼のこと。

 

コートを着た厨二病から来た遊戯部の依頼のこと。

 

家族思いの女子にスカラシップをすすめたこと。

 

クラスのイケメンに唆された女子が破綻させかけた文化祭のこと。

 

修学旅行で依頼に挟まれ学校中から嫌われ、家族にも絶縁を言い渡されたこと。

 

その日の夜道に、人を救うことを義務のように思っている歪んだ少女に出会ったこと。

 

外骨格の外れた女性に、救ってくれてありがとうと言われたこと。

 

他人想いな少女と、その幼なじみの子たちの本物を見たこと。

 

そして今、いつの間にか楽器を手に取り全ての感情を込めて歌い(叫び)演奏している(訴えている)こと。

 

頭の中には様々な感情が渦巻いているのに、不思議と思考の海は澄み渡っていた。

 

5分?10分?1時間?時間の感覚が無くなったので正確な時間は分からなかったが、凄くスッキリした。心のどこかにかかっていた靄が無くなったようだ。

 

それと同時に、キーボードに触れた時に感じた魂は今やどこにも感じ取ることが出来なかった。ただ一つだけ、俺に想いを残して。

 

「はち…まん?」

 

ドアの方を見ると、驚いた顔でこちらを見つめる少女がいた。

 

 

“あの娘を頼む ”

 

 

 

ヒロイン別でルート分けた方がいい?

  • 分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
  • 分けるな。1本でいけ。
  • その他。この質問にその他ってある?
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