俺は今まで、魂というものを信じてこなかった。存在する根拠も証拠も無いからだ。しかし、今日の体験を持ってその考えは覆った。今日、俺は
今こそ、彼女と向き合う時だ。
かつての俺は考えた上の結論だけを信じてきた。考えただけで、自分の気持ちは無視してきたのだ。合理性だけを求めて。
文化祭では効率を重視して俺がヒールとなって、機能が停止しかけていた文実を再稼働させた。最期になって逃げ出し駄々を捏ねた委員長を罵倒し、最後の発表に間に合わせた。
修学旅行では、相反する三つの依頼を、最も合理的で、それでいて最も最低なやり方で解決した。
でも、ここに来てから俺は変わった。
ここに来た頃は今まで通りだった。
だけど、卑屈に物事を捉えていた俺を雪ノ下さんの一言で少し前向きになれた。
だけど、四人の少女の屈託のない笑顔が俺の凍った心を少しだけ溶かしてくれた。
だけど、考えてばかりの…、理性しかない俺を
来たばかりの俺は逃げてばかりだった。
目の前の歪んだ少女を見て、俺では救えないと見切りをつけて早々に諦めた。
家事代行の少女の曇った顔を見て、俺が関わるべきことではないと見捨てた。
救いたいと叫ぶ俺の感情を無視して。
だからこそ、今俺は俺自身に応えるためにも…、想いに応えるためにも、俺は必ず奏を救う。
「凄いね、八幡…。私には、そんな音楽…、人の心に響くような音楽、作れないよ…。」
奏は相当に参っているらしい。しかし、そんなことは決してない。俺はこの家に来てから毎晩奏の作った音楽を聞いた。それこそ、たった三日であれど、何十回、何百回と。そしてその度に少しずつ失っていた感情が戻ってきていたのだ。
奏の音楽がなければ雪ノ下さんの気持ちも、望月さんの笑顔も、師の教えも、全てを受け入れられなかったかもしれない。
今の俺を導いてくれた人たちの想いも、俺の凍てついた心を溶かしてくれたからこそ、今の俺の糧となっているのだ。そんな奏に…、そんなことは言って欲しくない。だからこそ、俺はいつものように語りかける。
「これは、俺の友達の友達の話なんだけどな?」
望月さんに語りかける時にも使った、俺の黒歴史を語る為の出だし。
「曰くそいつは、人を救いたいと…、人を幸せにしたいと思う少年だったんだ。」
「だけどそいつはどこまでも冷静で、合理的だった。だから、効率的に人を救うために…、効率的に幸せにするために、自分を犠牲にするような奴だったんだ。」
「だけど、そのやり方が悪くて、救いたかったはずの人たちに…、幸せにしたかった人たちに軽蔑されてしまったんだ。」
「そこでそいつは悟った。俺では人を救えないってな。」
「だけど、そいつは一曲の音楽に出会った。そいつは過去に関わった一人の女性に出会った。そいつは一人の少女の本物の笑顔を見た。そいつは暖かい心に出会った。」
「音楽はそいつの心をゆっくりと溶かした。女性はそいつに救ってくれてありがとうと言った。少女の笑顔はそいつに希望をもたらした。心はそいつに自分の想いの大切さを説いた。」
「そして、そいつはそんな俺でも人を救うことが…、人を幸せにすることが出来ると分かったんだ。」
語ると、奏は俯いて、黙って聴いている。ただ、少しだけ震えているのがわかる。
「でも…!その人がそうだっただけで、私はそうじゃない!私が…、お父さんを…!お父さんから音楽を奪ったから!」
奏は激情に身を任せ、絞り出すように言葉を放つ。
「彼の恩人はこう言った。人は知らず知らずのうちに必ず誰かを救っていると。」
奏は顔を上げてこちらを見る。涙を堪えた目で。
「そして、彼の尊敬する人は彼に今日音楽を教え、そして、彼に奏を頼むと娘を託した。」
すると奏は俺に問うた。
「お父さんに、会ったの?」
これで俺の話だと気づいたようだ。
「ああ、俺の師匠だ。俺を導いてくれた。そして消える前に、お前を頼むって言われたよ。どこにいても娘を思ってくれる、…良い親を持ったな。」
奏は泣き崩れてしまった。
私にもどこかの誰かを救えていると、幸せに出来ていると知った。
自分が音楽を奪い眠ったままの父が、私のことを想っていてくれた。
泣き崩れてしまう理由はそれだけで充分だった。
彼は、彼女が泣き止むまで彼女の背中をさすり続けた。
奏の涙が止まった後、俺に少し待っていてと言い部屋を出た。戻ってきた奏が持っていたのは、オルゴールだった。
「これね、お父さんが作ってくれたオルゴール。子供の頃に作ってくれて、聴くと幸せになれたんだ。」
そう言ってオルゴールを鳴らす。その音は静かで、儚くて、聴いていて不思議と心が暖かくなった。
「…すげぇな、お前の親父さん。本当に心が暖かくなった。」
俺も、出来るならこんな親父が欲しかったなぁ…。
奏は自慢げに胸を張る。
「今すぐには無理だが…、これからゆっくり幸せになれる音楽を作っていこうぜ。」
という言葉に、奏はうんとうなづいた。
この日、自身の過去に縛られた少女は、今やっと自身の未来をそっと見据えたのだった。
ヒロイン別でルート分けた方がいい?
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分けろ。色んな人との付き合いが見たい。
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分けるな。1本でいけ。
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その他。この質問にその他ってある?