「レツェリアは、本当に綺麗ね!」
このコンパートメントに座って何度目かになる褒め言葉にレツェリアの意識は取り戻された。
にこりと笑い、相手の求めている言葉……感謝と賛辞を口にする。
「ありがとうございます、パンジーも可愛らしいですよ」
「きゃあ、ありがとう」
ふりふりのワンピースに身を包んだパンジーが、パグのような顔を笑顔で歪ませた。
パンジー・パーキンソン、ミリセント・ブルストロード、マンディ・ブロックルハースト、そしてレツェリア。
その4人で話し始めてから、どれ位時間が経っただろう。
レツェリアの体感的にはゆうに五時間は過ぎていたが、太陽の照り具合からしてまだ1、2時間ほどしか経っていないだろう。
いつものことではあるけど、この人たちといると時間が経つのが遅いわ。
内心でため息を吐いたレツェリアのことなんて知る由もなく、パンジーとミリセントは楽しそうにおすすめの美容液について話している。
レツェリアは、前々からその2人に苦手意識を持っていた。
会って喋る事といえば、美味しいお菓子やお茶、美容のことばかり。初めて会った頃はレツェリアもそれなりに楽しく話に混じっていたが、いつの頃だったか。自分が腫れ物のように扱われていることに気がついてからは、とんと興味が湧かなくなってしまった。
会話に詰まった時にきまって言われる褒め言葉も。
マルフォイ家への賛辞も。
およそ子供には考えつきそうにない高価なプレゼントも。
どうせマルフォイ家との繋がりが持ちたい親に送り込まれたんでしょ。私への興味なんて、一欠片もないくせに。
笑顔の裏に隠された本音は、一度も口に出る事はなかったが。
「皆さん、母と一緒に、クッキーを作ったんです、美味しくできたので、良かったら……」
そう言っておずおずと手渡された物に、レツェリアは目を向けた。
白い包装紙に薄紫色のリボンで丁寧にラッピングされた甘い匂い。薄紫……もしかして、前に好きだと言っていたのを覚えていてくれたのかしら?内心首を傾げながらも、レツェリアは茶髪の少女――マンディからの贈り物を受け取った。
「ありがとうございます」
そっとリボンを解くと、シナモンの甘い香りと共に少し不恰好なチョコチップクッキーが数枚詰められているのが見える。美味しくできたというのは嘘ではないらしい。
レツェリアに料理経験は無かったし、おやつは大体においてケーキだったこともあり手作りクッキーなんていうものはあまり食べたことはない。
ほう、と感心していると、クッキーの割れるさくりという音が車中に響いた。
もう食べ始めているのか、と思いながら音の方に目を向ける。
そこには、レツェリアが想像していたような平和な光景が広がっている――わけがなかった。
「あら、ごめんなさいねマンディ」
哀れなクッキーが包装紙の上から、磨き上げられた靴に踏みつけられていた。
ワインレッドのリボンを手に持ったミリセント――――ぴかぴかの靴の持ち主が、口元に手を当ててくすりと笑う。
その笑顔は、彼女が着ている可愛らしいワンピースとは反対に、醜悪極まりない。
その微笑みを見て、レツェリアの胸は冷えていった。
◇◇◇
コンパートメントすぐ外の廊下。
2人っきりで立つレツェリアとマンディの間には、気まずい空気が流れていた。
もともと大柄な上に着替えに場所を取るということで、追い出されようとしていたマンディと一緒にレツェリアも出ていった形なのである。
もちろん引き止められはしたが……
(あの場にいるのは、色んな意味で息が詰まりそうだし)
もちろんこういう事を考えるのは間違っているのだろうが、しかし……
(ボロが出そうで怖い)
そんな思いも、深呼吸で沈下させる。
今考えるべきは、そんな事では無い。
「……ごめんなさい、マンディ」
「な、何のことですか?」
ぴくり、と肩を震わせたマンディから、目を逸らす。
「クッキーの事です。何も言うことができませんでした。すみません」
「い、いいえ、大丈夫ですよ! 気にしないでください」
マンディがパンジー達に怯える理由は一つだけある。
マンディの父親は国際魔法協力部で働いていて、ミリセントの親はその二つほど上の地位にいたはずだ。
ミリセントに歯向かえば、父親へ影響がいく。
マンディの行動一つで今後の父親の進退が変わっていくかもしれない。
つまり、親との板挟み状態なわけで……。
パンジーがマンディを庇うなんて思えないし、やはりレツェリアが何か言うべきだったのかもしれない。
(でも、私が言ったところで何が変わるかしら)
レツェリアのように、父親からの愛情を
権力を持っているのは父親であり、レツェリアじゃない。
その事には、パンジーやミリセントも薄々感づいているのだろう。
子供はそう言うことに関しては、大人以上に鋭い事があるから。
「・・・・・・そうですか」
だから、レツェリアは。
こんな事しか、言えないのだ。
「でも、あのクッキー。とても、美味しそうで」
唐突なスライドドアの音によって、レツェリアの言葉は、勇気と共に消え去った。
「レツェリア、待たせてしまって、ごめんなさい」
コンパートメントのドアの陰から、パンジーが顔を覗かせた。
優しく見えるその言葉も笑顔も、その実レツェリアにしか向けられていないのだ。
「マンディも、入っていいわよ」
「は、はい」
自分に向けられるものとは正反対のそれらに、レツェリアはくらりと目眩がした。
ーーーこういう人達と、私は一生付き合っていくんだわ。
マンディが羨ましい。
彼女には、スリザリン以外に行ける可能性がある。
でも、レツェリアは違う。
マルフォイ家に産まれた以上、スリザリンに入るのは、必然で当然の事なのだから。
(ああ、また耳鳴りが)
そんな事を考えながら、レツェリアはまた作り笑いを貼り付けた。