風を纏い、盾を構え、槍を向ける。三者三様の構え、込められた思いは同じ。それを見て、白に青の意匠の施されたローブを纏いふわりと佇む女、すなわちラグランジュは嘆息した。
ラグランジュ、パラケルのどちらも、結局のところ初見殺しをいくつか持つ後方支援型である。少なくとも本人はそう考えている。なので、そもそも前衛三人と渡り合うのは難しい。
だが、さすがにここでレベル7、それも過去の絶対悪として数えられた存在は前衛三人に簡単に倒されてしまいますとはそうそう言いにくいのもあり、ラグランジュはなおのこと思索を深めていたのである。
リヴェリアの声に瞬間的に思考をまとめあげ、応える。
「ラグランジュ? 準備はいいか?」
「……始めましょうか」
「それでは……互いに致命はなし、持ち得るものをぶつけ合え! 始め!!」
その次に聞こえた音は。
3つの前方へ進む強い踏み出しの音、と。
「なっ!?」
「……!?」
「ほぅ……!」
上を目指し飛ぶ踏み込みの音。
「よくよく考えれば、前衛というのは地上で戦うから強いんですよね……浮けばいいじゃないですか、空に」
浮かぶ。まさしくその言葉の通りに、ラグランジュは宙にその身体を直立させている。
「【ラグランジュ・ポイント】L1、L2正常に発動……始めましょうか」
【ラグランジュ・ポイント】。それはこのオラリオ世界にない概念。現代科学に照らすと、【ラグランジュ・ポイント】とは二つの天体の重力間で釣り合いがとれるL1~L5までの5つのポイントのことである。
それを知ってか知らずか、その【ラグランジュ・ポイント】の名を冠する魔法の効能は【重力の増減を行うポイントを5つまで設置する】ことだ。
これにより、自身へ新たにかける上への重力を強くするポイントを上に、自身にかかる大地からの重力を軽くするポイントを下にすることで、重力同士の釣り合いをとって浮遊するのだ。
浮遊するラグランジュに対し、最初に攻勢をかけたのはやはりというかアイズ。その剣に風を、嵐を纏わせ走る。
「風よ……! 【吹き荒れろ】! やぁっ! ……!?」
次の瞬間、他の団員の驚きの声が強まる。
「猛進、暴威振るう嵐を以てするそれは美しいです。【神獣の触手】のときもその力を振るって活躍したそうですね……?」
ラグランジュは悠然とそんなことを宣いながら、アイズを地に縫い付けてしまったのだ。
「【ラグランジュ・ポイント】、L3起動……そこで【安定】しててくださいな」
「っ……! 動けない!」
「おおおおおっ!!!」
「投槍ですか、いい選択肢です……【ラグランジュ・ポイント】! これはおまけです、硝片は痛かろう!」
おまけと言いながら殺意マシマシに投げられた硝片と言われたガラスの欠片のような物体。これは彼女のスキルの全てを構成する物体であり、彼女のスキルにより現出する物体を構成する最小単位であると言えるものだが、それはそれとして投げ物に使うには十分すぎる鋭さがあるのだ。
「ふん……児戯じゃな」
「おまけですし……っと!」
当然ガレスに受け止められるが、所詮はついでだと割りきっている。そのまま身体を不自然なほど横へずらして槍を避けた。上に設置していたL2のポイントを真横までずらすことにより、浮遊で安定していた身体は真横に吹き飛ぶのだ。
「うぷ……気持ち悪い……見ている人からしたら挙動が気持ち悪くこちら側からしたらゲロが出そうってほんとにきついっ……!」
そんな動きをすれば自明の理ではあるが、後衛、あるいは非戦闘要員として激しい動きなどしないラグランジュは気持ち悪さに苛まれる。一旦アイズを拘束していた重力点を解除して体勢を立て直す。
「もう、かからないから」
「アイズ、ガレス。プランを変えよう」
「任せい」
「リスタート、そしてフィナーレと行きましょうね……!」
三人の目線とわずかな言葉による作戦会議が一瞬で終わり、三人が構え直す。
それと同時、ラグランジュは天に手を伸ばし……次の瞬間、ラグランジュの周りに紫色の球が大量に出現する。
「行ってくださいね」
「これは……!」
「重力球……とでも呼ぶべきか! 厄介な!」
紫の玉が当たった地点に引き寄せられるような感覚に思わず声を出して唸る2人。そして高らかに叫ぶ1人。
「【吹き荒れろ】!」
一陣の風が、紫の球を切り裂いて行く。
「さっきの、お返し」
「素晴らしいです……これは返礼です」
そう言うと、彼女は周回していた球全てを用いて凄まじい斥力を放たせ始めた。引き寄せではなく、押し出し。その暴威に前に出ることすら能わず、三人はその場に縫われる。
そうして悠然とただ1人、浮かぶ彼女は言葉を紡ぐ。
「【果てなき刹那、一瞬の永遠、虚空に身を捧ぐ。全能は対立の内になく、全知は光の内になく、求め虚空にあってこの身は呑まれ、可能性の先へ、極点へと至る】」
そうして、言葉が切れ、再び爆発的な魔力が満ちた。その現象を彼らは知っている。頼れる副団長の高らかな詩、絶対の魔法を放つ時のソレ。連結詠唱によく似たソレは、まだ続く。
「【解けゆく身体、堕ちゆく意識、己に残されたものすらわからぬままに、ただ失って彷徨い深奥に光を見る。それはあまりにも難解な秩序が齎す法の光であったかもしれない、それは輝ける神の与えた希望であったかもしれない】」
周り、回り、廻る紫の玉は今も数を増やし続けており、潰す速度よりも増える速度のほうが遥かに早かった。
故に、焦りは加速する。知っている。アレは撃たせたら負ける、ということを、他ならぬ己たちが一番よく知っている【ロキ・ファミリア】の眷族たちは、兎に角止める方法の模索と実行を行うほかなかった。
「馬鹿な……連結じゃと? フィン!!」
「まずい……止めなくては! どうにか……無理、か!? アイズ!!」
「これっ……近寄れない……! 玉自体は潰せるけど……単純に数が!」
そうして、どうにもならないということだけがわかった、その後。
「【なんであろうが構わない、その光は私にとっての未来であり道となる。そう、私は、光の中に救いを見たのだろう】」
詠唱が、結実した。
「【デバイアランス・オーダー】……!」
紫の玉から放たれる斥力が消滅した。玉そのものが、彼女の手の少し前で浮遊する光だけでできた杖のようなそれに引き寄せられている。
それはただ杖と呼ぶには捻れすぎ、適当に組み合わされたかのような違和感すら感じることのできる杖。神々しさを感じる光の中にあってその形状だけが禍々しさを持っているように感じる。
杖を掴みとるラグランジュ。それと同時、ガレスが声を掛ける。
「間に合わんかったか……で、それはなんじゃ?」
「【デバイアランス・オーダー】は私の最強の武器を呼び出す魔法……紹介します、この子の銘は【アイグレ】。神の娘の名を冠する魔法でできた魔法触媒で、私の研究のうち、最初に到達した深奥です」
「魔法でできた……魔法触媒、だって?」
「えぇ。魔法が魔法を強化する。魔法が魔法を増幅する。それが私が最初に最高の魔法使いに相応しいと考えた魔法でしてね」
光輝くそれはふわりと彼女の手を離れ、また光を放つ。
「まあ今回はお手軽に……【20倍】行ってみましょうか?」
「なにを言って……」
そうして高らかにラグランジュは幕引きを告げる。
「【ラグランジュ・ポイント】の【20倍】! その身を持って知れ……名付けて! 【グラビティ・コラプス】!!」
捻じくれた杖が、彼女に取り込まれる。上に掲げた腕で、響けと言わんばかり指を鳴らす。
それと同時。
「「ぐぅぅぅぅぅぅっ!!?」」
「…………!!? 重っ……い……!!」
三人がもう一度地面に縫い止められる。今度は、地面に直接めり込むが如く、ひび割れすら生みながら。
アイズが、フィンがその重さに耐えきれず膝をつく。
ガレスもまた、さらに強まり続ける重力の圧に膝をついた。
そんな動けない彼らの前で、無数の硝片を浮かべ空間に君臨したラグランジュ。
「私の、勝ちですね。……リヴェリアさん?」
「……はっ!? あ、あぁ……この勝負、ラグランジュの勝利だ」
圧倒的な魔力による、圧倒的な勝利。無事に元がつくとは言えど絶対悪に数えられる戦闘力はあるのだと証明してのけたのだった。
「わしらの完敗じゃの……しっかし最後のは……」
「新たに……魔法を作ったのか? ラグランジュ」
「いや? そんな神様じみた真似はできません……倍にしただけですよ」
「倍? 20倍と言っていたが……詳しく教えては……」
「構いませんよ」
三人、そしてリヴェリアに対してだけ明かすのも不公平だろうと、多くの団員の前でラグランジュは語りだした。
「この杖、【アイグレ】が最強だと私が断じる所以はいくつかあるのですが、そのうちの1つのみを今回は使いました……倍率変更、と私は呼んでいます」
「魔法のなにがどう変化するんだ?」
「……その魔法に関わるすべての数字が宣言した倍率をかけたものになります」
「……は?」
「例を挙げます。先程の【グラビティ・コラプス】は【ラグランジュ・ポイント】を【20倍】したものです。ですから、『発動・維持に消費する魔力量』『一度に出現させられるポイントの数』『1つのポイントが発生させられる重力の最大値』などと言った数値が【20倍】されるんです」
開示された1つ目の能力からして、とんでもない能力であった。
つまり、一度に五つしか発生させられない制限は20倍されて百のポイントを同時に生成可能となっているにも関わらず、ひとつひとつの放つ重力は20倍重くなっているわけだ。
発動・維持にかかる魔力も莫大なものへと膨れ上がっている上にそもそも【アイグレ】を呼ぶのにかなりの魔力を消費するので大した魔法は撃てないが、と締めくくるラグランジュ。
そしてそれを聞いて苦笑いするフィン。
「あれが大したものじゃないとは……なんなんだ、これがレベルの差というもの……いや違うな、レベルの差とかじゃなく単純に……」
「考えすぎも良くないぞフィン、私は諦めた」
「魔法の絡む話でリヴェリアが諦めた、かぁ……わかったよ」
「……あれー? 引かれてます? っと、魔力が」
「おいラグランジュ、身体が……」
ラグランジュは首を傾げつつ、その身体が透け始めたことに気付く。
【均衡の樹】の効果の入れ替わりに必要な魔力が切れたのだと気付き、その旨を伝えてパラケルの姿へ戻る。
「ともあれ、これにて改めてよろしく、でいいのかい?」
「構わない、よろしく。頼れる最強の後衛もこれは更新かな?」
「なにを抜かすか、フィン! 私の魔法は……!」
「わかってる、殲滅力で君の右に出るのはラグランジュだとしても無理さ」
「とりあえず……戻っていいかい?」
「え? ……あぁ、ありがとう。朝食はすぐだし私たちも戻るから共に行こう」
連れ立って歩むガレスとフィンの後ろを歩むリヴェリアとパラケル。
白衣がはためく様は【ロキ・ファミリア】の未来の明るさを示すようだと、リヴェリアの背を追うアイズを見遣りながらラウルはそう考えて……
「なに考えてるんすかね……自分らしくもない」
ひとつ頭を振った。
ロキ・ファミリアにラグランジュも正式イン。次回からは実験などの1話で楽しいお話にしていけると存じます。不定期ではありますがよろしくお願いします。
フィンの一目惚れイベント。想いは届くのだろうか?リリルカは…
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フィンの想いを受け入れる。
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フィンの想いを拒否する。