ゾンビ•セルフ•ダイアリー   作:ゾンビのモブ

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エマージェンシー

「ねーねー、お父さん、あいつら行った?」

 

 マンションの高層階でドアから漏れた風が少女の髪をふわりと持ち上げる。

 

「さて、おい美穂。お父さんはこの救難サインが失敗したら今度こそ外に買い出しに行かなきゃならない。いい子で」

 

 男が言うと少女は被りを振る。

 

「いやだよ。10歳だからって舐めないで。戻って来なかったら次は私が行くだけになるよ」

 

「お母さんがまだ戻ってこないのを放っとくわけにはいかないだろう。言う事を」

 

 すると、少女は体を張って玄関を塞ぐ。

 

「怖いから、本当に怖いから。行かないで」

「それじゃお母さんはどうなる?」

 

 黙る少女。

 

「お母さんは一人だ。買い出しに行ったままだ。ほったらかしにはできない」

 

 少女が顔を伏す。

 

「じゃあ」

 

「うん?」と不思議な顔になる男、もとい少女の父。

 

 少女は、

 

「私もいく。絶対いく」

 

 父は溜め息をついた。最近の子供は我が強いとよく聞くが、少女もそうだった。

 

「子供が強いのは時代柄か。よしついて来い。俺が一人で行って戻って来れなかったらいよいよお前が一人だ。それはまずいし」

 

 父は思っていた。この騒動が始まってすぐに油断した少女の母親が出かけて10日。そろそろ戻って来てもいい頃だ。しかし戻ってこない。

 

 新種の感染症が流行り出したと報道が入ってすぐに、

 

「買い占められるかも」

 

 とこぼし、出て行った母を止めていれば良かったと後悔する。

 

 ネットにも出ていたがノラウイルスというらしい。馬鹿みたいな話だが、かかった人間がある時より働かなくなり浮浪者のように街を徘徊し始める。

 

 だけではなくどうにも噛み付いてくる。場合により食べられてしまうそうだ。既にテレビでも散々報道されているし、インターネットでは彼ら感染者の話題が尽きない。

 

 試しに地上12階の玄関から少し出て街を見下ろしたところ、それらしき輩がいた。

 

 半死人。ゾンビとでもいいたくなる風姿の人間がふらつきながら時に走り回りながら地上の人々を追いかけ回していた。

 

 父親はまず娘に絶対に外に出ないように言って玄関に鍵をかけ窓に板を打ち、バルコニーでタバコを吸った。二本目が吸い終わる頃には娘がテレビを居間で凝視し買い出しに行った母親を心配してか、

 

「お母さん! お母さんお母さんお母さんお母さんお母さん!」

 

「ああなんだろう。悪い夢にしてはリアリティがないな。大人の見る夢じゃない」

 

「お母さんお母さんお母さんお母さんお母さん!」

 

「わかったわかった。俺も丁度タバコ買いに行くところだったんだよ。待ってろ」

 

 あの輩は虎やライオンじゃない。

 噛み付いてくる人間がどれほどの脅威か。

 警察にはがいじめにされたら二秒でお縄だ。それなりに数がいたがまだなんとかなる域だ。

 

「お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんからメール! 逃げてって!」

 

 ニュースも騒がしく、

 

『ただいま不特定多数の一般市民が一般市民を襲う犯罪行為が頻発しています。専門家はこれを特定の疾患による弊害か何らかの脳の異常と認め、警察は市外にも協力を要請し複数人でこれを』

 

 父はもう一度バルコニーでタバコを吸ってきた。半分吸ったところで隣が騒がしくなった。

 

『あんたさっきからなんか変だけど大丈夫? もう感染してない?」

 

「あ、ああそうそう。だな。うん。さっきスーパー行ったら襲われたのまじか。あ、お前さ、俺ちょっとだけおかしいから、外でてろ? な? え?」

 

「え? ねえ本当に大丈夫? ちょっと横になって!」

 

「ああ、ありが、ありがと。う、ヴヴヴヴヴヴ」

 

 静かになった直後、男の絶叫と女の悲鳴が聞こえてきた。

 

 父はバルコニーから戻ってきてすぐに言ったのだ。

 

「籠城するぞ。外には出るな。絶対だ」

 

 

 

 あれは何かのサインか。

 

 思うも当然、何かできる訳じゃない。ようやくキャッチできた人の会話?テレビじゃないやつだ。

 

(つまり、生きている、人)

 

 内心かぶりを振る。

 

 そんな事はない。全員生きてる。でも今はその前提を壊して万が一を考慮しなければならない。

 

「まいいか。近いし」

 

 言いながら歩幅を伸ばす。出鱈目に足を前に出す。

 

 程なく見えて来たマンションまでの道中でふらふらと酔っ払いのように歩く三人の男女と遭遇したが、彼らは特に何をしてくるでもなかった。

 

 ちらっとみたが、あからさまに衰弱して今にも死にそうな感じだった。無論俺は医者でもなければ健康体でもない。人を助けている余裕はない。

 

 マンションの前には新築時に植えたと思わしき植林と、庭園、駐車場。その周りの高い建物がある。

 

 それでもこの辺では一番高いのか、そのマンションは頭ひとつ抜きん出ている。

 

「入るか。あ、ライト消えた」

 

 耳を澄ますと住民の口論がしていた。

 

 そしてまた移動する音が。

 外に出る。足音。近づいてくる。

 まもなく、接触する。おれは何を思ったか、隠れた。

 

「おい、早く来なさい」

「お母さんいるかなあ?」

 

「いるよ」

「わかった」

 

 親子が正面玄関を出て足早にどこかに向かっていた。

 

 駐車場に隠れていた俺はすぐに彼らの後を追った。この格好で出れば驚かれはするが、誤魔化している。逃げられはしないだろう。

 

 しかし後をこっそり付けたらもっといい情報をくれる気がした。10日寝ていて事情を知らない俺よりも何か知っている人について行けば、何かある。或いはどこかに行けると思った。いや、()()()そう思ったのか。

 

 俺の口内からは、さっき吐いた粘液がヨダレのようにいくつも垂れてコンクリートにシミを作っていた、

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