ゾンビ•セルフ•ダイアリー   作:ゾンビのモブ

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現実直視

 隠れるまでもなく、あの二人の親子に俺の事を気にかける余裕なんざなかった。

 

 マンションを出て、敷地内も出て坂を一つ下り、角を曲がった途端にうわあと絶叫。

 

 引き返してきた親子は後退しながら道を変えるぞと、来た道を戻る。

 

 50メートル後方で様子を伺っていた俺はというとだからどうする、と言った感じである。何がしたくてここまで来たのか自分でもわからなかった。

 

 情報、ああそうだ、情報だと思うも、そんなものさっきから異常知覚で民放が散々話題にしていた。

 

 目の前に親子が迫る。

 そして俺に気づいて一瞬たじろぐ。

 しかし立ち止まるわけにはいかないと立ち向かってきた。

 

 武器は出刃包丁と子供のバッド。一方こちらはカッターナイフとボイスチェンジャーとバッグと財布。

 無論戦う気はない。

 

 おーいと手を振る。ボイスチェンジャーで声を変えた俺。真夏に全身防寒着とグラサンマスク。怪しさ全開だが、手を振るという動作に安心したらしい。

 

 武器を収めて近づいてきた。

 

「おい、生きてる人間か?」

 

 答えなかった。さっきはボイスチェンジャーを使ったが近くで使えば使っている事がばれて不審だし、言葉の代わりに子供の肩を叩いて、手を差し出す。

 

「バッドか? ああ、わかった。ほら渡してあげなさい」

 

 はーい、と少女が重いバッドをよこす。普通なら大人がバッドで子供が凶器だがリーチの関係だろうか。

 パシリと受け取り、深呼吸。

 

『君は生きているのか? 噛まれてないか? ゾンビは強いぞ。あいつらはニュースによると』

 

 言葉が残響する。わかっていた事。わかっていた言葉たち。今の現状と、今何をすべきかということ。

 それらが頭に責任や義務として雪崩れ込む。

 

 俺はなんなのか、まだわかっていない。何ができるのか、まだ知らない。もう手遅れなのか。それも謎だし、今何をすべきなのかも。

 

「わからない。でも」

 

「お、おい、風邪? 喉が」

 

 目的なんてない。真実をまず目にして、そうだ。まず知りたかった。

 

 考えている間にも奴らがゾワゾワ湧いてくる。群れで歩いてきた。中には1人だけ小走りの奴もいる。

 

 一方で立ち止まる俺と、後ろでもう逃げている親子二人。

 

「だって、あの人」

 と子供。

「いや無理だろありゃ、あぶねえよ」

 と、その親。

 

 やるべき事を考えていた。しかし答えがでない。

 やるべき事なんてない。だって。

 

「くくく。臭え」

 

 気付けば笑っていた。顔が歪んでいたかもしれない。

 なんてことない。いつものあれだ。

 

 平凡で劣っている毎日。平凡だからこういう時やっぱり早々と感染するし劣っているから、なっても半端者なのかもしれないし、或いは自分でそう思い込んでいるだけかもしれないし、とどのつまりは活躍なんてできねー人生。

 

 なんて語ってるのが臭え。

 

「いやちげえ。口臭が臭え。これガチだわ。わかってたわ」

 

 逃げていく親子。何故かそちらにばかり視線がいく。すぐ近くの『ゾンビ』は無視している。

『ゾンビ』も俺を半ば邪魔くさそうに避けていく。

 

 わかっていた。

 あの粘液は恐らく食事のサインなのだ。ゾンビにも活動限界があると何かのジョーク本で見た。

 食べないと死ぬ。その生きていた頃の本能が食べる(噛む)という行動になり、脳を満たし、生を促す。

 

『くそ!』

『きゃあ!』

 

 親子が叫んで、戦っている。しかし、ゾンビは必死だった。食べようと。食わなきゃ死ぬんじゃない。食うという行動を脳で抑制すると死ぬのだ。何故か本能でそれがわかる。ゾンビの群れに流されて俺は笑っていた。誰も俺を襲わない。代わりに何か聴こえてきた気がする。

 

 ボケっとしてるとお前も食うぞ。実際には何も聴こえてこない。しかし、何か頭に流れてきた。

 仲間は仲間だ。敵は食う。憎い奴も敵だ。お前はどっちだ。

 

 俺を避けて親子に群がっていくゾンビは皆俺など眼中にない。こんな格好をしていても見分けがつくのか。

 見分けはつくのかもしれない。でも違う。

 

「興味がねえんだ。死んでるから」

 

 さっき流れた言葉は気のせいだった。

 死人は死に興味がない。

 

『だって生きている、生き物を食わないと生き返る気がしない』

 

 何となく沸いた言葉で全てを理解した気になる。

 

 親子が捕まって騒いでいた。そこに何人も群がっていく。

 

 俺はただ立ちすくんでいた。食おうとして付けていた獲物が奪われたことに自己嫌悪していたわけじゃない。

 

 ただ己がやはり死んでしまったのだという。その一点に涙が出て止まらなかった。ゾンビの群れの中、俺(ゾンビ)は一人涙を流し止まらない。滑稽だとわかっていても、馬鹿らしくても、

 

「し、んだ。のか。俺は。まじか……おい」

 

 鏡はいらない。何度も見た。お仲間もみた。皆全てが終わったような潰れ腐って半壊した顔で彷徨うばかりだ。

 

 まだ世の中は終わってないのかもしれない。

 さっき放送で封鎖区域と言っていた、あれはようするに、押し留めているのだ。

 

 だから世の中はまだ終わらない。これからもずっと長らく続く。終わってしまうかもしれない。わからない。英雄的な人間や英雄じみた結束でこの人類史上最難関の問題を或いは突破するかもしれない。

 わからない。

 

 だが、お前は終わったのだ。

 

 諦めろ劣等種。

 

 お前はもう蚊帳の外だ。

 

 言葉が流れてきた時には涙が乾いていた。ついでに惨事は終わっていた。食事会は済んだようで、今はゾンビたちが後片付けにヨダレを垂らしている。

 

 どうやら全て食う場合と、仲間にして勢力を増やそうとする二つの意識を持っているらしい。

 詳しくは聞いてもわからないだろう。

 

 俺はただ立ち止まっていた。あれだけいたゾンビは散開し別の標的を目掛けて歩いて行った。

 

 俺はもう自分が何をしたいのかもわからなくなり、手近な女ゾンビのあとをつけていった。

 あの親子が助けを呼ぶ悲鳴が残響していた気がしたが。

 

 もう関係ないのだ。すべて。

 日が落ち暗くなる頃にはゾンビが密集する地帯にたどり着いていた。

 

 皆本能である程度は結託しているのか。

 無論俺には死ぬほどどうでも良かった。

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