鏡を見つめながら顔から順に身体を触る。
感覚を確かめるように顔から頭皮、首、肩、胴体と手で触診する。
あの酷かった当初ほどの苦しみはない。しかしどこもかしこも身体の感覚が薄く、麻痺してるような異様さだ。まるで自分の頭で動かしていないような。
「病気、やべえな」
声は聴覚が戻ったせいかよく聞こえた。喉が潰れて重い風邪の、いや地獄から這いあがってきた魑魅魍魎のような声だ。
服に損傷はない。汚れてはいた。本物の血が身体中にべっとりと付着している。病院までの道のりで転びまくったせいかもしれない。着替えたかった。
「だからさーあ、あいつがさ」
後方30メートル前後、20台くらいの女性の声。
男子便所の中だが、トイレはやや古めかしく洗い場がオープンで姿を隠せるのは個室くらいだ。
でも異臭がしたからあまりお近づきになりたくない。
しかしやむなく個室に入った。
個室は便所の落書きと茶色が付着している。放置されてだいぶ長いのか虫のユートピアと化していた。
「え、まじで。やべそれ。ルミコ今さっき死んだん? あのテレビタレントうちらと同世代じゃん。まじかよ。可哀想」
(あーあのCMによくでる。ていうか)
雑談が長い。個室に入る音はなかった。ただ入り口で話しているだけだろう。
見つかったら色々と面倒だと瞬間的に判断したが、今はそもそもこれがどういった病気なのか、もう一度見ようと便器の底を覗いたが暗くて見えなかった。
「あ、なんか電池切れそうだから」
女性が立ち去るのと俺が公園で身繕いを再開するのは同時だ。
まず、服を一枚ずつ水で洗い流し、血で汚れた身体を近くにあったバケツで水をくんで流した。
頭から浴びるようにかける。しかし、
「やべえこれ」
皮膚は割れまくり、ところどころが青あざみたいに変色した身体は水で流せない。割れた皮膚は角化していたが、全身に広がっている。
「おいおい」
どうすれば。混乱する。こんな姿で街に繰り出したら無事では済まない。
病気だからと親切で警察呼ばれて警察に見つかれば例の病院の薬泥棒の件がばれる。
俺は深呼吸をした。
考えろ。
「病気をしたら、病院に行くんだ」
言うと心が興奮して涙が出そうだ。しかし出なかった。力んでも出ない。目はやたら乾いている。
「ははは……折角生きてたってのに」
声が潰れているのは先日、先輩達と合コンしたからだ。
先週の事をようやく思い出しながら、俺はヒューヒューと喘鳴の呼気を繰り返しながら病院に向かう。
思考や頭の倦怠感は完治したが、まだ首から下が頭の命令に答えるも勝手に動いている感覚。
言うならば離人感があった。
トイレの洗面器から別れを告げて俺は携帯を開く。
ネットで内科と検索すると現在地点をベースに一番近くの内科がリストアップされた。
「とりあえずここ行くか」
いちいちゾンビみたいな声が出るのに嫌気しながら俺はもう一度あの布バッグを被った。
内科は距離にして150メートル。医者だしレントゲンくらいあるだろう。
歩道と車道がくっついた幅4メートルくらいの道路を何回か折れた。
向かう最中、やはりまだ息が荒く苦しかった。ついでに身体がうまく動かなかった。失敗した。
先に飯を食うべきだった。
通行人の視線はわからないが、ちかくなると急速に足音が遠ざかっていく。
酷くゲンナリしながら俺はその『藪沢内科』の戸を開けた。