大きめの鈴がカラカラと鳴る、喫茶店みたいな出迎え。
空調の効いた屋内に、更に扇風機二台のおまけ付き。
受付を囲むようにU字を描く待合室の硬いシート。
小さな吊り下げ液晶とその中で料理当てゲームをするバラエティー。
先客の子供連れの会話。医療事務スタッフの「え」と言う短い疑問符に置き時計の秒針の音と換気扇の音。
外にも風鈴がついていた。
音のパラダイスだ。
「どうなさいました?」
「ちょっと風邪をひいてしまい」
事務スタッフの目が懐疑的になる。バッグは歯で穴を開けてありそこから見えた。リアクションが意味するところはその布バッグは何、だろう。
俺は答えた。
「こうしてると楽なんです」
嘘は言ってない。あの姿を見られるのは苦痛でしかない。
「な、なるほど。初診ならではこちらに記入してあちらのお椅子へ」
どんな不審者でも拒否できない日本の良心ってやつか。俺なら迷わず警察を呼んでいたかもしれない。返事をすると「あ」とだけ返す事務スタッフ。どこかぎこちない。
それから待つ事数十分。
気付くと俺は思考の海にいた。
ずっと今後の展望、これからの身の振り方とこれまでの経緯について考える。
俺は大学一年生だ。大学に行ったのは春学期の初めまでで、それからずっと俺は大学近くのコンビニでバイトしていた。
毎日ご近所さん他大学関係者のありとあらゆる人種が集まるそこでレジ打ちしながらうすーく愛想笑い。
本当は大学行きながらバイトするつもりが、いつも疲れてバイトした後帰宅していた。店長にはスマイルを毎日強制させられていたが、守れなくても時間経過とともにそのまま研修バッジが外れた。
それから程なく同僚の先輩方が、大学の生徒だとわかり、でも皆さん腰が低くて礼儀をかかさない優しい人達だった。
だから復学前。夏休みが始まる前に早くもお近づきになり、合コンに無理矢理紛れ込んだ。
そしてノリと悪戯で俺は目当ての女子にカラオケで言ったのだ。
「好きっす! 付き合ってく」
「無理っす」
最後の一音は先輩方の突っ込みとその後の爆笑で塞がれた。
相手の名前は覚えていないが、たしか。
「そうたしか、彼女だ。様子が変だったのは」
ハッとしたようにトリップから帰還すると、いつの間に書いたのか問診票が埋まっていた。
見る。幾つかの項目に病名、神経症とあった。
どうにも俺の無意識はIQが低いらしい。
問診票を渡して席に戻ると、しばらくしておよびがかかった。
診察室に入る前、はるかな遠くの子供のはしゃぎ声が聞こえていた。
きゃっきゃきゃっと外からの子供の声がちかくなる。
どうやら俺には今おおよそ50メートルくらいの異常知覚テリトリーがあるらしく、そこに入ってきた生き物が何をしているか大体全てわかってしまうらしい。
例えば今の子供はスイッチを操作して恐らくアクション系のゲームをプレイしているし、手前の事務スタッフは電話でメモをとっていて、それもかなり正確だ。待合室の患者は目をいじっている。見なくとも分かるのに皆周りの状況に気づいてもいない。知覚とは本来自分の世界なのだ。
それから診察室に呼ばれて、気付いたら診察が終わっていた。
「え」
医者には、思春期特有の疲れだとか言われた。
肌荒れや顔色の悪さもその類らしい。
「ほら、げんにみなよ、完璧な健康体だ」
「完璧っすね」
画像は綺麗な物だった。たしかにこの若さでそんな重篤な病気にかかるわけがない。
「大丈夫だ。でも一応薬出しとくから」
言われたらそりゃもう従うしかない。薬に感謝しつつ会計を済ませると、
「いや大丈夫です! 今の保険、特定の診療はただなんですよ!」
疑問に思いながらも俺は仕方なく、外に出た。
何気なく残金を見たら10円だった。
「やばいね」
「やばいですね」
「ただのやばさじゃないね。咄嗟に違う人の画像見せて誤魔化したけど」
「何かの見間違いの可能性は?」
「キミさ何年看護師やってたのよ。これ。この感じ。見覚えあるだろ」
「でも、ありえません」
「とりあえず、私は見なかった事にする」
「え!? 助けるとか誰かに連絡するとかじゃ?」
「刺激しない方がいい気がする」
「……」
「俺もあれ、バイ○ハザードとかで育った口だから」
「わかりました」
「くれぐれもね」
「はい……」