ゾンビ•セルフ•ダイアリー   作:ゾンビのモブ

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ネプライザー

 雨粒がナイロンの傘に当たる。

 心地良ささえ感じる音。

 

「携帯扇風機持ってくるんだった」

 

 雨で気温はやや低いが湿気が酷い。冷風機の風にあたりたい気分だ。

 

 特にこの夏場に真冬のような格好をしている。

 それでも奇異の目は避けられたので、メンタル的には正解だった。

 

 坂道を登りカーブした道。街路樹を横目にしばらく行くとバス停の前にマンションが乱立している。

 

 コンビニはその中程にあった。駐車場には車3台くらいのスペースがあり酒はあるが、時代柄かタバコの取り扱いがノーサンキューになっている。

 

 音楽とともに自動ドアを潜る。

 ブワッと冷えた空気が服の隙間を縫って入ってきた。

 

(おー生き返るー!)

 

 しばらく酔いしれる。店員さんのいらっしゃいませは耳に入らなかった。ちらっと見れば品出しをしている怪訝な顔の店主とレジのバイトの女の子はさり気なくこちらをチラチラみている。

 

 初めて来たわけじゃない。

 店主は顔見知りだし、バイトの子は何回か接客されている。ようはこの格好だろう。

 

 だが今のところこの装備のどれかに外せる余地のあるアイテムはない。

 

 俺はなるべく不審がられないように淡々と買うべき物をピックアップして、一斉にカゴに詰め込んだ。

 

 脱水対策に500mlスポーツドリンク。塩むすび二個とたらマヨのカニカマ。ついでにカップ麺と、全身の臭い対策に消臭スプレー。口臭対策用タブレットも買う。

 

 俺だって馬鹿じゃない。

 臭いと言われてからまだ風呂にも入ってないし歯磨きもまだなのだ。

 

 病院に寄った帰りに銭湯に行こう。

 店内BGMで女性ボーカルの涼しくなる歌を聴きながらそう心に決めてレジに立つと女の子が出た。

 がすぐに店主がバトンタッチした。

 

 満面の笑みでありがとうございますとバーコードをスキャンしていく。

 

「箸はお付けしますか?」

「全部お願いします」

 

 めんどくさいので客の場合はいつもこう言う。

 要望に応じて必要なものを全部入れる店主。その手際は見事だ。

 

 コンビニバイト歴三か月の俺では足元にも及ばない。しかしその表情はさっきより怪訝だった。声を出したせいか。

 

「1580円になります」

「○ペイでお願いします」

 

 ちゃちゃっとやり取りを済ませた俺は最後に何気なくバイトの女の子を見た。

 

 店主の横で携帯を手に文字を打っていた。業務中なので妙に感じたら、文字を打ちながら、

 

『……くん。その病院、今ニュースになってる。早く逃げて。屋上』

 

 と、微かにだが聞こえた。文字を打ちながら常人に聞こえないレベルまで声量を落とした小声だった。

 

 俺は品物を受け取るとすぐにそれを持ってきたバッグに詰めて、病院に向かった。

 この前と同じ道のりだが、体調が良く足取りは軽い。

 

 病院の横の寺は昔からある寂れた寺で馴染みの寺だが、近隣の井戸端会議で聞いた話だと、住職が数年前に他界して跡継ぎの息子が隣の土地を売ったそうだ。

 

 普通なら寺は土地を売らないと言われてるが、余程金銭的に困ってたのだろう。

 安く売って安く買い叩いたのがあの病院だったわけだ。

 

 寺を通過する前から周りの喧騒は耳に入っていた。近づいてようやく病院の全貌が見えた。

 

 白塗りのモルタル。五階まである病棟と、隣に四階までの別病棟があり、それぞれ分かれている。

 

 庭があるのは裏側でそれも然程広くはないヒーリングガーデンが広がっているが、問題はオモテ側だ。

 

 病棟は全ての窓がブルーシートで目張りされ、玄関や一階の窓は何か巨大な備品で封じられている。そして外ではサイレンがなり警察が非常線を張り、近所の住人が口々に不安を並べ、野次馬が駄弁っている。

 

 玄関前には噂の機動隊が横に並び、

 

「わあ!」

「おい! 見ろ!」

 

 見た。すぐにはどこかわからなかった。機動隊だ。その一人が頭を抱えうずくまり、数人が介抱している。

 

 現場が混乱していた。俺は野次馬根性を発揮して非常線のギリギリまで近づいて、

 

「あ、あれ。ネプライザー?」

 

 割れたガラスと共に上から何か落ちたのだ。みると白い頑丈なアイロンみたいな形状の機械と幾つかの部品が地面に散らばっている。

 

 俺は昔親戚が気管を病んでいた経緯から知っていた。あの本体はかなり重い。ヘルメットをしているのに、ヘルメットが割れて血が出ている。

 

 やべえなと口にした。

 直後、誰かが指を上に向けて叫び声。

 

 最上階の窓あたり。

 割れたガラスから、人が落ちてきた。

 

「うわあああああ!」

「やべえ!」

 

 幸いにも下に人がいなかった。

 しかしそれは不幸にもコンクリートとの正面衝突を意味し、地面に流れていた。大量の。

 

「これ、まじかよ」

 

 そして俺には、中の様子が、全て聴こえていた。手に取るように。

 

 人が人に何か、そうおぞましい何かをしている様子が、手に取るように聞こえていた。

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