とあるウマ娘とそのトレーナーの話をしよう。
珍しい白毛の髪と尻尾、耳が特徴的なおっとりとした印象の垂れ目をしたウマ娘。右耳に花をかたどったかわいらしい耳飾りを付けており、前髪の髪留めも似たようなものを付けていたそのウマ娘の名をハッピーミーク。先日のデビュー戦において鮮烈な走りを見せたウマ娘である。
デビュー戦まで大注目とはいかず、悪くないが良くもない、端的に言えばパッとしないウマ娘であったが、彼女を勝利まで導いたトレーナーの手腕により、トレセン学園内でもその名を周知されつつあるウマ娘だ。
そして、ハッピーミークを勝利へと導いたのがトレーナーの名門、桐生院家の一人娘にして、一族の教えが詰まった「トレーナー白書」なる書物を持つことを許された正当後継者である。先代や父から受け継いだ知識と技術でハッピーミークの中に眠る才能を花開かせた実力を持つが、彼女にはとある悩みがあった。
それは知識と技術とはまた別の、新人故の経験不足である。どのようなトレーニングをするかなどはトレーナー白書を見れば、一目でわかるのだが、肝心のウマ娘とのコミュニケーションの取り方について記述が不足しており、葵はハッピーミークとの距離感をどうしたものかと悩んでいた。
書物にはウマ娘の休日は余計な緊張や気遣いをさせないために1人にさせるのが適切と書かれているが、他のトレーナーとウマ娘は休日も一緒に公園で散歩したり、カラオケに行ったり、ゲームセンターに行ったりして過ごしていると聞いて葵は驚いた。なぜなら、見かけたどのウマ娘も緊張や気遣いどころか、笑顔でトレーナーの手を引き、気遣いどころかわがままを言ってトレーナーを困らせていたのだ。それが葵には、ウマ娘とトレーナーの心の絆の表れで、レース前のリラクゼーションや応援に繋がるのではないかと閃いた。
けれども、ウマ娘のトレーナーになるべく育てられた葵は娯楽に疎く、趣味と言えるものはなかった。歌えるのは民謡だけで、ゲームセンターは前を通ったレベル。シーソーも1人でしか遊んだことがなかった。
そのため、ハッピーミークと何をどうして遊ぶべきなのか図りかねていた。一応、ミークが休日を自分と過ごすことに不快感はないし、むしろ遊んでみたいと他のウマ娘に話しているのを偶然聞いた葵は、彼女と仲を深めるチャンスだと熟考したが答えは出なかった。葵にとって残念なことにこの答えはトレーナー白書にも記されておらず、自分で出すしか方法はない。ミーク本人にどのようにお出かけましょうかと聞くのは何か違う気がするし、かと言ってこのまま別々に休みを取るのも違うと葵は頭を抱えた。
なので、分からないことは有識者に聞いてみようと思ったが、周りのトレーナーは歳上ばかり。桐生院家は名家として名が通っているため、快く思わないものから敬遠されることも考えられる。だが、そこで葵は思い出した。自分と同じく今年からトレーナーとして招かれた青年がいることを。善は急げ。彼女は掲示板で青年のいる教室を確認し、その部屋へと赴いた。
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肉のお兄さんこと、街雄鳴造と迎合し、大体のリアクション(教室にしては広すぎる部屋に驚く。トレーニングルームにもないマシンを見て瞳を輝かせる。壁近くに積まれた青いジャージを見て首を傾げる。肉のお兄さんにしては細すぎないか)をこなした葵は、自分が抱えている悩みを鳴造へと打ち明けた。
「───────というわけで、何かアドバイスをしていただけるとうれしいのですが……」
「担当ウマ娘とのコミュニケーション……確かに難しいですね」
「はい……」
ちなみに鳴造は担当ウマ娘はいないし、今のところコミュニケーションで躓いたことはない。だが、鳴造も初めからパーフェクトコミュニケーションを会得していた訳ではない。彼も知識と技術に加えて、それらをどのような状況で使えばいいかを経験で学んでいる。
そのため、ナリタタイシンやライスシャワーといったコミュニケーションに一癖ある彼女らとも気軽に会話ができるのだ。
鳴造もウマ娘では無いが、学生時代に思春期ゆえの病に侵された親友との会話が上手くいかずに四苦八苦したこともあったため、葵の気持ちはよく理解できた。
「そうですね、まずは会話の仕方から考えてみましょう」
「会話、ですか?」
コミュニケーションの基本はやはり会話であると鳴造がそう提案する。
「会話に重要なことは否定しない。復唱。同意の3つですね」
否定しないことは相手に「私はあなたの味方ですよ」と示すことに繋がり、復唱は「私はあなたの話を聞いていますよ」という証になる。オウム返しも相手の好感度アップに繋がるのだ。また、同意はそれら2つが同時に達成出来るため、相手との心の距離を詰めるのに必要なテクニックである。
「けど、間違ってることはどうすればいいんでしょうか? そこも否定せずに同意というわけにはいきませんし」
例えば、ミークの体力の限界値が100として残り10で、怪我する可能性の方が高い時に練習したいと言われたら、自分は止めるべきか彼女の熱意に従うべきかと葵は問いを投げた。
「そういう時もまずは否定せずに、彼女の熱意を認めてあげましょう」
オーバーワークによる怪我はウマ娘にとって致命的であるため、トレーナーとしては止めるのが最善の選択だ。しかし、そこで「ダメに決まっているだろう!!」と力強く否定していてはせっかく頑張ろうとしたウマ娘の気持ちを蔑ろにしてしまう。なので、まずはその熱意を賞賛した上で、疲れているように見えるから軽めのストレッチで済ませて、その日は休むように促すのがベストである。
「なるほど、確かにこれなら自分も相手も不快感がありませんね」
鳴造のようにパーフェクトな会話術は葵には難しいが、三原則を抑えていれば問題ないという鳴造の言葉を彼女はメモへと書いていく。他にも、闇雲に理由もなく「出来る!」と言って練習を強制したり、明らかに怪しい笹針士の勧誘を受けないなどの注意事項もペンを走らせメモに書き加えていく。
「あとは、トレーニングへのやる気がない時に無理して練習をさせないことですね。やる気のない時にトレーニングをしても集中力が欠けていて効率は落ちますし、怪我にも繋がります」
「はい……けど、かと言って他にすることも無くて」
やる気がないからという理由で、トゥインクル・シリーズ出場を目指すウマ娘たちを練習を休ませるというのは、時間の浪費で勿体なく感じられる葵だったが、他にすることもないしと困ったように口元を歪める。
「そういう時は無理せずに休ませるか、遊びに行って気分をリフレッシュさせましょう」
鳴造の至極真っ当な言葉に葵は「ですよね」と頷きかけたが、途中で自分が抱えている悩みのひとつに関するワードが飛び出したため食い気味に口を開いた。
「あ、そうです! それです! あの、お恥ずかしいのですが、遊びって具体的に何をすればいいのか分からなくて……」
自信なさげに顔を俯かせた葵は、上目遣いで鳴造を見上げた。鳴造もこの悩みのアンサーには非常に難儀した。遊びには正解というものが存在しない。正しいフォームをすれば身体能力の向上に繋がるため、トレーニングには正解というものが存在する。だが、遊びにはものと人によっては良いものであったり、悪いものがある。そのため、ハッピーミークというウマ娘の性格と好みが分からない鳴造では簡単に答えを出すことができず、顎に手を添えた。
「遊び、というと大抵は一緒にラットプルダウンやフロントプレスにデッドリフト辺りが主流ですけど……」
「え? それって遊びだったんですか」
「やっぱり年頃の女の子となるとカラオケやゲームセンターで遊ぶのが定番だと思いますよ」
葵のツッコミはスルーして、最近の女子校生の流行りから考えた街雄だがその結論は葵にも行き当たっており、そこで何をすればいいのかというのが悩みの種になっている。
「カラオケは歌うところだと言うのは分かっているんですけど、私は民謡しか歌えませんし、ゲームセンターもどのゲームをやればいいのか分からなくて……」
オマケにミークがそういう所を好むのかも分からないのでと項垂れる葵に鳴造は「じゃあこういうのはどうですか?」とトレセン学園近くの温泉のチケットを差し出した。
「あの、これは……?」
「練習後に2人で温泉に行って、汗を洗い流す。これだけでもグッと距離は縮まると思いますよ」
古風ではあるが裸の付き合いというのがある。共に自分の身体をさらけ出すことによって、心もさらけ出し、より親睦を深めようというものだ。心をさらけ出すことで本音で語り合うことができ、練習をする上でのコミュニケーションが取りやすくなるというのが鳴造の狙いであった。
それに温泉であれば、疲れも癒せるので一石二鳥と微笑む鳴造にこの発想はなかったと葵は1枚で5人までと書かれたチケットをマジマジと見つめた。
「その温泉にはサウナもありますよ」
「サウナ?」
サウナとは蒸し風呂の一種でたり、密室の一隅に据えた窯で石を焼き、発生した熱で室内の空気を温める。さらに石には水を掛けたり盥を載せたりして蒸気を立て、湿度も上げることがある。
その部屋に入るとあまりの蒸し暑さに汗が噴き出すけれど、それが健康とかダイエットなどに良いって言われていて、いまや世界中で大人気となっている。
「お風呂はもちろん、入りますけどサウナは経験ないですね……」
「じゃあ、僕がお教えしましょう!」
街雄の! 楽しいサウナ講座!
やぁ、肉のお兄さんだよ〜! 今日はサウナの効果や入り方について学んでいこう!
「えっ!? あっ、よ、よろしくお願いします!」
サウナは蒸し風呂の1種。普通の蒸し風呂と違うのは温度がやや高いということです。
一般的な蒸し風呂が50℃から70℃なのに対して、サウナはなんと100℃! また、サウナの建物がしっかりした壁や屋根のある小屋であることも定義とされているよ!
「結構、熱いんですね」
サウナの入り方は簡単! だけど、一つでも忘れると身体に悪いからしっかりと確認していこう!
その一! しっかりと水分補給をしよう !
サウナでは大量の汗をかくため、予め水分を補給しておくことが望ましいです。脱水症状の予防になるし、気持ち良い汗がかけます。
その二! 入る前に頭と体を洗おう!
サウナを清潔に保つためのマナーであり、体の汚れを落とすことでより効率的に汗をかけるようになりますよ!
その三! 目安は10分!
サウナ室には長く居れば居るほど良いというわけではありません。無理をすると脱水症状を引き起こす危険があります。あくまでもサウナ室の利用は10分前後が好ましいです。
その際の基本姿勢は特にありません。他人に迷惑をかけない程度にリラックスしましょう。またサウナ室の床は熱いので濡れタオルを持ち込みましょう。床に敷く用と自分の汗を拭く用に2枚持って入るのがベターです(サウナによっては敷いてくれているところもある)。
その四! かけ湯をして水風呂に入ろう!
水風呂に入る前にかけ湯で汗を洗い流し、水風呂に入りましょう。水風呂は体を一気に冷ますので、苦手な人は体を慣らしてからゆっくりと入りましょう。入る時間は2分が目安です。
その五! ゆっくり座って休憩!
水風呂で冷えた体を温めるため休憩しましょう。しばらく座っていると体温が戻ると同時に、心地よい快感がやってきます。これがいわゆる「ととのう」という状態のことです!
「なるほど! それでサウナの効果って一体なんなんですか?」
まずは"血液循環の改善"です! 結果、筋肉への血流が良くなり、筋肉の「こり」が解消されます。また新陳代謝の活性化による"美肌効果"に、余分な水分を排出することで"むくみ解消の効果"もあるとされているよ!
あと、これは誤解されがちなんだけど、サウナで脂肪が燃焼することはないんだ。サウナの後、体重が軽くなっているのは、体内の水分が排出されるから。なので、サウナに脂肪燃焼効果はないから気をつけましょう!
最後に注意点として、サウナは体温を急高下させる行為だから、心臓に持病があったり、高血圧の高齢者、糖尿病だったり、体調が悪い人は、体温の急激な変化は血圧の乱高下によるヒートショックと呼ばれる症状を誘発しやすいから、気をつけよう! 最悪の場合死亡することもあるから自分の体調とよく相談してからサウナを使おうね!
マナーを守って楽しいサウナを!
「なるほどっ! すごく分かりやすかったです! 早速、明日練習終わりに行ってきます! ありがとうございました!」
「のぼせたり、サウナで倒れたりしないように気をつけてください!」
鳴造のアドバイスに葵は「はいっ!」と笑顔で言葉を返すも、鳴造が「さい……さい、さい……」と何やらブツブツ呟いてるのを見て訝しい目を向ける。どうしたんですかと葵が聞くよりも早く、鳴造のジャージが中から裂けていき、異常な程にパンプアップした筋肉が露となった。そして、鳴造は全身の筋肉を隆起させるとポージングを決めながら力強く口を開いた。
「はいっ! サイドトライセップスッッッ!!!!!」
まるで後ろから誰かに声をかけられ、それに反応するかのように振り向きがちな姿勢で取られたボディービルポーズに葵は絶句した。鳴造は標準的な身体をしていると思っていたが、服を脱げば一分の無駄のない鍛え上げられた筋肉は合成写真のようなゴリマッチョボディであった。これが裸の付き合い。なるほど、服があっては分からないこともあるのだなと葵はしみじみと実感した。
次の日、温泉の更衣室で担当ウマ娘の服の下がムキムキボディじゃなくてホッとしたトレーナーがいたのだとか。
なお、鳴造がチケットを持っていた理由は決めてないのでご想像にお任せします(福引で当たった。理事長かたづなさんにもらったなど)
鳴造の親友の厨二病の人って?→「ダンベル何キロ持てる?」第5巻に登場する主人公 紗倉ひびきの兄。鳴造とは同級生。京都の大学で経営学を学び、就職。その後、脱サラして焼肉チェーン店を経営している。なお、20を過ぎても厨二病な模様。
どうしてメジロライアンは出ないの?→うるさい……静かにしてくれ……(大体のこと知ってそうだから安易に出せない)
もうお休みが終わるので投稿頻度は落ちると思います。把握よろしくお願いします。