魔女の霊に憑かれた悪役令嬢、牢獄にぶち込まれる   作:松風呂

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第二話 逆転しない裁判

 深夜の地下牢。橙色したランプの灯りの中、セレスは読書に勤しんでいた。

 

 表紙には『世界三大悪女の一人、魔女アンリ・マーユ』と書かれている。レイナに頼んで王宮の書庫から借りてきて貰ったのである。

 

 本の大筋の内容は、悪霊がポロっと漏らしていたものと近かった。

 

 王家反逆の罪で公爵家を除名されたアンリは、自身の魔法の才を以って冒険者に身を投じ、その後勇者ハルク及びその仲間と出会い、最後はパーティを追い出された後に魔王軍へ寝返って、魔王と共に消滅したと書かれていた。

 

 文章の内容を鵜呑みにするなら中々どうしようもない奴である。

 

 100年以上昔──。このユグドラシル王国の大地は戦禍に塗れていた。魔軍との長きに亘る戦争、終わりの見えぬ闘争。王国は暗雲に閉ざされ、嘆きと悲劇と死の世界が国内全土に広がっていたのである。

 

 そんな暗闇の世界に光が差し込んだのは、大英雄である勇者ハルクの存在が大きい。

 

 災厄の魔王が率いる魔軍と人類の争いは、人々にとっての希望である勇者ハルクが見事魔王を討ちとったことで終結した。

 

 彼の華々しい冒険譚は100年経った今も語り継がれ、子供でも絵本を読んで知っているくらいには常識である。

 

「寝よ……」

 

 読み終わった本をベッドの脇に置いて、軽い欠伸をしながらセレスは灯りを消した。

 

 王子が言うには明日の朝、裁判が執り行われるらしい。急な話だが、寝て英気を養わなければならぬ。

 

 幽霊もあの後出てこなくなったし、取りあえず今は就寝! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 深夜、草木も眠る丑三つ時、規則正しい寝息を立てているセレスの居る地下牢に近づいてくる者が居た。

 

 カチャンと鍵を開けて女性の寝室である鉄格子の中を許可なく入ってくる男。下手人はリチャード王子だった。

 

「ふふ、セレス、よく寝てるようだな」

 

 何の為に彼はここに来たのか。理由は単純にして明快であった。

 

「貴殿とは、思えば長い付き合いだった。最後の慈悲だ。俺様の寵愛をくれてやろう」

 

 夜這い。夜、男が女の寝所に忍び込んでちょめちょめすることである。

 

 17歳の学生である彼は、甘え上手で媚び上手な一つ後輩のレイナに恋心を抱いていたが、学園随一の美人で、それでいて身体の出るとこは出て引っ込んでるとこは引っ込んでる婚約者のセレスに対して、邪な想いを抱いていた。

 

 彼女の性格は淡泊で、誰に対しても素っ気ない。恋愛には全く発展しないような女性ではあったが、劣情を抱くには十分な、一言で言えば魅力的な女性なのは間違いなかった。

 

「……うぅん」

「ごくり……」

 

 ベッドの上で寝返りをうつ彼女の顔立ちは非常に整っている。それでいて肌は雪のように白く、銀色の髪は透き通る宝石のように美しい。リチャードは生唾を飲み込んだ。

 

 この国の貴族は基本的に婚前の性交渉は良しとしていない。だが王族はその辺の倫理観が少しガバガバだった。婚姻前でも仮に世継ぎが生まれれば出自が平民とかでは無ければ国を挙げて祝福するのである。

 

 すなわち王子から無理矢理ちょめちょめされれば大抵の女性は喜ぶし、国営としても問題は無いのである。セレスの事は嫌いである筈の王子だが、年頃の男の子として、彼女の魅惑ボディに手を出さないのはかなり惜しいものがあった。

 

 もし起きて抵抗されても問題は無かった。男と女、腕力には差があるし、セレスは魔法が使えない。貴族としては落ちこぼれである。それでも抵抗するようなら、素直に言うことを聞けば明日の裁判は取り止める、とでも言えば良い。そうすれば意固地な彼女も言うことを聞くであろう。

 

 彼は完璧なプランだと自画自賛した。官能小説の読み過ぎだった。

 

「はぁはぁ……セレスっ……!」

 

 毛布の中にいる彼女の上に、王子が馬乗りになる。彼は興奮しきっていた。眠り姫はぱちりと目を覚ます。なんとか王子のキスで目覚める前に起きることが出来た。

 

「……おや?」

「ふふふ、セレス、喜べ! 最後に俺様と契りを交わさせてやるからな! お前のことは嫌いだが、元婚約者として情けをくれてやろう!」

「……?」

 

 彼女はきょとんとした顔で現状を素早く察知した。成程。

 

「なんじゃ、おぬしもしかして我の身体に発情しておるのか?」

「な、何を馬鹿なことを言うなっ! 俺様は慈悲の心を以って貴殿をっ……!」

「あーあー……、みなまで言うな。男女のことじゃ。言葉は無粋というもの、まずはおぬしの猛る聖剣を見定めてからじゃ」

 

 王子は困惑した。セレスがなんか、言葉遣いがおかしい。先刻レイナからは、セレスは精神的におかしくなってて情緒不安定気味なので手心を加えて欲しいと進言されたが、マジでちょっとおかしくなってる。

 

 それはそれとして、彼女もちょっと乗り気らしい。舌をペロッと出した様子は何とも誘惑的でいやらしい。

 

 てっきり泣き叫ぶか、好きにすれば? 的な対応をされると思っていた王子としては少し複雑。話が早いけども、誰にも懐かない猫、もしくは孤高なはぐれ狼の様なセレスを無理矢理致すことが情緒が有って良かったのに……。しかもなんか男慣れしてそう。

 

 だが、王子は止まることは無い。この余裕綽々な態度はセレスが必死に取り繕ってるだけな気もする。これはこれで興奮する。

 

 王子は服を脱いだ。ここから始まるのである。少年少女な彼らが大人の階段を上って行く、アダルティーな時間が。

 

「うーん、不合格じゃな!」

「は?」

 

 王子の自慢の聖剣を見て、彼女は両手で×マークを作った後、中指と親指を擦り合わせ、パッチンと小気味良い音を出した。

 

 ボヒュン。軽い爆発音が鳴る。被災地は王子の下半身の一部分だった。

 

「えg※z79w0──!!??」

「うわ、なんじゃこの身体、魔力少なっ」

 

 激痛により、声にならない叫び声をあげるのは王子だった。気付いた時には、彼の聖剣は弾け飛んだ。やったのは目の前のセレスであることは明白である。恐らく火炎系の魔法。魔法が使えない筈のセレスが何故? しかも詠唱無しで、などと疑問に思うより先に、下半身から脳へと伝えられる痛みの電気信号に彼は身悶えることしか出来なかった。

 

「痛いっ痛いっ……何故!? 何故こんなっ……!」

「怨むなら、己がちんちんを怨むが良い」

 

 彼女は髪をかき上げながらカッコつけてそう言った。全然カッコ良くない。

 

「な、何を馬鹿な!? 貴様ァ! セレスゥ! 絶対に許さん! 俺様にこんなことをして只で済むと──」

「しーらんぷいっ!」

「あっ!?」

 

 激痛に苛まれている王子のことは捨て置いて、彼女は颯爽と鍵の開いた地下室の扉を通り、地下から逃げ出した。華麗なるダッシュである。

 

「わははっー! 久し振りに我、走っておる! 芯から漲る溢れ出る! 我は今究極の力を手にしたのじゃー!」

 

 深夜の王宮内で、馬鹿みたく叫びながら歓喜の声をあげる少女。見た目は紛れも無く公爵令嬢のセレスであることは明白だが、実は彼女は彼女であって彼女では無かった。

 

「おっと、浮かれ過ぎた、我にはやることがあるんじゃった。そうじゃった」

 

 ピタッと彼女は止まる。

 

 情緒の上がり下がりが激しい、自由気ままな悪霊魔女アンリ・マーユ。そう、さながらエクソシストが如く、この霊はセレスの身体に憑依したのである。

 

 つまり、身体はセレス、頭脳はアンリ、その名も取り憑か令嬢セレス! が爆誕したのである。

 

「うっ!? な、なんじゃ急に眩暈が!?」

 

 ややこしいので憑依中はアンリと呼称するが、アンリの身に異変が起きる。

 

「セレス様ぁ! こんな深夜に脱走なんて、絶対許さないんですぅ!」

「だ、誰じゃおぬし……!?」

 

 王宮の廊下、アンリの前に立ちはだかったのはレイナである。貴族なのに魔法が使えないセレスとは対照的に、レイナは平民なのに魔法が使えるのである。学園でも異例の二人は対峙し、睨みあっていた。

 

「誰だか知らんが、我と勝負しようというなら100年早いわい、この大魔法使いにして最強の魔女を前に五体満足でいられられ……?」

「勝負? 勝負はもうついてますぅ……」

 

 魔法とは自然にある五元素(木、火、土、金、水の五つ)を体内の魔力を使い操る力であり、各個人で得意な属性は異なる。

 

 レイナの得意属性は木、麻痺や睡眠の効果を持つ毒性の魔力を空気中に内在させ、相手を内側から攻撃する中々にえげつない魔法を使えるのである。

 

 中々にファンタジーだが、兎に角、アンリは呼吸の合間に目に見えないそれを吸ったことで、舌が回らない程度に全身は麻痺し、おまけにふらふらと眩暈と眠気に襲われてるのである。

 

「言っろくが、負けた訳では無い、ひょっと、ひさびさすひて、身体が言うことをきかなひゃったっだけで……ぐー……Zzz」

「あ、寝ちゃいましたぁ……、ぷぷっ、口ほどにも無いですぅ……」

 

 レイナはぷぷぷと笑いながら、床で寝始めた見た目セレスの中身アンリを背負った。深夜勤の衛兵も駆け付けたので彼らに引き渡しても良かったのだが、脱走したとは言え彼女は公爵令嬢、寝ている時に知らない男へ身体を預けたくは無いだろうとレイナは気を利かせた。

 

 彼女の全身は柔らかく、背負ってもすげー軽い、寝顔を近くでみると整い過ぎていて同性でもドキっとしてしまう。ま、睫毛長いですぅ……、レイナは嫉妬半分謎の興奮半分の状態で、数人の衛兵さん達と共に地下へと向かい──……。

 

「わ──っ!!?? リチャード様ぁ!!??」

 

 地下牢にて、全裸で気絶しながら焼けた股間から血を流す第二王子リチャードを発見、絶叫したのである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 裁判というものはざっくり言うならば、提訴から始まり、判決で終わる。この期間は本来なら長い。

 

 しかし事件性があり、憲兵団に現行犯逮捕の場合。判決までの判断は瞬で決まる。

 

 王子の当初の予定なら、レイナに対する苛めの罪でセレスを提訴、その後セレスが応訴、弁論や証拠を経て判決が下される筈であった。

 

「痛ましい事件でした。被告セレスティーヌ・フォン・アメトリス。彼女をエメラルド刑務所へ懲役一〇〇年の罪に決定致します」

「それでも私はやって無い……」

 

 王族にとって、後継者問題は非常に重要である。第二王子リチャードは一命を取り留めたが、もう世継ぎを残せない身体となった。王国の未来を揺るがすこの大事件は国内で知る者が居ないほど有名になった。

 

 捕まったセレスは王子暗殺未遂の犯人として裁判に掛けられた。死刑制は廃止している王国では、規定に定められた通り、彼女は大罪人として一〇〇年間の懲役が定められた。

 

 弁論の際、セレスは声高に訴えた。事件は悪霊がやった。私では無いと。

 

 裁判員達は真面目にそんな主張をする彼女を、気狂いのような冷めた目で見ていた。

 

 そんな流れで彼女はエメラルド刑務所に送られることになった。しかも、ちゃっかり変な連れが居る。

 

「まぁそう気を落とすなセレス、我が憑依しなかったら今頃おぬしの純潔は哀れにも散らされていたやもしれんぞ?」

「……はぁ~~……」

 

 エメラルド刑務所へ送監されるまでの一週間、悪霊は彼女のことをセレスと呼び、なんかちょっと懐いた。

 

 どうやらセレスの意識が無い間、身体を乗っ取れるらしい。まさに悪霊だった。

 

「我が嫌いならそれでも良いぞ、早く封印を解いてくれるということじゃからな、わははっ!」

「絶対に地獄に落としてやる、この悪霊め」

「おお、怖い怖い」

 

 アンリを引き剥がす為には、王宮の地下に行って、彼女の封印とやらを解く必要があるらしい。それまではずっと取り憑かれたまま、実に不幸極まりない。自分が一体何をしたんだと、セレスは神を怨んだ。

 

 そして物語は現在、つまりプロローグへと戻る。

 

 セレスの苦労は始まったばかりである。

 

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