ドンッドンッ
立て続けに空へ吸い込まれてゆく二本の光。そして少し遅れてもう一本。特徴的なあの光は隊員が『緊急脱出』した際に発せられるものだ。つまり開戦からわずか5分で3人もの隊員がベイルアウトしたことになる。その事実に間宮隊の3人は驚きを隠せない様子でうろたえる。
「もう3人も!?......葵、どこが落ちたかわかるか?」
茶色がかった髪と隊のトレードマークであるゴーグルを着けた隊員―――間宮隊隊長 間宮桂三は自隊のオペレーター 楠本葵に状況を尋ねる。開始直後、全員が比較的近くに転送されていたこともあって僅かな時間で合流し、これからの攻め方を考えるため一時的に民家に集まっていたところ息つく暇もなく3人が落ちるという全く予想していなかった展開。出鼻をくじかれてしまった彼はなんとか状況を確認しようとする。
「・・・・・・吉里隊が全員落とされたっぽい。MAPの動きを見る限り、3人が固まって動いていたところにバッグワーム使った誰かが奇襲して.......そのまま全滅」
楠本の声からは一瞬の出来事に動揺している様子が伝わる。
(・・・・・・まずい)
隣にいる鯉沼と秦、そしてオペレーターの楠本からはすでに試合に負けたかのような悲壮感が漂っている。中位入りへの大切な初戦。このままでは勝てるものも勝てなくなってしまう...。間宮狼狽えつつも平静を装いながら隊長としての務めを果たそうと話し始める。
「・・・一度落ち着こうぜ。まだ負けたわけじゃないんだ。それにこっちは3人集まってる。このままここで待てば有利に戦えるはずだ」
「・・・そうだな。こっちには
隊長の意図を汲み取ったのか黒髪の隊員 秦が応える。
「とにかくまともに当たるのは良くないね」
自身も動揺しながらも、隊員を落ち着かせようとする隊長の姿を見て鯉沼も冷静さを取り戻す。
「一人いないね...」
「ああ...。スナイパーってことだろうな」
MAP東から少しづつこちらに近づいてくる2つの点。おそらく吉里隊を倒した速水隊がこちらに向かっているのだろう。間宮隊はそう判断しつつ速水隊の情報を再確認する。速水隊―――今期デビューの新設部隊。隊長と隊員がA級などの間でよく知られているらしいという話を聞いたぐらいでほとんど情報が無い。確かなのは吉里隊を一瞬で壊滅させるほどの強さを持つことと
「よし...これでいこう。とにかく
間宮隊は覚悟を決めつつルーキーたちを待つ。まだ彼らは気づいていない。未だMAP上に姿を表さない新設部隊の隊長。彼こそがあの隊で最も厄介な男であることを......
――――――――――――――――――
「転送開始から5分!! 早くも吉里隊が全滅した!!?」
B級ランク戦観戦ブース。実況の桜子が驚きを隠せない様子で叫ぶ。
「いやーあれは上手いこと釣られましたね」
「そうだね」
B級下位部隊に所属している桜子とは違い、A級部隊に所属し吉里隊を蹂躙した京極のことをよく知る犬飼と緑川は特に驚きもなくそう告げる。
「と、言いいますと?」
実況の桜子が解説の二人にそう尋ねると犬飼は少し笑みを浮かべながら解説を始める
「速見隊は花柳隊員をわざとMAP上で孤立させることで吉里隊を誘って、隠れていた京極隊員に奇襲させたってことです。本当ならこんなあからさまな釣り引っかかることはないと思うんですが...そこはある仕掛けをしていましたね」
「ほう!その仕掛けとは?」
犬飼は試合が膠着していることを見越してわざともったいぶった話し方で桜子の反応を引き出す。東さんほどではないが優れた戦術眼を備え、場の盛り上げ方を心得ているので犬飼が解説に来ると助かると多くのオペが語る。
「それは花柳隊員を誰もいない北東へと走らせていたことです。開始直後という時間帯もあって吉里隊は合流目的だと思ってしまったんでしょう。ですが彼女によって巧みに京極隊員が潜んでいた地点へと誘いだされてしまいましたね。花柳隊員以外の2人がバッグワームで消えていることから合流が目的ではないと気付ければよかったんですけどね〜」
犬飼が解説を終えるとC級隊員たちから納得の声が漏れる。それを聞いて少々気分が良くなったのかさらにニコニコとした様子になる。
「まあ仕方ないんじゃない?多分釣りだって分かってても京極先輩なら1人で吉里隊倒せたと思うし」
犬飼に応じて緑川も話し始める。ランク戦解説の意義とは経験豊富な隊員による解説を聞いて戦略・戦術を学ぶことなので、これを言ってしまうと身も蓋もないのだが緑川はあまり気にしていないようだ。桜子と犬飼は苦笑しながらも解説を続ける。
「あはは...とにかく次の展開を見ていきましょう!現在3対0対0で速水隊が大幅にリード!解説のお二人はどのような展開になると思われますか?」
数分前からMAPにはほとんど動きがない。まず間宮隊はMAP西の民家にずっと陣取っている。自分たちから動くつもりはないようで、東から迫る速水隊の2人を警戒する素振りをみせている。
一方の速水隊は吉里隊を倒した二人が間宮隊の方へ向かっているものの、その歩みはとても鈍く一向にたどり着く気配がない。更に肝心の隊長が試合開始からバッグワームで潜伏し一度も姿を表してない。
会場にいる隊員の殆ども犬飼たちの解説を聞いているか、観戦者同士で話しているかだ。
「うーん間宮隊が露骨に"待ち"の戦法をとってるから速水隊としても攻めづらいんじゃないかな。なんといっても間宮隊には
「ああ!
「あれ結構すごいよね〜」
さっきから解説で言っている
ハウンドストームとは3人同時両攻撃でのハウンドというシンプルかつ非常に強力な、まさに間宮隊の代名詞と言える技だ。事実前シーズンではこの戦法が猛威を振るい間宮隊は大きく順位を上げた。その強さはこの技を食らって生き延びた隊員はいないといえば伝わるだろうか。ただ3人が揃わなければ意味がない上に発動時は完全に無防備になるなどリスクも大きい。なので対間宮隊の戦法は揃う前に倒すか誰か一人がハウンドストームを食らっている間に狙撃なり奇襲なりで倒すというものが主流となっている
「だから結構五分五分なんじゃないかな〜」
犬飼は張り付いた笑顔でそう締める。その笑顔に多少の違和感を感じたのは緑川とその場にいた何人かの正隊員のみだった。
「・・・・・・嘘ばっかり」
木虎は犬飼の解説を聞きただ一言そう漏らした。それは小さなつぶやきだったが隣にいた米屋は聞き逃さなかった。
「おいおいきびいしいな〜。犬飼先輩別に変なこと言ってねーじゃん」
試合に動きがなく少し退屈していた米屋は犬飼同様少し笑みを浮かべながら生意気な後輩に問う。
「米屋先輩だってわかっているでしょう。もう勝敗はついています。」
木虎は少々冷たく言い放つ。それは分かっていながら盛り上げるために嘘をつく解説席の男への苛立ちか。それとも分かっていながら暇を紛らわすために自分に絡んでくる男への苛立ちか。それとも...
「そうだな、確かにハウンドストームは強いかもしれねぇけど...。速水にも同じように
「ああ」
それまで黙って聞いていた奈良坂も静かに頷く。どうやら二人の意見に同意しているようだ。
もうそろそろ終わりそうだな......。静かな仕事人は弟子の勝利を確信していた。
――――――――――――吉里隊壊滅から数分後
「天音、間宮隊にバレないルート表示してくれ」
試合開始から一向に姿を表さない男 速水秀はMAP南を大回りして間宮隊の背後へと向かっていた。今速水隊が別行動しているのにはわけがある。それは転送位置だ。間宮隊がMAP西、吉里隊がMAP南東にほぼ固まって転送されたのに対して速水隊は秀がMAP南、京極がMAP東、桜がMAP北と全く違う位置に転送されてしまったのだ。今から合流を目指してたら大分出遅れるな...。そう考えた秀は、自分が間宮隊を落としに行くから二人は吉里隊を落としてくれと釣りの作戦を指示。自らはオペレーター星崎天音のオペレートに従って移動中だ。
「わかってるわよ。私がいないと何にもできないんだから...」
「頼りにしてるよ」
秀は天音のその言葉を聞き、幼い頃のことを思い出していた。それはまだ小さかった頃1つ年上の天音が秀に向かってよく言っていた言葉だった。あの頃から随分経ったな...。秀は狭い路地裏を通り抜けながらそう懐古する。
「ちょっと聞いてるの!?あと1〜2分で目標地点に着くわよ」
「ごめんごめん。ありがと」
そうこうしているうちに目標地点まで残り数十mとなる。秀は内部通信で隊員たちに指示を出す。
「目標地点に着きそうだからもうちょっとスピード上げて間宮隊の注意を引いてください」
「OK」
今の自分たちの役目は囮。それをわかっている京極と桜は少しスピードを上げ間宮隊の方へと向かう。勝負が決するまであと少し。京極は足取り軽く、自らの役目を遂行するため走り続けた。
「....!東から来る二人のスピードが上がった!」
オペレーター楠本からの警告。その事実に間宮隊はいっそう集中力を高める。膠着状態に陥ってから数分、間宮隊はその糸を途切れさせることなく彼女らの到着を待つ。スナイパーが潜んでいようと関係ない。とにかくハウンドストームを当てるだけだ。彼らの顔には序盤のような不安の色はなかった。
「距離200...170...150見えたわ!速水隊よ!」
楠本が叫ぶ。間宮もゴーグル越しにその事実を確認する。迫りくるのは二人の少女。まだだ、まだ早い。もう少し引き付けなければ。
「距離100...80...60!!射程圏内よ!!」
ここなら確実に落とせる。いくらスナイパーが狙っていようと3人同時には狙撃できない。1人落ちても残りの2人で倒せばいい。そう判断した間宮隊は一斉にその言葉を叫ぶ。それは間宮隊最強にして最大の必殺技。何人もの隊員を沈めた自分たちの全て!!
「ハウンドスト/」
・・・・・・・・だがその叫びは背後の家が崩れる轟音と自分たちの体を2つに分けた剣によって遮られる。
(なっ!?斬られた!?この威力、旋空弧月か?!)
後ろを見ると剣を振り抜いた黒髪の少年。おそらく彼が自分たちを斬った相手なのだろう。とっさにそんなことを考えるがそれはこの際いい。問題なのは彼が自分たちから
(このバカげた射程...!!生駒さん並だぞ!?)
間宮隊にはアタッカーがいないので詳しいことは知らないが、確か旋空弧月というのは時間に比例して射程を伸ばすトリガー。ここまで遠くへ届くのは生駒さんの"生駒旋空"だけだったはずだ。間宮は驚愕の表情で秀を見る。ここまで完璧に負けたのは久しぶりだな...。間宮は『緊急脱出』寸前の体で自分たちを斬ったルーキーを見る
「悔しいな...釣られちまったか」
間宮はそう吐き捨てると、不敵な笑みを浮かべて『緊急脱出』した。
晴れ渡った空に3つの光が飲み込まれてゆく。その"軌跡"はまるで彼らの道を照らしていくようだった。
最終スコア8対0対0 速水隊初勝利
次回でROUND1は終わりです。
「ハウンド」だけでもハウンドストームは出せますが間宮隊が必殺技みたいな感じで「ハウンドストーム」まで言ってたらいいなと言う願望