霧の街の剣鬼   作:青二蒼

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何となくオリキャラ達の出番が少ないと思い、書いてみた。
せっかくなのでスピンオフ的な感じでお楽しみ下さい。



迷走

 

 イギリスのロンドン。

 今となっては日本人の私でも多少は生活に慣れてきました。

 スターゲイジーパイは慣れませんが……

 というかイギリスの料理は正直慣れそうになさそうです。

 フィッシュアンドチップスなんてゲテモノでした。

 ポットヌードルも日本のインスタントに比べるとまあ……

 そもそも間食をあまりしないんですが。

 岡田 以織です。

 既にソフィーさんには知られてるというか、私の家族には既に周知の事ですが、人斬り岡田 以蔵の子孫。

 それが私。

 今はジェームズ・モランが運営する民間警備会社(PMC)に所属するフリーの武偵だ。

 就職したお陰で武器関連の免許や武偵免許は剥奪されない。

 代わりに就職した届け出をロンドン武偵局に出してどこに所属しているかを明確にしなければならなかったが、すんなりと審査は通った。

 武偵高を卒業していないために仕事の際には先輩とバディで行動せよ等いくつか制約もあったが大した問題ではない。

 問題はーー

「………………」

 その先輩がミアだと言うこと。

 耳が聞こえないミアが言葉を発する事はない。

 筆談や文字を表示する端末でやり取りしている。

 ミアは極度の難聴で聞こえなくても読唇術でこちらの言ってることが分かるらしい。

 それと、簡単な会話ぐらいなら私も英語でやりとりすることが出来るようになった。

 日常的に違う言語に触れていれば、ニュアンスぐらいは分かる。

 キアさんが教えてくれるのもあるが、ともかく日常的には問題がなくなってきた。

 ミアもジェームズさんの民間警備会社のフリーエージェント的な立ち位置らしい。

 そういう風にソフィーさんが根回しをしたのだろう。

 お互いに黒いスーツに身を包んで、胸には武偵を表すバッジと民間警備会社のバッジを付けている。

 ミアの場合は服に着られてる感じがして、少しばかり似合わない。

 1、2歩先を歩く私より小さい彼女が先輩だとは周りはあまり思わないだろう。

 私とミアの仕事はキアさんの護衛。

 まあ、専属のボディーガードという話だったので分かっていた流れではあるが……そもそも私自身が受けたのだから当然でもある。

 契約は3ヶ月。

 その間で仕事に問題がなければ、引き続き更新する流れだそうだ。

 契約中に別の依頼が発生する可能性もあるが、別に問題ないとしてキアさんはそれを了承した上で契約した。

 彼女を送迎するチャールズも、オペラの関係者達も喜んでいた。

 今まで襲われなかったのが不思議なくらいだと。

 オペラの歌手で見目麗しいキアさん。

 目が見えないので、まあ……狙われる理由は多いだろう。

 確かに心配する要素は多い。

 しかし、気まずい。

 私は特に何もしてないはずなのにどうもミアは私に対して冷ややかだ。

 男を見る時の目とは違うのだが、それでも底冷えする感じだ。

 まあ……ロンドンの死神などと呼ばれる犯罪者なのだから私とは色んな意味で格が違う。

 通行人もその小柄な少女の異様な雰囲気に思わず避けたり、通りすぎた後に振り返ったりしている。

 段々と別の意味で居心地が悪くなってくる。

 姉上の話ではロマ族という移動民族に似てるとの話だが、正確なことは分からないらしい。

 一応姉上に聞いたロマ族としての特徴としてはインド人よりも肌の色が薄いことらしい。

 あと美人が多いとか。

 あくまでもロマ族の特徴であって、キアさん達は微妙に違うとも言っていた。

 確かに肌は浅黒く見えるが、褐色という程ではない。

 パッチリとした二重にキアさんに似て肩まで伸びた天然パーマな黒と金が混じった髪。

 年齢的にはどうなのかよく分からないが、キアさんは働いてるし……20前半くらいだとは思うのだが、小柄なせいでそうは見えない。

 身長的には150くらいだろう。

 いや、もしかしたら私がデカイだけかもしれない。

 などと現実逃避気味に観察していると……

「…………」

 ミアは唐突に立ち止まって私を見て目を細めた。

『視線が気持ち悪い』

 そして端末に文字を打ち込んで見せてくる。

 き、気持ち悪い……

 聞こえない分、気配には敏感だとは思っていましたが。

 気持ち悪いって……

「そんなに嘗め回すように見てませんが」

『男みたいな視線』

 ……アレ?

 私、実は男判定されてます?

「そんなつもりはないんですが、不快に思わせたなら、すみません」

 私は素直に謝罪する。

『姉さんを誘惑しないで』

 誘惑してるつもりは欠片もない。

 むしろキアさんの方から誘惑してると感じる。

 お風呂の補助を頼まれたり、着替えの補助を頼まれたり……

 今まで1人でやってきたことが楽になったと喜んではいたが……どうも別の意図があるように思えてならない。

 たまに着替えの時に私の手を持ってブラジャーを外すように言いながらも何故か胸の方に誘導してくる。

 怪しい上に妖しい。

 そして、ミア()さんには殺されそうな視線を向けられる。

 勘弁して欲しいです。

 妹さんに頼めばよろしいのではと提案したが、「誘っても今まで避けてきたのを気にしてか、素直に来てくれないの」と言っていた。

 確かに妙によそよそしい雰囲気はある。

 なので納得はしていますが、それでも上手くやられた感じがするのは気のせいでしょうか……

 そんな時に電話が来た。

 支給された携帯に出ると、上司であるモランさんの声が聞こえる。

「はい、岡田です」

『イオリ、依頼だ』

「次は猫ですか? 白鳥ですか?」

 民間警備会社と言ってもやるのは雑用だったりもする。

 正確には武偵事務所ではあるのだが、何故かモランさんの経営するところは民間警備会社扱いである。

 環境への適応ということでダラム周辺で請け負った依頼は大体はそんな猫探しや家の警備といった地味な仕事ばかり。

 別に報酬がどうとは私は求めませんけど。

 表の仕事としてはそんなものだ。

『わざわざロンドンまで行って猫探しなんぞ頼まん。探すのはネズミの方だ』

「そうですか」

 ネズミというのはよくある隠語。

 何かしらの依頼のターゲット。

 最近は裏の仕事も少しずつ頼まれるようにはなりました。

 何故かそれが妙に馴染むというか、しっくりきてるのが何とも言えない。

 ご先祖を思えば納得はすることではある。

「どんなネズミですか? 病原? それともドブ?」

『ドブの方だ』

 ということは麻薬の底辺の売人とかそんなところでしょう。

「依頼人は?」

『武偵局と言っておこう。正式な裏の仕事だ』

 裏なのに正式とはいかに。

「えっと……生死は?」

『問わない。掃除を望まれてる』

「そうですか。分かりました。場所は?」

『イーストエンド、ホワイトチャペル。今夜の深夜2時。黒いバン……ナンバーはLU 00 AIM』

「現場に現れた全員でいいんですね?」

『そうだ。死体は掃除屋に任せる。近場に待機させる。終わったら連絡しろ』

 それだけ言ってモランさんは通話を切った。

 私が言うのもなんですが無愛想な男です。

 ミアが私を見上げて聞いてくる。

『仕事?』

「そうです。今夜2時のイーストエンドのホワイトチャペルで掃除だそうです」

()れるの?』

「多分……」

『多分じゃ困る』

 バッサリ言われて、ミアはきつめの視線から呆れた顔をする。

 私は別に、人を斬るのに抵抗がそれ程ない。

 復讐をして、ミアに襲われて……人を殺すことに抵抗はないはず。

 だけど……違和感が未だに残る。

 何が違う?

 今まで人を殺したことがなかったのに……どうしてこんなにも人を斬るのに抵抗がないのかが分からない。

 人を、復讐で斬ったあの日……自覚した瞬間はどうしようもない気持ち悪さがあった。

 でもそれだけだった。

 それが終わればいつもと変わらない日常。

 ただ1つあれから考えるのは、姉上のために力になりたいとは思う。

 だって姉上のおかげで曇っていた目が開かれた。

 安らぎを得た。

 そして天誅を受けるべき人間がどこにでもいる、そう気付けたのだ。

 なのに何を悩んでるのかが分からない。

 人を斬るのに抵抗はない、姉上に死んで欲しくない。

 武偵高にいた時に比べて空虚ではない……そのはずなのに。

 なぜ……

 

 キアさんを自宅へ送り届け、私達は仕事。

 深夜1時ーーイーストエンドのホワイトチャペル。

 ダーウォードストリートという路地のような狭い道。

 街灯もなく暗い道だ。

 近くにスポーツセンターと工事現場があり、深夜に人が来なさそうなところではある。

 細部の場所を改めて指示された地点がここだ。

 そんな中でミアは暗闇なのに見えているかのように先を歩く。

 姉上の話だとかなり目がいいらしい。

 聴覚の機能を補うために視覚が発達してるとのことだ。

 私はようやく暗闇に目が慣れたくらいなのにミアは注意深く辺りを見てる。

 それから工事現場の塀を越え、私達は待ち伏せをする。

『上で見張ってる』

 それだけ文字で伝えて軽々と工事の資材が積み上げられた場所に登り上がり、ミアは陣取った。

 耳が聞こえないので目で探すしかないからだろう。

 私は物陰でひっそりと刀の鯉口を上げ、どうするかを考える。

 少しだけ出した刀身で自身の顔を見る。

 私は何を悩んでるのか、何が足りないのかその繰り返し。

 自問自答を重ねて、答えを見つけたと思えば何かが足りないと違和感を覚える。

 多分、相談しても誰も答えてはくれない。

 というより誰も答えられないだろう。

 私自身が答えを見つけなければならない。

『黒いバンがきた。ナンバーも合ってる』

 ミアが見つけたらしくメールが送られてくる。

 実際に車両が近付いてくる音がする。

 資材の影から覗けば3人、車両から降りて工事現場の近くに停めた。

 取引相手でもいるのかと思ったが既に終わったあとのようだ。

 何やら黒いバンの荷台には怪しげなケースが4つ。

 中身はどうでもいいのでまずは始末。

『20秒後に殺す。そっちに合わせる』

 ミアも同じように考えていたのか連絡がくる。

 10秒……息を整えて静かに黒いバンの影になるよう運転席側から回り込む。

 5秒……静かに突きの構えに入る。

 …………。

 ……0。

 バンの荷台部分の脇にもたれ掛かる1人の(くび)を貫く。

 同時にミアが助手席側にいた1人の頸をナイフで刺す。

 どちらも声を上げる前に死んだ。

 私は体が前に倒れる寸前で死体の襟首を掴んで引き寄せ、ゆっくり下ろす。

 もう1人はバンの中で何か作業をやっていたのか気付いていない。

 私の近くにミアが来て、

『あなたが()って』

 試すような感じの目で文字を見せてきた。

 さっき斬った感じでは特に違和感もない。

 私は静かに頷く。

 刀の血をタオルで軽く拭き取りそのまま、静かに荷台へ。

 まだ作業中で気付いていない。

 こちらに背を向けたまま、無防備な背中を晒している。

 息を吐き、突きの構えに入る。

 こちらに振り返ろうとする瞬間、地面を蹴り、そのまま頸を貫く。

 だけど浅い……鎖骨辺りに刃が入り込んでいた。

 痛みで貫かれた青年は息を荒くしている。

 青年……いや、よく見ればまだ幼さが残る少年に見える。

「イヤだ……死にたくない」

 涙を流して懇願する少年。

 だが、目が中毒者のそれだ。もう引き返せないだろう。

 ………………。

 まだ少年。

 私のようにやり直せる機会は、きっと……

 そう思ってしまう。

 どうしても私の姿を少し重ねてしまう。

 空虚だった私を。

 そのまま刀から手を離す。

 変に抜いても出血するだけだから。

「まだ引き返せます。足を洗うことです」

 それだけ英語で言って、私は車両から出る。

 多少は痛い目をみたんです。

 死に目に遭えば更生するでしょう。

 2人殺して1人を生かす。

 我ながらバカだと思います。

 少年に振り返ったその瞬間、いつの間にか銃が握られている。

 マズイ……

 そう思った瞬間には引き金が引かれ、銃弾が放たれる。

 痛みと共に放たれる閃光は真っ直ぐこっちに向かっている。

 間に合わない。

 間違いなく。

 そして、黒い影が私の前に立つ。

 それから銃弾が弾かれる。

「い、生きてる」

 思わず棒立ちだったが、生きてる。

 影の人物を見ると、ミアがナイフを持って髪を振り払って立っている。

 そのままナイフを少年の頭に向けて投げつける。

 ナイフは吸い込まれるように少年の頭に。

 そして絶命。

 それを確認したミアは、

「……ハァ」

 と息を吐いた。

 そして向けられるのは冷ややかな目。

 呆れが混じっているそれは、私も思わずやらかしたという気分になる。

『甘い』

 と簡潔に端末の文字を見せた。

 引き続き文字を打ち込み、

『2人殺して、1人救っても自己満足。私もあんたも殺した方が救いになる。そこの3人と同じ、引き返せない』

 私が内心思っていたことを少し当てられて思わず胸を押さえる。

『お姉ちゃんを守る気がないなら帰って。信用できない』

 それだけ見せてミアはナイフを頭から引き抜き、闇夜に消える。

 確かに中途半端ですね……未だに。

 殺した方が救いになる、か。

 バンに再び乗り込み少年に刺さった刀の柄を軽く握る。

 血を流れ、荷台が水たまりになって染まる。

 少年を見下ろしながら私は刀を引き抜く。

 ……哀れですね。

 それは同時に私の自虐でもある。

 軽く刀を拭き取り、鞘に納める。

 殺して活かす。

 殺した方が救いになる。

 ミアの言葉が耳に、脳に残る。

 

 ーーいっそ、姉上も殺した方が救いになるのでは……

 

 ………………。

 私は何を考えてるんですか。

 恩人を、家族を殺すなんて。

 吐き気がしてくる。

 どうしようもなく。

 私は気分の悪いままバンを去る。

 

 私は岡田 以織。

 これは異国の島国で剣の鬼になる私の物語。




ちなみにイギリスで白鳥を探すのはホットファズという警察映画のネタを若干意識してます。

映画は良いですね。
コロナでは特に。

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