「アスカ、どうしたの、キョロキョロして」
「どうも怪しいのよね。アンタからデートに誘うなんて。しかも遊園地なんて。だから誰かの差し金じゃないかって」
その週の週末、アスカとシンジは連れ立って同じ沿線の遊園地に来ていた。シンジが誘ったからだが、アスカはそれを喜ぶというより、首を傾げ、疑念に満ちた視線をシンジにぶつけている。さらに、アスカは、どこかに潜んでいるかもしれない監視者たちを探して周囲に鋭く視線を巡らせる。
◆
アスカたちからの死角に隠れ、めいめいにサングラス(ケンスケ)やらモノクル(トウジ)やら付け髭(ヒカリ)やらコンタクト(マユミ)やらで変装した四人は、二人を観察して小声で言葉を交わした。
「ここまでは想定内だな、さすが惣流というべきか。驚くべき猜疑心だな」
「あの子、碇クン以外をこれっぽちも信用しないの」
とヒカリ。
「そして、普段と違う言動を取る碇クンの言うことも信用しないのよ」
「さすがケンスケといいんちょ、しょっぱなから鋭い読みやなあ」
なお、遊園地デートを提案したのは相田ケンスケだった。数日前のやりとりである。
「なぜ遊園地なの?」
「惣流は遊園地が嫌いなのか、碇?」
「いや、そんな事はないと思うけど」
「なら問題ない」
「女子は大体、遊園地が好きだものね」
とヒカリはケンスケに水を向けるが、ケンスケはずり落ちがちな眼鏡の位置を直しつつ言った。
「いや、嫌ってないのは重要だが、それで遊園地にするんじゃないんだ。要はシチュエーションを限定し、選択肢の想定を絞る、そういうことだ。受け身碇がノープランでキスまでたどり着けるとはとても思えないからな」
「というと…」
「例えば大規模なショッピングモールとかだと、どの店に入るかでシチュエーションは千差万別だ。想定が絞りきれない。その点、遊園地なら乗り物の種類はあれど、所詮は大同小異だ」
「行動が限定されるなら、映画とかでも良いんじゃ」
とシンジは言う。どうせならハリウッドのアクション大作でも観たい、とどこか醒めている。ケンスケはチッチッチッと立てた人差し指を振って反駁した。
「惣流がどんな映画を観たがるか分からないし、その内容や結末によっては、キスへの流れもおぼつかなくなるぞ。最新の映画の内容までリサーチしきれない。俺らも小遣いないしな」
「なるほど」
「言うとるのがケンスケやなければ、全面的に信頼したくなる説得力やな」
「で、惣流は最初に碇の遊園地への誘いを怪しむだろう」
「どうして?」
ケンスケは眼鏡のレンズを光らせ、ズビシッとシンジに人差し指を突きつける。
「決まっているだろうに!受け身のお前が惣流を誘うのはとても変だからだ!」
「……まぁ、確かにそうなんだろうけど、ケンスケに言われるとなんだか腹が立つな」
「確かに寂しい童貞野郎の俺の言うことなど、お前から見たらそうなんだろう。しかし、惣流に一方的にヤられているのなら、お前の努力ではないし、別に威張る事ではない」
「ごめん、僕が悪かった。許してよ。で、僕が疑われたらなんて答えればいいの?」
親友に対して密かに感じていたのかも知れない侮りを詫びて、シンジが尋ねるが、ケンスケの答えは思わぬものだった。
「知らん」
「し、知らんって……」
「俺たちが答えを考えてやったら、なおさら碇らしくない答えを怪しまれるだろうに。俺たちは想定シチュエーションを沢山作るから、お前は自分で脳内シミュレーションして、自分ならではの答えを準備しておけ。これは俺たちの操り人形ではなく、お前自身の闘いなんだ!」
「なんだか大変だな。それなら別にその場で考えてもいいんじゃ」
「碇クン、それじゃ、たぶんアスカに怪しまれたり、押し切られるわよ」
「そうだ、それにその場で想定外のシチュエーションにぶち当たったら、どうする?テンパってとんでもない展開になることだって危惧されるぞ」
「僕がアスカとのデートで、緊張したりテンパったりするはずないと思うけど……」
ぬけぬけと、シンジは言ってのける。
「カーッ、究極の受け身男のくせに、余裕かましおって……なんか腹立つわ!」
「だって、毎週デートと称してアスカに連れまわされてるし……」
「いやそもそもデートしてるのに、恋人じゃないってどういう事?アスカはどう言ってるの?」
「夫婦でもデートはするって」
「つまりは、また夫婦生活の予行演習という訳か」
「何だか枯れた熟年夫婦みたいですね」
「枯れた熟年夫婦が、盛りのついた犬みたいに、毎週ホテルに行くかいな」
一通り、みんなの感想が出尽くすと、シンジは肩をすくめた。
「まぁいいや、他にする事もないし、やってみるよ」
「お前はとことん受け身やなぁ……シンジ」
◆
そして、現在。遊園地で、シンジはアスカの疑念に答えていた。
「アンタが、積極的にアタシを誘うなんて、やっぱりおかしい!」
「……僕だって、たまには自分から動くこともあるよ」
「それが全然、シンジらしくないのよ。そもそもなんで急にそんな事を思い立つのよ」
「いつも、アスカに引っ張って貰ってるから、そのお礼と思って」
「それだけの事で?お礼というには大袈裟な話よね」
「その……少し言いにくいけど」
「言ってみなさいよ」
「僕の童貞をもらってくれたから」
◆
四人は物陰から、アスカとシンジのやりとりの一部始終を聞いていた。皆、あんぐりと口を開けて、シンジを見ている。シンジは別に恥ずかしがるでもなく、無表情に、アスカに自分で考えたのであろう答えを告げていた。
「……あちゃー、なんやその答えは!思いつく限り最悪の答えやろ!」
「確かに、こんなに酷い回答は予想外だ」
「碇クン、サイテーよ……」
「目も当てられません」
「今日の作戦も、これで仕舞いやな」
◆
アスカは、しばらく無言だったが、顔を赤らめて俯いた。
「……べ、別にそんなの大した意味はないわよ。あんたなんか放っておいたら、いつまでも童貞なんか捨てられないだろうし、そんなダサい男と結婚するのはまっぴらだと思ったから先回りして貰ってやっただけ。それに」
「それに?」
「……アタシのしょ……処女との交換だから、別にお礼を言われる筋合いはない……わよ。単にお互いに早く捨てたらいいものを手っ取り早く交換で捨てただけ」
「……」
「も、もちろん!アンタの童貞とアタシの処女じゃ、価値が比べものにならないけどね、そこは幼なじみのよしみよ!」
「で……お礼は要らないのなら、帰るの?」
「……チ」
「チ?」
「チケットがもったいないじゃない、ノロノロしないで、とっとと行くわよっ!」
◆
「なんであの回答で通るんや。惣流のやつ、おかしいでほんま」
「というか、そもそも碇クンもおかしいです。あれでNGでない惣流さんもそうですが……」
「これはあれだな、エロエロ時空の支配力だ」
「相田クン……ちょっと真面目にやって!」
「いや俺はいたって真面目だよ。あの二人は殆どまともな恋人としての経験のないまま、結ばれてしまった。だから両人にとって、エロと恋愛の区別はない。すなわち、エロい発言=甘酸っぱい恋愛的言動なんだ」
とケンスケは分析する。
「碇君はあんまりそういうテンションでもないようですが……」
「またケンスケはテキトーな事を言いよってからに」
「でも確かに、アスカの照れが小さかったわ。もしかして、アスカはエロより純愛の方が恥ずかしいのかも」
「てか、委員長、なにエロとかさらっと言うてんねん」
「あっ……ちょ、ち、違う。これは皆に釣られただけで。いえ……空耳よ……鈴原……」
「私も確かに聞きました。洞木さんのエロ発言」
「あなたまでそこに食いつくのね、山岸さん……」
「恐ろしいな、あの二人の作り出すエロエロ時空の拡散力は……」
「しかし、なんだかんだで惣流の疑いはどっか行ってもうたようやで、結果オーライや」
◆
「で、アスカは、何に乗りたいの?色々、乗り物があるけど」
アスカが手を繋いできたので、シンジは素直に彼女に引っ張られながら、淡々と付いていく。フフンと胸をそり返して、なぜか偉そうにアスカは言った。
「それぐらいアンタが、当ててみなさいよ。もし見事当てられたら、一回だけ何でも言うことを聞くわ。でも外したら、今週のエッチのノルマ、一回追加だからね♪」
「……まあ、そういう展開は予想してた」
◆
「碇センセ、終始余裕やな。むしろ、惣流のはしゃぎようは痛々しいで。なんや罰ゲームにエッチのノルマ追加って。男なら迷うことなく罰ゲームを選ぶわ」
「碇クンは、鈴原とは違うのよ!」
「なんやて、んなもん同じや。アイツかて男やで!」
「でも、こないだホテルに入ろうとしてた時、碇君はかなり嫌がってましたよ。こないだの糾弾会では省きましたが」
「まあこないだのはそういうノリの会やからな。シンジ擁護の情報は省いてええ、山岸、ナイス判断や。にしても、アイツはほんま贅沢なやっちゃ」
「罰ゲームはともかく、これは想定シチュエーションの一つにあったやつだ。碇、これは正解できるのか?」
「幼なじみ度が試される試練ですね」
◆
「メリーゴーランドか、ティーカップ。でも、メリーゴーランドかな」
シンジはしれっと答える。
「な、な、なんで分かるのよ」
「だって、アスカ、実はお姫様とか王子様とかそういう女の子っぽいのが好きだもの。だから僕とメリーゴーランドに乗りたいのかな、と思って」
「う、う、う、う……」
「でも、アスカ、僕は親友だから、王子様みたいなことは出来ないよ」
「……し、親友でも抱っこしてもらって、一緒に馬に乗れるモン。夫婦でも幼なじみでも出来るモン……」
「まぁいいけど……じゃあ行こうか」
◆
「あぁ、アスカったら、なんて可愛らしい……」
「けっ、恋人がNGワードになっとるだけで、やっとることは同じやないか」
「アスカは繊細なのよっ!鈴原のような朴念仁の感性で計らないで!」
「せやかて、アレを拗らせとるから、面倒な事になっとるんやで!」
「でも、男の子と一緒にメリーゴーランドは少し憧れます」
「そ、そうよね。ほら、男子たち、ちゃんと聞きなさい、女の子はみんなそうなの!」
「なんか面倒くさいな。……メリーゴーランドだなんて、無理だろ。俺はやっぱり当面、童貞のままでいいや」
「せやな。モテたいけど、男がメリーゴーランドはないわ。碇センセはその点立派なもんや。そういう女の要求へのマメさの違いやろな。や、アイツは受け身なだけか」
◆
結局、アスカとシンジは三回もメリーゴーランドに乗った。
「なぜ三回も乗るの、アスカ?」
三巡目でシンジはアスカと一緒に作り物の白馬に乗り、後ろからアスカの金髪を撫でながら聞いた。
「幼なじみとして一回でしょ、親友として一回でしょ、夫婦として一回……」
「最後のは気が早いんじゃない」
「別に早く無いモン……シンジとはエッチしてるから、もうアタシとシンジは夫婦と同じだもん……」
「……」
アスカはもじもじとしてシンジの反応を待つが、シンジからは何の反応も返ってこない。
「……突っ込まないの?」
「ボケたわけじゃなくて本気なんでしょ、アスカは。僕が突っ込むとしたら」
「突っ込むとしたら?」
「
「自己評価低っ」
「僕がアスカだったら、僕なんか好きにならないからね」
「でも、アンタはアタシじゃない」
「……」
「それに、普通は自分のことなんか好きにならないわよ。……皆そうでしょ」
アスカはそのまま黙って自分の白い手を見つめた。シンジはそっとその両手に自分の手を重ねた。