親友以上恋人未満   作:しゅとるむ

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第四話(完結) 二人は選ばないことを選んだ

 惣流アスカと碇シンジは物心つく前からの幼なじみだった。

 

 惣流アスカには父親がいない。

 アスカの母、キョウコの妊娠が発覚すると、交際中の相手が責任を取らずに失踪したからだ。

 シングルマザーであるにも関わらず、アスカが人並み以上の経済的な生活を送れているのは、高学歴で外資系企業に勤める才媛のキョウコの一方ならぬ努力ゆえと言える。

 だから、アスカもまた学校で勉強を人並み以上に努力している。母から言われるまでもなく、そうしなければ……と思い定めている。

 男が居なくても、たとえ逃げられても、女独りで生きていけるように。

 

 碇シンジには母親がいない。

 母の死は仕事中の事故であり、父ゲンドウの責任だという。

 父はそのためか、仕事に没頭し、定期的に多めの金だけ渡してシンジとは極力接しようとしない。

 たまに家に帰ってくると不自由はないかと聞く。

 母がいなければ、様々な面で不自由があるのは確かだ。しかしそれは、失意傷心の父を更に責める事になる。父は母を愛していたのだ。

 だから、少年は嘘をついた。

─別に不便はないよ。僕は一人で上手くやっていける。

─そうか

 そして、嘘を真実にするよう、家事の腕前を身に付けた。

 

 二人はたまたま社宅の隣同士に住んでいて、幼なじみとなり、お互いの欠けている物が、合わせ鏡のようにそっくりであることを知った。

 

─思えば、滑稽な事に、あの時はお互いがお互いの欠けた片親のつもりだったのよね。

 

 アタシは、シンジの母親。

 シンジは、アタシの父親を気取っていた─

 

 他人が、母親になんて、父親になんて、成れるわけがないのに。

 

 

 観覧車のゴンドラの中、シンジは、頬杖をついて外を眺めるアスカの白い横顔を眺めていた。

 

─アスカは、本当に綺麗だ。

 

 母親経由で外国人の血が混じっているという話があるとしても、常人離れした整い方をしている。子供の頃にはそんな事、気にも止めなかった。でも、アスカと結ばれてからは、シンジはアスカの容姿の事がずっと脳裏から離れない。

 

「ちょっと……何を人の顔、じっと見つめてるのよ、シンジ」

 

 シンジは、顔を突き出して文句を言うアスカの態度に、なぜか少し胸がチクリとなった。

 

 自分が何もしなければ、他の誰かのものになっていたかも知れない美しい顔。今、自分のものなのは、別に努力の結果ではない。それが少しだけ、後ろめたい。

 

「アスカ、可愛くなったね。多分クラス……いや、学年で一番かな?」

「はあ?なによそれ」

「夫婦の予行練習なんでしょ、デートも。だから誉めてみた」

「他人との比較で誉められるのってなんかやだな。アンタの好みとしてはどうなのよ」

「もちろん、僕の好みでしか一番は決められないよ」

「ま、どうせお世辞だろうけど、一応礼は言っておく。ありがと」

「お世辞じゃないよ、僕にとって、もうアスカは特別だから」

「それって、身体と身体で繋がったから?」

 

 アスカは静かにそう尋ねた。自分の起こした行動の結果には不安もあるが、それを受け止めるのが自分の責任だと彼女は思っている。

 

「うん……やっぱりそれまでとは違う」

「アタシたち、遂に踏み越えたのよね……もう他人じゃない……でも、シンジはどうしてアタシから逃げなかったの?」

「さあ、どうしてだろう。……みんなにも時々言われるけれど、僕が受け身だからかな」

「はぁ?アンタが受け身?どこのどいつがそんな事を言ってるのよ─」

 

 アスカは片方の眉をピクリと動かした。

 

 あれは、小学校の時だった。帰りの会で、父親参観日の案内のプリントが配られた。アスカはそれをじっと見つめていたが、綺麗に畳んで赤いランドセルに入れた。シンジはそれをじっと見ていた。シンジはどうやら、そのプリントを自分の父親に渡さなかったらしい。後で問い詰めると、

 

─父さんが忙しくて、家に帰ってこなかっただけだよ

 

と言った。たぶん、それは嘘で、シンジはそのまま捨ててしまったのだろう。そして、参観日当日の朝、アスカの家の前まで迎えに来て、こう言ったのだ。

 

「アスカ、海を見に行こう」

 

 どうして、そういう時に行くのが海なのかは分からない。しかし湯本まで下りて、そこから海に行く道中、妙に胸が騒いだのをアスカは覚えている。

 

 もちろん、二人とも学校はサボった。というより、それがシンジの目的なのは見え見えだった。父親の居ないアスカ、そのアスカのために父親参観日をカレンダーから消してやりたい、少年はそう思ったのだろう。

 

 太平洋は青くて綺麗だった。まだ春先で季節はずれの平日、誰もいない浜辺に二人はずっと佇んでいた。特に言葉を交わす必要はなかった。触れ合う指先同士の感触が、お互いの気持ちを伝えていたからだ。

 

 それから少年と少女は何度学校に親を呼び出されても、父母の参観日には必ず二人で学校をサボった。

 

 ─碇シンジはそういうやつだ。これと決めたら梃子でも動かない頑固さがある。単に受け身な筈がない。

 

「参観日ボイコットってアンタが始めたのよ。親も学校も恐れない悪ガキのアンタが受け身ですって?」

「そんな事もあったかな」

「アタシは忘れないよ。一生覚えてる」

「そんな大したことしてないよ、僕は。あの日はたまたま海に行きたかっただけだし」

「人間はね、相手が出来ることと、してくれたことの比較で相手を評価するの。三歳児が、道端の雑草をプレゼントしてくれたら、母親は嬉しいでしょ」

と話すのは、懐かしそうな表情からして、アスカ自身と母親とのエピソードだろうか。

「アタシは、あのボイコットはあの頃のアタシたちにとっての精一杯だったと知ってる。だから、シンジがしてくれたこと、一生忘れないよ」

「うん……」

 

 シンジは向かい側の席に座るアスカが差し出して来た手を素直に握った。

 

「だからこそ、アンタがアタシが迫ったときに逃げ出さなかったのが、アタシには分からない。アタシの余りにも乱暴な欲求を─"ボイコット"しなかったのはなぜ?」

「それは、言いたくないんだ」

 

 言葉にしてみれば、たった一言だけの話だ。

 

 アスカの父親は、アスカとアスカの母親から逃げ出した。それがアスカの傷と苦しみの始まりだ。だから、碇シンジは、彼女から()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

─逃げちゃダメだ

 

 だから、シンジは、逃げ出さなかった。アスカの気持ちを受け入れるしかなかったのだ。だから、この話はアスカには告げられない。

 

 アスカは難しい顔をして、シンジを見つめていたが、やがて冗談めかして、話を畳むことを決意する。

 

「あ!やっぱりアンタそういうのが好きなんだ。女の子にいいようにされるのとか。かなりマニアックじゃない?そういうのが嬉しいのね。よしよし」

「他人から求められるのは嬉しいよ。プレイとしてどうかは兎も角……」

 

 なおも、アスカは話を転じる。シンジが自分を受け入れた理由を話してくれない事実から目を逸らすように。

 

「あ、そうそう今週末のホテル代なんだけど、アンタが出しなさいよ。今月は二回分払ったから、そろそろアタシは、お小遣いピンチ」

「僕の部屋とかでは駄目なの?父さんあんまり帰ってこないよ」

「あの部屋はだめ」

「どうして」

「あの部屋は、アタシとシンジが結ばれた特別な部屋だから」

「……」

 

 アスカの表情は、しかしその「特別」に想いを馳せた甘やかなものではなく、痛みを堪えるように切ないものだった。

 

「最悪なんだ、あんなの。せっかくのシンジとの初めてなのに、もっとロマンチックなのも想像してたのに。女のアタシが男の子のアンタを襲っちゃうなんてね。やり直せるならやり直したいぐらい。でもしょうがないよね。今更、アンタの記憶も消せないし」

「僕は、別にあの日のこと─」

「いいの。慰めとかいたわりとか要らない。自分のやったことだもの。アンタに対して少しも慰めもいたわりもなかったアタシにそんなもの、受ける資格はない。アンタはただ、物理的にアタシを傷付けたこと─アタシを傷物にしたことだけ、負い目に思ってればいい。それで、アタシたちは最後まで結ばれる事が出来る」

 

 アスカは一気に言い切って、目を伏せた。シンジはその雰囲気にわざと気付かない振りをして、話を続ける。

 

「……だったら、アスカの部屋とか……」

「シーツを汚したりしたら、ママにはすぐバレるわよ。男親とは違うんだから」

 

とアスカは言って、明日のホテル行きの待ち合わせなどに話を切り替えた。アスカもシンジも同年代より遥かに高額の小遣いを貰っていた。それも片親の子供に対して不自由な気持ちを与えまいという親心だろう。それでも、毎週ホテルではあっという間に金は無くなる。シンジは嘆息した。

 

「バイトでもしようかなぁ、ハァ……」

 

 

「碇たち、観覧車の中で何を話してるのかな」

「無料通話アプリで、会話を流してくれるっていう約束、途中から碇君に無視されてますね」

「まあ、もともとプライバシーの侵害だしね……碇クンを責められないわ。考えてみたら、アスカにも可哀想だし」

 

 冷静になって考えてみると、からかい半分のお節介に、初め思っていたほどの大義名分はなかった。四人は単なるお邪魔虫だろう。

 

「ワシらのお遊びもそろそろ仕舞いかのう。ま、惣流とシンジはあの調子なら、大丈夫やろ」

「んじゃそろそろ帰るか」

「……でもちょっと楽しかったですね」

「なぁ、山岸……さん。今度この四人でまた遊園地に遊びに来ないか?」

「え、それって」

「ま、ダブルデートと思ってくれていい。だって悔しいじゃないか。惣流と碇ばっかり、先に進むのはさ」

「デートっちゅうのはアレやけど、遊びに行くのはええんやないか。なっ、委員長」

「え?わ、私は別に……鈴原たちが良いなら、私も……行くけど……」

とヒカリの頬も何故か赤くなった。

「私もお友達ということなら良いですよ、相田君」

とマユミは微笑みながら頷いた。

「じゃ、決まりだな」

「相田クン……案外強引……」

「俺はやるときはやる男さ、委員長」

とケンスケは、眼鏡をキラリと光らせるのだった。

 

 

 観覧車から降りると、周囲は既に夕焼けの朱に染まり、ナイトパレードの開始を心待ちにする家族連れやカップルが徐々に人混みを作りつつあった。しかし、アスカたちはそこまで居続けるつもりはなかった。道から外れて人のややまばらな木陰に待避する。

 

「さてと、そろそろ帰りますか。久しぶりの遊園地、楽しかったわ。……明日は8時に迎えに来てね」

「8時って、朝?夜?」

「バカッ、朝に決まってるでしょ!……ホテルにだけ行くんじゃないんだからね」

 

 と気恥ずかしそうにした後、周囲に目配りをして、そっと声のトーンを落とし、

 

「ところで、避妊具(ゴム)、アンタ持ってる?」

「え?いや、持ってないけど」

「じゃ、帰る途中、ドラッグストアで買ってきてよ。アレ、女が買うの恥ずかしいんだから」

「いいよ。どれだけ」

「明日どれだけ使うかは分からないけど、この際、まとめ買いしておけばいいと思う。何度も買うのはアンタも恥ずかしいでしょ」

「僕は別に恥ずかしくないけど」

「そ、そう」

「みんなしてる事だよ。アスカと僕だけが特別な訳じゃない」

「アンタってそういう所は妙に醒めてるのよね……」

「皆から見たら特別じゃない、というだけで、アスカの事を僕が特別に思ってないという訳じゃないよ」

「……」

 

 夜の風が冷たく忍び寄っていた。シンジはアスカに向かって歩みを一歩進める。

 

「アスカ、僕はアスカのこと……」

 

 シンジはそう言って、アスカの顔に自分の顔を近づける。みんなのゲームに付き合っている積もりはもうなかった。スマホの無料通話アプリを切った時点で、それは終わっている。

 

「やめて……」

 

 アスカはシンジを避けるように、顔を背けてしまう。

 

「アスカ……」

「そういうの……イヤ」

「ど、どうして」

「アタシがアンタと結ばれたのは、夫婦になるため。好きとか嫌いとか、キスとか……そういうのはダメ」

 

 他人では相手の欠けた家族の一部にはなれない。それが、アスカがシンジとの幼い関係の中で理解したことだ。アスカはシンジの母親にはなれない。シンジはアスカの父親にはなれない。

 

 アスカはしかし、いつの時か、その求めて叶わない残酷なカラクリを出し抜く方法に気付いた。他人が唯一家族になれる方法に。それはふつう、男女でなければ出来ないが、条件は満たしている。むしろ誰しもが知っている、当たり前の家族の作り方だった。

 

 妊娠したママを捨てたような、恋人なんか要らない。恋人関係など飛ばして、一足飛びに家族に成れるのならそれが一番良い─そしてその相手はアスカにとっては一人しか考えられない。

 

「夫婦としてなら幾らでも喜んで、アンタといちゃいちゃする。でも好きとかそんなの……余計な気持ちだから、アタシには要らない」

 

 きびすを返して、逃げるようにアスカは歩き始める。シンジに押し付けられるように贈られるものがイヤだった。

 

 好きだの恋だの─いつ裏切られるかも、いつ終わり、失われるかもしれない気持ちは要らない。シンジの気持ちだって、自分の気持ちだって、確信は何処にもない。この世には二人以外の人間がいて、その人々との関わりの中に自分たちも居て、関係は日々変化しているのだから。だからあやふやな感情や気持ちは当てにしない。身体の繋がりと、婚姻届と戸籍が、将来的には、シンジと自分を永遠に結び付けてくれるはずだ。

 

「アスカ、アスカっ……待ってよ。僕は、僕の気持ちは……僕は、アスカのことを……」

「聞きたくないって言ってるでしょ!!」

 

 追いすがるシンジを払いのけ、アスカは、パレードに集まり始めた人混みを流れに逆らって歩き続ける。

 

「どうして!」

「アンタが、アンタのことを振り回してばかりで、威張り散らして、あまつさえアンタの事を無理やり襲うような淫乱女を好きな訳がないからよっ!」

 

 それがアスカにとっての自画像であり自己評価だった。シンジに愛されるような、愛してもらえるような女ではない。

 

「そ、そんな事分からないじゃないか!僕の気持ちだぞっ!」

「もし好きだって言っても、そんなの信じられない!身体を繋げた後だから、身体目当てか、そこまでするほどアンタにイカれてる女を同情して憐れんでるだけに決まってる!アンタの本心なんか知れたものじゃない!」

 

 そのアスカの言葉はシンジの心を抉った。確かに自分はアスカに本心を見せないようにしている。なぜ、アスカを受け入れたのか、受け入れるしかなかったのか。それを明かしてしまえば、またアスカは傷付いてしまうだろう。だから、それは明かせない。それでも、アスカには信じてもらえていると思っていたのに。

 

「……僕のこと信用できないの」

「出来るわけないでしょ!アンタ、アタシに甘過ぎるのよ!子供の頃から、何でもアタシの我が儘聞いて、アタシが傷付かないよう配慮して、アタシの性欲も独占欲も嫉妬も全部受け止めて!アンタ、()()()()()()()()()()()()()()()!アンタに嘘っぱちの愛を囁かれるぐらいなら、そんな言葉は一切要らない!アンタはアタシの処女を奪って傷物にしたんだから、黙ってアタシのものになればいいの!アンタが一生アタシのものになるなら、アタシはアンタに嫌われてても我慢できる!我慢するから……一生、一緒に居てよ……」

 アスカの歩みが止まり、追いかけてきたシンジにすがりついて泣き崩れた。

「アスカ……」

 

 シンジはアスカをふんわりと抱きとめる。両手をアスカの背中に回して落ち着かせるように背中をポンポンと叩いてやる。

 

「アスカは僕を買いかぶり過ぎだよ。嫌いな相手なら僕もとっくにキレてるよ。アスカだから、アスカの我が儘だから、受け入れてるんだ。アスカは、特別だよ」

「……ウソよ。だったら何でいつまでたっても、手を出さないのよ」

「ウソじゃないって。アスカは、可愛いからいいなとずっと思ってたんだ。僕から手を出さなかったのは……アスカが傷付くのが嫌だったから」

「アタシが傷付く?」

 

 アスカには意味が分からない。

 

「アスカにもっと好きな─本当に好きな人が出来た時に、僕とのことが傷になったら……嫌だったんだ。アスカにはいつまでも綺麗なままでいてほしい」

「それじゃ、アタシは永遠の処女じゃん……」

「うん、それは間違いだと分かった」

 

 シンジはアスカの髪を撫でながら、耳元で囁く。

 

「アスカが勇気を出して、アスカから手を出してくれなければ、それで僕らの恋は恋だと気付かないまま終わりだったかも知れない」

「……恋なの?アンタ、アタシに恋してるの?」

「うん。好きなんだ、アスカが」

「でも、そんな話一度も」

 

 シンジは少し遠い目をして寂しげに言う。

 

「だって僕は、どうしようもない、いくじなしだから。アスカに他に好きな人が出来たら、ううん……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それだけで身を引いてしまったかも知れない。だって、僕らは子供の頃から、諦めるのや我慢するのは得意だから。アスカもそうでしょ?」

「……うん、でもアタシは、シンジを諦めたくはなかった。だから─」

 

 そう、だから、アタシはシンジの代わりに、アタシの恋心を諦めたのだ。シンジを永遠に自分のものにするために。だから、身体の関係を迫った。それで、シンジにはしたない女の子だと嫌われたとしても構わなかった。どうせどちらも手に入れる事なんて、アタシには出来ないんだから。いつでも手に入るのは二つのうちの一つだけ……。

 

「僕はアスカを諦めても、アスカに幸せになって欲しかったんだ」

「ズルいよ、そんなの。それが一番アタシが傷付くのに」

 

 アスカの目許は泣きはらしてすっかり赤くなっていて、しきりに目をしばたかせている。

 

「でもそれが僕なんだ。アスカもよく知ってるでしょ?……だから、アスカは、焦ったんだね。僕が弱虫だから逃げないようにって」

「ううう……っ」

「もう泣かないで。僕は、いつでもそばにいるから。アスカを嫌ったり突き放したり置いてけぼりにしないから」

 

 アスカがもっと好きになった他の誰かを信頼して、アスカを任せる……そういう未来はもうない。僕らはもう自分たち同士で相手を支えていかなくてはいけない。

 

 アスカの涙は、その長い髪を優しく梳くように撫でるシンジの手の動きと共に徐々に引いていった。ようやく、落ち着きを取り戻して、アスカはシンジの顔を見つめる。

 

「信じて……いいのね?」

「うん。僕はアスカを裏切らない」

 

 シンジは再び、顔を近付けた。アスカのリップクリームを塗っただけの唇が艶々と光っている。

 

 アスカは目をそっと閉じた。二つのどちらかを選ばなくて良いのなら、もちろん、二つとも手に入れたい。

 

 

 

「そういえば、罰ゲームがあったね。アスカが何でも言うことを聞くんだよね?」

 

 二人は手を繋ぎながら、家路についた。夜の街に、街灯がポツポツと灯り、地上の星々のようだった。

 

「う……忘れてなかったか。わ、分かったわよ。何をすればいいの?」

「アスカが僕に出した罰と同じでいいかな」

「えっ、それって」

「そ、明日のエッチのノルマ一回追加。但し、僕の主導でね」

 

 アスカはシンジに向かって泣き笑いのようなクシャクシャな顔を向けた。

 

「……やっぱり、アンタ、アタシに甘過ぎ!」

 

 

 ファーストキスについては、後日談がある。シンジがアスカの部屋に遊びに来たときに、その話が出たのだ。

 

「あんたバカァ?」

「へ?」

「アタシとアンタのファーストキスは幼稚園の時よ。もちろん、アタシからキスしたのよ」

「え?僕……そんなの知らないよ」

「バカだから、忘れてるだけでしょ。アタシはあれからあんたと結婚するって決めたのよ」

「……だ、だって、いつも生まれたときから結婚する積もりだったとか何とか」

「そんなの言葉の綾に決まってるでしょ。生まれたときの事が分かるか。そのくらい昔から決めてたって事よ」

「そ、そんな……じゃあ僕の方からアスカに先に出来たことって……」

「そ、何もないわよ、今となっては。お気の毒さま」

 

 手をヒラヒラさせて、アスカは言った。

 

「アンタのこないだの告白はしっかり胸に刻ませてもらったわ。アンタもアタシの事を好きだと知った以上、もう遠慮なんてしないわよ。ていうか、なんでこのアスカ様がシンジ如きに、処女まであげた上に結婚まで迫らなくちゃいけないの。結婚して欲しけりゃ、アンタの方から土下座でもする事ね!」

「じゃ、週末のホテルは無しで」

 

 意気軒昂なアスカだが、シンジは別段動じなかった。淡々とアスカの弱点を突けるのは、幼なじみとしての経験の為せる技だろう。

 

「あ、ちょ、ちょっと……それは有りでしょ!」

「アスカが僕と結婚してくれないなら、ホテルにはもう行かない」

 

 ぷいと横を向くシンジに、アスカは気の毒なぐらいに狼狽えている。

 

「……そ、そ、そういうボイコットは金輪際、禁止!!」

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