完璧ってなんだろう。そう私七瀬悠月は思った。隙を見せないこと?みんなとそれなりに仲良くすること?それとも…告白されても毅然と対応すること?
ずっとそんな生き方で慣れてきた私にはもうその言葉が気持ち悪いほど食傷気味だった
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夜中にいきなりさ今何してるのってLINE。なんて流行りの曲に乗せて千歳にそうメッセージを送った
『千歳 少し時間ある?』
『ちょっと話したいことがあって』
『なるほど告白ね…ちょっと待ってろ一番カッコイイ俺で行ってやる』
『もうすでにかっこいいでしょ』
『やっぱり気づかれてたか』
『っていつまで冗談言ってるんだ』
『飽きるまで?』
『俺に裁量権は無いのか…』
「悪い七瀬。またせたか?」
「かっこいい千歳で来てくれた?」
「さっきのLINEの延長戦にしては長すぎませんかね」
やれやれと後ろ髪をかきながらも見るその姿形はいつもの学校での千歳と変わらない。三日会わざれば…なんて杞憂にも思えるほどだ
「けっこう待った」
「それは申し訳なかった。お詫びはハンサムな男のスマイルでどうだ?」
「で本題なんだけど」
「結構需要あると思うんだけどなぁ…」
この微妙に項垂れている男千歳朔は私がこんな夜中に1人で出歩くと危ないから家で待っとけを言えるほどに人を気遣える人物だ。まあ前の一件から私も成長してるし、そんじょそこらの男にほいほいついて行く軽い女でもないのにそうなのは単に優しいのかそれとも美少女の家までわざわざ来たいという助平な下心かは邪推しないでおく
「少し…コンビニまで歩かない?」
ひゅうと夏の夜風が二人の間を通り抜けた
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虫の音とかえるの合唱が私達の会話に相槌をうっていた。月明かりと少し消えかかった街灯を頼りにコンビニまで2人のプチ逃避行。別に犯罪をしているわけではないけど、どこか悪いような後ろめたいような気持ちが私を襲った。少し可愛い下着を着けてホットパンツに胸元の緩い服装をしているあたりずる賢い女だと自分自身でそう思う。
多分千歳は表情や目線では応えてくれるけど、きっと心の底ではこたえてくれない…そんなことを知っているはずなのに“そうしてしまう”自分に少し腹が立った
「やぁん怖いって抱きついた方がいい?」
「それはもうそうだろ。できれば胸ががっつり当たるくらい抱きついてくれた方が俺も嬉しい」
夏休みに入っておおよそ数日ぶりの千歳に割とどぎまぎしている私はそんな話しか出来ないでいた。学校がある時はあれだけ顔を合わせていたのにその接点が無くなれば簡単に薄くなってしまう。千歳から私が遠くなっていくのがこんなに胸がキュッとなるなんて“こういう感情”になる前は思いもしなかった
数分歩くと24時間営業と書かれた看板が見えてきた。中に入るとコンビニは冷気を持って迎えてくれる。私はその冷たい空気の中にひとつふぅと息を吐いた。少し汗ばんだ身体が急速に冷えていくのを感じる
「何か買うのか?」
「やっぱり暑い時にはアイスでしょ」
「だな」
私は水とアイスを手に取り千歳が持ってくれていたカゴに入れる。ちょっとぐるっと1周したい気持ちにもかられたけど、そそくさと退散することに決めた。この狭いコンビニ内で千歳と2人で買い物をしているというカップルまがいの行為に少し気はずかしさを覚えたからだ
「えっ全部出してくれるの?出すよ?」
「いいってこれくらい男の意地ってやつだ」
「500円の意地ね」
「馬っ鹿500円は高校生にしてみたらそれなりの金だっての」
「ふふっありがとね朔」
「どうも悠月」
どうもさっきの思考回路から脳みそが陽も罹っていた恋愛病になっているらしい。冗談だと思ってくれる千歳にそれはそれでなんだかムカついた
バカップルもどき二人がきた道をまた戻る。遠足とかで行きは遠く感じるけど帰りの時間は早く感じる現象をリターントリップと言うらしい。しかしこの場合はなんというか私が帰りたくないというか
「少し…探検しない?」
「逃避行でもしたくなったか?」
「何それ東京まで着いてきてくれるの?」
「…耳が痛い話だ」
「その耳を触るのが合図だったんじゃないの?」
耳に髪をかけるようにして千歳に見せびらかしてみる。バツの悪そうな顔をしていてあの先輩にはそうやってタジタジなんだなと思った
「あの、七瀬さんそろそろ勘弁してもらっても」
「…探検するの?」
「お供させていただきます」
……
…
稲が夏風に揺られている…その少し青臭い香りが鼻をついた。実るほど…な稲もまだまだ青くどうも目立ちたがり屋みたいにピンと背筋を伸ばし自分の存在を誇示しているみたいだ。それはまるでどこかの誰かさんのよう
「あ、そういや話ってなんだったんだ」
千歳は私にそう話しかけた。思えば今この場にこの男がいるのはひとえにその話という話題で呼び出しているのに過ぎないのだ。私はただこうして他愛もない話をしたいだけなのだが、どうも男という性別の傾向的に過程より結果を求めたがるらしい。だからこそ男女間の喧嘩というのは絶えないのだ
このまま東京で何があったかと陽と何があったか根掘り葉掘り聞いてやろうか…なんて気持ちにはなったがそれはこの場をつくって抜けがけとも呼べる行為をしている後ろめたさが口を無理やり閉じさせた
「そりゃあもう夜に男女が集まったらすることは一つでしょ」
「言ったな…今日は絶対寝かさねぇぞ」
「いやん怖い」
また一つ軽口を重ねていく度に私の心の底が私自身を責め立てる。からからと笑った私に“本当は千歳と西野先輩が結ばれたのではと心配なんだろう”と悪魔のように囁いてくる
「まあ冗談なんだろうけど」
「…本当の話していい?」
「あぁ」
「心配になったんだ私。東京に本当に二人で行った時に千歳と西野先輩がどこか遠くの世界に行ってしまうんじゃないかって」
「俺が消えるのが心配?」
「だって私は…あの時の借りを返せてない」
「それが七瀬の心を縛るのならいつだって忘れていいんだぞ。俺からすればあの頼みを聞いた時点であそこまでやるのは“覚悟”の上だった。前時代的な考えだと思うかもしれないけど、あの場面で男は身体を張って当然なんだ」
「でも…」
「それとも彼氏が彼女を守るのは可笑しいって言いたいのか?」
「確かに…そうだけど」
雲は掴めない。水蒸気なんだから当たり前…けれど私はそんな掴みどころのない雲を掴んでみたいと思ったんだ。特別になりたいんだ
「分かった。いつか返してくれたらいいしそれまで待つからはい!この心配はしなくていい!」
「ふふっそれって一生って言ってもいいの?」
「…言葉ミスったな」
そう言って千歳は空を見上げた。夏の大三角が私たちを見下ろしている
「朔」
「なんだ悠月」
「改めてありがとね」
「いいよそれくらい」
私はせり上がってくる熱い気持ちを飲み込みたくてビニール袋をがさごそあさり水をぐいっと飲み干した。夏の体温が乗り移って少しぬるくなった水が火照りを少し冷ましてくれる。その絶妙な温度感が心地良い
「ってアイス溶けてる!」
「探検しすぎたな」
千歳と会う理由を考えながら私の家までゆっくりと歩く。そんな時間がたまらなく楽しくて嬉しくてチークでもさしたかのような頬に少し口をつけたラムネ味の溶けたアイスを押し当てそのまま千歳の口にスリーを打ってみる
「あぶね。口つけるところだったぞ」
「ちぇ外したか」
今の私の精度ならこんなもん。これは練習だからまだまだチャンスはある。夕湖だってうっちーだって西野先輩だって陽だってみんなみんなライバルだ
けど私って結構負けず嫌いなの…知ってた?