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少し例え話をしよう。
虎やキリンや鷹などの動物が並べられていたとして、そこに少しくすんだ色のした鯉がいたとしたなら君ならどれを選ぶだろう
牙を剥き出しにした強そうな虎かはたまた巨木の葉を優雅に食べるキリンか大空を駆ける鷹だっていいだろう。十中八九、色のくすんだ鯉を選ぶ人間なんていないと言える
ではその鯉が実は龍だったなら話はどうだ。しかもその存在を自分だけが知っていたら…例えるなら内田優空とはそういう存在である
「何か失礼なこと考えてない?朔くん」
「いいや優空が今日どんな下…」
「次にgを発音するときゅいっとするよ?」
「手に出た方が賢いということを教えてくれたんだ」
夏の暑い暑い一日。食欲なんて湧かず、このまま何も食わず仙人にでもなってしまおうかと思っていた矢先に優空からLINEが飛んできたのだ。“ちゃんとご飯食べてる?”と
ここで心配をさせないために食べてると返信しても良かったのだが、おそらく優空は俺がこうなっていることを予測しているのではないかと思うと素直に返事するよりほか無いと思い
“何も食べてない♪食欲湧かない♪何もやる気ない♪yeah!!Check it out!”と送ったのだ
“元気そうだね。なら私が夏バテ対策に作ろうとしてた料理は要らないかな”と送られてきたので
“お願いしますm(_ _)m”と送っておいた
しかし制服エプロンの美少女に家まで押しかけてもらって料理を作ってもらうって人生において1番幸せなことじゃないだろうか。優空の料理の匂い嗅いでたら腹の虫も鳴り出したし、夏の日差しを照り返すような白い肌も相まって天使に見えるね。まあ少しでも邪な考えをすれば頸動脈は締められるけど…
「夏バテでも腹って減るもんだな」
「食べ盛りの男の子は食べないと成長できないよ?」
「大丈夫。だって優空えもんがいるから」
困った時は優空えもん〜と泣きつくと大抵解決してくれる。ちなみにその時引き笑いをしていると好感度が下がるから注意だ
「私そんな便利なキャラだと思われてるの?」
「困ったら全部優空に相談しておけば何とかなるかなって」
「そんなに買いかぶられても困るなぁ」
うなじあたりをすこしこそばゆいようにかく優空を見てもっと褒めれば今までの好感度を取り戻せるかもしれないと思い褒め褒め作戦を発動する
「それだけ優空には頭が上がらないってことだよ。信頼がおけるっていうのかな」
「でも朔くんその割には私に邪な視線送ってるよね」
いやいやまさかそんな視線がバレるようには見てないのにそんなバレてるなんて馬鹿なことがあるはず…
「な、なんの事だか」
「スカート」
「…」
「制服の裾」
「…」
「うなじ」
「…」
「背中」
「…」
「あとは…」
「すみませんでした」
「分かればよろしいのです」
もしかして優空って鷹の目の持ち主なの?それはもう七武海じゃん…
「美少女を見れないなんて生きてる価値が…」
「美少女を見るなじゃなくて下心を持って見ちゃダメってことだよ?」
「つまり下心が無ければパンツですら…」
「何かな?」
にこりとこちらに笑みを浮かべられては俺はもうその続きの言葉を発することはできない。でも男の子なんだから仕方ないじゃないと言いたいけど言うと多分このご飯が無くなる
「そんなわけはないよな」
「朔くんはこれから見るの禁止です」
「厳しすぎる」
「私は優しいと思うよ…変態の朔くん以外には」
「そういや冗談抜きで優空ってなんでそんなに優しいんだ?」
「そうだなあ…こういうのってよく漫画とかで男の子がよく言ってる台詞だと思うんだけど…私はね?誰よりもその人の味方でいたいんだ」
「味方?」
「うん味方。世界が敵に回っても私だけは味方でいたい」
柔和な笑顔の中に感じる確固たる芯。おそらくこの考えはてこだろうと曲がらないだろう。幾度となく優空にお願いをしてきた俺がこれは曲がらないとそういう風に思ったのだ。
「まるで主人公みたいだ」
「クラスで俺だけがこいつのこと好きだろと微妙に人気の出る内田さんには似合わないかな?」
「根に持たないで…」
「ふふっ冗談です。さあ出来たよ朔くん。食べる準備しよっか?」
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夏の暑い日。吹部の練習を朝に終え帰宅する途中にふと思った朔くんはご飯を食べているのだろうか。このうだるような暑さなら“人間は3日くらいなら飯を食わなくても生きていける。なんなら仙人になってやる”なんて言ってそう
LINEを送ろうか…けれど夕湖ちゃんや陽ちゃん、悠月ちゃんと遊んでたりあの先輩と逢い引きしている可能性も朔くんならゼロではない
よし送ろう
入道雲とジリジリと焼く太陽に見られながら私はスーパーへと駆けていった
……
…
自動ドアが開くと一気に冷えるような風が襲いかかる。半袖から先の肌に冷気が当てられ少し鳥肌がたってしまった。そんな冷たい風に冷やされた買い物かごを手に取り対千歳朔用の買い物を開始するのだった
「トマトは買って…そうめんはお中元の分があったよね。めんつゆは安いけど自作できるし後はこの前行った時に無くなりそうだったものを買っていこうかな」
「〜♪」
こんなにも義務感に駆られていた料理や買い物が楽しくなったのはいつからだっただろう。トクベツだと気づいたのはどこからだっただろう。態度を隠し口ではどうとでも言えても心や目線は嘘をついてくれない
いつしか目は貴方を追うようになり、心は離れられなくなった
「ポイントカードあります」
「はい。お預かりします」
“これ”も2人の子供と言っていい代物だ。幾度となく訪れた形跡であり証。手に持つ部分が少し擦れて色が落ちてきているあたりが時を感じさせてくれる
「1991円です」
「2000円で」
「それでは9円のおつりです。ありがとうございました」
軽い会釈をし、レジからはける。レジ袋には朔くんの家で降ろす分の荷物を上に積み、自動ドアを抜け蜃気楼が待つアスファルトへ足を踏み出した
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「お、そうめんか」
「うん。自作しためんつゆとセロリを使った冷製のを2つ用意したから味に飽きがこないと思うよ」
「優空が作ったやつなら飽きなんてこないと思うが」
「はい。そこ褒め殺ししようとしても何も出ません」
「ちぇ。どうせなら純白の…」
「没収するよ?」
「ここでそれは鬼ですらせんでしょう優空さん…」
2人で机を囲み手を合わせる。何度やったか分からないその儀式に私はほんのちょっとくすぐったさを覚え、合わせた手を顔を寄せて口角を少し隠すようにした
「?」
「何でもないよ。さ、食べてよ朔くん」
…そういえばこの間野菜にも花言葉があることを知った。他意は無いんだけど何だか美味しそうに料理を食べる朔くんを見てそんなことを思った