駿府城の北方に建造された陸港に停泊している武蔵。
その右舷一番艦・“品川”。
前回の戦いで最も損害を受けた艦であり品川の右舷には未だに大きな穴が開き、表層部も各所にブルーシートが敷かれ、あらゆる箇所から修復の音が鳴り響いていた。
通りには修復用の資材が積み重ねられ、作業用の軽武神が行き来している。
そんな品川の砲撃直撃部に遊撃士の二人が作業用リフトに乗り、下りて来た。
「泰造お爺さん!」
遊撃士の内、茶色い髪を二つに結った少女━━エステル・ブライトが資材の上に乗せていた修復図とにらみ合う老人に手を振る。
「ん? おお、終わったのか?」
リフトが品川中層に付くと二人は降り、黒髪の青年━━ヨシュア・ブライトが頷いた。
「はい、廃材を港の方に全て降ろしました」
「おう、有難うな。どうだ? 軽武神の操縦は?」
そう泰造が訊くとエステルは苦笑する。
「いやあ、最初は何が何だか分からなくて二十分ほど転び続けちゃった」
「はは、二十分で動かせるようになったんなら大したもんだ。坊主の方は?」
「それがね、お爺さん。ヨシュアったらちょっと練習しただけで直ぐに操縦できるようになったのよ」
そうエステルが言うと泰造は「ほう」と笑みを浮かべる。
「いえ、あれは付属のマニュアルの出来が良かったからですよ」
「……私、同じもの読んでアレだったんだけど」
「坊主には武神乗りの才能があるのかもな。どうだ? 機関部に来ねえか?」
泰造の言葉にヨシュアは苦笑すると泰造も笑い「冗談だ」と言う。
「ともかく有難うよ。あとで遊撃士協会の方に報酬を送るぜ」
その言葉に二人は頷くとヨシュアは損傷箇所を見上げた。
「どの位で直りそうですか?」
「かなり酷い損害を受けたからなあ。装甲だけじゃなくフレームまでもやられちまってる。
それに左舷側も結構ダメージ受けてるしな」
「左舷側? あっちは比較的大丈夫に見えたけど?」
「見た目はな。
浅草で無理やり牽引したから装甲やフレームがあっちこち歪んじまってる。
関東行くんだったら本格的な修理は有明でやるかも知れねえなあ」
そう泰造は溜息を吐くと「ま、一ヵ月後には飛べるようにするさ」と口元に笑み浮かべる。
そして作業用の大型レンチを手に取るとエステル達の方に振り返った。
「一つ頼みたい事が出来たんだがいいか?」
「はい、何ですか?」
「明日、小田原のZCFから技術者が一人来る事になってんだ。それでうちの孫が出迎えるんだが、あいつ一人じゃ心配だし護衛を引き受けてくれねえか?」
その言葉に二人は顔を見合わせ頷くとエステルが「大丈夫だけど、ZCFから?」と首を傾げた。
「おう。例の武蔵改修計画の件でな。ZCFは関東にある組織だが有明と同じで立場は中立だ。
有明にいる倅伝いで縁を持ってな、武蔵の下見に来るってんだ。
ま、そう言うことだから当日は孫と一緒に武蔵の案内頼むわ」
そう頼む泰造にエステルとヨシュアは頷くのであった。
***
昼食を終え持ち込んだバーベキュー台を青雷亭に戻しにトーリ達は奥多摩の道を歩いていた。
先頭には全裸とホライゾンが、その後ろには食器を持った浅間とネイト、そして手ぶらの喜美。
さらにその背後に残った食材を入れた袋を手に持つ天子と衣玖と正純。
そして最後尾にバーベキュー台を持ったペルソナ君と暇つぶしにとついて来た魔理沙が続いている。
「いやあ、思いっきり動いた後の食事は最高だな!」
魔理沙がそう言うと皆は笑みを浮かべて頷く。
「本当は今日の夜に食事会して明日の交渉に臨もうかと思ったんですけど、ほら、お酒とか入っちゃうと翌日に支障を来たしちゃうかもしれませんし」
「ウチのノリじゃあ絶対その後徹カラよね」
先日のクリスマスパーティー後の“空詠み大会”はやばかった。
織田を撃退して食事して、その後のテンションで“空詠み”なんかしたものだから皆白熱し、自分なんか途中からの記憶が無い。
後で衣玖に訊いたところ「とてもじゃありませんが、乙女としてお見せできないような惨状となっていたので言えません」と冷や汗物の台詞を目を逸らしながら言っていた。
「午後暇な奴等は“空詠み”してるんだっけ? 魔理沙、暇ならなんでそっちに行かなかったの?」
そう振り返り訊くと白黒は苦笑した。
「あー、“空詠み”は当分いいって思っててな……」
「どういうことだ?」と皆が首を傾げると魔理沙は頬を掻く。
「ほら、正月、親父が暇そうだったから思い切って“空詠み”に誘ってみてな」
「お? 頑張ったじゃねーか」
トーリの言葉に小恥ずかしそうに笑う。
「で、行ってみたんだがなんつーか、こう、合わないというか……」
「それは歌の年代的に、という事ですの?」
「年代的っちゃ年代的だ。なんつーか親父は私の事を子ども扱いしすぎて、一緒にアニメの主題歌歌おうって誘ってきたんだ」
「ちなみに何と言うアニメですか?」
「ドラグーンえもん」
その言葉に天子が僅かに反応した
***
「先日、娘と“空詠み”するなら何の歌がお勧めかを武蔵商工会(そちら)の石川殿に訊いてドラグーンえもんを娘に勧めたのだが……見事に断られたぞ!! 石川ァ!!」
「キリたん! キリたん! 落ち着く、落ち着くのですぞぉー!!」
***
「まあ、親との距離感と言うのは難しいな。ましてやこの前まで勘当する身、される身だったのなら」
そう言う正純に魔理沙は頷いた。
「えーっと、正純ん家はどんな感じなんだ?」
「私か? そうだなあ、ウチは基本的に父が仕事で忙しいから親子の会話は少ないし。父は厳格な人でアニメとか好きじゃないみたいだしな。
この前も夕食時にテレビをつけたら“グレてるよ信ちゃん”がやっててな、父が険しい表情をしたから直ぐに消したんだ」
父といえば今日は魔理沙の父親や伊勢から逃れてきた商人達と会議があるため帰りは遅くなると言っていた。
━━私も頑張らないとな。
父に負けないよう、明日の交渉の準備をしっかりしよう。
そう頷いた。
***
「まあまあ、ここは皆で“グレてるよ信ちゃん”の第二百五十話でも見るとしよう」
「おお! ノブたん!! 幻の黒盤をゲットしたのですな!!」
「上越露西亜の方に一本だけ残っていたのを先日ゲットしたのだ! 幻の“どっきり、油塗れの褌第一次上田城合戦”の回だぞぉ!! コニたん! キリたん! さっさくテレビをつけよう!!」
***
自分の横で正純と魔理沙が「児童向けアニメはやっぱ見ないよなー」と話しているのを聞きながら天子は冷や汗を掻いていた。
━━危なかった……!!
自分が実は裏でひっそりと見ているアニメの話が出て話題に喰いつきそうになったがそんな事したら毎週録画して深夜見ている事がばれてしまう。
というか、あのアニメ結構面白いんだが……。
そんな事を考えていると前方に知っている顔が四人居た。
一人は真田から来て何故か帰らない鴉天狗の姫海堂はたてだ。
彼女はメモを片手に持ち、取材のような事をしている。
残りの三人は取材らしきものを受けている側で一人は車椅子に座ったミリアム・ポークウでその背後に東が、そしてミリアムの膝の上には体の透けている幼女が居た。
四人は此方に気が付くと東が「葵君」と手を振る。
「よう、東にミリアムそれにはたてじゃねーか。どうしたんだ? こんな所で?」
そう全裸が訊くとはたてが振り返った。
「こっちにちゃんと残るって決めたから本業を再開しようと思ってね」
「……本業? ああ、盗撮ですか?」
「新聞よ! 新聞!! まったく相変わらず容赦ないわね! あんたたち!!」
はたては一度翼をバタつかせると腰に手を当てる。
「こっちに来るときに持ってきたお金はそろそろ尽きそうで、銀行の資産のほうは真田の方で凍結されちゃったから」
「あ、だから先日うちに来て武蔵で口座を新しく開設できないか聞いてきたんですね」
浅間の言葉に頷くとはたては溜息を吐いた。
「朝起きて口座覗いたら凍結されていた時には流石に背筋が凍ったわよ。
で、お金がなくなっちゃったから本業で稼ごうってわけ」
皆、自分の目標を持ってるのね。
以前全裸に言われた事を思い出した。
“おめえは武蔵(ここ)で自分の道、見つけられたか?”
どうだろうか?
あれから考えて、元忠さんが書いていた日記を読み涙を流して、それでもまだ自分の道は分からない。
関東に行き、緋想の剣の事をもっと詳しく知れれば何か変わるのだろうか?
━━いえ、変えなきゃ駄目なのよね。
武蔵は何時か再び織田と激突する。
その時までに自分は変わり、紫と言う巨大な壁を乗り越えなければいけない。
「ねえ、ミトツダイラ? この後暇だったら訓練に付き合ってくれない?」
「Jud.、 いいですわよ。でも突然どうしましたの?」
「ん、関東行く前にちょっと……って思ってね」
「成程」と頷くミトツダイラに笑みを送ると背筋を伸ばした。
今はとにかく変わるための努力を続けるとしよう。
そう比奈名居天子は思うのであった。
***
品川後部の空き家に移動した英国臨時大使館の応接間でオリビエ・レンハイムはソファーに座りながら険しい表情で表示枠に目を通していた。
表示枠には英国の諜報機関から送られてきた桜島噴火の調査報告が映っており、彼は時折添付されている画像を拡大したりしながら目を動かしている。
「……やはり普通の噴火ではないか」
諜報機関からの報告では噴火は桜島が内部から何らかの力を受け噴火したと判断され、事実噴火直前に桜島を中心に大規模な地脈の変異があったという。
興味深いのはこの地脈変異の数値が二ヶ月ほど前にあった光の柱の時に酷似しているという事だ。
━━異変と緋想の剣。概念核と異変。全ては繋がっているという事か……。
となると緋想の剣とその所有者が崩落富士の地下にいるという概念核の主と出会うとどうなるのか、全ては未知数だ。
━━それに英国内で怪魔が出没するようになっているのも気になるな。
英国は今まで怪魔が全く出現していなかった。
それが噴火後出没したとなると異変を引き起こしているのが怪魔、もしくは怪魔に関係する物だというのはほぼ確実だろう。
「……さて、そうなると気になるのは<<結社>>の方か」
<<結社>>のこれまでの動きが気になる。
この世界に来てから<<結社>>に目立った動きは無いが彼らが現われる場所は怪魔に関係する事が多い。
最初の頃は<<結社>>と怪魔が共同しているのかと思ったが“破界計画”の事や関東での事を考えると<<結社>>は怪魔と対立していると考えるべきだろう。
<<結社>>が概念核を狙っているのなら武蔵が崩落富士に向かうのに合わせて動く可能性がある。
「関東での騒動は思ったより大きくなりそうだな」
そう呟くとオリビエは表示枠を閉じ、立ち上がり背筋を伸ばす。
時刻は三時。
少し小腹が空く時間だ。
青雷亭で何か菓子パンでも買うとしよう。
「……明日からきっと忙しくなるな」
今日は最後の休日として羽根を伸ばすとしよう。
そう思うと彼は笑みを浮かべ、外出するのであった。
***
関東地方江戸湾には数多くの古代遺跡が水没しており、特に南部には広大な遺跡都市が存在している。
この世界の謎を解き明かすために多くの国や研究者達がこの遺跡に近づいたが遺跡の周囲には常に激しい嵐が存在しており一度も上陸できないでいた。
そんな遺跡の下層。
海底近くにある巨大な一室に“白の巫女”は居た。
石なのか鉄なのか、材質の分からない鉱物で覆われた巨大な部屋の中央を彼女は歩き、中心に有る台座の場所まで来る。
そして顔を上げ、前方に佇む何かを見ると台座に触れた。
<<流体反応解析…………上位権限を確認。休止状態を解除開始>>
機械的な音声が流れ部屋に灯りが灯って行くと、前方の何かがその全貌を明らかにした。
それは鋼であった。
いや、それが鋼なのかは分からない。
白銀の鎧を身に纏ったそれは二つの巨大な足を持ち、腕と翼は合一されている。
尾は長く鋭く、先鋭的な頭部は今にも敵を食い千切らんと言う表情を浮かべている。
機竜だ。
小型の戦艦クラスはあると思える白銀の機竜がそこに存在していた。
<<休止状態解除中………三……二……一……完了。お帰りなさいませ、騎士団長殿>>
機竜の双眸に流体の光が灯り、鋼の巨竜は暫く体を揺らすと天井を睨みつけ咆哮を上げた。
大気が振動し、遺跡その物が揺れる。
そんな巨圧の中、“白の巫女”は仮面の裏で笑みを浮かべた。
「…………おはよう御座います、団長」
鋼の竜は視線を下ろし、巨大な口を開く。
『小さき者よ。何者だ?』
「分からないのも無理はありませんね。今の私は偽りの殻を持つ身。ですが我が魂の波長には覚えがあるはずです」
そう“白の巫女”が言うと機竜は暫く彼女を測るように見、やがて口元を歪めた。
『貴様、“白”か!? そのように小さくなって! 気付かず踏み潰してしまうところであったぞ!!』
「相変わらずですね。安心しました」
互いに笑うと団長と呼ばれた機竜が声のトーンを落とす。
『あれより何年経った? 百か? 千か? まさか万か……?』
「千が四回ほど」
『…………。どれだけ生き残った?』
団長の言葉に“白の巫女”は首を横に振る。
「生き残りは指で数えれるだけ。我々は滅んだのです」
沈黙が生まれた。
鋼の竜は怒りと絶望と、そして諦観の溜息を吐くと顔を上げる。
『我が騎士団はどうなった? あの逞しくも輝かしい、白銀の騎士団は!?』
「魂が残留していたのは貴方だけでした。後は戦いの後核が劣化し、鎧と同化しています」
『オォ……オオオオオオオオ!!』
嘆きの叫び声を上げる鋼の竜を見上げ「団長」と“白の巫女”は呼びかける。
「嘆くのは後です」
『後だと!? 我が同胞の死を侮辱する気か!!』
大気が振動し、竜の一歩踏み出し、床が破砕される。
怒気に満ちた竜の瞳を“白の巫女”は冷静に見つめ返すと仮面を外した。
「戦いはまだ終わっておりません。我々にはまだ仲間の死を嘆く暇もありません」
『……奴がまだ生きていると?』
「はい、傷を癒し、この“歪み”の何処かに潜伏しています」
『そうか……だから我を起こしたのか。此方の戦力は?』
先ほどまでとは一変して冷静になった団長に“白の巫女”は頷くと台座に浮かんでいる表示枠を操作し、巨大な空中スクリーンを呼び出す。
「“討伐”を決意したのは私と私の仲間たちだけです」
『仲間とは? 同胞は死に絶えたのでは無いのか?』
「異界よりの……“歪み”に巻き込まれた者達です」
『信用できるのか?』
「…………完全にではありませんが、彼女が解放されては彼らの世界も危ういです」
団長は暫く思案し、巨大な喉を鳴らすと『“貴様を”信じよう』と頷いた。
「生き延びている竜王方の力は借りれない為、異界の戦力と団長の騎士団、そしてこの遺跡に残っている軽巡洋艦を使用します」
『ふむ……船はそれしか残っておらぬか』と呟くとスクリーンを眺めた。
『それで? それだけの戦力でどう奴に対抗する気だ?』
そう訊かれると“白の巫女”は台座を操作し、ある映像を映す。
それは巨大な結晶石であり、その周囲には奇妙な装置が取り付けられていた。
『……これは』
「はい、“紫天”様が造っておられた決戦兵器です。大戦の際に“紫天”様が亡くなった為、未完成ですが一度だけ使用できます」
その言葉に団長は『奴も死んだか』と呟くと首を振る。
『これを奴に?』
「いえ、“鱗”に使っても解決にはなりません。ですのでもっと根本的に、全てを終わらせます」
『……まさか……貴様』
「ええ、“歪み”を破壊します。そう“破界”するのです」
そう言うと“白の巫女”は笑みを浮かべるのであった。
***
遺跡の外部の高台。
元は庭園であったであろう場所にアリアンロードは立ち、赤くなりつつある海を眺めていた。
彼女は金の美しい髪を靡かせながら目を細めると振り返る。
「何か御用ですか?」
「いや、別に。ちょっと休憩しに来ただけよ」
そう言いながら階段を上り、一人の少女が現われた。
赤く長い髪を後ろで結い、真っ赤な服を着た彼女はアリアンロードの横に立つとやや面白く無さそうに海を眺める。
「珍しいですね?」
「何が?」
「彼らの技術に触れられたと言うのに夢中になっていないのが。もしかして次の作戦の事ですか?」
そうアリアンロードが訊くと赤毛の少女━━岡崎夢美は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「別に。私は私の目的さえ果たせればあとはどうなってもいいわ」
「何故それほどまでに魔導科学に熱中しているのですか?」
「……見返すためよ。魔導科学を否定した奴を、私を否定した奴を見返して、認めさせるために私は今ここにいる」
そう言うと夢美は自虐的な笑みを浮かべる。
「自分でも小さい奴だとは思っているけどね」
暫くお互いに無言で海を眺めていると後方から夢美を呼ぶ少女の声が聞えて来た。
高台から見てみれば下の広場を白いセーラー服を着た少女が歩いており「教授―」と呼び続けている。
それを見て夢美は首を回し踵を返す。
「ま、嫌われ者で小物の私は私なりにしっかりと働くわ」
そう言いながら手を振る彼女の背中が階段下に消えるまで見送るとアリアンロードは目を伏せた。
「貴女はきっと自分が思っているほど嫌われてはいませんよ」
そして赤に染まった空を見上げ、目を細めた。
「四日後には関東は大きく荒れることになるでしょう。その時、彼らはどう動くのか?」
私たちの計画を覆せるだけの実力を持っているのか?
全ては四日後に分かる。
「楽しみですね」
そう笑みを浮かべ、白銀の騎士は遺跡の中に戻って行くのであった。
裏で暗躍する者たち。