「おーらよっと!!」
ランディは体を捻りながらショックハルバードを振り回し、羊型の魔獣の胴を穿つ。
直撃を喰らった羊型の魔獣は宙で二回転しながら地面に落ち、目を回して気絶した。
「やれやれ」とランディは辺りを見回してみると他のメンバーもあらかた片付いたらしく武器の点検や収納を行っている。
「意外と骨が折れたな」
そう気楽に言うとロイドが頷く。
「ああ、街道に魔獣の集団が出たと聞いて急行してみれば……」
街道には十を超える魔獣たちが倒れており、何体かはよろよろとその場から逃げ始めている。
「でも、いったいどうしたのかしらね? こんなに魔獣が出るなんて……」
「魔獣たちも気が立っているのかもしれないな……。クロスベルを覆い始める戦いの雰囲気に」
ロイドの言葉に三人は神妙に頷く。
魔獣だけではない。
クロスベルに居る人間も妖怪も迫りくる戦争に怯え、苛立ちを感じている。
現在出雲・クロスベルはベルガード門側に六護式仏蘭西の軍勢を、その反対側のタングラム門にM.H.R.R.の軍勢を抱えている状況だ。
両軍とも会談以降目立った動きを見せていないが油断できない状況だろう。
「しっかし、本当にいいのかねえ? 例の件」
「心情的にはここに残りたいが、課長の言っている事も一理ある。俺達は知るべきなんだと思う。
この世界を取り巻いてる情勢を」
「まあ、行くと言っても三日ほど。出雲・クロスベルから小田原まで一日で戻れますから何かあっても急行できるでしょう」
ティオの言葉に頷くと「おや? 小田原に行くのかい?」と突然茂みの中から声を掛けられた。
「……え?」
慌ててそちらの方を見れば木に寄り掛かった青年が居た。
緑の髪を持ち、青い服にマフラーを着けた彼は四人に向かって「やあ」とウィンクをする。
「ワ、ワジ!?」
「フフ、久しぶりだね。みんな」
慌てて青年━━ワジ・ヘミスフィアに近づくと彼は木に寄り掛かるのを止め、手を差し出す。
「七年ぶりかな? こっちの世界では時間の感覚が分からなくなるね」
「ああ! いつ戻っていたんだ?」
差し出された手を取り、熱い握手を交わすとワジは笑みを浮かべる。
「実は結構前からね。仕事で色々と忙しかったら挨拶にいけなかったんだ。
それで仕事が一段落して会いに行けばちょうど君たちが街道に出るのを見てね」
「おいおい、見てたなら手伝ってくれよ」
ランディの苦笑にワジは笑うと「君たちなら大丈夫だと思ったのさ」と言う。
「仕事って言うと……教会の?」
「まあそんなところだね。ところでさっきの話本当かい?
ほら小田原に行くとかいう」
「ああ、実は……」
***
事の発端は早朝の呼び出しであった。
自分たちの上司であるセルゲイ・ロウに呼び出され、彼の部屋に集まるとセルゲイは開口一番。
「お前たち、小田原に行け」
「…………は?」
あまりにもあっさりと言うので一瞬言葉を失うが慌てて前のめりになる。
「ど、どういうことですか?」
「小田原で感謝祭をするらしくてな。それにアルカンシェルが呼ばれたんだ。
だからお前たちがその護衛で行け」
「…………」
あまりの事に口を開閉しているとランディが頭を掻く。
「そういうのは遊撃士の仕事なんじゃないのか?」
「まあ、そうだな。だが今出雲・クロスベルにいる遊撃士は皆忙しくてな。だからお前たちが選ばれた」
「……私たちが暇人みたいな言い方ですね」
そう半目で言うティオにセルゲイは笑みを浮かべるとデスクの上に置いてあったコーヒーに口をつける。
「あ、あの……。今のクロスベルの情勢からして、私たちが小田原に行ってもいいんでしょうか?」
エリーの言葉にセルゲイは「だからこそだ」と頷く。
「一度、クロスベルの外を見てくると良いだろう。外の世界を自分で見て、聞いて、判断してこい。今後、この世界とどう向き合っていくのかを決める為にもな」
「なあに」とセルゲイは笑みを浮かべると椅子に深く腰掛けながら腕を組む。
「ちょっとした休暇だと思って楽しんで来い。これが休める最後のチャンスかもしれんしな」
***
「なるほど、そう言う事か」
出雲・クロスベルに戻ったロイド一行はワジに事の経緯を話しながら歓楽街を歩いていた。
歓楽街は戦争が迫っているせいか普段よりも人が少ないが、それでも賑わっておりこの都市の人口の多さを感じさせられる。
「今日の午後には飛空艇で出発する予定なんだ。
ワジの方はどのくらいこっちに滞在する予定なんだ?」
「今月末までは居る予定だよ。小田原から帰って来たらアッバスやヴァルドにも会うといいいよ。二人とも君たちに会いたがってるだろうからね」
「ヴァルドも戻って来てるのか!?」
そう驚くとワジは微笑む。
「ああ、色々理由をつけてクロスベル市街には入ろうとしなかったけど、ようやく踏ん切りがついたみたいでね。
彼なりにケジメをつけてくるらしい」
ワジの言葉に一同は顔を見合わせる。
ヴァルドのケジメ。
それで思いつくのは一つしかない。
かつてクロスベル市が<<赤い星座>>に襲撃された際にヴァルドは<<結社>>に加担した。
その傷跡はあの事件から七年経った後でも残っており、それと同時に旧市街には彼の帰りを待っている人たちがいる。
━━俺たちが口を出すべき事じゃないんだろうな……。
そう思っていると、ふと目に留まるものがあった。
真紅だ。
真紅のメイド服を身に纏った金髪の女性。
歓楽街にあまりにも不釣合いなその姿に思わず目を奪われると女性が此方を向き、笑みを浮かべた。
「…………え?」
予想外の事に足を止めると、正面から誰かにぶつかる。
「す、すみません!」
慌ててぶつかった方を見れば、眼前に男が立っていた。
男はオレンジ色の髪を持ち、サングラスを掛けたスーツ姿で尖った刃物のような雰囲気を持っている。
━━この男……。
男は此方を見ると眉を顰め「ち」と舌打をする。
それから此方の背後の方に視線を移し、止まった。
「なんだ?」と思い、男の視線を追えばそこには笑みを浮かべたワジが居た。
「やあ、今日は“仕事”かい?」
ごく自然に話しかけたワジに対して男は暫く無言でいると口の端を吊り上げる。
「いや、今日は“旅行”だ。死んだと思っていた知り合いに会いに来てな。それに最近は“仕事”から身を引いてる」
「そうかい、それならいいんだ。きっと“旅行”を楽しめるはずだ。ここはいい場所だからね」
ワジの言葉に男は「は」と笑うと歩き始める。
それを皆で見送るとワジの方を見た。
「……知り合いか?」
「知り合いと言えば知り合い。知り合いじゃないと言えば知り合いじゃないというところかな?」
「ま」と彼は言うと肩を竦める。
「今の所は無害な男だよ」
その言葉に皆は顔を見合わせるのであった。
***
ヴァルターは歓楽街を抜け、裏通りに入ると道を進み続け、一軒の建物に辿り着いた。
彼は今は使われていない建物を見るとため息を吐き、中に入る。
中は意外と整備されているらしく廊下には赤い絨毯がずっと広がっている。
廊下を進み続けると扉に辿り着き、一息つくと無造作に扉を開けた。
他より広い部屋。
恐らくここの主のものであったのであろう部屋に居たある男を見て、小さな笑いが出る。
「久しぶりじゃねえか。地獄は退屈だったのか?」
ソファーに腰掛けていた白髪の男、かつての同僚・<<剣帝>>レオンハルトは笑みを浮かべて首を横に振った。
「そうでもないさ。だが、おちおちと死んでいられなくなった」
「座ったらどうだ?」と言われ、彼の反対側のソファーに腰掛けるとテーブルの上に足を乗せる。
「それで? 死人が生者に何の用だ?」
「今の<<結社>>の動き、どう見てる?」
「どうって、そりゃあ上の連中がいつも通りに何やら企んでるとしか考えてねえが?」
レオンハルトは首を横に振る。
「本当に“いつも通り”か?
確かに表面上、組織に目立った違いは出てない。だがある事が大きく変わったはずだ」
「…………」
「今の<<結社>>は<<盟主>>の指示に従っているのか?
いや、そもそもこの世界に<<盟主>>が存在しているのか?」
互いに視線を交わし、沈黙する。
テーブルに乗せていた足を降ろし、前のめりになると腕を組む。
「……で、何が言いたい?」
「噂は耳にしているだろう? <<結社>>が謎の少女と共に行動している。
<<破界計画>>を<<結社>>に持ち掛けたのは恐らく彼女だ。
何かがこの世界の水面下で起きようとしている」
サングラスを外し、テーブルに置く。
そしてしっかりとレオンハルトの目を見ると呟いた。
「お前……まさか……」
「そのまさかだ。結社が隠している重要拠点。
━━━━そこに侵入する」
***
出雲・クロスベル市街の外れにある旧市街。
そこを一人の大男が歩いていた。
男は赤のコートを身に纏い、金色の特徴的な立てた前髪を揺らしながら歩いている。
「…………随分と、変わっちまったもんだ」
そう男━━ヴァルド・ヴァレスは呟く。
最後にこの地を訪れたのは統合事変前。
目蓋を下せば赤く燃え上がる旧市街が浮かびあがる。
かつて己が裏切り、破壊した地。
ここに戻る事に非常に苦悩した。
自分を慕っていた者達に合わせる顔があるのか?
そもそも、自分如きがこの土地に足を踏み入れて良いのか?
そして最終的にケジメをつけるべきだと判断し、戻ってきた。
旧市街の街並みを見渡せば、自分の知っている光景よりも汚れ混雑している。
道々には難民が建てたテントが連なっており、人や妖怪が地べたに座っている。
旧市街という名の難民街。
この土地(クロスベル)は再び大きな問題を抱えている。
「……!!」
足を止め、直ぐに近くの角に隠れた。
それから顔を出すと見覚えのある姿が旧市街を駆けていた。
青いフード付きの服を身に纏った青年。
あれはたしか……。
「ワジんとこの……」
青年は大きな段ボール箱を抱え広場に向かっていく。
それに興味を持ち、追いかけてみれば思わず声を失った。
広場には仮設のテントが作られており、その下で青服の青年たちが炊き出しを行っている。
いや、青服だけではない。
自分にとって馴染みのある赤服、サーベルバイパーのメンバーも炊き出しを行い、難民たちに食料を分け与えていた。
「おい、食材は分けておいとけって言っただろうが!」
「あーン!? オレのせいだってのかよ!!」
青服━━テスタメンツのメンバーとサーベルバイパーのメンバーが罵り合いながらも協力している風景。
それを見て思わず笑みが浮かんだ。
「んだよ……、俺様がいなくても平気そうじゃねえか」
やはりここには自分は不要だ。
そう思い踵を返した瞬間、背後から声を掛けられた。
「……ヴァルドさん?」
「…………」
懐かしい声。
それに心臓が鷲掴みされたように感じながら振り返れば、そこには最年少のメンバー━━ディーノの姿があった。
***
「ヴァ、ヴァルドさんですよね!?」
「…………」
「ほ、本当にヴァルドさんですよね!!」
「…………」
言葉が出なかった。
脳裏に浮かぶのは此方を見上げ、怯える彼の姿。
嘗ての行為の罪悪感に押しつぶされそうになり、軽い眩暈を感じる。
何か言わなくては。
だが何を?
そう考えているとディーノが涙を流し始めた。
「…………おい」
「す、すみません。で、でも、う、嬉しくって。良かった、帰って来てくれて本当に良かった!」
再び言葉に詰まる。
この目の前の少年は今何といった?
「お前……恨んでいないのか? あんな目にあって……」
ディーノは腕で涙を拭いながら首を横に振る。
「た、確かに最初は怖くて、訳わかんなくて、ヴァルドさんがやったなんて信じたくなかったです。
でも、あの後ヴァルドさんが居なくなって、先輩たちも戻って来て、真実を全部知って!
それで、思ったんです。俺達がしっかりしなきゃって。
ヴァルドさんの戻ってくる場所を俺達で守らなきゃって!」
頭を思いっきり金槌で殴られたかのような衝撃であった。
自分の事を心の底から憎んでいると思っていた舎弟たち。
だが実際は誰もが自分の事を待っていて……。
━━……ったく、情けねえよなあ。
まったく情けない。
舎弟たちの方が人間が出来てるじゃねえか。
「おい、ディーノ」
「は、はい!」
「俺様がここに居た事は他の連中には黙ってろ」
「…………へ?」
ディーノは慌てて近づいてくる。
「ど、どうしてですか!? 先輩たちにも会いましょうよ!! みんな会いたがってますよ!! ヴァルドさんだって……!!」
「だからだよ。今、あいつらに会えばそれこそ俺様は本物の半端者だ。
あいつらが自立しているのを見て確信した。今の俺様じゃ胸張って顔を合わせられねえ」
今にも泣きそうなディーノの肩を叩く。
「近いうち、必ず戻ってくる。
そん時まで、この場所を頼んだぜ」
再び涙を流すディーノに釣られ目頭が熱くなる。
だがそれを堪え、踵を返した。
呼び止める声は無い。
だがその代わりに……。
「待ってます! 俺、いつまでも待ってます!!」
返事はしない。
ただ後ろを振り返らず、左手を上げる。
今度こそ戻ろう。
今度こそ、胸を張って、一人前になり、本当の強さを持ってこの場所に戻ってこよう。
そう決意を固め、思い出の地を再び離れるのであった。
***
午後二時。
出雲・クロスベル空港にロイドたちが集まっていた。
彼らが空港の待合室で時間を潰していると多量の荷物を持った一団が入ってくる。
「やっほ、弟君!」
そう此方に手を振るのは金髪の女性━━イリア・プラティエだ。
彼女の背後には劇団“アルカンシェル”のメンバーがおり、その中には黒髪の少女、リーシャ・マオの姿もある。
「これからよろしくお願いします」
リーシャが頭を下げるとロイドたちも頭を下げ表示枠の掲示板を見る。
「今からだと、今日の夜には小田原に到着だな」
「そうですね。本当ならもっと早くつくのですが、近畿地方を迂回しなきゃいけないんで大幅に時間が取られますね」
「ま、しゃーないわな。近畿地方は今でも戦場だ。流石のP.A.Odaも民間機を落とすような真似はしないとは思うが、慎重なのが一番だ」
ランディの言葉に頷くと待合室に新しい一団が入ってきた。
「よお、そろそろ出発か?」
入ってきたのはセルゲイとキーア、そしてワジだ。
「ロイド! 楽しんできてね!」
抱き付いて来たキーアの頭を撫で笑みを浮かべると頷く。
「お土産買ってくるからな」
「キーア、ちゃんと留守番してるんですよ」
「再開して直ぐに別れるのは名残惜しいけど……」
ワジが差し出した手を取り握手を交わす。
その際にワジが耳元で囁いた。
「……一応“気を付けておいてくれ”。あそこは今、色々なものが燻っているからね」
「……ああ」
「君たちなら大丈夫だとは思うけどね」と笑みを浮かべると彼は離れる。
それと同時に館内放送が流れ自分たちの乗る飛空艇の準備が出来たことが知らされる。
「それじゃあ、皆。行ってきます!」
ロイドたちはセルゲイたちに見送られ、飛空艇に向かう。
午後二時半、小田原に向けてロイドたちを乗せた飛空艇が飛び立った。
***
空港より飛び立つ飛空艇を空港施設の屋上から見上げる人物がいた。
ブルブランだ。
「“運命の地”より“約束の地”へ最後の歯車たちが飛び立ったか。
さて、彼らを待ち受けるのは喜劇か悲劇か……」
「私としては喜劇の方が好きですわ。笑えますし」
背後からの声に振り返れば美しい金の髪を持ち、真紅のメイド服を身に纏った少女が立っていた。
「そうかね? 私は悲劇も好きだが?」
「悲劇というのは第三者だからこそ楽しめるものですわ。当事者だと面倒なだけ」
「確かに」と笑うとわざとらしく手を広げる。
「さて、麗しきマドモアゼル。何かこの<<怪盗紳士>>にご用ですかな?」
「ええ、用が無ければ貴方のような不審者に話しかけません」
少女は呆れたように言う。
それに対し「これは手厳しい」と肩を竦めると少女は笑みを浮かべる。
「貴方たち、この世界の謎を探るのでしょう? なら私もその探求に加えてくださいな」
「……いやはや、どこでその情報を得たのか。いや、私に接触した時点で君も“普通”じゃないという事か」
「それで? 加えてくださるの? くださらないの?」
ブルブランは沈黙する。
この少女、恐らくまともじゃない。
我々に近い存在。
この距離まで私に感知されずに近寄ったのだから、腕もかなりたつのだろう。
故に不可解。
故に危険。
「マドモアゼル、君の目的は何かな?」
「人探しですわ」
「人探し?」
メイド服の少女は頷く。
「私の主がこの世界の謎を解き明かすべく旅立ち、音信不通になりました。
貴方方と共に行動すれば我が主にもあえるかもしれない。
そういう事ですわ」
「それに」と彼女は続ける。
「個人的にもこの世界に興味がありますの。
この世界がどういう経緯で出来たのか。少なくともここ数百年までこんな世界は存在してませんでした」
「……まるで別の世界がある事を知っていたかのような口ぶりだ。
謎多き乙女よ、君は一体何者かね?」
此方の問いに少女は笑みを浮かべ、スカートの裾を摘みお辞儀をする。
そのあまりの完璧の動作にもはや人ではなく誰かの作った芸術品のような錯覚を覚える。
「名乗るのが遅れましたわ。私の名前は夢子。
魔界神・神綺様の従者」
そして最後に彼女は再び微笑んだ。
「以後、お見知りおきを」
遅れました、第二十章です。クロスベルからロイドたちが旅立つお話。