緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第二十一章・『星下の蠢き者』 明日に備えよう。明日はきっと派手になる。 (配点:温泉)~

「ふう……」

 夜の露天風呂に浸かりながら天子は体を伸ばした。

 空を見上げれば澄み渡った夜空に星が輝いており、風情を感じる。

 伊豆半島での相対戦後、徳川勢は里見・義康と合流し伊豆の温泉施設に宿泊する事になった。

 今日は特別という事で旅館は完全貸切、夕飯も豪勢なものが出て非常に楽しめた。

「久々よね。こうやってのんびりと出来るのも」

「そうですわね。ここ最近は本当に忙しかったですし……」

 向かい合うように座っていたミトツダイラの言葉に近くにいたアデーレと鈴も頷く。

「話には聞いていたが本当に大変だったようだな」

 そう言ったのは自分の横に居る義康だ。

 彼女は温泉の縁石に寄り掛かり寛いでいる。

「西から東へ大慌て、最後にスキマばばあに嫌がらせされてそりゃ大変だったわよ」

 そう笑うと義康が此方の顔をまじまじと見る。

「な、なに?」

「いや、すまない。ただ天人殿は少し雰囲気が変わったなと思ったんだ」

 「そう?」と首を傾げると周りは頷く。

「だとしたら……こいつらの影響かしらねえ」

 ミトツダイラ達を指さし、それから奥の方に居る浅間達を、そして最後に仕切りの方を指した。

「特にあの仕切りの向うに居る馬鹿の影響」

 そう言うと義康は「なるほど」と噴き出した。

それから「それにしても」と呟くと辺りを見渡す。

「また随分と賑やかになったなあ」

 奥の方では浅間・喜美・ホライゾン・衣玖が会話しながら猪口に入った酒を飲んでおり、そのちょっと手前ではメアリと“曳馬”が寛いでいる。

 左手側には双嬢がおり、その隣でアリスが直政と成実に義手について聞いている。

 右手側では酒に酔った二代が誾に絡んでおり、それを正純が止めている。

 最後に魔理沙とハイディが「泥棒と詐欺」について熱く語り合っているが、あれ、しょっ引いた方が良いのではないだろうか?

「色々なとこ行って、色々な連中と合流したからね。駿府にはもっといるわよ?」

「それは……楽しみなような、不安なような」

 苦笑する義康に釣られ皆も笑うと遠くの方でホライゾンが「さて」と立ち上がった。

 

***

 

「さて、覗きますか」

 一同沈黙、その後浅間が「あのぉ」と手をあげる。

「どうかしましたか? 浅間様?」

「ホライゾン? とてもいきなりの事だったのでよく理解できなかったのですが、いまなんて?」

 ホライゾンは何故か得意げに頷くと親指を立てた。

「今から男湯を覗きましょう。あのくらいの仕切りなら越えられると判断します」

「そうね! 覗きましょう! いえーい!」

「いえーい」

 ハイタッチを交わすホライゾンと狂人を浅間は慌てて止める。

「いやいやいや!? どうしてそうなるんですか!? というか普通逆じゃありません!? イベント的に!?」

 「何のイベントだよ……」と小さくツッコミを入れる正純を無視しホライゾンの方を見れば彼女は「Jud.」と頷いた。

「以前から思っていたのですが覗きイベントが男性専用なのは不公平なのではと。

ですので時代の最先端を行くホライゾンとしましては是非ともやらなければと使命感を感じました」

「……すいません、私にはよく理解できませんでした……」

「ふふ、浅間。そんな事言って、実は貴女も覗きをしたいのでしょう?」

「な!? なに言ってるんですかぁー!? そんなことありませんよーぅ!? 本当ですよーぅ!?」

 浅間の隣に居たハナミが慌てて表示枠を隠したあたり、うん、そう言う事なのだろう。

 己の不利を悟った浅間は助けを求めるように周りを見るが、もちろん全員目を逸らした。

それから隣にいた衣玖の両肩を掴むと顔をそむけている彼女をのぞき込む。

「い、衣玖!? 衣玖は私の味方ですよね!?」

「……その、後学の為といいますか……そのお、ちょっとぐらい大丈夫だったり?」

 最後の砦を失った浅間が項垂れると喜美が立ち上がり手をあげる。

「ハーイ!! 今から男湯覗く人ぉ!! 起立!! 一っ二っ三っはいっ!!」

 半数が立ち上がったことは言うまでもない。

 

***

 

「おっしゃ一番乗りー!!」

「おおっと、させぬで御座るよ! トーリ殿!!」

 男湯に入って来た頭にイッスンを乗せたトーリと点蔵は我先にと駆け出し、湯の中に飛び込んでいく。

 それから少し遅れて他の面々も入ってき、家康が「これ」と二人を叱る。

「湯にそう飛び込むんではない」

 「よいか?」と彼は言うと近くにあった桶を手に取る。

「まずは湯を体に掛ける。その後ゆっくりと入り、体の半身だけを湯につける。それからゆったりと過ごすのだ」

「ほへえ、おっさん詳しいんだなー」

 その言葉に得意げに頷いたのはタオルを腰に巻いたネシンバラだ。

「徳川家康と言えば健康にも非常に気をつかっていた戦国大名。そうですよね?」

「はは、他の人間よりちょっと気を付けていただけだ。そんな大層なもんではないさ。

だが、長生きは得だぞ? 長生きしてたら天下が転がり込んできたからなあ」

「経験者が語る言葉には重みがあるものであるな」

 ウルキアガの言葉に皆が頷くと「さて」とトーリが仕切りの方に行く。

「覗くか!!」

「……唐突で御座るなあ」

「だってよぉ、温泉だぜ? 覗かなきゃダメじゃね?」

 全員が半目になるとウルキアガが「ふん」と鼻を鳴らした。

「拙僧は辞退させてもらう。拙僧には成実がいるからな」

「あー、小生も。というかですよ? BBAどもの入浴シーンを覗くとか何の罰ゲームですか」

「同じく。そんな事をしている暇があるなら、難民街でどうやって儲けるかを考える。最近はへんな集団が出来て自由に稼げなくなったからな」

「えーなんだよ、みんなノリがわりーなー」

 そう言うとトーリは点蔵の方を見る。

「テンゾー、おめえ勿論来るだろ?」

「な、何が勿論で御座るか! 自分にはメアリ殿が居るで御座るしー!」

「なんだ、拙僧のパクリか。小物め」

「んじゃ、イッスン。オメエはどうする?」

「オ、オイラ!? そりゃあ……もちろん……」

 イッスンは暫く頭の上で跳ねると、赤く光った。

恐らくオッケーと言う事なのだろう。

 「うし」と仕切りを上り始める馬鹿を見ながら男子一同は巻き込まれないように離れていく。

「これ、止めなかった僕たちも同罪ってならないよね?」

「一度決めた事はやり通す人物ですからね」

 何故か爽やかに覗き行為をしようとしている馬鹿を見送る宗茂の言葉に皆項垂れるとトーリが仕切りの頂上へ到達する。

それから暫く硬直し……。

「……どうしたで御座るか?」

 見てみれば仕切りからホライゾンが顔を出していた。

 

***

 

「おや、トーリ様。奇遇ですね」

「…………お、おおおお、おう!! き、ききききき、奇遇だな! ホライゾン!」

「はて、顔色が優れないようですがのぼせましたか?」

「のぼせたというか、なんというか。ところでホライゾンさん? 何をしていらっしゃるんで?」

「Jud.、 覗きをしようとしていました。ですがちょうど仕切りを上り切ったあたりでトーリ様と遭遇したわけです。

逆に問います。トーリ様はここでいったい何を?」

「そりゃあ、おめえ。覗きだよ」

「そうですか」とホライゾンが頷く。

「えーっと、じゃあ、これで俺は……」

 恐る恐る降りようとするトーリにホライゾンが「あ」と呼び止める。

「一つ忘れていたことが」

「なんだ?」

 「Jud.」と頷くとホライゾンは拳を構える。

「痴漢撃退」

「理不尽!?」

 顔面にストレートパンチを喰らい、馬鹿が吹っ飛んだ。

 

***

 

「うわあ!? 葵君が降って来て家康公の顔に葵君のアレが……!!」

 仕切りの向うで男衆の悲痛な叫びを聞きながら女性陣は気まずそうに全員顔を逸らした。

それからよじ登っていたホライゾンがゆっくりと降り始め、近くにいた“曳馬”がそれを支える。

「なんか……女として色々酷い図ですよね……副王」

「…………言うな」

 正純がそう首を横に振ると同時にホライゾンが床に着地し、衣玖が身を乗り出す。

「ど、どうでした!?」

「…………鼻息荒いわよ? 衣玖?」

「それがですね」

 ホライゾンの方に全員が注目し、彼女の次の発言を待つ。

しばらく溜めてから彼女は頷き。

「湯気で良く見えませんでした」

「かいさーん!」

 全員がため息を吐き、元の場所に戻り始めると興味なさそうにしていた双嬢の内、金天使が手をあげる。

「というーかさ、私たちが飛べば覗きたい放題だったんじゃないかなー?」

「そうね。でも、絶対にやらないけど」

 暫くの沈黙。

 それから全員が顔を見合わせ、頷き。

「解散!!」

 やっぱり全員元の位置に戻った。

 

***

 

 天子が元の場所に戻ると残っていた義康が苦笑を浮かべ、声を掛ける。

「本当に、相変わらずだな」

「日常風景よ」と返すと二人で笑う。

 仕切りの方ではまだ馬鹿の姉と浅間、そしてミトツダイラが集まっており、どうやらもう一回覗くかどうかで揉めているらしい。

それを期待の目で見ている衣玖はどうしたらいいのだろうか?

 そう思っているとアデーレが「あ」と声を出す。

「この後、自分と鈴さんと天子さん、そして第五特務で義康さんの改めて歓迎会をしようと思っているんですが、どうですか?」

「別に構わないが……、何故この面子で?」

 「そりゃあねえ……」とアデーレと視線を交わし、義康の胸を見る。

それに気が付くと義康は己の胸を隠しながら半目になった。

「なるほど。大体理由は分かったが……むなしくならないのか?」

 取りあえずアデーレと肩を組み、笑顔で親指を立てる。

「私たちはね。もうそういう領域を超えたのよ」

「Jud.、 共にこの絶望的なオパーイカーストを生き延びましょう!」

「…………なんか、本当に毒されたな。天人殿は」

 そう言うと義康は苦笑しながら頷く。

「明日の小田原行きに支障が出ない程度にしないとな」

「お、だわら、って、どんな、場所?」

 鈴の言葉に「そうだなあ」と顎に指を添えると義康は目をつむる。

「とにかく広い。その広さに最初は驚愕するはずだ。あそこにはこの七年間培ってきた生き残るための術が凝縮されているからな」

 「ま」と言葉を続けると彼女は笑みを浮かべる。

「明日、行けば分かるさ。関東連合の首都がどうなっているのかな」

 

***

 

 夜の江戸湾。

 そこに存在する遺跡の岬に白面の少女が立っていた。

 彼女は輝く星々の光を浴びながら、地平線の先を眺めている。

「……このようなところにいらっしゃったんですね」

 背後から声を掛けられ振り返ればアリアンロードが立っていた。

「例の軽巡洋艦の準備も終わり、支度は全て整いました。今は……ちょっとした休憩です」

 そう言うとアリアンロードは頷き“白の巫女”の横に立つ。

「此方もすべて準備が完了しました。明日の早朝には私も小田原に入ります」

「……聖女殿自らがですか?」

 アリアンロードは微笑み、頷く。

「見てみたくなりました。この世界を生きる者達の光景を」

「…………聖女殿」

「分かっています。責務は必ず果たします」

 ややあってから“白の巫女”は「ならいいのです」と呟く。

 二人は暫く星の光を反射する海を眺め、やがてアリアンロードが口を開く。

「綺麗……ですね?」

「そうですね。でも、これらは全て紛い物の輝き」

「…………」

「そう、全てが紛い物。そして間違っている。だから私は……」

 拳を強く握りしめ、仮面の下で歯を食いしばるとアリアンロードが軽く肩に触れる。

「己の責務を果たすのは大切です。ですがその責務に呑まれ、己の道を見失わないように」

「道を見失ってなど、いません」

 アリアンロードは何か言葉を続けようとするがそれを止め、踵を返す。

「明日の作戦。総力にて臨みましょう」

 そう言い離れていくアリアンロードの方を見ず、“白の巫女”は地平線の先を見続ける。

「そうです。私は責務を果たさなければいけません。そして━━」

 彼女は空を見上げる。

「━━━━私は、決して許されてはいけない」

 

***

 

 夜の静寂が支配する部屋の中に一人の男が胡坐を組んで座っていた。

 男の名は三好長慶、三好家の現当主である。

 三好家は統合争乱後畿内にて再興を果たし、北のM.H.R.R.、東の筒井家と睨み合いながらも繁栄していた。

 しかし今から二か月前。

 徳川が筒井家を制圧し、織田が一気に近畿に進出してから全てが変わった。

 徳川・織田に触発されたM.H.R.R.が急速に勢力を拡大。

 あっという間に領土の半分を奪われ、今も敵は進軍を続けている。

四国の聖連に救援を求めたが未だ返事は無く、まさに窮地に追いやられていた。

長慶は深くため息を吐く。

彼の心労の原因は迫りくる敵だけではない。

 徳川が筒井から撤退するのとほぼ同時に姿を消した松永久秀。

 久秀は幽閉されていた屋敷を抜け出し、今も行方が分からないままだ。

 乱世一の梟雄。

それが世に放たれたのだ。

「…………」

 長慶は床に置いてあった猪口を取り、口をつけるとゆっくりと口を開く。

「来たか」

「クク……気づいておられましたか」

 正面の襖が開き、男が入ってくる。

 顔に刀傷のある男。

 屋敷を見張っていた者を皆殺しにし、行方不明になっていた松永久秀がそこにいた。

「儂の首を取りに来たか?」

 そう訊くと久秀は首を横に振り、此方の正面に座る。

「今日は感謝の言葉と、暇を伝えに来ましてな」

「…………感謝だと?」

 久秀は頷く。

「“ワシを殺さないでおいてくれてありがとう”とな」

「…………」

 此方の沈黙に久秀は笑う。

「ワシの事は恐ろしい。だがワシの才は惜しい。殺さず生かさずで管理し、奥の手と考えておったのだろう?」

「それは貴様も了承してのことではないのか?」

「確かに。最初はどうにもやる気が起きず、それで良いと思っていた。だが……」

「状況が変わったと?」

 久秀は頷く。

 彼の背後で何かが動くのが見えた。

 恐らく彼の協力者。

その者の手引きで警備が厳重なここまで来たのだろう。

「長慶殿よ。ワシは悪鬼と共に行くことにした」

「悪鬼? 悪鬼だと? 貴様も悪鬼であろうが」

「クク、そうかも知れぬな」

 久秀が口元を吊り上げると奥の方から女性の押し殺した笑い声が聞こえてくる。

「これこれ、悪女よ。笑うでないわ」

 「さて」と言うと彼は真剣な表情になる。

「正直二度目の生に大して興味を持てなんだが、この世界の秘密に触れられるかもしれんとなると俄然やる気が出るもの。

人の悲しい性ですなあ」

「その悪鬼と共に行けば世の真理に行きあたると?」

「もしくは世の地獄に」

 二人は沈黙する。

 暫くの静寂が続くと長慶が吹き出し、久秀も笑う。

「そうか、地獄か。それはいい。我らのような咎人にはちょうど良いのかもしれんな」

「そうであろう? 故にワシは悪鬼の一味として行く。今日は別れの挨拶だ」

 そう言い頭を下げると久秀は立ち上がる。

それから奥の襖に向かおうとしたところで呼び止めた。

「久秀よ。お主から見て三好はもたぬか?」

 ややあってから一言。

「それは勿論。危篤の人間の如く、もはや助かるまいよ」

 久秀が襖の向うに消える。

 その後青髪の美しい女性が顔を出し「じゃねー」と手を振り消えると、再び夜の静寂が部屋を支配した。

 そんな中で長慶はもう一度猪口に口をつけ、苦笑する。

「我らが行く末……どうしたものか」

 長慶は一人、再び頭を悩ませるのであった。

 

***

 

 岸和田城を見下ろせる丘の上に松永久秀と霍青娥が立っていた。

「挨拶はあれだけでいいのかしら?」

「長慶殿はどうやらお悩みのようだったからな。時間を取らせても悪いというものよ」

「悩みの種の半分は貴方だというのに厚顔ねー」

 「貴様に言われたくない」と笑みを浮かべると歩き始める。

「向かうは出雲か」

「あー、なんか凄い竜の復活を復活させるようねえ。私たち食べられちゃわないかしら?」

「その時は貴様を贄にワシは逃げる」

 そう言うと青娥は「ぶー、ぶー」と頬を膨らませる。

「クク、しかしどうなる事やら」

「何がかしら?」

 足を止め、夜空を見上げる。

「世の中枢へと向かう戦い。黒き復讐鬼が勝つか、白き咎人が勝つか、それとも……」

 言葉を止め、歩き出す。

「どう転ぼうとも、ワシには楽しめそうだ」

 そう笑い、二人は夜の闇へと消えていく。

 それから二週間後、三好家はM.H.R.R.に臣従する事を決断するのであった。




伊豆の温泉での話。そして次回はいよいよ小田原へ。
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