早朝の諏訪大社を突如轟音と震動が襲った。
森の木々に停泊していた鳥たちは一斉に羽ばたき、動物たちも逃げ出す。
音の発信源は諏訪大社の境内であり、そこにはノリキと諏訪子と早苗、そして砕けた大岩があった。
「う、わぁ……」
驚愕の表情を見せる早苗に対し、諏訪子は笑みを送ると先ほどから何度も腕の調子を確かめているノリキの方を見る。
「直ぐに使いこなすなんて、大したもんだよ」
「……そうでもないさ。それに向うには俺以上の奴らが沢山いるからな」
「敵になった時は骨が折れそうだー」と茶化す諏訪子に微笑むとノリキは頭を下げた。
「術式向上。感謝する」
「いいって、いいって。氏子を助けるのが神の責務。私は自分の責務を果たしただけ。だから……」
諏訪子は東の方を指さす。
「あんたは今から自分の責務を果たしなさい」
「Jud.」と頷くと早苗が封筒をノリキに手渡す。
「はい、頼まれていたものです。頑張ってくださいね!」
ノリキは封筒を受け取り、早苗に頭を下げると歩き始める。
既に境内の入り口にははたてが立っており、どうやら向うも成すべき事成したようだ。
「ノリキ!」
後ろから声を掛けられ振り返れば、帽子を脱いだ諏訪子が微笑み手を振る。
「いってらっしゃい」
それに対し力強く頷き。
「行ってきます!」
彼は歩き始めた。
小田原で己の成すべきことを成すために。
***
曳馬が伊豆を出て一時間が立つと一面に緑が広がり始めた。
地平線の先まで続く関東平野を葵色の航空艦がゆったりと航行しており、その背後に白の輸送艦が続く。
そんな曳馬の甲板で関東平野を眺めながら天子が隣に立つ義康に訊く。
「小田原まであとどのくらいかしら?」
「そうだな……そろそろ」
「見えた」と指さす先、緑の絨毯を仕切るように一枚の長大な壁が現れる。
「なんですの? あれは?」
「小田原を覆っている壁。そのもっとも外側にある防壁だ」
「小田原を覆っている……で御座るか? そうなるとかなりの規模では?」
二代の言葉に義康は頷く。
「200平方キロメートルを覆う壁だ。もともとは小田原城とその周辺を覆うだけの壁だったが壁を持たぬ村落を怪魔から守るため少しずつ増築し、今では小田原全域を覆うようになった」
「さっき壁の一つと言ったが、他にもあるのか?」
「Jud.、 さっき見えたのが外壁。今眼下に広がっているのが農業地帯でこれを抜けると次の壁が見え、市街区だ。
そしてその次が商業・工業区。最後が政治中枢区になっている」
「これだけ広大だと管理が大変なんじゃないでしょうか?」
浅間の質問に「それについても対策はしてある……らしい」と義康は言う。
「地脈整備を整備し、領土の各監視塔からの情報を中枢管理システムが管理。
これによって広大な小田原を常に監視・管理している…………らしい」
義康の話によると小田原の城壁内の各所には監視塔が立っており、そこには対空レーダーが配備され、二十四時間常に自動人形が詰めている。
これらの監視塔は全て地脈通信網で繋がっており、各所から得られた情報は地脈を介して中枢管理システムが管理を行い、非常事態が発生した場合は即座に小田原城に通達される。
広大な小田原を完全に防備するための手段としては最上の物であろう。
その話を聞きながら風景を眺めていると遠くに二つ目の壁が見えてくる。
━━あれが居住区の壁ね。
『“曳馬”より皆様へ。間もなく小田原市街上空に到達。小田原より誘導を受けました。
本艦はこれより小田原第二層の北方。小田原空港に着陸を行います』
壁の向こう側から二隻の航空艦がやって来るのが見える。
恐らくあれが誘導役の船なのだろう。
義康は艦首側に移動すると振り返り、皆の方を見て笑みを浮かべる。
「ようこそ、小田原に。関東連合の首都、そして怪魔との戦いの最前線だ」
***
小田原空港には数十隻の航空艦が停泊しており、北側には機鳳用の滑走路も存在する。
曳馬は南側、市街地に近い場所に着陸し、徳川の一同は搭乗橋に降り立った。
「お待ちしておりました」
そう出迎えたのは三人の人物だ。
一人は興国寺城で会った北条早雲。
二人目は褐色肌の自動人形で北条・印度の総長兼生徒会長である北条・氏直だ。
そして最後が見知らぬ壮年の男で、やや厳つい男だ。
「おお、これは氏康殿。お久しゅう御座る」
「久しぶりだな。徳川殿」
二人は握手を交わすと互いに頷く。
「北条・氏直、久しぶりだな」
そう言う正純に頷きながら氏直は後ろの武蔵一同の方を気にかけており、それに気が付いた女装が「ノリキなら後でちゃんと来るぜ」と言う。
それに頷くと氏直は後ろの方を振り返り「お友達は既にいらしてますよ」と言った。
「こっちが先だったわけだわなあ。副会長」
「大久保か。駿府の方は変わりないか?」
「特に問題はないわ。来とるのは私らだけじゃないで?」
そう大久保が言うと彼女の後ろの方から遊撃士一同が現れた。
「そちらの委員長さんとはほぼ同時についたみたいなの」
遊撃士側には英国の大使たちも混ざっており、シェイクスピアと目があったネシンバラが物凄い勢いで隠れた。
━━なんだかんだで大所帯だよなあ……。
駿府に居た戦力の半数近くが小田原に来ている事に気が付く。
まあ、向うには秀忠公や蓬莱山や藤原が居るので大丈夫だろう。
「北条・氏直、次の試練についてだが……」
「Tes.、 その話は小田原城でいたしましょう」
氏直の言葉に頷き、氏康が一歩前に出る。
「お前さんたちとちょっとした会談をしたい。興国寺で話せなかった事とかな」
「うむ。だが全員が来る必要はあるまい。来るのは家康殿を含めた代表者数名。あとは祭りを楽しむとよい」
「今日は前夜祭。町はいい感じに賑わっているぞ?」と早雲は笑みを浮かべるのであった。
***
小田原城へは家康、トーリ、ホライゾン、幽々子、そして正純が行く事になり船のチェックを行うために残った“曳馬”と直政以外は商業区の方に向かう事になった。
「……そちらに船体情報を預ける、ですか?」
「Tes.、 小田原では全航空艦及び全自動人形が中枢管理システムと接続しております。これは艦の状況や数を正確に把握するためですので、どうかご協力ください」
侍女型の自動人形に頭を下げられ、搭乗橋に居た“曳馬”と直政は顔を見合わせる。
「どうするんさね?」
そう小声で訊かれ“曳馬”は頷く。
「正直、他国に本艦の情報を預けるのは安全管理上よろしくないと判断します。ここはどうにか引き延ばして家康様の判断を待つべきだと判断しました」
“曳馬”の言葉に「同感だ」と直政が頷くと「あー」と頭を掻く。
「私らの方じゃ判断が付かないから、上の連中の了承が出るまで保留にしてくれないかい?」
「…………分かりました。では後ほど」
自動人形が頭を下げ、離れていくと直政はため息を吐く。
「どう思う?」
「どう思う、とは小田原の情報管理の仕方についてでしょうか?」
頷く。
「そうですね。広大な小田原を守るために編み出された方法。理解はできますが、情報処理を一か所で行っているため、安全面ではどうなっているのかが気になりますね」
『あ、それなら大丈夫そうですよ?』と言ったのは表示枠に映った浅間だ。
『どうやらかなーり、強力なプロテクトが掛けられているらしくて外部からの接続はほぼ不可能だと思います。
地脈通神と導力ネットワークの合わせ技ですねー。
ここに不法アクセスしようとするなら地脈に直接ウィルス流し込むとかしなきゃ駄目ですね』
「…………なんでそんな事知ってるんさね?」
そう言うと浅間は『あ、あははは……』と笑って誤魔化し、通神を切った。
「まあ、浅間様の言うとおりでしたら安全なのでしょう」
「ま、そうだろね」と言うと曳馬を見上げるように一人の老人が立っている事に気が付いた。
眼鏡を掛けた老人は此方に気が付くと笑みを浮かべ、声を掛けてくる。
「これが噂の徳川の特務艦。そしてお前さんがその艦長じゃな」
「Jud.、 そうですが……」
「それにしても」と老人は感心したように船を見上げる。
「尖鋭型にし、無駄な突起等を排除することによってステルス性を高める。更に武装は少ないながらも遠近両方に対応した万能型。
いかなる任務にも対応できる。だからこその特務艦という事か」
「お詳しいのですね。見ただけでそこまで冷静に解析できるとは」
「…………ちょっと待った。特徴的なその髪、どこかで…………って、まさか!」
「おっと自己紹介がまだだったの」
老人は笑みを浮かべる。
「わしの名前はアルバート・ラッセル。孫娘が武蔵で世話になったようで」
そう言うとラッセル博士はもう一度船の方を見る。
「……ところで、船の中を見学させてくれないか? ついでに四聖武神も」
“曳馬”と直政は再び顔を見合わせるのであった。
***
小田原の商業区は人で溢れていた。
通りには屋台や出店が連なっており、大通りは常に音楽や人々の声で賑わっている。
あまりの人口密集っぷりに人々は所々押し合っており、小さな道は常に渋滞だ。
小田原城から南に一直線に続く大通り、そこを一同が歩いていた。
「すっごい人の量ねえ」
感心したように言うエステルにティータが頷く。
「今日は前夜祭ですから、これからもっと人が増えますよ」
それを聞いてげんなりした表情を浮かべたのはパチュリーだ。
「こんな事なら飛空艇の中に引きこもるべきだったわ。だいたい冬だってのに熱いとか異常事態よ」
「そうね。私も騒がしいのは苦手だわ……」
うんざりしているアリスとパチュリーに対して魔理沙ははしゃいでいた。
オリビエと共に「あれは何だ? これは何だ?」と店を見て回っており、傍から見ればまるで兄弟の様だろう。
後ろの方でも点蔵が「はぐれぬ様に」とメアリと手を繋いでいたり、ウルキアガと成実が「飛んだ方が速くないか」と話していたり、もう既に双嬢が飛んでいたりしている。
そんな光景を見ながらレンは「あのちょっと広いところで別れましょうか?」と提案した。
「そうですね。それぞれグループを作って小田原見学、集合時間は……」
浅間は表示枠の時計を見ると「十二時ごろに小田原城前で」と言い、皆が頷いた。
一同が前方の広い交差路に到達するとヨシュアが振り返り、「じゃあ」と言った瞬間、横から猛烈な勢いで駆けてくる集団が居た。
「どいた、どいたあ! 荷物が通るよー!!」
集団は青い作業服のような物を来た少女たちであり、先頭の短い青のツインテール少女がホイッスルを吹きながら台車を押してくる。
集団が交差路に到達するとあっという間に場がごちゃごちゃになり……。
「……あれ?」
気が付けば全員がはぐれていた。
***
「………………え?」
天子は目の前から一同が消えた事に気が付いた。
いや、消えたのではなく自分が人の波に押されてどこかに移動してしまったのだ。
━━…………しまった。
周囲を見渡しても衣玖や他の連中の姿は見当たらない。
完全にはぐれた。
それも一人で。
「どうしたものか……」
少し思案すると「ま、いっか」と呟く。
十二時に小田原城前に行けば全員と集合できるし、いざとなれば通神すればよい。
それなりにお金も持ってきているしたまには一人で観光というのも悪くないだろう。
だがそれにはまずこの人混みを抜けなければいけない。
人と人の間を抜けていき、どうにか人の少ないところに出ようとした瞬間、誰かの足に引っ掛かり、転びそうになる。
「うわ、やば!?」
慌てて体勢を立て直そうとするがそこで人に押され、前のめりに。
完全に体は倒れ始め、地面への激突を覚悟すると誰かに抱き留められた。
「大丈夫ですか?」
━━こ、この感触、巨乳!?
「え、ええ。助かったわ……」
顔を上げると声を失った。
美しい女性であった。
金の長い髪にエメラルドグリーンの美しい瞳。
同性でも一瞬見惚れるその姿に絶句していると、女性はやや驚いたような表情で呟く。
「……貴女は」
「?」
首を傾げると「いえ、なんでもありません」と女性は首を横に振り、此方を立たせる。
それから周囲を見ると彼女は質問してきた。
「お一人ですか?」
「ええ。さっきまでは仲間と一緒だったんだけど、はぐれちゃってね。えーっと、貴女は?」
「失礼しました。私の名前は…………リアンヌ。そうお呼びください」
***
小道を焦ったように一人の少年が歩いていた。
彼は辺りを見渡しては歩き、見渡しては歩きを何度も繰り返す。
「……失態だ」
そう少年━━柳生・宗矩は舌打つ。
大久保・忠隣/長安の護衛として同行していたのだが先ほどのあれで完全に見失った。
護衛対象とはぐれるなど忍者として言語道断。
己の未熟さに自己嫌悪してしまう。
「とにかくお嬢様を探さねえと……探さないと」
一旦屋根の上に出るか?
そう思っていると「あの」と背後から声を掛けられる。
「なんだ?」と振り返れば巨乳が居た。
ちょうど目と鼻の先に二つの山があり、体が硬直する。
「…………」
「あの?」
「…………は!」
━━山が喋った……!!
いや、そうじゃない。落ち着け、俺。
深呼吸をし、ちょっと目線を上げれば見覚えのある顔があった。
━━確か、梅組の……。
「その制服、アリアダスト教導院のですよね?」
「そうだけ……そうですけど」
そうちょっとぶっきらぼうに言うと巨乳は「良かった」と安堵の息を吐き、山が揺れる。
「他の方とはぐれてしまって……。下級生の方ですよね」
「……柳生・宗矩です」
「あ、初めまして。永江衣玖と申します」
丁寧なお辞儀。
迫る巨乳。
避ける少年。
「そ、そうだ。お嬢様、えっと大久保・忠隣を知りませんか?」
そう訊くと衣玖は首を横に振る。
「私も皆さんとはぐれてしまったので……」
返答に少し項垂れると「そうだ」と衣玖が胸の前で手を合わせる。
「一緒にお祭りを回りながら大久保様を探しませんか?」
「え、いや、俺は仕事中だから……」
「まあまあ」と手を握られ鼓動が一瞬早まる。
「道に迷った女性をエスコートするのも男性の仕事だと思いますよ?」
そう微笑みながら言われ、そっぽを向きながら頷くのであった。
***
商業区の南側を二人の人物が歩いていた。
一人は帽子を被り、北条の教導院の制服を着た男性で、もう一人は同じく北条の制服を身に纏った自動人形の女だ。
男は気だるそうに歩いていると呟く。
「こんだけ人が多けりゃ、変装はいらなかったな」
「Tes.、 それにしても意外と簡単に入れましたね」
自動人形の言葉に男は「そりゃ、あれだ」と笑みを浮かべた。
「風魔の連中が俺達をわざと見逃してるのさ」
「……なぜそのような事を?」
「余裕の表れか、それとも……」
男はそこまで言うと立ち止まり、周囲を見渡す。
「自分たちの実力を知らしめるためかもな」
「“知らしめる”ですか?」
「関東連合は俺達みたいな“要らず”が忍び込んでも何ともない。
寧ろ本国に関東連合の凄さを知らせて、驚かせろって感じだろう」
「大国特有の傲慢さですね」
自動人形の言葉に男は笑う。
「その傲慢さを上手く利用すれば無用な戦いを回避できるって事だろう」
「まあ……」と男が指差す先、小田原城の方を見て真剣な表情になる。
「あそこに忍び込むのは流石に命懸けになりそうだ。
まずは下調べして、準備をする事にしよう。ところで海野は……」
「海野様でしたらアルカンシェルの公演の下調べに行くと」
「そりゃ、ただ自分が見たかっただけじゃねーか」とため息を吐くと帽子を押さえる。
「ま、今日一日ぐらいは観光を楽しんでもいいか。どうせ現状じゃやる事ないしな」
そう言うと男は歩き始める。
それに続いて自動人形も歩き、二人は食堂街に向かうのであった。
***
『全システム起動。出撃準備完了』
その機械音声を聞き、広い艦橋に立っていた“白の巫女”が頷く。
「団長、こちらの準備は整いました。そちらは?」
『こちらも整った。しかし、久々の実戦の相手が小さき者では少々退屈やもしれんな』
「……敵を侮らないように。足元を掬われますよ」
表示枠に映った機竜は『わかっておる』と頷く。
「既に<<方舟>>は小田原に向かっています。我々はそれと合流し、作戦を開始。
ですが本当の目的は……」
『うむ、あれの回収。そして奴が出張ってきたなら仕留める』
「はい。“彼女”はきっと動きます。“彼女”の始末は私がつけます」
ややあってから団長は『よいのか?』と尋ね、それに頷く。
「それが……私の責務です」
『…………躊躇うなよ?』
表示枠が閉じられ、一人になると“白の巫女”は深呼吸する。
「━━ええ、決して躊躇いませんとも」
“白の巫女”が手を翳すと二律空間より一本の槍が現れた。
槍は柄の部分が短く、その両側に巨大な刃を付けた双歯槍。
それを地面に突き立てると部屋全体が振動する。
「軽巡洋艦“アーシャ”発進。己の責務を果たしなさい」
***
江戸の海を割るように巨大な物体が浮上した。
純白に青い光のラインが通った船体は海水を振り落すように急上昇を始め、両側の翼を広げていく。
竜だ。
まるで巨竜の如き船はエンジン音という咆哮をあげると加速を始める。
竜が向かうは小田原。
かの地にて己の責務を果たすべく、羽ばたき始めるのであった。
天子とあの人の出会い。そして迫る戦いの気配。