/////////////
私たちが己の自我を持ち、はっきりと言葉を話せるようになると大人たちから“責務”について教わった。
大人たちは口を揃えて言う。
我らは選ばれ者。
我らは大樹の守護者。
我らは世界を管理し、安定させるもの。
私たちは特別だった。
世界で初めて生まれた双子。
他の大人たちを遥かに超えるであろう力を持った子供たち。
故にその力を世界の為に使い、尽力しなくてはならない。
その話を“白”は熱心に聞いていた。
彼女は自分に課された責務と期待に喜び、大人たちに良く従った。
だけど私は退屈だった。
世界の事なんて知らない、責務なんて面倒くさいだけ。
私は大人たちの言葉に従い、ただひたすらに働く傀儡となるために生まれたのではない。
そう思いたかった。
そして私たちが母から“頂”の名を貰ったその日、私は“彼”に出会った。
3
/////////////
***
小田原商業区にある茶店や軽食屋が並ぶ通り。
そこにある団子屋の屋根の上にマルガ・ナルゼは座っていた。
彼女は手に単眼鏡を持ち、町の様子を眺めながら時折表示枠に何か描きこんでおり「もうちょい、こうかな?」と首を傾げる。
「んー? 模写?」
上から声を掛けられ頷くと単眼鏡をしまい表示枠を上方に傾ける。
「あとで何かに使えないかと思ってね」
「三河や駿府じゃ見れない光景だからねー。はい、お団子」
隣に座ったマルゴットからみたらし団子を受け取り、感謝の言葉を述べると一つ頬張る。
「向う、西側ね。あっちの方に大きいホールがあって、今印度草紙展覧会やってるみたいだから後で行ってみましょう」
「あー、だからさっきバラやんが強制連行されてたんだ」
「そうなの?」と訊くと「引きずられてた」とマルゴットが答え、軽く噴き出す。
「他の連中も見つけた?」
「えっと、マリやんは英国大使と一緒になんか路上ライブやりはじめて副長組はさっき大道芸になんか乱入してた」
「あいつらやりたい放題ね」そう言いながらもう一度単眼鏡を覗き、辺りを見渡していると見知った顔を見つけた。
━━あれは衣玖とその隣にいるのは確か……柳生・宗矩?
先頭を楽しげに歩く衣玖にやや気恥ずかしそうに続く少年。
それを見て思わず、ガッツポーズをとった。
「なんか、楽しそうなの見つけた?」
「ええ、ちょーいいネタ見つけたわ。思いついたネタが冷めないうちに、パパッと描くわ」
そう満面の笑みを浮かべると表示枠にペンを走らせ始めるのであった。
***
━━どうしてこうなった……。
「あ、この小物なんてどうでしょうか? 小さなカップで可愛いと思うんですが」
「いいんじゃないですか?」
お嬢様とはぐれ、探しているうちに梅組の一人に出会い、気が付いたら連れまわされている。
「これはどうです? 綺麗な腕輪ですけど」
「いいんじゃないですか?」
このままではいけない。
自分にはお嬢様を守るという使命がある。
こんなところで遊んでいる場合じゃ無いはずだ。
それに女の言葉に従い続けるのは男としてどうかと思う。
ここはいっぱつガツンと……。
「あの……やはり迷惑でしたか?」
「そんな事まったくありません!!」
━━俺の馬鹿ぁーーーー!?
いや、今のはずるい。
上目使いにああ見られたら誰だって頷いてしまう。
仕方がない、不可抗力だ。
小物店の客が此方を見て笑い、気恥ずかしくなったので「そ、そろそろ!」と入口の方に向かう。
「つ、次の店に行きませんか!?」
そう言った瞬間、「なんや、こんなところに居たんか」と後ろから声を掛けられた。
慌てて振り返れば入口に大久保・忠隣/長安と加納が立っており大久保は此方を見てから衣玖の方を見、そして「ほほう」と口元に笑みを浮かべた。
「成程、そういう事やったかあ」
「え!?」
「柳生様、お嬢様の護衛をせずに何を……」
「ええよ、ええよ。こっちはこっちで楽しむとしよ。そっちも頑張ってなあ、色々な意味で」
「ち、ちが……!?」
「そんな恥ずかしがらんでもええで」と大久保は笑うと衣玖の方を見る。
「柳生をよろしゅうな」
「? はい、分かりました」
大久保は「じゃ」と踵を返し、此方に意味ありげな笑みを送ると店の外に出ていく。
残されたのは自分と首を傾げている衣玖とそして興味深げに此方を見ている店の客と店員。
顔を赤くし、衣玖の腕を掴むと引っ張り始める。
「あ、あの?」
「こ、ここを出ましょう!」
店の客たちに生暖かい視線で見送られながら二人は店を後にするのであった。
***
「はい、チャイです」
「あ、りがとう」
小さな広場のベンチに座っていた鈴にアデーレは紙コップに入ったチャイを渡すと隣りに座る。
「ごめん、ね?」
「気にする事はありませんわ。私も少し疲れましたし」
ミトツダイラと鈴、そしてアデーレの三人は祭りを見て回っていたがあまりの人の多さに鈴が目を回してしまい近くの広場で休む事にした。
「凄い、音で、大変」
「そうですねえ。見てるだけで目が回るってのはこういう事なんでしょうねー」
「でも、楽しいよ?」と笑みを浮かべる鈴にミトツダイラとアデーレは頷きを返すと広場の上に浮かぶ時計表示枠を見る。
「今十一時ですからどこかでお昼にします?」
「そうですわね。ここからですと……」
設置されていた案内用表示枠装置を操作し、ミトツダイラは東の方を指さす。
「二つほど大通りを横切ると食堂街があるみたいですわ」
鈴がチャイを飲み乾したのを確認すると「じゃあそっちに行きます?」と言う。
「ん、いこ」
「Jud.」と立ち上がると鈴もそれに続き歩き始める。
そして広場を出ようとしたところで鈴が突然足を止めた。
「あれ?」
「どうしました?」と振り返ると鈴は「え、と」と何度も首を傾げる。
「変な、音? がする」
「音……ですの?」
鈴が頷きミトツダイラとアデーレは顔を見合わせる。
「人が多いですし、あちこちから音楽が流れてますからそれのせいでは?」
「う、ううん。これ、重い、音。航空艦の、エンジン音?」
「北条の航空艦じゃないんですの? 北に空港がありますし」
鈴は首を横に振る。
「北条の、音じゃ、ない。聞いたこと、無い、音。えっと、降りて、来てる?」
「降りて来てる?」と二人は空を見上げると、小田原を覆う雲に何かの影が映っていた。
「……あれは!?」
***
「さて、話を変えよう」
そう氏康が言うと早雲が言葉を続ける。
「実は今回、小田原に呼んだのはお前さんたちだけではないのだ」
「そうなのですか?」と家康が訊くと早雲は頷く。
「徳川家をどうするのかは今後の東側のあり方を決める重要な事。
その為、比較的協力できそうな連中を呼んだのだが……」
「氏康様」
先ほどまで町の様子を監視していた自動人形が振り返る。
「どうした?」
「ZCFの社員から緊急の連絡が入りました」
「ZCFの?」と氏康は怪訝そうな表情を浮かべると表示枠の操作を行い、通神を繋げる。
「氏康だ。いったいどうした?」
『あ、北条の旦那かい!? じ、実は妙な物を見つけて!!』
「落ち着け、それで妙な物とは何だ?」
『実は……!!』
突如何かが破砕する音と共に少女たちの悲鳴が聞こえ、通神が途絶えた。
「おい! どうした! おい!!」
「彼女たちの位置を直ぐに特定しなさい」
氏直の指示に自動人形達が「Tes.」と捜索を始めると家康が真剣な表情で「今のは?」と尋ねる。
「分からん。だが嫌な予感がする」
「氏康様!」
「今度は何だ!?」
「小田原上空に所属不明の艦船が出現! 映像、出します」
「馬鹿な、小田原全域は対ステルス用のレーダが設置されて……」
全員が固まった。
表示枠に映された映像。
そこには真紅の航空艦が存在していた。
「まさか……」
氏直の言葉に幽々子が頷く。
「ええ、そのまさかね。
<<身喰らう蛇>>、ここで仕掛けてくるのね!!」
***
河城にとりは大いに焦っていた。
祭りの資材を置きに来たらとんでもないものを発見してしまったのだ。
━━こりゃヤバい!!
この事を直ぐに知らせなければいけない。
もしここ以外にも“あんな物”が持ち込まれているなら大変な事になる。
「コンテナ!! ちゃんと閉めた!?」
「う、うん!! 扉を荷物で塞いだよ!!」
仲間たちがコンテナの入り口に資材などを置き、塞いだのを確認すると表示枠を開く。
「小田原城!! 聞こえる!? 緊急事態だよ!!」
『何事でしょうか?』
機械的に、冷静に返す自動人形に僅かにイラつきながら深呼吸する。
「ヤバいものが小田原に持ち込まれてる! もしかしたらかなりの量かもしれない!!
誰でもいいから偉い人に連絡して!!」
『━━少々お待ちを』
待たされ、焦りながら足踏みをしていると男の声が通神先から聞こえてきた。
『氏康だ。いったいどうした?』
「あ、北条の旦那かい!? じ、実は妙な物を見つけて!!」
『落ち着け、それで妙な物とは何だ?』
北条氏康に言われ、一回深呼吸する。
「実は……!!」
直後、コンテナが破裂した。
コンテナの周囲に居た同僚たちが吹き飛ばされ、自分も地面に叩き付けられる。
コンテナの破片から身を守るように体を丸め、破片が落ちたのを確認すると立ち上がる。
辺りは土埃が舞い、あちこちに同僚が倒れている。
中には怪我をしている者もおり、比較的軽症だった者達が駆けつけている。
━━コンテナは!?
よろめく体を支えながら歩くと舞い上がった土埃に幾つもの影が映る。
大小様々な影はその形をはっきりとさせていき……。
「…………ああ、本気でヤバい」
無数の機械人形達が現れた。
***
「それ、本当なの!? ベルが居たって……」
「ああ、一瞬だったが間違いなくマリアベル・クロイスはここに居た」
劇場前の大通り。
そこにロイドたちは集まり、マリアベルを目撃したことを伝えた。
「見間違えという可能性は?」
「いや、あれは確かにマリアベルだった」
そう言うと一同は顔を見合わせ、真剣な表情になる。
「……どうする? 探すか?」
「ああ、彼女が小田原に居るとなると何か危険な事が起きようとしているのかもしれない。
小田原の警察か軍に連絡したら俺達も動こう」
そう言った直後、遠くの方で轟音が鳴った。
何事かとそちらを見れば南の方角で煙が上がっており、周りに居た自動人形達が一斉に連絡を取り合っている。
「どうにも嫌な予感がしやがるぜ」
「ああ……、もしかして今のは」
再び轟音が鳴った。
今度は一つではない。
様々な場所から一斉に音が鳴り、人々は驚愕の声を上げ、何事かと辺りを見回す。
「今の音、十か所から発生してます。一番近い場所は東側の倉庫地区です」
ティオの言葉に頷くと「武器は?」とエリィに訊く。
「一応入国の際に許可を貰って劇場に置いてあるわ」
「よし。直ぐに武器を回収して……」
言葉を失った。
「おい、どうし……。おいおい……冗談だろ?」
視線の先、良く知る人物が居た。
金の長い髪を靡かせ、凛とした雰囲気を持つ女性。
かつてクロスベルで戦い、その圧倒的な力を見せた存在。
そう、<<鋼の聖女>>アリアンロードが立っていた。
「……アリアンロード!!」
***
「え?」
町中から轟音が聞こえ、慌てて劇場前に来ると四人組の男女がリアンヌの方を驚愕の表情で見ながら聞きなれない言葉を発した。
━━アリアンロード……?
「知り合い?」
そう訊くがリアンヌは答えず目を伏せて小声で呟いた。
「やはり彼らも……。歯車は全て揃った。そう言う事ですね」
「あの? リアンヌさん?」
リアンヌは此方に微笑むと前に出て茶髪の男に頭を下げた。
「お久しぶりです。ロイド・バニングス。そして特務支援課の皆さん」
「アリアンロード! お前がここに居るという事はさっきの爆発は<<結社>>によるものか!!」
「ちょ、ちょっと!? <<結社>>って……!!」
リアンヌは此方に微笑むと「騙して申し訳ありませんでした」と頭を下げ、表情を改めた。
「私は<<鋼の聖女>>アリアンロード、<<身喰らう蛇>>の使徒が第七柱。
以後、お見知り置きを」
━━なんですって!?
あまりに衝撃的な言葉に思わず言葉を失う。
先ほどまで共に祭りを回っていた女性が<<身喰らう蛇>>。
それも幹部の一人だという。
信じられなかった。
だが……。
━━何て気配よ!?
リアンヌ、いや、アリアンロードからは圧倒的な威圧感が放たれており、並大抵の者ならこれだけで恐怖を感じて動けなくなるはずだ。
自分が今、彼女と相対できているのは柴田・勝家や八雲紫といった強敵と戦ってきた経験があるからだろう。
そして自分と同じように彼女と相対している四人は……。
━━何者よ! こいつら!!
冷や汗を掻きながら慎重にアリアンロードから距離を取ると彼女は「良い判断です」と頷きロイドと呼ばれた青年の方を見る。
「先ほどの質問にお答えしましょう。
━━その通りです。
先ほどの爆発は我々の兵器が起動した合図。
今頃多くの戦闘人形達が活動を開始したでしょう。
そして上を見なさい」
「な……!?」
上空に真紅の航空艦が浮かんでいた。
「いつのまに!?」
どうやってここまで来た!?
小田原全域は監視されており、こんなに接近されるまで探知されないはずがない。
「比那名居天子」
アリアンロードは此方に優しく微笑む。
「共に祭りを見て回れたこと、楽しかったですよ。
ですがこれよりこの地は戦場となります。
気を引き締めなさい。そして進みなさい。
極光の担い手。緋想の御者。貴女なら何かを変えられるかもしれません」
「さあ」と彼女は空を見上げる。
「始まりますよ。
━━世界の命運をかけた戦いの前哨戦が」
***
町は騒然としていた。
突然の爆発音。
そしてそれに続いて現れた真紅の航空艦。
誰もが足を止め、空を見上げていた。
そんな人々の間を女が歩いていた。
女は金の二つの縦ロールを揺らしながら屋台で買ったたこ焼きを食べており、「なかなかですわね」と言うと近くのゴミ箱にたこ焼きのケースを投げ込む。
道路の向こう、進む先から悲鳴が上がる。
何事かと人々が見ると突如、道路右側にあった土産店が砕けた。
木材の壁を砕き、現れた姿がある。
武者だ。
赤き鎧を身に纏った機械の武者がその両手に持つ太刀を振り回し、近くに居た侍女型の自動人形を叩き切った。
それを皮切りに人々は逃げ出し始める。
皆恐怖の表情を浮かべ、我先にと逃げ出し、押し合う。
それを女は悠々と避けると誰かが叫んだ。
「おい! 逃げろ!! 危ないぞ!!」
女はそれに「あら、ご親切に」と笑みを浮かべる。
そして赤の機械武者の横を通り過ぎると空を見上げる。
「確かに小田原の守りは固いですわ。でもその守りは知能を持たない怪魔用の物であり、私たちのような存在は想定していなかったようですわね」
北条は空に浮かぶ航空艦<<紅の方舟>>グロリアスを探知できなかった。
あの船にはステルス障壁の他、対ステルス探知妨害用の装備を持っており北条のレーダには一切映らないで接近が出来た。
「広大な土地を守るための一極集中管理。効率的だと理解はしますわ。でも……」
彼女は冷徹な笑みを浮かべる。
「その効率性が時には弱点となる」
女は笑う。
そして天に手を翳し、声を上げた。
「さあ!! 始めますわよ!!
私たちが舞台に上がる最初の狂騒劇!!
“小田原崩し”を!!」
真紅の巨大艦より黒き柱が投下され、大地に突き刺さった。
舞台に上がる<<身喰らう蛇>>。関東騒乱が始まる。