緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第四十五章・『碧天の頂』 語る事は多く 語れる時は少ない(配点:古の竜)~

 

 緋色の空が広がっていた。

 雲は天高く浮かび、海は水平線の先まで広がっている。

 黄昏だ。

 平穏、恒久、安寧の世界。

そこには戦いは無く。竜達が大樹の守護と枝の監視を行っていた。

 波の無い海に影が差した。

 黒い巨大な影が少しずつ動いて行き、何処かへと進んでいく。

 海から上を見上げれば巨大な物体が浮かんでいた。

 大陸だ。

 浮遊大陸の面積は数万平方キロメートルあり、その表層には巨大な建造物が敷き詰められたように広がっている。

浮遊大陸の中央には一際巨大な神殿状の建造物があり、そこから東西南北、十字方向に幅広い道が敷かれている。

 そんな大陸の神殿近くに大きな庭園があった。

 庭園の外周は浮遊する柱の様な物が覆い、東側には底まではっきりと見える透き通った湖がある。

 その湖の傍にある高台に一匹の獅子が居た。

 獅子の体表は深緑色の鱗で覆われており、背中からは二対の巨大な翼が生えている。

 鬣は白色になっており、どこか老いを感じさせられた。

「…………」

 獅子がゆっくりと顔を上げれば上空から舞い降りてくる姿がある。

 朱雀だ。

 紅い鱗を持つ朱雀の様な竜が獅子の前に着地し、威嚇するように翼を広げる。

「“碧天”!! これは一体どう言う事だ!! 何故あの子が拘束された!!」

「……掟に従った為だ」

「掟じゃと? あの子が何をした!?」

 “碧天”と呼ばれた獅子は首を横に振る。

「彼女に罪は無い。運が無かっただけだ」

「どういう意味だ!?」

「あの子は潜在的な危険種だ。あの男の調べであの子が双核である事が分かった」

 “双核”という言葉に朱雀は息を呑んだ。

「そんな事があり得るのか……?」

「あの子は、いや、あの子たちは特別だ。こんな事になるなど、誰も予想できんかったであろうよ」

「片割れはどうなる?」

「幸いもう一人は安全だ」

 二体の竜が沈黙する。

 暫くお互いに視線を交わすと“碧天”が口をゆっくりと開く。

「あの子は“奈落送り”になる」

「馬鹿な!? 早急すぎる!! まだ間違いが起きるとは決まっていないのじゃぞ!!」

「起きてしまってからでは遅い。世を保つ為には致し方ない事。“極天”様も既に了承なさっている。

“蒼天”、“黄天”━━他の竜王たちも半数以上が賛同しておる」

 朱雀は憤ったように鱗を逆立てる。

 だが掟と“極天”の意思があるのなら覆す事は不可能だ。

「“白天”には何と説明する気だ?」

「ありのままを伝えるしかあるまいよ」

「…………これは我らにとって最大の汚点となるぞ」

 朱雀はそう捨て吐くと翼を羽ばたかせ、空に舞い上がる。

そして一度上空を旋回すると遠くへと飛んで行った。

 その姿を見ながら“碧天”は深くため息を吐く。

「“紅天”よ。お主の言う通りこれは我らの汚点となるであろう。

だがそれでもやらねばならぬのだ。種の存続の為に。大樹とそれに連なる全ての世界の為に」

 そういうと獅子はゆっくりと目蓋を下した。

 

***

 

「さあ、語ろう。我に残された時間は少ない。言葉を選べ。汝ら我に何を問う?」

「━━━━あ」

 突然の事に頭が付いて行かず思わず空返事をしてしまった。

 落ち着け、本多・正純。

ここは何処だとか、何をしたとか、余計な事を考えるな。

 この老人は言った。

残された時間は少ないと。

 ここで彼から情報を引き出せなければここまで来た意味が無くなる。

 一度大きく息を呑むと頷き、老人と向かい合う。

「まず訊こう。貴方が概念核の主か?」

「そうであり、そうでない。我が名は“碧天の頂”、概念核の主であった。

今お前たちの前に現れ、問いに答えているこの我は嘗ての人格をもとに残された僅かな力を使用して再現された存在。

姿形はお前たちと意思疎通しやすいように変えておる」

 つまり霊魂とかではなく人格再現されたホログラムのような存在か。

「“碧天の頂”、貴方は何者で概念核とは何だ」

「我は嘗てこの世界に存在した竜の一人。その中でも特に強力な存在である八大竜王だ。

そして概念核とは我らが大樹より生まれた時に命の源となっているものだ」

「命の源? つまり心臓という事か?」

「左様。だがお前たちの内臓器官よりも更に強力な力を持つものである。

我ら古の竜は生まれながらにして体内に概念を持ち、それを扱う事が出来た。

ある者は“風の概念”操り、ある者は“火の概念”を、そしてある者は“時空”すら操った」

「それは……」

 凄すぎないか?

 一生物が持つには強力過ぎる力だ。

 “碧天の頂”の言葉通りならが彼らは一人ずつ体の中に小さな世界を抱えていた事になる。

「嘗て、嘗て我らが発見した世界の中には我らの概念核に似た物を持ち、それを求めて争っていた世界があった。

お前たちはその……いや、これは語る事ではあるまい」

 そう“碧天の頂”は首を横に振ると「次に何を問う?」と訊いて来る。

 先ほどの言葉の続きを訊きたかったが語りそうな雰囲気ではなかったので別の質問をする。

「この世界、不変世界は貴方たちの世界だったと言ったな。何故神州、日本の形をしている!」

 この竜達は我々とは全く違う世界の住人だ。

その住人の世界が神州に似ているのは何故か?

そこに大きな秘密があるような気がした。

「……その質問には答えられない」

「なに?」

「いや、答えられないのではない。答えを持たないのだ。

この世界がお前たちの世界と酷似している理由は我には分からん。

元々は別の形であったが、最後の戦いの際全てが崩れた。

境界は崩れ、時空は歪み、枝は絡まった。

そして気が付けばこのような姿になっていた」

 はぐらかしているという感じではない。

 彼は本当にこの質問に対する答えを持っていないのだろう。

次に何を質問するか?

 そう考えていると全裸が「セージュン、次俺から良いか?」と訊いてくる。

 普段なら「今は時間がないから黙ってろ」と言うが、この馬鹿はたまに鋭くなる。

 全裸に頷くと彼は笑み、“碧天の頂”の方を向いた。

「えっと爺さんよ。あんたたちがすげーって事は分かったんだが、そんなすげーんだったらなんで滅んだんだ」

「全ては我らの傲慢さ故の事。己の力を過信し、傲り高ぶった」

「んと、つまり?」

「我らはもっとも大樹に近い存在だと信じていた。老いぬ体、強力な肉体、概念を書き換える核。それらを与えられたのは大樹から世界を守護せよと命じられたからだと信じた」

 そう“碧天の頂”が言うと全裸が「あー、ちょっと、タンマ!!」と言う。

「爺さん、大樹ってなんだよ? 俺馬鹿だから最初から説明してくれないとよく分からないぜ?」

 「ふむ、そうであるな」と“碧天の頂”は顎鬚を摩ると立ち上がる。

「大樹とは世界の源である。全ては大樹から生まれ、世界は無数に枝のように伸びていく」

 

***

 

“碧天の頂”は語った。

世界とは葉の様な物であると。

根源である大樹から枝が伸び、その枝に生えた葉が世界である。

枝はほぼ無限に枝分かれしていき、世界は分岐する。

「我らは様々な世界を観測してきた。

ある世界は大地と宙に分かれ機械の人形で争っていた。

ある世界は既視感を脱却すべく魔術師たちが殺し合っていた。

ある世界は白き鯨より生まれ、世界の主にとっての遊技場となっていた。

ある世界は互いの概念を守るべく争っていた」

世界は無数に存在し現在進行形で生まれ、そして滅んでいる。

そのどれもが虚構では無く、確かに存在し人々が生きている世界である。

「我らは大樹を守る事を使命としたが他の世界には不干渉を貫いた。

ただひたすら他の世界を観測し、大樹に危害が無い限り動かない。それが掟の一つであった」

「待て。他の世界への干渉はしなかったと言ったが、そんな事が可能なのか?」

 此方の言葉に“碧天の頂”は頷く。

「他の世界に干渉した者は少なくは無い。

ある者は救えなかった者を救済するために。

ある者は己の力を試す為に。

ある者は己の野心を果たす為に。

様々な者が己との違う世界への干渉を行っている。

だが部外者が他世界に干渉した時点でその世界は元の世界より分岐し、新しく生まれた事になる。

まれに干渉された世界が大元の世界に影響を及ぼした事もあった。

我らはそれを恐れ、干渉をしなかったのだ」

 そこまで言うと“碧天の頂”は苦笑する。

「もっとも、その不干渉の考え自体が傲りであったわけだが」

━━なんというか……。

 色々とスケールが大きすぎるだろ! おい!?

 この世界を守る云々程度の大事は覚悟していたが世界の根源とやらまで話が行ってしまった。

正直、こんなの私たちの手におえられるのかと思う。

「今度は俺から、いいか?」

 ロイドがそう此方に訊いて来たので頷いた。

 

***

 

「貴方の話から推測するに古の竜たちは何か強大な外敵と戦い滅んだ。その敵が今、この世界を脅かしている“終末”の正体なのか?」

「概ね正解である。だが我らが戦ったのは外敵では無い」

━━外敵では無い?

 今までの話から何者かが大樹に手を出そうとしてそれを防ぐために古の竜達が戦ったのだと思ったが……。

「我らは我らが作り上げた罪と戦い、そして滅んだのだ。

我らは確かに強大な力を持っていた。

だが大樹より創造された概念核を元としていた為、出生率は極端に低く、個体数は四桁にも至らなかったのだ。

そして奈落より生まれたアレは我らよりも遥かに強力であった。

我らはその命を懸け戦い、どうにか封じる事に成功したがその時には殆どが死に絶え、生き残ったのは数名であった」

 “碧天の頂”はその時の事を思い出したのか、眉を顰め、大きなため息を吐く。

「生き残った者はこの世界を牢獄にし、看守兼咎人として共に眠る事を選んだ。

だが数千の時が経つと牢獄に綻びが生じた。奈落より奴の鱗が飛び出し、気が付けば崩壊が始まった。その時、お前たちが巻き込まれたのは楔が打ち込まれていたからだ」

「まて、楔? それは一体……」

 直後、衝撃が生じた。

 空間を震わす衝撃と共に何かが砕ける音が連鎖して響いて行き、徐々に音が大きくなって行く。

「……来たか」

 “碧天の頂”は頭上を見上げ、そう呟くと皆を見渡す。

「どうやらここまでのようだ」

「ま、待て! まだ訊きたいことは山ほどある!!

これでは何一つ謎が解決しない!!」

 正純が慌ててそう言うが、彼女は足元から徐々に光に包まれ消え始めていた。

彼女だけではない。

皆が光に包まれ、その姿を薄くしてゆく。

「緋想の剣の担い手よ」

「え?」

 “碧天の頂”に声を掛けられ、天子は目を丸くした。

「お前は、いや、お前たちは知らなければいけない。己の責務を、己の運命を。

そして立ち向かわなくてはいけない。全てを背負い戦わなくてはいけない。

本来であればお前たちに全てを明かさなければならなかったのだが、語る事は多く、語れる時はあまりにも少なかった。故に。

━━北へ行け。そこにお前たちの知りたい事の全てがある」

「それってどういう……!!」

 光が顔まで到り、声が途中で途切れる。

 そして意識が途切れる直前、“碧天の頂”は真剣な目で皆を見た。

「小さき者達よ。真の敵に気を付けろ。目の前の事態に囚われず、その裏に存在する物を見極めよ」

 

辺りが光に包まれ、意識が途絶えた。

 

***

 

 来訪者たちが消えると“碧天の頂”はゆっくりと虚空に腰を下ろした。

 僅かな時間でやれるだけの事はやった。

 あとは彼女ら次第。

「“紅天”よ、お前が正しかったな」

 いや、あの時、あの決断をしなくとも傲慢な我らの運命は変えられなかっただろう。

我らは滅ぶべくして滅んだ。

━━心残りがあるとすれば……。

 数少ない生き残り。

 未だに戦いに囚われ、憎しみの連鎖から抜け出せない若き王。

彼女の重責と自責を彼らは断ち切る事が出来るだろうか?

 体が崩れ始めてくる。

 最後の力を使い果たし、魂が消滅していくのが分かる。

 我が魂が向かう先は地の獄であろう。

それは致し方ない事だ。

「小さき者達よ、進み続けろ。立ちはだかる壁を乗り越え、真実を知り、救済を果たせ。

━━汝らに、幸があらんことを」

 微笑み、天に手を伸ばすと全身が光に包まれた。

そして霧の様に消えていき、“碧天”の時間が終わりを迎えた。

 

***

 

 一瞬途切れていた意識が戻ると黒色の空間から神殿へと戻っていた。

「もどっ……たの?」

 地に足はちゃんとついている。

身体も動かすことができ、緋想の剣を持つ腕を振るうとちゃんと戻ってきたことが理解できた。

 さっきのあれはいったい何だったのか。

「あ、あれ?」

「どうしたの?」

 エステルの声に振り返ると固まる。

「えっと?」

 確かにちゃんと戻ってきた。

 だが先ほどまで自分たちは神殿中央部辺りで戦っていたのだが、今は入口付近におり離れていたノリキやトーリも居る。

 更に前を見れば概念核の前に“白の巫女”が立っており、祭壇の横ではなんか騎士が体育座りで「あれは事故、事故ですわ。事故だから忘れましょう、忘れなさい、ええ、そうです。何もなかった、何も、何も……」と放心状態で呟いている。

あれ、大丈夫か?

━━いや、それよりも……!!

「空間移動した!?」

 あれはやはり空間移動だったのか?

「ちょっと、そこの白いの! 私たち、何分くらい消えてた!?」

 予想外の質問だったらしく“白の巫女”は言葉を少し詰まらせると静かに答えた。

「三分ほどです」

 三分……。

 実際に計ってはいないため正確な数字は分からないが、体感で十分以上は向うにいたはずだ。

向うでは時間の進みも違うという事か?

「……“碧天”様と会っていたのですね」

 “白の巫女”はそう言うと概念核に触れ、首を横に振る。

「これでまた私は……」

 巫女は概念核から手を離すと槍を取り出し、此方に向かって歩き出す。

それに合わせて皆が武器を構えるが。

「ちょっと待って!!」

 エステルが前に出た。

「貴女は大樹を、色々な世界を守るために戦っているのでしょう!?

なら私たちが争う必要はないわ!!」

 巫女が足を止め、こちらを見る。

エステルの言葉にロイドが続き、彼も前に出た。

「俺達はまだ事態の半分も理解してないかもしれない!!

だが世界を救う事が目的ならお互いに協力し、よりよい道を選べるかもしれない!!」

「…………無理です」

 今度は正純が続いた。

「それは何故だ? 言葉を交わさなくては何も分からない。互いに話し合うべきではないか?

事実を知った以上、我々も既に当事者だ」

巫女は答えなかった。

距離にして百二十メートル。

互いに向かい合い、視線を交わす。

「……」

 巫女が何かを言おうとした。

その瞬間、強烈な振動が神殿に生じた。

「!!」

━━なに!?

 振動は何度も、天井から生じ、壁や柱が軋んでゆく。

「危ない!!」

 誰が叫んだのかは分からない。

 だがその言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が動き天井が砕け、神殿の中央に落下してきた。

 

***

 

 落下してきた天井の一部は神殿の床を砕き、土埃を舞い上げた。

 辺りは灰色に染まり、埃を吸って咳き込む。

「み、みんな大丈夫!?」

「え、ええ。私は。我が王! そちらは無事ですの!?」

「おう! ロイドとヨシュアが助けてくれたおかげで俺もホライゾンもセージュンも無事だぜ!!」

 足元で何かが動いた。

 驚き、慌てて離れると埃を被ったアマテラスが体を震わせて埃を払っている。

━━全員、無事ね。

 その事に安堵すると正面を見る。

 正面には床に突き刺さった巨大な天井の一部があり、床の亀裂は神殿の端まで届いている。

「いきなりなんなの?」

 自然現象で無い事だけは明らかだ。

 視線を上に上げていくと何かが視界に入った。

「?」

天井の破片の上。

埃の中から見える二つの金色。

黒が靡いた。

埃を散らし、黒の外套が見える。

 舞い上がった土埃は徐々に晴れてゆき、視界が良くなるとあるものが見え始めてくる。

「え?」

 少女だ。

 黒の長い髪を持ち、裸体の上に黒の外套を身に纏った少女。

 彼女は笑みを浮かべながら破片の先端に座り、黄金の双眸で此方を見下ろしてくる。

「ふふ、こんにちは、剣の担い手。そしてそのお友達たち。ようやく会えたわね」

 黒の少女がそこに居た。

 




世界の謎の一部が明かされる話。しかしそれとともに新たな謎が生まれるが……。
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