~第一章・『赤十字旗の下で(Ⅰ)』~
二月二日。
梅の花が徐々に咲き始めた頃、英国では三征西班牙・龍造寺との戦いが終結し、桜島の噴火も収まり、徐々にだが落ち着きを取り戻し始めていた。
国外ではP.A.Odaや関東で大きな事件が起きていたがそれは俺たちにとってどこか遠くの話のように思えた。
その時の俺たちは知らなかった。
平和な時間の裏で、徐々に大きな力動き始めていた事に。
***
英国の主教導院であるオクスフォード教導院。
城を模した巨大な教導院にある王座の間で二人の人物が会話をしていた。
一人は王座に座る女性。
妖精女王エリザベスだ。
彼女は王座に深く背凭れ、長く美しい髪を指で弄りながら話に耳を傾けている。
もう一人は顔の四角い男。
英国会計、チャールズ・ハワードだ。
「……という事で、桜島の調査は今月中に打ち切ります」
ハワードがそういうとエリザベスは頷く。
それを次の話題の合図とし、チャールズは話を続けた。
「続きまして三征西班牙・龍造寺との和睦の件ですが、“スケアクロウ”殿のおかげでどうにかまとまりました。いやあ、彼は実に優秀ですねえ。
それで和睦の条件ですが肥後国を熊本城を中心として三分割。
英国が南部を、三征西班牙が東部を、そして残りを龍造寺が統治する事になりました」
「……熊本城はどうする?」
「熊本城は中立地帯とし、何れの国も軍を侵入させてはいけない事になりました」
ハワードの話を聞くとエリザベスは深く息を吐く。
そして「しかたないか」と呟いた。
予定していた三征西班牙との停戦内容は龍造寺の乱入によって書き換えられた。
肥後南部の割譲という結果は得られたが……。
「三征西班牙本国を攻撃予定だった本隊はどうした?」
「そちらは一部を三征西班牙との国境沿いに残し、佐土原城に撤収しました。
三征西班牙との国境沿いには第七機甲師団を、肥後南部には第三機甲師団と島津家久殿を配置する予定です」
「妥当だな」と言おうとした瞬間、王座の間の扉が開かれた。
「第三機甲師団は本国に戻した方が良いでしょうな」
そう言いながら入ってきたのは白髪の混じった髪を持つ中年の男であった。
彼を見るとハワードは姿勢を正し、エリザベスは王座に深く座りなおした。
「その歳で迷子になっていたようだな、オズボーン」
「フ、霧の中の探検は中々に興味深いものではありましたな」
オズボーンと呼ばれた男はエリザベスの前に立つと右手を胸に当て、頭を下げた。
「英国宰相ギリアス・オズボーン、ただいま帰参いたしました」
「うむ。良く戻った。それで? 第三機甲師団を本国に戻すべきだというのは?」
「例の宣言をするのであれば本国の守りを厚くする必要がありましょう」
“例の宣言”という言葉にハワードは軽く息を呑んだ。
「……私はまだやるとは言っていないぞ」
「やらねばならないでしょう」
オズボーンは頭を上げ、笑みを浮かべる。
「既に女王陛下もご存じだとは思いますが世界は大きく変わり始めました。
東では一度は壊滅寸前まで追い込まれた徳川が盛替えし盛り返し、東側諸国を纏め上げようと動いている。
我々は彼らの同盟国ではありますが今のままでは協力者では無く傍観者。
今のままでは東での動きに即応する事は出来ないでしょう」
オズボーンの言っている事は正しい。
今の英国は色々と面倒なのだ。
英国・エレボニア・極東。
三つの勢力が入り混じって出来たこの国は九州三大国の一つだが、その内側はいつ崩れてもおかしくないほど脆い。
今の英国では何かを決める際、まず意見を英国議会に通さなければいけない。
議会では女王派・革新派・貴族派・極東波の四つの勢力、それぞれ代表が議論を行い、採決をとる。
そしてその後、女王が承諾し、決まるのだ。
うむ、実に面倒臭いな。
特に貴族派がうるさい。
この前も勝手に聖連脱退した事をネチネチと議会で言われたので後で彼らの領土に王賜剣二型ブッパを叩き込んでやった。
その後夜中に乗り込んできたカイエンの顔が非常に愉快な物だったのは言うまでもない。
「ですが、あの宣言をするとなるとその、色々と問題が……」
「このまま病巣を放置し、手遅れになる前に血を流してでも取り除くべきだとは思いませんかな? ハワード卿?」
ハワードは「私としては穏便に済ませたいものですがねえ」と額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。
病巣は取り除くべき、か。
この国を蝕む病巣。
それはいずれこの国を死に追いやるだろう。
ならば……。
「さて、どうしたものか」
***
オクスフォード教導院の一室。
Ⅶ組と書かれた教室では授業が行われていた。
教室には九人の男女が授業を受けており、一人を除いて表示枠にペンを走らせていた。
「さて、ではここからはちょっと話を変えて不変世界に来てからの英国の歴史について学びましょう」
そう言ったのは教卓に立ち、授業を行っていた眼鏡を掛けた男性、トマス・ライサンダーだ。
「皆さんも知っての通り、昨今英国は神州でも有数の軍事大国となりました。
ですが統合事変直後の薩摩一帯は中々に混沌としていて面白かったのですよ」
そう嬉しそうに言うと生徒たちが苦笑する。
「統合事変直後、エレボニアは築き上げてきた全てを失い人々はどうすればいいのか困惑し、怯えていました。
私たちは全てをゼムリアに置いて来てしまった。
だけどたった一つだけ持ってきてしまったものがありましたね。さて、エリオット君、それは何かな?」
そう訊かれたオレンジ色に短髪の少年は「は、はい」と立ち上がると位置と息を吸って吐いた。
「えっと、僕たちがこの世界に持ってきてしまったもの……それは、内戦です」
「うん、そうですね」
トマスはそう言うとエリオットに座るように言い、授業を続ける。
「統合事変から少し経つと貴族派が正規軍に対して攻撃を仕掛けてきました。
内戦で不利になっていた彼らは統合事変を好機と反撃に出てきたのですね。
人々の保護に忙しかった正規軍は貴族派の奇襲に対処できず一時は追い詰められましたが、そんな時に心強い助っ人が現れたのです」
「英国の事ですね」
そう言ったのは眼鏡を掛けた緑髪の几帳面そうな少年だ。
「ええ、その通りです。ではマキアス君、そこら辺、説明してもらいますかね?」
「はい!」と立ち上がるとマキアス・レーグニッツは解説を始める。
「ある日、苦境に立たされていた正規軍及び革新派に英国が接触してきました。
最初は異界の住人である英国に対して正規軍は警戒していましたが、とある人物の登場で全てが変わりました。
それは、死んだと思われていたギリアス・オズボーン宰相です。
統合事変後彼は英国と共に行動しており、エレボニアと英国の懸け橋となりました。
両国が同盟した結果戦況は逆転し、貴族派は押し返され続け、そしてついに限りなく降伏に近い形で和平を結びました」
「はい、ありがとう御座います。ではマキアス君、着席して。
さて、彼の言う通り鉄血宰相の復活や英国との同盟のよって正規軍は内戦に一応の勝利をしました。
ですがただでさえ内戦で消耗していたエレボニアは技術力・軍事力共に圧倒している英国に逆らう事は出来ず、自然と併合されてしまいました。
まあ、これは仕方の無い事ですねえ。
でも、これで終わりではありませんでした。
薩摩の大半を手中に収めた英国は止まりません。次に狙ったのは薩摩内の英国に次ぐ最大勢力、極東人国家の島津家です」
そこまで言うとトマスは一度息を吐き、教室内の様子を窺う。
相変わらず一人寝ているのを除けば全員ちゃんとついて来ている。
その事に頷き、授業を続行した。
「内城を本拠地としていた島津家に対して英国は従属勧告しますが、島津家はこれに反発。
両者の戦闘が開始されました。
当初は英国の圧勝が予想されていましたが島津家は奮戦し、戦線によっては英国側が押し返されたりしていました。
ここら辺は今度ナイトハルト教官に聞いてくださいねー。
で、まあ、戦いが泥沼化した上に、北で三征西班牙が生まれたため英国は島津と和睦、これによってようやく薩摩内戦は収束したわけです」
「さて」とトマスは笑みを浮かべる。
「このような事があったため、現在の英国はひじょーに危ういバランスで出来上がっています。
ここ数年はなんとかそれを抑えてきましたが、去年、英国は聖連の脱退、三征西班牙との戦争を開始しました。
再び揺れるこの国の一員として、リィン・シュバルツァー君。
君はどうしますか?」
「え?」
予想外の質問に目を丸くした黒髪の少年にクラスメイトの視線が集まる。
彼は一度姿勢を整えると目を伏せ、僅かに思考した後、トマスに強い視線を返した。
「今の俺達に必要なのは考える事だと思います」
「ほう?」
「俺達一人一人が当事者として、この国でどう生きるのか、そして何をしたいのかを考える。
そして考えた後は自分の心を信じて、今、自分にできることを一つ一つやっていくのが大事だと思います」
「その結果、誰かと対立したら?」
「相手にも正義はある。でもだからと言って自分の正義を曲げてはいけない。
互いにぶつかってみないと分からない事もあります。
俺は、例え対立したとしても理解する心さえ失わなければいつかは共に歩めるようになる。
そう信じています」
クラスメイト達が見ていたのは教室にある不自然な空席。
彼らは待っている。
この席に座るべき人が戻って来ることを。
トマスは「うんうん」と何度も頷くと、眼鏡を輝かせ、笑みを浮かべた。
「みなさん、みなさんはこれからまた大きな炎の中に飛び込むかもしれません。
ですが、リィン君が言ったことを決して忘れず、行動してください。
きっとそれが君たちを正しい道へと導くでしょうから」
そう言い終えるのと同時にチャイムが鳴った。
それにより、午後の授業の終わりが知らされるのであった。
***
「はあ……授業が再開したのを嬉しいと思うのと同時に、今まで以上に大変だと感じるよー」
此方の机の上に突っ伏したエリオットに笑った。
夕方。
窓から差し込む色は青から赤になり、今日も一日が終わった事を実感させられる。
あとはHRを待ち、その後は部活動やら帰宅やらだ。
今日は生徒会室で現生徒会長であるトワの手伝いをする予定だ。
ちなみに神州ではあの妖精女王が生徒会長だったというのだからなんか凄い。
「覚えることが士官学院に比べて遥かに多いからな。俺も未だに通神学についてはさっぱりだ」
そう言ったのは突っ伏しているエリオットの横に立つ褐色長身の男、ガイウス・ウォーゼルだ。
彼の言葉に続き、金髪ツーサイドアップの少女アリサ・ラインフォルトが頷く。
「導力通信とはかなり使い勝手が違うからね。慣れれば色々便利なんでしょうけれど、まさか授業でもノート代わりに使わされるとは思わなかったわ。
そう言えばリィンは結構早く使いこなしていたわね」
「そうでもないさ。ただ、通神機能はヴァリマールに使われている物に似ているからそれで人より早く慣れたのかもな」
「成程」とクラスメイト達が頷く。
<<灰の機神>>ヴァリマール。
自分にとってはだいぶ懐かしいと感じるようになった名前。
内戦後ヴァリマールはロンドン内のRF社武神研究開発センターに預けられ、メンテナンスと解析が行われている。
再びあの機体に乗る日が来るのだろうか……。
そう思っていると長い紫髪を後ろで編んだ眼鏡の少女エマ・ミルスティンが「そうだ!」と手を合わせた。
「今日、ミリアムちゃんが帰って来るみたいなのでちょっとしたパーティーしませんか?」
その言葉に皆、盛り上がる。
仲間の一人であるミリアム・オライオンは“仕事”の為にここ最近教導院に来ていない。
全員で顔を合わせるのも久々なので良いかもしれない。
━━……全員、か。
「ん? 美味しいもの出るなら参加するよ」
ようやく寝ていた銀髪の少女フィー・クラウゼルが起動した。
「ふむ、水泳部の部活動がある為、少し遅れるが構わないか?」
そう訊く青髪ポニーテールの少女ラウラ・S・アルゼイドにエマは頷く。
「だったら買い出ししないとね」とアリサが言い、皆も楽しそうに「ああしよう、こうしよう」と会話する。
そんな中マキアスが「あー……」と申し訳なさそうに手を上げた。
「今日は夜から父さんの方のパーティーがあって……」
「ふ、ここ最近革新派の会合に出席してばっかりじゃないか。政治家ごっこもほどほどにしておけよ?」
「な!? そうじゃない!! 僕はただ少しでも父さんの負担を……というか!
ユーシス・アルバレア!! 君も少しは家をてつだ……あ。
…………すまん」
言葉を濁したマキアスに金髪の少年ユーシス・アルバレアは苦笑すると視線を窓の方に移す。
「お前たちが気にする事では無い。
俺の家は勝手にやって、勝手に没落しただけだ」
内戦以降貴族、とりわけ四大名門は急速にその力を衰えさせた。
アルバレア家はケルディック焼き討ちの罪で領土没収となり、他の家も同様に領土を減らされた。
未だに大きな領土と軍事力を保持しているのはカイエン公爵のみだ。
だが一部の、内戦で貴族連合に加わらなかった貴族たちは英国に手厚く保護された。
ラウラのアルゼイド家や実家のシュバルツァー家がそうだ。
また、エレボニア皇族は現在英国王室と共に暮らしているが……。
「まあ、なんというか。僕は父さんの所に行かなければいけないけど、準備とかミリアムを迎えるときとかはいるつもりだ」
「ふん、俺もたまには付き合ってやる」
全員の参加が決まると再び皆は買い出しの事や準備の話に花を咲かしてゆく。
すると教室の中に一人の女性が入ってきた。
「全員いるわねー?」
「サラ教官?」
燃えるような赤髪に胸元が開いたセクシーな服を着た女性サラ・バレスタインが教卓に立つとクラスメイト達はそれぞれの席に戻った。
「これからちょっとグラウンドに移動してもらうわ。部活動のある人は顧問に出れないって連絡しておいてちょうだい」
「あの、サラ教官? いったいどういう事ですか?」
そう訊くとサラはウィンクしながら「行けば分かるわ」と教室から出て行った。
後に残った生徒たちは顔を見合わせ。
「とりあえず、行くか?」
一人一人とグラウンドに向かい始めた。
***
夕日に染まるオクスフォード教導院のグラウンドに集まるとサラが遅れてやってきた。
「いやあ、みんな御免ねー。急に決まった事でね」
そう言うとサラは皆の前に立つ。
皆、顔を見合わせるとエマが質問した。
「その、いったいこれから何をするんでしょうか……、いや、なんとなく思い付くものはあるんですけれども……」
「サラ教官、呼び出し、グラウンド。どう考えてもアレよね……」
アリサの言葉に頷く。
トールズ士官学院にいたころにやっていたテスト。
あの時は戦闘人形と戦わされたが……。
「あー……今日はちょっと違うわ。というか私のよりもキツイかもね」
「……なんか、面倒臭い予感」
“どういうことだ?”と考えていると教導院の方から歩いてくる二つの影があった。
一つは小さい。
もう一つはその後ろに付く人影だ。
小さい影の正体は日傘をさした童女だ。
童女は特徴的なピンク色の服を身に纏い、背中からは黒い蝙蝠の羽を生やしている。
━━蝙蝠? 吸血系異族か?
英国には様々な異族が住んでいる。
その中でも吸血鬼は様々な意味で大きな力を持つ一族だ。
もう一人はメイドであった。
銀髪のメイドは恐らく主である童女の一歩後ろを歩き、付き従っている。
だがこのメイド……。
「リィン、お主も気が付いたか。あの従者、相当出来る」
ラウラの言うとおりだ。
ただ童女に付き従っているように見えるが違う。
あのメイドはどのような事態にも対応できるように動いているのだ。
右側の藪から何者かが童女に飛びかかってもあのメイドなら一秒以内に襲撃者を組み伏せてしまうだろう。
あれだけのメイドが付き従っているとなると……。
「やあやあ、サラ。悪いわねえ。手間取らせちゃって」
「そう思うんだったら思い付きでこういう事するの止めてくださいます?
グラウンド使うのだって許可がいるんですから」
眉を歪めながら笑うサラに童女は笑みを送ってスルーすると皆の前に立つ。
それから全員を見渡すと満足そうに頷く。
「期待通りの面構えだねえ。何人かは見たことあるけど」
童女の言葉に反応しているのは口を大きく開けているマキアスとユーシスだ。
━━二人の知り合いか?
固まっている二人の様子を見ているとエリオットが小声で訊いて来た。
「あの子、誰? なんか物凄く偉そうだけど……」
「そこのジャリ、聞こえているわよ」
「ジャ、ジャリ!?」
童女は一度深呼吸すると胸を張り、名乗った。
「私はレミリア・スカーレットよ。ああ、貴方達は名乗らなくいいわ。“まだ”覚える気は無いから」
「…………は?」
まて、今、何て言った?
レミリア……スカーレット……スカーレット!?
それは確か!!
「まさか、吸血異族のトップで英国内の異族連盟盟主、そして女王派筆頭! <<紅い悪魔(スカーレットデビル)>>レミリア・スカーレット卿か!?」
そう驚愕すると童女━━レミリア・スカーレットは自慢げに胸を張った。
外伝・英国編。リィンたちがメインとなるストーリーです。