緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第四章・『赤十字旗の下で(Ⅳ)』~

 

 

 早朝、薩摩と肥後の国境の街道は霧に包まれており、地面には霜が見られる。

 そんな街道の終点に英国の駐屯地が存在していた。

駐屯地は鋼鉄の壁で覆われ、四角い敷地の四隅には監視塔が存在している。

駐屯地の中には英国の旗以外にも島津家の旗が掲げられており、駐屯している兵士たちは極東の鎧を着ている者が多かった。

 駐屯地からは朝餉の煙が上がっており、兵士たちが朝食をとっている。

「やっぱ飯は極東式だよな! 兄上もそう思いませんか?」

 地面に座りながら粥を食べている島津家久は隣で同じように粥と焼鮭を食べている島津義弘に話しかける。

「うむ、英国式やエレボニア式も悪くないがやはりこれが我らにとって馴染んだ味よ」

 肥後での戦い以降、島津家は薩摩と肥後の国境監視にあたっていた。

そしてつい先日、英国・三征西班牙・龍造寺三国の和平が成り、近いうちに家久が肥後入りする。

「しかし、あれですな! 龍造寺の奴らの横やりがなけりゃこの前の戦、勝てたってのに!」

「喚くな家久。だが同感だ。九州の均衡を崩すいい機会だったが、これで全て台無しよ」

「次の戦で龍造寺は潰しますよ」

「……次、か」

 戦はまだまだ続くだろう。

だが次の敵は一体誰か。

━━外か内か、どちらから先に火がつくか……。

 外なら単純だ。

 敵に切り込み、滅ぼし、支配すればよい。

だが内となると慎重に動かなければいけない。

「ともあれ兄者の判断を待つべきだろうな」

「大兄上か。大兄上も大変だよなあ。ずっと内城に籠りっぱなしで女王やら貴族やらとやり合ってんだろ? たまには戦に出ないと鈍っちまうんじゃないですか?」

「政も戦よ。兄者は内側から島津を支えている。ならば我らは外側から支えるのが仕事だ」

 島津が生き延びるためにも外と内、両方と戦っていかなければいけない。

そう思っていると地面が揺れ始めた。

「ん? 地震か?」

「いや、これは……」

 小刻みに揺れる地面。遠くから聞こえる重低音。

この音はよく知っている。

 だが、なぜこちらに向かってくる?

「味方の導力戦車隊です! おい! 門を開けろー!!」

 駐屯地の門が開かれ英国正規軍の導力戦車が一列になって駐屯地に入って来る。

 戦車の青い車体には英国の旗である白地の赤十字が描かれており、その横には所属を表す“Ⅲ”の数字が記されていた。

「第三機甲師団ってことは、紅毛の旦那か」

「……ふむ」

 第三機甲師団は家久と共に肥後入る予定だったはずだが……?

 地響きを鳴らしながら進んでゆく導力戦車を見ていると一台が此方の前で停車する。

そして中からエレボニア式の軍服を着た中年の男が現れた。

「おお! 義弘殿に家久殿!! これから肥後入りですかな!」

「おう! 入るのは俺だけだがな! グレイグの旦那はどうしたんだ? 俺と一緒に肥後入りじゃなかったか?」

「そうだったんですがな。昨夜本国から第三機甲師団はロンドン配備に変更するという指令が来て急遽転進中です」

 第三機甲師団がロンドン配備?

 そんな話聞いていないぞ?

━━匂うな……。

 精鋭部隊である第三機甲師団を前線ではなく本国に戻すのは変だ。

「では、急ぎですのでこれで!」

「ああ、肥後の事は俺に任せておけよ!!」

 第三機甲師団が駐屯地を通過し、ロンドンに向かっていくのを見送ると家久に小声で話しかける。

「豊久を呼べ」

「豊久を?」

「ああ、奴をロンドンにいる兄者の許に向かわせる」

 怪訝そうな顔をしている弟に「訳は後で話す」と言うと顎に指を添えた。

 何かが動こうとしている。

 それも嫌な方向にだ。

━━さて、考えている通りならば島津はどう動くべきか……。

 静観か博打か。

 まずは兄弟間で意思疎通をしておくべきだろう。

 

***

 

 駐屯地から第三機甲師団が出ていく様子を丘の上から双眼鏡で見ている男が居た。

 旅人用の服の上にマントを羽織り、額にバンダナを巻いた白髪の男は「こりゃ、いよいよって感じかねぇ」と口元に笑みを浮かべた。

そして双眼鏡を足元に置いてあった袋に戻すと振り返る。

「それで? 今回、あんたらはどの位関わってんだ?」

「…………あら? 気が付いていたの?」

 背後の林の中から一人の女性が現れた。

 青い派手なドレスを着た女性は薄く笑みを浮かべながら長い茶髪を風に靡かせる。

「この程度ならオレにも分かるさ。というか、気配を隠す気無かっただろ?」

「ええ、そうね」

 そう言うと女は此方の横に立ち、一列に行軍する導力戦車隊を見る。

「で? 関わってるのか? 関わってないのか?」

「今回の件に<<結社>>は関わっていないわ。私がここに居る理由は経過の監視の為。

これから起きることを見張らなきゃいけないのよ」

━━てことは別の何かが動いてるって事か……?

 そう男、クロウ・アームブラストは考えた。

 “貴族派がやたらと元気になった”のは<<結社>>の企みかと思ったが違うようだ。

なら背後にいるのは誰だ?

三征西班牙? 聖連? P.A.Oda?

「どれも違うわよ。今、貴族派を裏で動かしているのはもっと厄介な奴ら。<<結社>>と敵対している存在よ」

「…………」

 <<結社>>が厄介と言うほどの存在。

それが貴族派を操っている?

━━公爵の奴、かなりヤバい爆弾を抱え込んだみたいだな。

「今度はこっちから質問するけど、貴方はどうするの? 元帝国解放戦線のリーダ、仮面の男<<C>>、クロウ・アームブラスト。

貴族派には帝国解放戦線の残党と猟兵団が加わるみたいよ」

「さて、どうすっかなあ……」

 ヴァルカンは逝っちまったしスカーレットは生きているらしいが消息不明だ。

帝国解放戦線の幹部で残っているのは自分だけ。

「鉄血は必ず仕留める」

 でなければ散って行った連中が浮かばれない。

 だが。

「貴族派に加担するつもりはないね。鉄血はオレ一人で殺る」

「ふふ、厳しい戦いになるわよ?」

「そんな事、あの日、引き金を引いた時から覚悟している」

 此方の言葉に女は満足したように頷くと踵を返す。

そして少しすると女の気配が消え、振り返れば彼女は何処にもいなくなっていた。

━━忠告しに来たってところか……。

 自分の勘通り今の貴族派、いや、カイエン公爵はヤバそうだ。

これからどう動くか決める為にも公爵を裏で操っている奴を探るべきだろう。

そうと決めたならまずは。

「朝飯でも食うかねえ」

 足元に置いてある袋を持ち上げ、林の中に入って行くのであった。

 

***

 

 顔を洗い、着慣れた制服を着終えるとリィンは自室に置いてある鏡を見た。

「…………」

 結局昨晩はあまり良く眠れなかった。

 レミリアの言葉がずっと頭の中で渦巻き、落ち着かなかった。

目の下に隈は出来ていないが妙な気だるさを感じる。

━━良くないな……。

 今日はこれから桜島へ向かう。

 久々の課外活動だ。

しっかりしなくては。

 そう思い自室から出るとほぼ同時ガイウスが彼の部屋から出てきた。

「おはよう」

「ああ、おはよう。良く眠れたか……って、見れば分かるな」

「部屋に戻ってからずっと考え込んじゃってな。あまり良く眠れなかった」

 そう言うとガイウスが小さく笑う。

「俺も同じだ。きっと他の奴らもそうさ」

 これから来るであろう嵐に対して俺達がすべき事。

皆で一度話し合うべきだろう。

「どうするのかを決める為にも今日は桜島に行こう」

 ガイウスの言葉に頷くと廊下を歩き出す。

 この寮は嘗て自分たちが生活していた第三学生寮に似せて、というかそのまま同じように造ってある。

これはどうやら旧トールズ士官学院に所属していた教師たちからの贈り物という事らしい。

サラ教官曰く。

“もっと大きくしたりとか綺麗にしようとか案があったんだけど、住み慣れた寮を再現する方が喜ぶんじゃないかってなったのよねえ。私としては部屋をもう少し広くしても良かったんじゃ……って思うけど”

実際第三学生寮に似たこの新しい寮は好評だった。

ちなみに見た目はそのまま第三学生寮だが設備は最新の物になっており、管理人のシャロンからも好評だ。

階段を降り、玄関に行くと皆が集まっていた。

「あ、リィン、ガイウス! おはよう!」

「おはよう、エリオット」

 玄関にいる皆の様子を見ればどうやらガイウスの言うとおりだったらしい。

 マキアスなんか目の下に隈が出来ている。

「えっと、サラ教官は?」

 そうアリサが言うと「サラ様なら自室で爆睡していますわ」と食堂の扉が開かれ、バスケットを手に持ったシャロンが現れる。

「爆睡って、分かってはいたが見送りは無しか……」

 マキアスが呆れたように言うと皆苦笑する。

「昨日は遅くまで飲んでいらっしゃった様ですから。きっと昼まで起きませんわ」

 シャロンは笑みを浮かべながらそう言うとバスケットを此方に渡した。

「朝食用のサンドイッチですわ。あと皆様の武器の方は既に空港に移送済みですわ」

「ありがとう御座います」

 バスケットを受け取るとり、頭を下げるとアリサが半目になって訊いた。

「まさかとは思うけど、前みたいに先回りして昼食の準備とかしないわよね?」

「ふふ、本当はそうしたかったのですけれどもスカーレット家の方で昼食は手配してくださるそうですので」

 なぜか咲夜の顔が浮かんだ。

彼女も主人の為に先回りとかしそうな気がする。

 「まあ、ならいいわ」とまだ少し疑っているアリサにシャロンは小さく笑うと姿勢を正し、深く、丁寧にお辞儀した。

「では皆様、課外授業頑張ってください」

 それに皆は頷いた。

「「行ってきます!」」

 

***

 

 空港に着くと直ぐにスカーレット家のメイドと名乗る妖精に案内された。

 向かった先は一般客用の飛空艇発着場では無く、もっと奥にある軍港だ。

 軍港には多くの航空艦が停泊しており、時折コンテナを積んだ導力トラックが見える。

「そういえば、カレイジャスもここに停泊しているんだっけ?」

 エリオットの言葉にユーシスが頷く。

「内戦後、カレイジャスは女王派が所有する事となった。今の艦長は確か……」

「私の父、ヴィクター・S・アルゼイドだな。だが内戦後カレイジャスは殆ど航行しておらず、父上も最近の仕事は艦長用の椅子を拭く事だと言っておられた」

 最後のは冗談だろうが内戦以降ロンドン守備隊が暇そうなのを良く見る。

ここロンドンは敵地から最も遠く、肥後との国境には山脈が、三征西班牙の間には佐土原がある。

いきなり襲撃されるという事はありえないだろう。

 それから暫く歩いているとまた少し雰囲気の違う区画に出た。

先ほどまでの少し物々しい軍港とは違い自動人形や妖精メイドたちが働いているのが見える区画。

「ここは……スカーレット家の?」

 そうエマが質問すると先頭を歩いて居る妖精メイドが頷く。

「はい。ここはスカーレット家が所有する区画です。ここにはスカーレット家所属の航空艦などが停泊しております」

 遠くの方に真紅の巨大艦が見える。

あれもスカーレット家所有の航空艦だろう。

「なんか……流石だね」

 フィーの言葉に頷く。

スカーレット家はロンドン郊外の紅魔館を本拠地としており、私設の軍隊を所有している。

この辺りにいる異族やメイドたちは全てスカーレット家所属の人々だろう。

 ホフゴブリンたちが木箱を真紅の航空艦に運んでいるのを見ているとメイドが立ち止まった。

そして振り返ると深く頭を下げる。

「到着いたしました」

 彼女の背後には黒色の船体を持つ飛空艇が存在しており、その搭乗橋近くには咲夜と紅い髪の女性が立っていた。

 

***

 

 搭乗橋の近くまで来ると咲夜が「ようこそ」と頭を下げ、それに続いて紅毛の女性も頭を下げる。

「おはようございます。えっと、これが俺達が乗る……」

「ええ、スカーレット家所有の飛空艇ですが……アリサ様? どうかなさいましたか?」

 咲夜に問われ、飛空艇に釘付けになっていたアリサが眉を顰める。

「これ、RF社(うち)で造っていた最新型の飛空艇ですよね?」

「そうなのか?」とガイウスが訊くとアリサは頷く。

「三征西班牙の“赤鷲”に対抗するために造られた高速攻撃艇。これ、まだ試作段階だったと思うんだけど……」

「それをどうして?」とアリサが尋ねると咲夜は苦笑した。

「以前、RF本社にお嬢様が視察された時、偶然この飛空艇が試運転をしていたんです。

それを見たお嬢様が“あれ欲しい!”と駄々をこね……いえ、イリーナ会長と交渉してついに折れたイリーナ会長がテスターとしてスカーレット家に御譲り下さったのですわ」

「か、母様も大変ね……」

「あー、あの時は大変でしたねえ。お嬢様、イリーナ会長に言い負かされて途中から半泣きで、最後の方とか“くれなきゃここで不夜城レッドだもん!!”とか脅し始めてましたからねえ」

「……美鈴」

「す、すみません!」

 咲夜に睨みつけられ紅毛の女性は慌てて黙る。

というか……。

「彼女は?」

「ああ、紹介していなかったわね。美鈴」

 「はい」と紅毛の女性は一歩前に出ると自己紹介を始めた。

「很高興認識你。我的名字是紅美鈴!!」

「…………えっと?」

「今の、何語?」

 エリオットがそう訊くとユーシスが「中国語か?」と言った。

それから少し考えて言葉を続けた。

「自己紹介している、みたいだ」

その言葉に美鈴が嬉しそうな表情を浮かべた。

「正解です! よく分かりましたねー」

「中国語というと、神州の言葉の一つだったか?」

「ああ、確か漢字を使った言語だったはずだ」

 ユーシスの言葉に皆が感心していると少し落ち着かなくなったのかユーシスは「たまたま読んだ本に書いてあった」と目を逸らす。

その様子に美鈴は笑うともう一度自己紹介を始めた。

「では改めまして、皆さんの引率役をやらせていただきます紅美鈴です!

さっきのは御免なさい。なかなか祖国の言葉を使う機会が無かったのでついつい。

……えっと、よろしくお願いしますね!」

「あ、よろしくお願いします!」

 慌てて皆でお辞儀すると咲夜が説明を始めた。

「飛空艇に搭乗後は当家の美鈴に従ってください。桜島で何をするのかは移動中に彼女から説明があります。それじゃあ美鈴?」

「はい! 此方は任せてください!」

 美鈴の言葉に咲夜は満足そうに頷くともう一度此方にお辞儀した。

そして「それでは私は此処で」と言うと、消えた。

いや、消えたんじゃない。

多分此方が感知できない方法で移動したのだろう。

先日みたいに。

 消えた咲夜にマキアスが「僕はもう大抵の事には驚かない自信があるぞ……」と呟いており、他の皆も同感だという表情を浮かべている。

 そんな此方の注目を集める為美鈴は手を叩いた。

「では皆さん! さっそく行きましょうか!」

 その言葉に従い、飛空艇に搭乗するのであった。

 

***

 

 玄関にあるソファーに深く腰掛けていたサラは時計を見ると「さて」と立ち上がった。

 そろそろⅦ組は桜島に向かった筈だ。

桜島一帯は英国によって完全に封鎖されていた為遊撃士はあそこで何が起きたのか把握できていない。

Ⅶ組が桜島に向かう事で少しでも情報を得られれば良いが……。

━━まあ、あっちはあっちに任せましょう。

 私は私でやるべきことがある。

 そう思い外出しようとすると「サラ様」と背後から声を掛けられた。

「……何かしら?」

 振り返るとバスケットを持ったシャロンが笑みを浮かべながら立っている。

「昼用のお弁当です」

「あら、ありがとう」

 弁当を受け取ると笑みを浮かべたシャロンと視線を交わらせる。

「……今回の件、“貴女達”はどう関わっているのかしら?」

「さあ?」

「さあって……」

「内戦以降私は殆ど“あの方々”と接触していませんわ。

ですので今からお話しするのはあくまで独自調査の範囲という事で」

 そう言うとシャロンは顔から笑みを消す。

「事態の裏にいるのは“あの方々”ではなく別の何者か。組織は今回の件には関わらず、静観するつもりですわ」

 “奴ら”では無い別の何かが英国内で動いている。

 貴族派が無謀な戦いに打って出るだけの力を持っている何者かが。

━━ヤバそうね……。

 もしかしたら思った以上に事は深刻なのかもしれない。

「調査をするつもりでしたら革新派を調べてみた方が良いかもしれませんわ」

「……革新派を?」

「ええ、力の差がある敵と戦う時、外側からではなく内側から崩す。戦いの定石ですわ」

 革新派の中に貴族派と通じている存在がいるというのか?

「そうね。今日はそこを突いてみるわ」

「私も私なりに調査してみます。お嬢様に降りかかる火の粉を払うのも従者の役目ですから」

 正体がどうであれ味方は多い方が良い。

 向かう先が決まったのなら即時行動だ。

出来るだけ情報を集め、カシウス本部長達と合流すべきだろう。

「さあて、行くとしますか」

 そう言うと歩き出し、外出するのであった。

 




二日目。リィン達は桜島へ向かう事に。
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