ウルトラマンジード ベリアルの子ら   作:ヨアンゴ

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第一話「リクの妹」Aパート

 

 

 

 その赤い角を持つ巨大生物を初めて目にした時、人々は誰もが恐れ慄いた。

 肉眼で目撃した者は世の終わりが来たと確信し、報道の映像などで見た人々は、間近に迫り来る破滅の運命を実感した。

 

 突如として出現した六十メートル近い体高を誇る巨大生物は、仮に同じスケールで直立したヒグマを比較対象に置いても貧相に見えるほどに、幅の広い体格を発達した筋肉で支えていた。その前面を棘とも鱗ともつかない硬質化した褐色の体表、背部を蛇腹状の金色の皮膚で装甲し、さらに肘や膝、そして首から腰にかけて四対、頭部と同じような太い角を生やした、禍々しい姿形をしていた。

 更には額から前方へ伸びた金の角の下、窪んだ眼窩から覗く真っ赤な目と、血に濡れたような色をしてズラリと並んだ剥き出しの牙が一層強めたその凶悪な印象の通り、背丈以上に長い尻尾を振り回しながら、五万トンをゆうに越す大質量の移動だけで、行く先にある都市を灰燼と帰したのだった。

 

 六年前、山奥で同様の怪物が現れ、登山客を殺害したという噂を覚えている者は稀だった。そんな都市伝説を真面目に取り合わなかった国家は、法規的には独自の軍事力を持たないとされ、予想外の非常事態に対応するまで時間を要した。人々は自らと愛するものを守る術もなく、巨大生物の進撃を避けて逃げ惑うしかなかった。

 そんな人類の無様を嘲笑うように、現れた時と同様、前触れもなく巨大生物は姿を消した。

 しかし一日も経たぬその夜に、巨大生物は避難民の集う隣町に再び出現し、生き延びた人々を恐怖の呑底に陥れ――

 

 ――その前に立ち塞がった、銀色の巨人と戦った。

 

 

 

 それが、後に『怪獣』と総称されるようになる人智を越えた巨大生物と、その脅威が現れる度、人類の危機を救うように駆けつける正体不明の巨人、『ウルトラマン』の――現在、この星の人類が公的に記録できる初めての出来事だった。

 

 その後も、怪獣と、ウルトラマンの戦いは続き――特に、一定以上の年齢層の人類が何故か朧気な記憶として脳内に持つ、この世界が一度、滅亡したという集団幻覚の都市伝説『クライシス・インパクト』で幻視される悪の根源、『ベリアル』に酷似した特徴を持ちながら、終始人類に友好的な存在であり続け、そのベリアルさえも打倒した『ウルトラマンジード』は、この星で活躍する主だったウルトラマンとして、人々の信頼を獲得していた。

 

 だから。今。再び、かつて世界を恐怖の呑底に叩き落とした、あの始まりの怪獣――スカルゴモラがまたも街中に出現しても、人々は絶望しなかった。

 これまでのように、ヒーローは、皆を守ってくれると信じていたから。

 今までのように、ジードが悪い怪獣をやっつけてくれると、思っていたから。

 

 だが――今、ここから始まる、ウルトラマンジードの新たな運命を予見できる者は、この宇宙の何処にも居なかった。

 新たに出現した、角の折れたスカルゴモラと対峙した、ウルトラマンジード――朝倉リク自身もまた、例外ではなく。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターの扉が開く。

 目的地への到着時、慣性のような一切の負荷が生じない独特の乗り心地は、この昇降機が一般に流通している地球の物ではないことが理由だった。

 

「おかえり、リク!」

 

 秘密基地に戻ってきたリクを出迎えたのは、誰よりも聞き慣れた声。

 まるでセミのようなフォルムの真っ黒い頭部をした、一目で地球人ではないと理解できるその容姿も、また。

 

「ただいま、ペガ」

 

 帰還の返事に、親友であるペガの頭頂部から枝分かれした先の眼球が、嬉しそうに細められた。他のペガッサ星人のことをリクは詳しくないが、少なくともペガは地球人以上に感情表現豊かで、リクにとっても一緒に居られるだけで嬉しくなる、大切な存在だった。

 

「お疲れ様」

 

 続いて掛けられた労いの言葉は、ペガのそれほど、素直に喜びだけに染まってはいなかった。

 

「何事もなくて良かったけど……逃げられちゃったね」

 

 そう溜息を吐いたのは、ホットパンツにタンクトップという普段通りの出で立ちをした鳥羽來葉(ライハ)――リクと同年代の、こちらは正真正銘地球人の少女だった。

 

「うん……ごめん」

 

 ややきつい印象を受ける美貌の通り、気丈な性格をしているライハの声に含まれていた憂いに気づき、リクはつい謝罪の言葉を口にした。

 

「別に責めてない――レム、そっちはどう?」

 

 短く、優し過ぎない気遣いの言葉を返してくれたライハが続けて問うた先には、地球人も宇宙人も、生き物は何一つ存在しなかった。

 だが、そこには確かに、ライハの声に応える仲間が居た。

 

〈逃亡先、正体、共に不明です〉

 

 答えたのは、女性的にアレンジされた機械音声――今、リクたちの居る秘密基地、『星雲荘』を統括する報告管理システム、人工知能のレムだ。

 天文台の地下五百メートルに隠された宇宙船、ネオブリタニア号の中央指令室。今は『星雲荘』と名を変えた、リクたちの居場所――そこに集う、かけがえのない仲間の一人は、寸前までリクが相対していた脅威への解析結果を淡々と告げた。

 それに対して、忸怩たる思いをリクは漏らした。

 

「どこに行ったんだろう……あのスカルゴモラ」

 

 朝倉リクこそは、世間で正体不明とされている巨大ヒーロー・ウルトラマンジード、その人だ。

 上下を青いデニムに包んだ、年齢にしては幼くも見える、人の好い純朴そうな青年――という、普段の姿とは別に。その身に宿したM78星雲人の遺伝子を発現させることで、身長五十メートルを越すウルトラマンに変身することができるのだ。

 今日、何の前触れもなく街中に出現した巨大怪獣に応戦すべく、ウルトラマンジードとして戦いを挑もうとしたところであったが――相対した直後、スカルゴモラは急に姿を消してしまい、討伐が叶わなかったのだ。

 以前までは、一度変身すると再びウルトラマンと化すのに二十時間ものインターバルを必要としていたリクにとって、出向いておきながら何の成果も得られなかった事実は落ち着かないものだ。幸運にも今回は暴れられて目立った被害が出る前であり、成長した今は連続での変身も可能とはいえ。どの道、神出鬼没に怪獣が暴れてしまうことを許せば、次の被害を増やすことは避けられないだろう。

 ……あと、下世話な話をすれば、ウルトラマンジードとしてまたコメンテーターに嫌味を言われそうなのも気分を損ねていた。

 

「……そもそも、何者なの?」

 

 そんなリクとは別の観点で、ライハはスカルゴモラという怪獣を気にしているようだった。

 

「あの消え方、飛んで誤魔化さない時のジードと似てた。多分、野生のそっくりな怪獣ってわけじゃないと思うんだけど……」

「また誰かが、フュージョンライズしているってこと……?」

 

 ペガの察した懸念を肯定するように、ライハは頷いてみせた。

 

 スカルゴモラ。かつて出現した個体をレムが記録した正式名称は、ベリアル融合獣スカルゴモラ。

 その正体は在野の巨大生物ではなく、ベリアルの能力により、彼の配下である宇宙人・伏井手ケイが変貌した姿の一つだった。

 だが、伏井手ケイは既に、ベリアルとの最終決戦で他ならぬライハの前で死んでいる。自然に存在する生命ではない以上、その出現に何者かの関与を疑うことは当然だった。

 まして、この場に居る全員、特にライハにとって因縁深い、スカルゴモラのこととなれば――

 

〈地球外生命体の反応を感知しました〉

 

 そんな思考に、三人各々が沈んでいた最中のことだった。レムが、そんな報告を鳴らしたのは。

 

「どこ!?」

〈天文台です。映像を出します〉

 

 誰より速かったライハの反応に対し、淡々と、しかし迅速にレムは手配を済ませる。

 

〈モコォ~!〉

 

 ……果たして画面に映し出されたのは、危惧されていた厳つい大怪獣ではなく、小さな茶色い毛玉だった。

 

〈既存の記録と照合。宇宙小珍獣ルナーの〉

「……モコ、だね」

 

 画面の向こう、天文台の入口前でぴょんぴょんと跳ねる、掌大の茶色い毛玉に犬の耳と尻尾が生えたような珍妙な生物は、確かに地球外生命体であるモコだった。

 かつて、ベリアルの計画の一端に関わる『リトルスター』を身に宿したことで星雲荘の面々と出会ったこの青い瞳の小怪獣は、今は売れないお笑い芸人のタカシという青年と心を通わせ、危険性もないものとして地球外生命体の取締を行うAIBという組織からも、一般社会での生活を黙認されている無害な生物のはずなのだが……

 

〈普段は抑えられているモコの、ルナーとしての活動反応が増大していました〉

 

 人騒がせな、と気の抜けていた三人と違って、変わらず引き締まった様子でレムが報告を続けた。

 

〈加えて言えば、モコがこの地点に単独で訪れた記録は今までありません。何らかの異常の顕れである可能性が考えられます〉

 

 説明とともにレムが自律飛行する球体型偵察機・ユートムの一機を飛ばし、モコを中心に周囲の様子を確認する。すると、そんな星雲荘側の反応を待っていたかのように、モコはくるりと背を向けると、跳ねながら移動を開始した。

 

「うわ、確かに何か怪しい! レム追って!」

〈了解しました〉

 

 おそらくは指示を受けずとも同じ行動をしていたのだろうが、マスターであるリクの声に応じてレムがユートムを操作し、モコを追う。

 果たして、何分経った頃だろうか。徐に跳ねる幅を抑え始めたモコの視線の先に、その影が見え始めたのは。

 

「……あれは!?」

 

 カメラ越しにリクたちが目にしたのは、手酷く負傷し倒れ伏した、一人の少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「何だったんだろ、モコのやつ……」

 

 星雲荘の中央司令室に戻った後、リクは思わずそんな疑問を口にした。

 

「この子を助けたかったんだろうけど……どうして私たちを頼ったのかしら」

 

 同調したライハの視線の先は、やはりリクと同じ場所に向けられていた。

 ペガを加えた三人で見守る先には、部屋の一端に設置された診療台のような施設の上で、柔らかな光を浴びる先刻の少女の姿があった。

 

 つい先程、モコが案内した先に倒れていた少女の元に、リクたち三人は直行。全身の打撲や火傷という緊急の容態を確認し、即座に救急車を呼ぼうとしたが、何故かそこでモコに酷く妨害されてしまった。

 通報するなと言わんばかりにリクたちを邪魔するモコへの対策として、レムから救急車を手配するように頼んだところ、何と彼女は星雲荘で少女を治療することを提案して来た。星雲荘には、ヒューマノイド型の種族対応の修復装置があり、今の地球とは別格の治療が受けられる、ということはリクたちも承知していたのだが……

 

〈モコの目的は、彼女を星雲荘に引き渡すことだと推測されます〉

 

 そんなレムの意見で、何者かもわからない意識不明の少女を、星雲荘まで連れ帰ることになったわけだが……モコはその様子を見守ると、自分はそのまま探しに来たタカシの声のする方へ帰ってしまったのだった。

 そうして、小珍獣の真意もわからぬまま、大怪我をしていた少女の治療を星雲荘で実施することになったのだ。

 

 修復装置に寝かされた少女は、リクやライハより四つ前後年下だろうか。日焼けしたような褐色の肌に、ショートボブにした明るい金髪。身につけた衣服は、七分袖の部分が黒く、胸元には見覚えのない黒縁に紫のロゴが印字されている、厚手の赤Tシャツ。そこに黒のレギンスとブラウンのショートパンツを組み合わせた、少し前の時代に流行ったような派手な出で立ちをしているものの。まだ、親元を離れていないと思われる年頃だ。

 怪獣が出たその日に長時間音信不通、目撃情報も途切れてしまうとなれば、きっと家族も心配することだろう。警察への捜索依頼が出されるちょっとした騒ぎになってもおかしくはない。

 そういうことにもなりかねないから、適切な社会インフラに任せるより先に、部外者をみだりに星雲荘へ招くことは望ましくない。他ならぬレムが、そのことを一番重視するとリクは思っていたのだが……

 

〈リク。今の内に、伝えておきたいことがあります〉

 

 そんなリクの疑問に答えるかのようなタイミングで、レムが報告を行ってきた。

 

「何?」

〈本当は、地上の時点でその事実だけは判明していましたが……星雲荘に戻るまでは、伝えない方が望ましいと判断しました〉

「どうして?」

 

 珍しく勿体ぶるレムへ、リクに代わってペガが疑問の声をあげた。

 

〈この少女の血液情報から、『Bの因子』が確認されました〉

「……えっ?」

 

『Bの因子』。

 かつて一度、レムから聞いたことのあるその用語。そこまでは理解が及びながら、その先で導かれる答えに、リクは思考が追いつかなかった。

 その意味することの、あまりの大きさに。

 

 

 

〈DNA鑑定の結果、99.9%以上の確率で、あなたと彼女には――兄妹関係が成立します〉

 

 その宣告は、まさに晴天の霹靂だった。

 

 

 

「嘘っ!? リクの妹!?」

 

 あまりのことに脳が追いつかないリクに代わって、ペガが驚愕を叫んだ。

 驚いた後、自身の声が大きくなり過ぎたことを気にしたように謝るペガに続いて、レムが言う。

 

〈そのように、人目に付くところで前後不覚になりかねなかったので、外部では報告を控えました〉

 

 レムが指摘する通り、リクはまさに正気を喪いつつあった。

 妹。血液情報から導かれた、リクの家族。

 ただ一人の肉親をこの手で討ったリクの前に、何の前触れもなく現れた――

 

「じゃあ、もしかしてこの子が……さっきのスカルゴモラ?」

 

 未だ、感情も思考も追いつかないリクに代わって、ライハが緊張した声音で呟いた。

 思考の整わないままライハを振り返ったリクの耳に、レムの解説が入ってくる。

 

〈その可能性は――〉

「うぅわぁああああああああああああああああっ!?」

 

 それを遮ったのは、星雲荘のメンバーが、初めて聞いた声だった。

 出処は明白だった。室内で、リクたち四人以外に居る人物は、たったの一人しかいなかったから。

 

「うぅぅぅ……あぁああああああああっ!!」

 

 苦しみに悶えるような叫びを上げるのは、リクの妹とされた少女、その人だった。

 治療の途中だと言うのに、まるで光を恐れるように修復設備から転がり落ちる。

 そのまま、金色の短い髪を振り乱し、怯えた表情で周囲の様子を確認する。

 

「うぅ……がうっ!」

 

 上体を起こしながら、少女は吼えた。まるで手負いの獣が、周囲を威嚇するように。

 

「だ……」

 

 そんな彼女に向けて、リクは緊張で張り付いていた舌を、この上なくもどかしく思いながら必死に動かした。

 

「だいじょう……ぶ?」

「――っ、がぁあああああ!!」

 

 だが、そんな発声が刺激となったのか、彼女はリクに狙いを付けたようにして飛びかかった。

 必死の形相での肉薄に対して、リクの傍から翻る影があった。

 

「――ライハ!」

 

 武術の達人であるライハは、獣のような少女の突撃を見事に阻止した。リクに結んでいた視線を遮られ、注意を惹かれた少女の紅い瞳がライハを追い、尋常ならざる速度で右手を振る。だが、自身を遥かに凌駕する速度の一撃を、ライハは僅かな所作で威力をいなして受け止め、そのまま体ごと回転してみせた。

 

「あぁああああうっ!?」

「ライハッ、やめろ!」

 

 腕を絡み上げられた悲鳴を聞いて、リクは思わず声を張り上げた。寸前の、ライハの様子が脳裏を過ぎっていたからだ。

 

「わかってるわよ……!」

 

 思いの外、ライハは熱くなっていない様子だった。防いだ腕を極めるような形で背後を取り拘束しているが、それ以上は危害を加える様子はなく、リクは一先ず胸を撫で下ろした。

 だが、未だ負傷した身でありながら、興奮した少女の馬力は、ライハをして無力化し続けるのは容易でないらしく、表情は険しい。

 

「落ち着きなさい。あなたが大人しくしていたら、私たちだって何もしないから……っ!」

「がうっ! わーうっ!」

「ちょ……言葉通じてる? 落ち着いてってば」

「そうだよ! 落ち着いて!」

 

 そうして、密着しているライハのみならず、見守っているリクとペガからも呼びかけるものの、少女はまるで聞こえていないかのように身悶えし続ける。

 いや――先の、リクの声で攻撃対象を決めたような反応を見れば。聞こえていない、ということはないはずだが……

 

〈別の言語を試してみます〉

 

 そう告げたレムが、リクには理解できない異国の、そして異星の言語でも呼びかけを始めたが、やはりそれで変化は見られない。

 暴れたいから、というよりも、恐ろしいものから逃れたくて。ただがむしゃらに、涙混じりで暴れるだけだ。

 

「――っ!」

「あっ、リク!」

 

 ペガが呼び止めるのも片手で制して。意を決して、リクは自らライハたちの方に近づいた。

 

「ちょ……っ!」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 第三者の接近で、さらに興奮した少女の様子を肌で感じ取り、ライハが咎めるような声を漏らす。

 だが、それさえも無視して、リクは自身の妹だとされる少女に歩み寄った。

 身動きの取れない状況下、リクが距離を詰めて来たことでさらに怯えたのか、少女の表情が悲痛に歪む。

 ……そんな姿を見ることは、相手が誰であっても辛いことだった。

 

「――君の笑顔を取り戻す」

 

 だからリクは、一人で怯えているその子に向けて、努めて穏やかに語りかけた。

 

「ヒア・ウィ・ゴー、だ」

 

 それからゆっくりと、刺激しないように、握り拳を自身の顔の横に置いて、止めた。

 

「……?」

 

 そうして止まったリクの様子を怪訝に感じたのか、少女は初めて興奮一辺倒だった様子から落ち着きを取り戻し……それからまだ、健康には程遠い状態だったことを急に思い出したように、急転直下で意識を喪った。

 

「……ようやく止まってくれた」

 

 崩れ落ちる少女の体をリクが抱き止める様を見て、安堵したライハが腕の拘束を解いた。

 

「びっくりしたわよ、もう」

「ありがとう、ライハ」

〈お疲れ様でした〉

 

 突然の事態に身を張って対応してくれたライハに各々、感謝の言葉を伝えながら、リクは抱えた少女の体を再び修復装置に横たえた。

 

〈観察の限り、彼女には言語が通じていない様子でしたね〉

「怪我のせい? それとも育った環境……?」

〈あるいは、その姿よりもずっと幼いのかもしれません〉

 

 レムの言葉を受け、リクが見つめ直したその姿は、十代半ば頃の姿だったが……

 

(そういえば、あの子も……)

 

 リクが想い出した異世界の少女もまた、同じぐらいの年頃に見える姿ながら、実際に生まれてからの時間はずっと短いのだと言っていた。

 それでも、彼女には受け入れてくれる大切な家族が居て、居場所があった。

 羨ましく思えるそれを、あの子はただ大切であることを伝えるだけでなく、リクのハッピーをも願ってくれていたのだったが……

 

「……このままじゃ困っちゃうね」

 

 途方に暮れたように、ペガが呟いた。

 同じく、見た目と実際の年齢が違うような少女にも、家族という居場所があるとはいえ。外見相応の精神年齢であるあちらと違い、満足にコミュニケーションも取れないまま。誰かを想う優しさがどうこう以前に、このままずっと、怯えさせてしまったとしたら……

 

「……レム、何とかならない?」

 

 悲しい気持ちが、裡に秘めておけなくなっていたのかもしれない。そんなリクの様子を見兼ねたのだろうライハは、思わずと言った様子でレムに尋ねた。

 ……何とかなる、なんてことはないだろう。

 まずは落ち着いてコミュニケーションを取れるようになって、それから勉強を教えてあげれば良い。何年かかるかわからないけれど、モアたちにも相談してみて――

 

〈可能です〉

「……えぇっ!?」

 

 リクの思考を遮った返答は、思いの外呆気ない希望に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 レムの出した解決策とは、外付けの学習装置だった。

 星雲荘は、元を辿ればベリアルの軍勢が有する宇宙船の一つ。その設備の中には、どうしても潜伏先惑星圏での文化との順応性が低い工作員への、短時間での研修が可能となる学習装置も組み込まれていた。

 その中には、該当文化の言語を一から習熟できる機能もあるのだという。地球に限っても、日本に限らず、各国の文化について星雲荘設置当時からデータベース化が完了していたとのことだ。

 ウルトラマンジードが出現して以降の一般常識も、一先ずは更新して組み込めているという。

 

「……そんな便利なのがあれば、レイトさんと入れ替わった時、スペイン語であんなに苦労しなくて済んだんじゃ……」

〈当時の私にはこの機能の存在が秘匿されていましたので、それは不可能です〉

 

 リクの感想を呆気なく切って捨てたレムは、同時に二つの設備を稼働して、傷ついた『リクの妹』を癒やしながら、眠っている脳へ言語能力を習得させる任務の真っ最中だった。

 

〈……しかし、このような処置が必要だと言うことは、私の仮説は外れたかもしれません〉

「レムの仮説?」

〈なぜモコが、彼女を星雲荘に届けたのか……それは彼女自身の意志によるものだと考えていたのですが、彼女にそれができる状態だったとは見受けられません〉

「……どういうこと?」

 

 リクの疑問に、レムはモニターに画像を投影した。

 

〈ウルトラマンベリアルはM78星雲出身のウルトラマンであると同時に、レイブラッド星人の力を授かったレイオニクスでもありました〉

 

 悪に堕ちたウルトラマン、ベリアル――父に纏わるそれらの用語は、リクもかつての戦いで耳にしたことがあった。

 

〈レイオニクスとは、簡単に言えば怪獣使いの特殊能力者です。細かな命令には増幅装置であるバトルナイザーの補助が必要ですが、レイオニクスは意のままに怪獣を操ることができました〉

「それで、この子がモコを操って、星雲荘に……?」

〈モコの不可解な行動と、『Bの因子』を確認したことで、その可能性を検討しましたが……少なくとも今、バトルナイザーやそれに類する所持品は確認できません。また、言語機能の不自由な状態で、星雲荘の存在を知り、穏便に自身をそこまで誘導させるような命令を行えたとは考え難いです。改めて、モコの行動の真意は不明となりました〉

「レムでもわからないの? 前に、レイトの中のゼロだけを画面に出して喋らせたみたいにしたらどう?」

〈基本的に、ネオブリタニア号はヒューマノイド型の宇宙人の利用を想定して建造されています。宇宙小珍獣は設備の対象外です〉

 

 ペガやライハの問いかけへの返答を聞き、時間が経過してからはゾベタイ星人の読心能力もアテにはならないだろうな、とリクはモコの真意追及を諦めることとした。

 それよりも、リクにとっては、今、これから目の前で起こるだろうことが大切なのだ。

 

 やがて、修復装置の光の放射が終わり、学習装置の点滅も終わった。少女の肉体は完調し、その頭脳にも、一定水準の日本語と一般常識の知識が付与され、コミュニケーションが可能となっているはずだ。

 

「――ん」

 

 果たして、目覚めた少女は、今度は取り乱し暴れるというようなこともなかった。

 

「ここは……どこ?」

 

 赤い瞳を瞬かせながら、少女は明瞭な言語で疑問を呈した。

 

「ここは、星雲荘。怪我していた君を、保護したんだ」

「星雲、荘……」

 

 リクの回答を復唱するその姿は、先程の獣のような印象が嘘のようだった。

 

「君の名前は?」

「名、まえ……?」

 

 どこかまだ寝ぼけ眼の少女に向けて、リクは問いかけた。

 対し、困ったように少女は目を伏せると、うーんと唸った。

 

「……わからない。私の名前、何て言うんだろ……」

 

 深刻な問題が吐露されたが、レムから事前に予想できることだと指示されていたため、リクは戸惑わなかった。

 

「じゃあ――もし良かったら、僕が名前を付けても良いかな?」

「えっ……?」

 

 リクの申し出に、少女は困ったような表情を見せたが、少し間を置いて頷いた。

 

「名前がないのは不便だし……変なのじゃなかったら……」

「ありがとう! それじゃあ、君は――」

 

 戸惑いながらの返事に、リクは思わず声を大きくしながら礼を述べた。

 

「――ルカ。朝倉留花。……嫌かな?」

「うーん……別に嫌じゃ、ないかも」

「本当に!? 良かった!」

 

 その名前が受け入れて貰えたことを心底から喜んで、リクは思わず拳を握った。

 そんな様子を訝しむようにして、少女――朝倉ルカは、リクにおずおずと尋ねた。

 

「えっと……あなたは?」

「僕はリク。朝倉陸。遺伝子的には……君の、お兄ちゃんなんだ」

 

 はにかむようにして、リクはルカに名乗りを告げた。

 

 

 

 

 

 

 その出会いが。

 新たに流転する朝倉リクの物語。ウルトラマンジードを待ち受ける新たな運命の、幕開けとなった。

 

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