今回は投稿の間隔のみならず、文字数も予定より長くなってしまったため、前回とは異なり推敲等の関係で各パートごとに日を置いて更新する形になろうかと思います。申し訳ありません。
兄に連れられ、朝倉ルカが訪れたのは、小さな古い一軒家だった。
ペガもライハも外して、二人きりでの外出だというのだから、気合を入れていた妹に対し。会って欲しい人がいる、と兄が述べたものだから、少し拍子抜けしたところだったのだが。
「朝倉……さん?」
郵便受けに掲げられた家名へとルカの興味が惹かれている間に、兄であるリクはインターホンを鳴らしていた。
「
「……おお、そうかい。上がっておいで」
通話器越しのリクの呼びかけに、スイと呼ばれた温厚そうな声が応えた。
外壁は手入れが追いつかず、蔦に呑まれてしまっていたが、リクに案内されてルカの歩む玄関口までは、丁寧に掃除された跡があった。
……無理しないで良いのに、と。どこか申し訳無さそうに呟いたリクが、その表情を明るいものに塗り直した後。ドアが開かれた先に待っていたのは、皺だらけの老爺だった。
「お邪魔します」
「いらっしゃい、リクくん。それに、ルカちゃん」
完全には状況が読めないままながら、どうやら、この朝倉スイという人物はこちらのことを知っているらしい――と理解したルカは、兄に続いておずおずと口を開いた。
「はじめまして」
「おっ、ちゃんと挨拶できて偉いねぇ。関心、関心」
どこか楽しそうに頷いたスイは、続けてにんまりとした表情でリクの方を向いた。
「君より礼儀正しいんじゃないかな?」
「そんな……初めて会った時は、スイさんがビックリさせて来たんだから……」
「はは、冗談だよ。……良いお兄ちゃん、できてるみたいじゃないか」
リクをからかいながら、感慨深そうに呟いたスイは、改めて二人を家の中へと案内してくれた。
「……お兄ちゃん。あの人が、私に会わせたかった人?」
お菓子の置いてある居間に通されて、ルカが実物を初めて目にした畳の上に腰掛けた後。壁に手を付けながら台所の方へ向かっていったスイの姿が見えなくなった辺りで、ルカはこっそりと隣の兄に尋ねた。
「――うん」
「どういう人なの?」
少しだけ気恥ずかしそうなリクに、ルカは重ねて問いかけた。
ルカを出汁に兄の困った顔を見ようとした、ふにゃふにゃとした老人。
しかし、彼と兄が互いに向ける温かな表情を見ると、ルカも自然と怒る気も、妬む気もなくなってしまう、不思議な相手。
朝倉という名字も合わせて、その正体が気になったルカに対し、リクはどこか嬉しそうに口を開いた。
「スイさんは……僕と君の名前を、考えてくれた人だよ」
「お待たせぇ!」
兄がそう、教えてくれた直後に。スイは両手に飲みきりサイズのペットボトルを抱えて居間まで戻って来た。
二人の名付け親だというスイは、
「これが好きだってお兄ちゃんから聞いてるけど、合ってるかな?」
「あ、はい……大好きです」
こくこくと頷きながら、ルカが冷えたペットボトルを受け取ると、スイはよっこいしょと声を出して、尻を床に落とした。
「ふぅ、これだけのことに時間がかかっていけないね」
「僕がやろうか?」
「いや、いいよ。お客さんなんだから、くつろいでなさい」
自分の家の中を歩くだけで精一杯と言った様子ながら、スイはリクの気遣いを断った。そして、その疲れを落ち着かせるより先に、ルカの方へ視線を向け直す。
「ルカちゃんもいいよ、正座なんかしなくて。足痺れちゃうよ?」
言われて、頷きながらルカも姿勢を崩すことにした。
「えっと……今日は?」
「ま、ゆっくりして遊んで行きなさい。リクくんの欲しがってたゲームも買ってきてあるから」
「本当に!?」
打ち合わせをしていなかったのか、素で喜んだように、リクが歓声を上げた。満足げにスイも頷く。
「どれにする? まずは新作で一狩り行くかい?」
「あっ、じゃあ……っ!」
並べられたゲームソフトのパッケージを前に、スイの提案で顔を輝かせていたリクが、ルカを視界に収めた途端、声を詰まらせた。
「……いや、それよりこっちにするよ。ルカも楽しめるように」
「写真を撮る奴か……まー、確かに可愛いゲームはそっちだけど、一人用だよ?」
「順番! 順番で、スイさんもやろうよ!」
そう言ってリクは、スイが新たに買ってきたというゲームの起動準備を始めた。
「ゲームか……」
「星雲荘では、遊んだことないんだろう?」
そんな兄の様子を見て、独り言ちていたルカに対し、スイが声をかけてきた。
「星雲荘のこと、知ってるんですか?」
「知ってるよ。ペガくんのことも、ライハのことも、君のお兄ちゃんが秘密にしていること……」
「スイさんっ!?」
「……ウルトラマンだってこともね?」
急に怒鳴り声を上げたリクに対して、あっけらかんという様子でスイが続けたところ、兄は罰が悪そうに黙り込んだ。
星雲荘のことを知っているのなら、リクの正体がウルトラマンであることを知っていてもおかしくはない――そう受け止めていたルカは、兄がスイ相手に怒声を上げる理由がまるでわからず、正直驚いていた。
「……お兄ちゃん、急にどうしたの?」
「な……何でもない。もうちょっと待ってて」
明らかにはぐらかそうとする兄の様子に、ルカも流石に疑心が芽生えた。
(……お兄ちゃん、何か他に隠し事があるの?)
スイには知られていて、他の星雲荘の住人には隠したいこと――ライハに内緒で散財でもしているのだろうか、と予想はしたものの。一旦判断は保留することにした。
場合によっては兄との交渉材料になるかもしれないが、迂闊に触れて嫌われてしまうことは避けたい。とはいえ、知らずに地雷を踏みたくもないので、兄の隠し事を意識はしておくこととした。後でレムに聞いてみよう。
密かに決心するルカに対して、スイが再び口を開いた。
「……ま、ゲームが初めてなら、お兄ちゃんが教えてくれるだろうし、一度遊んでみなさい。楽しくなかったら、無理にやらなくても良いけどね」
「あっ、はい。でも私は、お兄ちゃんと一緒なら……きっと何でも、楽しいです」
「――ありがとう」
ルカが答えていた最中。不意に、スイが礼を述べて来た。
「……えっ?」
「陸の、家族になってくれて……本当に、ありがとう」
堪えきれなくなったように、スイが、そんなことを言うものの。突然のことにルカは目を瞬かせるばかりで、何も返せない。
そんな様子を見て我に返ったように、スイがまたふにゃふにゃとした、皺だらけの笑顔になった。
「……びっくりさせちゃったね。ごめんよ」
「いや、そんな……どういたしまして……」
少し寂しそうに、スイが詫びる頃。ようやく、当たり障りのない返答を絞り出した後――これでは駄目だ、とルカは思い直した。
「わ、私こそ……!」
こんな自分が生きる理由を見出だせたあの夜に、兄が叫んでいたことを覚えていたから。
――リクの家族になろうとしてくれたけど、なれなかった人。
それこそは、『朝倉陸』に生きて欲しいという願いを託した名付け親、その人だろうと思い至って。
そして、彼の果たせなかった願いを代わりに叶えたと、こんな自分に感謝してくれた。
その、兄へ向けてくれた大きな愛に。きちんと向き合いたいと、向き合わなければならないと、そう感じたから。
「私こそ……スイさんのおかげで、お兄ちゃんから素敵な名前を貰えたから――!」
胸元に手をやり、自らを指し示しながら――ルカは、スイの願いをきちんと受け取ったのだと、訴えた。
「スイさんのおかげで、私はお兄ちゃんと、家族になれたから……だから、ありがとう!」
「……どういたしまして」
答えるスイの表情から、寂寥の色が消えたのを見て、ルカはやっと安心した。
そんな様子を、いつの間にかゲームの準備を終えたリクが、嬉しそうに見守ってくれていた。
「……じゃあ皆、遊ぼう!」
それから、兄の呼びかけで過ごした時間。
その中で口にしたオレンジジュースは、生まれて初めて飲んだ時に負けないほどに美味しくて。同じように、忘れられない歓喜の記憶となった。
◆
朝倉邸を後にする頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。
レムに呼びかければ、すぐにエレベーターを転送して貰って、星雲荘に帰還できるものの。少し、兄妹二人だけで過ごしたくて。リクはしばらく、ルカと一緒に歩いていた。
「……楽しかった?」
「うん。スイさんも優しかったし、ゲームも面白かったよ」
そうルカが笑ってくれたのを見て、リクは心の底から安堵した。
リクの家族になろうとしてくれた人と、やっと出会えた本当の家族が、仲良く過ごせたことに。
「お兄ちゃんが赤ちゃんの時の写真も見せて貰えたし――」
「……スイさん、来週から入院するんだ」
楽しそうなルカが、また遊びに行きたい、と口にしてしまうより早くなるように、気をつけて。なおかつ、努めて淡々と。リクはその事実を告げた。
「スイさんは元々病気で、僕が初めて会った頃から、もう永くないって言ってた」
夕闇の中で、ルカの赤い瞳が大きく見開かれた気配があった。
「お医者さんに宣告された余命から、一年以上も元気な感じで持ち堪えて来たけど……多分、こんな風に遊べるのは、これが最後になる」
朝倉スイが、今日も生きていること。それ自体が最早、一つの奇跡である。
そう、奇跡は既に起きている。これ以上を望み過ぎることは、スイにとっても酷なことだと、理解していた。
「だからルカに、会って欲しかった」
かつて、スイにリトルスターが宿り、超能力が与えられていた頃。見たいと思ったものが何でも見えるようになった時、真っ先にリクが見えたという恩人に。
もう、自分は孤独ではないと。だから、余計な気を張らず、安心して欲しいと、伝えたかった。その分、恩人が彼自身のことをもっと、大切にできるように。
そして、そんな恩人のことを。彼がまだ、今の彼でいられるうちに。彼の考えた名前を受け取ってくれた妹にも、知っていて貰いたかった。
……できることなら。リクが二人からそれぞれ貰った温もりを、当人同士にも、共有して欲しかったから。
「……ありがとう、お兄ちゃん。連れて行ってくれて」
リクの気持ちを察したように、ルカはそんな言葉を返してくれた。
ただ、その声には喜びだけでなく、やはり悲しみも滲んでいて。
そんな妹の様子に、リクもまた嬉しさと、同時に申し訳なさを感じてしまいながらも。今日、二人が会ってくれて本当に良かったと、そう思った。
その時。不意に、ルカが立ち止まった。
「……レム? えっ、うん。わかった」
赤いヘッドホン――星雲荘との通信機でもあるそれに耳を澄ませたルカが、三歩前で待つ形となったリクに呼びかけた。
「お兄ちゃん、レムから私たちに話があるって」
言われて、リクは腰に装備したジードライザーへ手を伸ばす。ナックルを握らなければ通信が繋がらないため、こうしてルカが教えてくれるという通知手段が一つ増えたのも有り難い話だった。
「レム、どうした?」
〈ベリアル軍の専用回線を利用して、保護を求める通信がありました〉
父子になれなかった、名付け親を訪ねたその帰り道。今度は実の父に由来する縁が、不意を打つようにリクの元を訪れて来た。
◆
レムからの報告を受けた後。ルカは兄と二人、星雲荘の転送するエレベーターで、目的地へと高速移動していた。
曰く。レムへ通信した相手は既に、光瀬山の渓谷に降り立ち、身を潜めているという。
一度星雲荘に戻ることも考えたが、どうやら相手は小型化もできない怪獣らしく。万一の際に出遅れないよう、少なくともリクは現地に直行すべきと判断した。
問題はその先。この、ベリアルの軍勢であったという怪獣は、ウルトラマンジードのみならず。この宇宙に現れて一週間しか経っていない、ルカのことまで知っていたという。
そして怪獣自身と、さらにはルカの身に迫る危機を伝え、それを阻止して貰うために、ウルトラマンジードを訪ねてきたのだと。
……正直なところ。ベリアルの部下であった怪獣がジードを頼る、という状況はルカから見ても半信半疑、否、疑惑の方が強かった。
だが、自らを名指しされては、無視する気にもならず。罠であったとしても、市街地を離れた山中であれば、人々の目も考慮せずに、兄とともに戦える――そう考えたルカは同行を強く希望して、リクもヤプールの事件からか強硬には反対せず、二人で現地へ向かうことになったのだ。
〈AIBに確認したところ、ゾベタイ星人ナビアの協力は現在、仰げないようです〉
エレベーター内に浮遊する一機のユートムを介して、レムがそう報告する。
ゾベタイ星人は、宇宙でも指折りのテレパス能力者の種族。その中でAIBに協力する個体を呼び出せないということは、相手の言葉の裏を取れないままの対峙を余儀なくされるということだ。
もしも罠であった場合には、フュージョンライズという手順が必要な兄が戦闘態勢を整えられるまで庇えるよう、心を構えながら。ルカは扉の開いたエレベーターから外に出た。
「……お兄ちゃん、居たよ」
丘の上から指で示した先には、先程目にした映像――レム特製の伊達眼鏡に内蔵されたプロジェクターへ投影されていたのと同じ、巨大な地球外生命体が、山々に隠れるようにして佇んでいるのが見えた。
首から胴にかけては黄色く、それ以外は濃い青の、直立二足歩行の怪獣だった。胸部の膨らみに締まった腰部と、まるで地球人の女性のフォルムをも連想させるその形はルカの本来の姿と細かくは違うが、頭部に一対の角を生やした爬虫類のような巨大生物、という点では近しくもある。
だが大きな角は山羊、もっと言えば空想上の悪魔のように捻じ曲がっており、武器として扱うのには向いていない形状をしている。また、両肩にも小型の顔があるが、首の上の頭部を含め、それらには目に当たる器官が見受けられない――レムが言うには、恐るべき能力を秘め、口の中に隠されているらしいが。
石化魔獣ガーゴルゴン、と呼称される種族の宇宙怪獣は、ルカの声に気づいたようにして動き出した。
巨大怪獣は二人の居る丘に向き直り、数歩進み――そして、見下ろしていた頭を垂れた。
ガーゴルゴンは、リクとルカに向けて平伏したのだ。
〈……お初にお目にかかります、両殿下〉
ユートムから流れたのは、レムでも、星雲荘に待機するライハの物でもない、初めて聞く女性の声だった。
「……もしかして、あなたの?」
〈はい。ネオブリタニア号の機器で翻訳し、我が意を両殿下がお使いの言語として、お耳に届けさせて頂いております。不慣れ故、稚拙な言葉遣いに無礼があればお詫び申し上げますので、どうかご容赦を〉
丘の上から背を向ける巨体に疑問を零せば、直ちにユートムから応答が返ってきた。
レムと通信して意思疎通を図っていることは知っていたが、その応用のおかげか。円滑なコミュニケーションに支障はないようだと理解して、ルカはリクとともに、一先ず安堵した。
「……レムから聞いたけど、僕らに用があるって?」
〈はい、ジード殿下。我が身、そして何より妹君のことで、お耳に入れたい話がございます〉
「ちょっと待って。お兄ちゃんのことはともかく、何で私のことまで知っているの?」
〈それは、先日のヤプールめの襲来が理由でございます。ルカ姫様〉
姫様、などと。いきなり兄の前で呼ばれて、気恥ずかしさからルカは少したじろいだ。
それと、個体識別のためなのか。兄のことはジードで、自分のことはルカと呼ぶのか、と妙なことを気にする間に、ガーゴルゴンは続ける。
〈遅れながら、名乗りを上げさせて頂きます。私はテラー・ザ・ベリアル所属、元サイドスペース怪獣軍団長、石化魔獣ガーゴルゴンと申します〉
テラー・ザ・ベリアルとは、オメガ・アーマゲドン――クライシス・インパクトに至った宇宙戦争の際に、ウルトラマンベリアルが率いた軍勢の名称だ。かつてベリアルが別宇宙で建国した銀河帝国と区別するため、そのような呼称になったとレムから聞いている。
眼前のガーゴルゴンは、どうやらその怪獣軍団の長を務めたほどの、ベリアルの側近であったらしい。
〈オメガ・アーマゲドンの後も、ベリアル様よりこの宇宙の怪獣軍団の統率を預かりました私は、かつて敵対した者ども――特に、我ら怪獣軍団を資源として狩ろうとする、蛮人どもの動向を注視しておりました。再び必要として頂くその時まで、あの方の兵力を維持するために〉
話の最中、リクが少し嫌そうな顔をしたのを、ルカは見逃さなかった。ただ、その理由までは、ルカには察しようもなかったが。
〈しかし、ベリアル様が亡くなられた後、力を蓄えていた奴らの動きが再び活発化しました。その最たる存在として警戒していたのが、怪獣を含めた生物を捕らえ、改造し兵器とするヤプールであり――遂に奴らがこの宇宙へ再侵攻した先日、我らは同時に、姫様の存在を知ることとなったのです〉
「……とりあえず、姫様はやめて。恥ずかしいから……」
顔が熱くなっているのを自覚しながら、ルカは眼下の大怪獣に頼み込んだ。
「それで……僕に伝えたいこと、って?」
星雲荘で認識している以上に、ルカの存在は広く知られ始めているらしい――そんな状況を聞かされ、表情をやや険しくしたリクが、ガーゴルゴンへ問いかけた。
〈はっ。恥ずかしながら、我が力不足の報告にございます。我らベリアル怪獣軍団の多くを今日まで屠った仇敵の一角、ノワール星人めらにもどうやら、ルカ様の存在が勘づかれてしまったようなのです〉
「ノワール星人……?」
〈ノワール星人は、怪獣を資源として活用することを文明の根幹に据え、発展して来た宇宙人です〉
聞き慣れぬ名へ兄妹の零した疑問に答えたのは、ガーゴルゴンではなくレムだった。
〈記録に寄れば、この宇宙にベリアルが侵攻した初期、戦力の現地調達を目的に大量の怪獣を所有するノワール星を襲撃。ギガバトルナイザーの力で怪獣たちを支配して奪い取り、そのまま壊滅的な打撃を与えたそうです〉
〈報告管理システムの申し上げた通りです。他ならぬ私が、かつてその場に居合わせた生き証人となります〉
レムから引き継いで再び、ガーゴルゴンの声がユートムより流れ出した。同時に彼女の大きな顔が、ゆっくりと持ち上げられる。
〈ベリアル様と出会った時。私もまた、ノワール星人に捕らわれる寸前まで追い込まれていました。悍ましい機械にこの身を穢され、脳髄を弄られて意識を奪われ、命尽きるまで奴らの欲望のために浪費される……そんな絶望の運命を変え、私が私のまま生きられるよう側に置いてくださったのが、ベリアル様だったのです〉
ガーゴルゴンの口ぶりが、徐々に熱を増しているのはルカにもわかった。
「……そのベリアルを殺したのは、僕だ」
そして、眼前のガーゴルゴンに対して、ルカが共感を覚え始めた頃に――リクが、固い声で口を開いた。
「そんな僕を頼ろうなんて、本気とは思えない」
リクの主張に、ルカもまた同意した。
共感したのは、あくまでも彼女の境遇。容易に自身のそれと重ねられた原点に、理解を持てたに過ぎない。
もしも逆の立場であったなら。兄の命が、何者かによって奪われようものなら。どんな理由があっても、その相手に助けを乞うなんて発想、ルカにはできっこない。
〈……ベリアル様を討ったのが他の存在であれば、無論。我らは一矢でも報いるため、この命を擲ったことでしょう〉
故に警戒して、いつでも擬態を解き、兄の壁になれるよう構えていたルカに対して。崇拝する主の喪失という確かな無念を滲ませながらも、ガーゴルゴンは話を続けた。
〈ですが、他ならぬベリアル様の子であるジード殿下によるものとなれば、話は別。長が力を増した子へと、時には命の奪い合いを経て世代交代するのは、この世の摂理にございます。それを弁えられぬほど愚かではありません〉
「……悪いけど。僕にはそんなの、理解できない」
「――私も」
〈……では、浅ましき獣の理屈だと、どうか憐れんでくださいませ。ただ、我らはベリアル様を越えた殿下を新たな主と仰ぐことに不満はございませんでした。そのことだけは、どうかご理解を〉
自嘲するガーゴルゴンの様子に、リクとルカは居たたまれない気持ちになって顔を見合わせた。
演技の可能性は未だ残る。だが本心であれば、自分たちの対応は、少し無情過ぎるのではないか――そんな認識を共有した上で、しかし逃げるわけにもいかない兄妹は再び、かつて父に従った魔獣と向き直る。
〈もちろん、かと言って押しかければご迷惑であることは承知しておりました。適切な機を伺おうとしていたのですが、ノワール星にルカ様の存在を知られてしまった今、悠長に構えてはおれませぬ。異次元の覇者であるヤプールには劣るとしても、奴らもまた――ベリアル様の血を引いた怪獣であるルカ様にとっては、ある意味、さらに悍ましい悪魔と言えるでしょうから〉
……怪獣を資源として使うことを文明の根幹に据えた、凶悪な宇宙人。
そんな星が、ベリアルによって壊滅的な打撃を受けた後、復興の最中にあるというのなら――ベリアルの血を引いた怪獣の存在を知れば、彼らの社会がどんな方向に舵を切るのか、予想することはルカにも容易い。
そう言われてみれば確かに。血筋そのものを憎む余り、ただ抹殺しようとしたヤプール以上の。身の毛のよだつ恐怖が、ノワール星人の魔の手に落ちた先には待っているのかもしれない。
〈……加えて申しますと、彼の星は、ベリアル様を討ったジード殿下には好意的です。しかし、怪獣を命ではなく、資源として捉える奴らの価値観に変わりはない以上、ルカ様に迫る危機は健在でしょう。そのため、正攻法ではない形でルカ様の身柄が狙われる恐れがございます。そのことを念頭に置いた備えを進言すべく、馳せ参じた次第でございます。そしてジード殿下には、どうか妹君をお守り頂けるよう、嘆願致します〉
「……ルカを守るのは当たり前だ。僕はお兄ちゃんなんだから」
「お兄ちゃん……」
ガーゴルゴンの願いへ、力強く頷くリクの様子に、ルカは思わず恐怖を忘れ、胸を昂ぶらせた。
「でも……君や、その部下は良いの? 保護を求めて来たって……」
〈……一つ、お言葉を訂正させて頂きます。私の預かっていた部下は、恐らくもう一匹もおりませぬ〉
リクの問いかけに、ガーゴルゴンは小さく頭を振った。
〈我が軍団はノワール星の動きを察知し、阻止すべく戦いを挑みましたが……所詮は残党。多勢に無勢、足止めこそ叶いましたが、私が戦場を離脱した時点で、確認できた限りでは皆が死に絶えました〉
「そんな……」
顔も名前も知らないが、それでも、自分を守ろうとして死んだ怪獣たちが居ると聞いて。嘘か真かもわからないのに、ルカは思わず、呆けた声を漏らしていた。
〈故に、軍団とは既に過去の話。実態は最早私という怪獣一匹の孤軍。保護の求めはあくまでも、報告を述べるまでの猶予を頂きたいがための方便でしたが……許されるなら、父君に続き御側に置いてくだされば、この上ない幸福に存じます〉
再び、ガーゴルゴンがその頭を沈めた。あくまでも服従の姿勢を見せる彼女に、リクは続ける。
「……側に、っていうのはできないかもしれない。この地球で、怪獣がそのままの姿で暮らすのは、きっと難しい」
培養合成獣スカルゴモラや時空破壊神ゼガンら、ウルトラマンジードとともに戦った怪獣についても。報道番組で聞く限り、地球人は全面的に味方だと受け入れてはいなかった。
ルカには、このように地球人へと擬態する能力がある。ゼガンは、普段はAIBが別次元に潜ませている。それでやっと、過剰な騒ぎにはならず、こうしてリクやライハたちとともに暮らせているような状況だ。
ガーゴルゴンも、このままの姿で地球に屯することは難題だろうが……
「けど……そのノワール星人が、もう無闇に暴れない君を狙っているのなら……僕は、ルカを守ってくれた君のことも、助けたいと思う」
「お兄ちゃん……!」
リクの優しい言葉を聞いて、ルカは再び胸を弾ませた。やっぱり兄は、最高のヒーローなのだ。
〈……有り難きお言葉であります、殿下〉
そんなリクに向けて、面を伏せたままのガーゴルゴンもまた、感謝の言葉を述べていた。
◆
「……そういえば、あなたの名前は何て言うの?」
何が嘘か真かはまだ、見極める最中とはいえ。
一旦、元ベリアル怪獣軍団の長を受け入れるという方向で、話が一段落したところで。ルカがふと、ガーゴルゴンへそんな問いかけを発していた。
〈ルカ様……その、先程申しましたとおり、我が名はガーゴルゴンでございますが……〉
「えっと、そうじゃなくて。それで言えば、私もスカルゴモラだけど、あなたはルカって呼んでくれるでしょ? そういう、あなたの名前は?」
〈ございません〉
端的に返すガーゴルゴンに、ルカは微かに小鼻を膨らませた。
「じゃあ、ベリアル……お父さんは、あなたのことをずっとそのまま、ガーゴルゴンって呼んでたの?」
〈左様でございます〉
「ひっどぉい! …………やっぱり、見直すような相手じゃなかった」
憤慨した感想の後半は、臣下であった相手を気遣ってか、小さな声で呟かれたものだったが――隣に立つ、リクには聞こえていた。
当然、といえば当然だが。リクに比べて、今の妹が持つウルトラマンベリアルへの感情は、単純な嫌悪と否定が大部分を構成していた。
人生で初めて出会った己の――当時唯一の血縁として、直接対面した経験を持つリクとは異なり。彼女が生まれて来た時点で故人であり、兄やライハといったルカにとって大切な人々を苦しめた元凶である存在に、好感を持つことが難しいのは、リクにもわかる。
それでも、ベリアルが居なければリクも、ルカも、産まれて来ることはなく。リクとルカが、兄妹としてともに生きる縁も存在しなかった。
その一点で、ルカもまたベリアルを見限れていない。だから……ウルトラ戦士から見れば、心を通わせるでもなく野生動物を使役し、兵器のように扱うという点は同じでも。怪獣の目線から見れば、ヤプールやノワール星人というさらなる邪悪を退ける、一種の守護者であったという父の一面を、好意的に見ようとしてくれていたのだろう。
だが――なまじ今日、自分たちの名付け親と、暖かく過ごしたばかりのためか。側近に当たるガーゴルゴンのことすら、種族という大きな括りでしか見なかったベリアルの態度は、ルカの失望に値したらしい。
一瞬浮かべていた、酷く冷たい表情を引っ込めたルカは、努めて明るい調子でガーゴルゴンへと呼びかけた。
「じゃあ、もし良かったら、私があなたの名前を付けてもいいかな?」
〈……! ルカ様が、ですか……!?〉
その申し出は、怪獣軍団の長にとっても慮外のものだったらしく。目に見えて驚愕するガーゴルゴンを尻目に、リクは妹を窘めた。
「ルカ、ペットじゃないんだから」
「えー……お兄ちゃんだって、レムに名前を付けたんでしょ?」
口を尖らせる妹に、痛いところを突かれたリクは押し黙る。
その様子を見たルカは、無事に兄の小言をやり込めたと判断したのか、改めてガーゴルゴンへと向き直り、覗き込むように小首を傾げた。
「……ダメ?」
〈滅相もございません! ただ、あまりに過大な栄誉であり……失態を犯した私如きが賜るのは、恐れ多いと申しますか……〉
「そんなに、自分を責めないでよ。あなたは誰も助けてくれない中で、ずっと頑張って、怪獣たちや……私のことを守ってくれていたんでしょ? そんなあなたのことを、私がちゃんと、あなたとして呼びたいだけだから」
再び面を下げ、縮こまったガーゴルゴンに対し、ルカはゆっくりと首を振った。
……同じウルトラマンで、同じ血を宿すベリアルとジードが、それぞれ別の道を歩んだように。
同じ見てくれの怪獣でも。ベリアル融合獣スカルゴモラと、培養合成獣スカルゴモラが、全く異なる存在であるように。
たった一週間の生涯でも。個々の違いの大切さをよく理解したのだろうルカは、一つの命に一つずつ与えられるべき名前の大切さを、その胸に刻んでいるようだった。
「ゴルゴン……の三姉妹だと、純粋に怪物扱いだし。魔除けのゴルゴネイオン……は響きが可愛くないし……」
「……ルカ?」
腕を組み、瞼を閉じて、うんうん唸り出した妹がぶつぶつと何やら言い出したのを見て、リクはそのらしからぬ様子に当惑した。
「――うん。じゃあ、フワワはどうかな。女の子向けの可愛い名前だと思う!」
〈フワワ。メソポタミア神話で語られる怪物フンババの、シュメール語読みですね〉
「そうそう! ゴルゴンと同じ起源かもって言われてて、森の命を護っていた番人だから、そういう意味でもぴったりかなって!」
レムの解説に気をよくして語るルカを見て、リクは少し引いていた。
……レムが彼女に与えた常識というのは、ちょっと偏っているのではないだろうか。そんな疑念が、リクの中に芽生えた瞬間だった。
〈フワワ、ですか……少々、こそばい響きですね〉
「……イヤ、かな?」
〈いいえ、まさか。ルカ様より戴きし我が名、フワワ。この身の至宝として、謹んで拝領致します〉
応えるガーゴルゴンの――フワワの声は、確かにリクが聞いた中で、一番柔らかで。本当に、喜んでくれているようだった。
そうして改めて、ルカに対し深々と頭を下げたフワワの様子を見て。当人が満足ならそれで良いか、とリクは納得することにした。
「……それで、具体的にはどうしようか」
交流が深まって来たところで。リクは話題を変えて、今後の対策を考え始めることとした。
「ノワール星人の動きを調べるとして……でもあんまり、ルカやフワワの遠くには行きたくないな」
本丸に先んじて交渉に行く、という手は厳しそうだ。そう判断して悩むリクに、ルカが首を傾げながら問う。
「光の国から応援は呼べないかな?」
「ゼロたちも忙しいだろうし……それに、フワワのことを守って貰おう、ってのは、正直頼み難いんだよな……」
オメガ・アーマゲドンの際。フワワに任されたベリアルの怪獣軍団が、ウルトラマンたちと激戦を繰り広げたのだろうことは想像に難くない。
フワワがリクやルカに味方してくれているのだとしても、ベリアルへの忠誠心を捨てているわけでもない。リクでどうこうできないほど話が拗れてしまう可能性は高い。
そこに、フワワが口を挟んできた。
〈恐れながら、進言致します――光の国が頼りにならないのであれば、ジード殿下が未だ各地へ潜伏するテラー・ザ・ベリアルの残党に、結集を呼びかけては如何でしょうか?〉
とんでもない提案に、リクは目を丸くした。
〈光の国の目を欺くため、残党の各軍は別行動を取りながら潜伏しております。このサイドスペース以外の並行宇宙にも、未だ数多く。総力はおそらく、なおもノワール星の軍事力を上回っているものかと〉
「いや、それは……」
〈もちろん、我ら怪獣軍団に比べれば聞き分けの悪い者も居るでしょうが、それはそれ。殿下が、妹君というベリアル様の血筋を守るために軍を率いるとなれば、喜んで身を捧げる兵士の方が多いでしょう〉
「……悪いけど、フワワ。僕はベリアルの跡を継ぐ気はないよ」
かつての栄光に想いを馳せてか、ぐいぐいと迫るフワワの勢いに押されながらも。リクはその提案を却下した。
「ルカを守るために協力してくれる、って言うならありがたいけど……何の見返りもないなら、誰も付いて来てくれないだろうし。だからって、名前だけ利用するみたいな、嘘を吐くのも駄目だ。余計に混乱が広がっちゃう」
フワワの提案はそれこそ、危険分子であるベリアル軍の残党を一斉に叩く、というような目的に使おうにも。それによって生じる戦禍を無視できない。
それに――光の国が追うような、未だ積極的な破壊工作を行う輩はともかく。元ベリアル軍とはいえ、もう悪事を働かず、ひっそりと、それぞれのやり方で償いをしながら生きているのなら。そんな人々を、自分達だけの都合で戦いに巻き込みたくはないと、リクは思う。
〈……左様でございますか〉
「うん、ごめん。僕は……僕のやり方で、ルカを守るから」
やや沈んだ反応のフワワに謝った上で、リクは続ける。
「もちろん、フワワのことも」
リクの選んだ道を聞いて、それっきり、フワワが沈黙したのを受けて。リクは改めて思考を巡らせた。
地球に居る間なら、ノワール星人が大きな動きを見せれば、またAIBの協力を受けることはできるだろう。戦力的には、彼らの軍事力がヤプールに劣るというのなら、ゼガンの修復さえ間に合ってくれれば何とかはなるかもしれない。後はフワワの言う、正攻法以外にどうやって応じるかだが……
そこで、くぅうう、という、可愛らしい音が夜に響いた。
「…………ごめんなさい」
その正体は食いしん坊なルカの、お腹の虫が鳴った音だった。
恥ずかしそうな妹の様子に、リクは柔らかく笑いかけた。
「いや……いい時間だし、一度星雲荘に帰ろう。フワワは、ここに身を隠せるの?」
〈いえ。私は本来、宇宙空間に棲息する生物です。特定の惑星環境内に潜伏し続けるのには向いておりませんので、一度、大気圏外まで下がらせて頂きます〉
「わかった。レム、フワワに何かあれば知らせて貰える?」
〈かしこまりました〉
フワワの身へ、ノワール星人の魔の手が迫った時に。
あるいは、フワワの本心が、まだ隠されていた時に備えて。
リクの明言しなかった要望をも察しているだろうレムの、ユートム越しの返答に、安心しながら。それでも――ルカの贈った名前に喜んでくれたこの魔獣を、信じたいと想っている己を自覚しながら。
できることなら、レムの報告を聞かずに済んで欲しいと願ったリクは――ルカと二人で、再出現したエレベーターに向かおうとしたその瞬間。
――そんなささやかな願いが、早くも裏切られる光景に直面したのだった。
第四話Aパートあとがき、という名の言い訳的雑文。
たちまちはいつもの、「オメガ・アーマゲドンの際の~」ネタですが、やっぱりベリアルがサイドスペースのノワール星を襲った話も、そこで奪った怪獣を中心にサイドスペースの怪獣軍団を結成したことも、その軍団長にガーゴルゴンを置いたことも、公式では一切設定にありません。ご了承ください。(テラー・ザ・ベリアルは公式名称です、と念の為)
ガーゴルゴン・フワワが軍団長を任されているのは、作中で日本語堪能になっている高知性と、やはり石化光線による他の怪獣への睨みが効いているからで、単純な戦闘力なら多分もっと上位の怪獣は軍団に居たと思います。ただ、自分以外の配下の話で、長が一番強くある必要はない、適材適所、ぐらいにはベリアルなら考えるんじゃないかなぁという程度の想定です。
なお、サイドスペース怪獣軍団は作中で言及した通り、過半数がノワール星人から奪った怪獣=大部分、かつ戦闘力の高い主力はメカレーター化されていた関係で、そもそもこの時代では改造手術で縮んだ寿命で衰弱死した後のため、ノワール星との戦闘時には見る影もなく弱体化していたという裏話になります。
逆に、本来は原作第12話時点で後数ヶ月の命だと言っていたスイさんがおそらく一年ほど経過した本作中でもまだ存命なのは、月に何度かリクくんが遊びに来る、という生き甲斐によるものだと想定していますが、作中では多分触れられそうにないので、こちらに公式との矛盾になりそうな点として記しておきます。