足を肩幅に開いて立ち、右手首に左手を添える。
そのまま、肩と腰を回すことで右手を上げ、左手を押し出す。
円を描くように両手を胸前に戻すと、今度は左右を反転してもう一度、同じ動作を行う。
星山市天文台の地下五百メートル。二人分の私物が一時的に退去した分、有効スペースの増した星雲荘の中央司令室にて。
本日のアルバイトを終え帰宅した朝倉ルカは、隣に立つ師、鳥羽ライハの所作に倣い、自らの体を動かしていた。
「ルカ。力まないで、リラックス」
ライハの助言に、小さく頷きながら、ルカは訓練に集中する。
足の裏をしっかりと床に着け、視線は落とさず前方へ。深く長く、ゆったりとした腹式呼吸の中、腰を使って手足を動かす。
体軸を意識しつつ、無駄な力を抜き、四肢は伸ばしきらずまろやかに。どの関節、どの筋肉を稼働させているのかを常に自己認識しながら、大気を纏うように円を描く。
ライハに習った基本を心中で復唱しながら、穿梭を左右三セット。最中、余裕ができたので体の中心に気を集めるイメージを浮かべる。本来はヘソの下の丹田を対象とするそうだが、その目的ならルカの場合は胸の中心――ウルトラマンで言うカラータイマーの部位を意識すべきというレムの科学的見地からの助言を受け、そこだけ変則的に差別化しながら、ライハを真似て付いて行く。
太極拳特有の歩法、
今度は逆に、腰を捻りながら後退する
続いては実戦の流れを想定し、退歩で攻撃を凌いだ動きに連ねて体を低く屈め、遠心力を載せて足払いする太極拳の基本功、後掃腿。
円弧を描いた足を拡げて止まったら、重心の移動に合わせ雲のように手を流す
そうして、体と心が馴染むのに合わせて、個々の速度を上げて行き。繰り返される
「――うん。じゃあ、今日はこのぐらい」
何度目かとなる終の型、
「はぁあ、凄いねライハ……私、付いてくのでやっとなのに」
「私はもう、十年以上やってるから。ルカこそ、まだ五日目なのによく動けてる」
弟子のレベルに合わせているからか、演舞を終えても息一つ乱していないライハは、ルカの賛辞にそう返した。
「それは……だって私、地球人じゃないし……」
純粋な身体能力で言えば、自身の方が遥かに勝っているはずなのに――やはりライハは凄い、という憧れを深めながら、ルカは首を振る。
「でも、リクはこんなに付いて来なかったわよ?」
対して、どことなく嬉しそうに、ライハが告げた。
「そう、なんだ……じゃあ私、お兄ちゃんよりカンフー上手になれるかも?」
「ええ。このまま頑張れば、そう遠くないと思う」
ルカを出汁に、敬愛する兄を下げるような発言。他の誰かが口にしたのなら反発を覚えたろうが、他ならぬライハからのお墨付きであるのなら、ルカも素直に喜べた。
それが、同じ遺伝子を継ぐ兄妹の、
本日の修行を終え、夕飯の準備に取り掛かろうとした、その時だった。
〈……みんなー! ペガの声、聞こえるー?〉
今はここには居ない、星雲荘の大切な仲間の声が聞こえてきたのは。
「ペガ!」
三日ぶりに聞く声に、ルカは歓声のようにして彼の名を呼んだ。
「久しぶり。大丈夫?」
〈うん。ちゃんと、
ルカほど浮ついた様子でなくとも、同じく嬉しそうなライハの問いに、中央司令室のメインモニターに映し出されたペガが頷いた。
ただ、背景は真っ黒だ。実家の様子が見れるかと思ったが、ペガッサ星人がパーソナルスペースとして使う
「……ご両親は、お元気だった?」
〈うん。すっごく元気で、喜んでくれたよ〉
ライハの質問に答えながら、ペガは星雲荘の中の様子に目を走らせ、微かに声のトーンを落とした。
〈リクは……やっぱりまだ、帰ってないんだね〉
〈昨日、六人のウルトラマンとともに、目的地であるパラレルアースに到着したという通信がありました〉
ペガのしょんぼりとした声に、報告管理システムであるレムが回答する。
〈ただし、あの次元は我々の宇宙とは時間流の速度に大きな差があるために、相互通信が困難です。現地では既に一週間以上が経過していると推測されますが、現着以後の続報はありません〉
〈無事……なんだよね?〉
〈はっきりとは答えられません〉
そのレムの返答に、初耳だったルカも目を見開いた。
「ちょっと待ってレム、どういうこと!?」
〈リクは今、変身能力を喪っているようです〉
思わぬ報告に、ルカはレムに詰め寄った。
「それって……もしかして、お兄ちゃんが危ないの!?」
〈通信が途絶されているため、正確な現状は不明です。ただ、そうなった原因は敗北によるものではないと報告を受けています〉
浮足立つルカに対し、レムは淡々と回答を続けた。
〈リクたちは、ファイナルクロスシールド――ウルトラマンの光エネルギーを大量に放出することで行使できる封印技か、その亜種を用いたようです。トレギアが何度倒しても蘇るというのなら、生きたまま封じてしまうという算段だったのでしょう〉
ペガの映っていた画面が分割される。そこに光の国の最精鋭・ウルトラ兄弟が、かつてヤプールを封じるために用いたとされている大技の解説が表示された。
〈その類の技を使う場合、ウルトラマンの活動に適さない地球では変身もほぼ不可能になるほど消耗してしまいます。しかし、外部からエネルギーを供給することで回復可能であるため、後ほどさらなる救援があるか――リクたちが予め、力の一部を込めていたアイテムを持つウルトラマンタイガたちから力を返還して貰えば、問題なく復帰できるはずです。生命反応にも、ここまで異常は確認されていません〉
だから、そのアイテムをタイガたちに託していないアサヒも、ルカと同じように自分の世界の防衛に回っていると、そういう理由であったらしい。
〈じゃあ、それでトレギアを止められたなら……もう、リクは帰ってくるだけなの?〉
〈帰るのに時間がかかりそうだ、という伝言以来、詳細は不明です。ただ――〉
ペガの問いに、レムは微かに間を置いてから続けた。
〈パラレルアースは、ルカが産み出された次元です。もしかすると、リクたちはその関係の調査も行っているのかもしれません〉
レムの続けた言葉に、ルカは何とも言えない想いを胸に抱いた。
先日、アサヒたちから伝え聞いたゼロの話では、ルカ――培養合成獣スカルゴモラを造り出した張本人は、既に死亡しているらしい。
それ自体は……どうにも実感が湧かないせいか、正直さほど心を動かされなかった。既にルカの居場所は造物主の思惑ではなく、星雲荘にあったからなのかもしれない。
だが、ルカを産み出した材料――つまり、ウルトラマンベリアルの遺伝子は、まだあの世界に残されているかもしれない。
また、悪用されるようなことがあれば。人知れず第二、第三の培養合成獣が生まれるようなことがあれば。
そんな可能性を懸念すれば、兄が捨て置けないとしても、仕方ないとルカは感じた。むしろ、そうして欲しいとさえも想ってしまう。
ただ、そのために離れ離れの時間が増えてしまうことが、寂しいというのもまた事実で。
「……その辺りは、帰ってきたら本人の口から聞きましょう」
ルカの微妙な様子を見て取ったからか。助け舟を出すように、ライハが話題の転換を促した。
「ペガの方はどう?」
〈あっ、うん……さっき、親が賛成してくれたんだ〉
そうしてライハが問いかければ、ペガは小さく頷いた。
〈最初は、そんな大きな活動をするのは大変だぞって言われたけど……でも、友達のために、離れた場所でも頑張ることができるなら、それが大人の男だって。ちゃんと旅をしてきたんだなって、認めてくれた。それで、協力してくれるって〉
「そう。良かった……」
ペガの報告を受け、ライハは我がことのようにしみじみと喜んでいた。
〈だから、ペガが本当に頑張るのはこれからだけど……安心してね、ルカ〉
「うん――ありがとう、ペガ。でも、とっくに信じてたよ、私」
〈そっかぁ……へへへ〉
兄のコンビに礼を告げると、彼もまた照れたように頭を掻いた。
〈ただ、そういうわけだから、ペガもいつ帰れるかわからなくて……もしリクが先に帰って来たら、もうちょっと待っててねって言っておいて。親も、やるべきことが済んだら、星雲荘に戻って良いって言ってくれたから〉
「ええ、約束するわ」
親の公認を得て。また、ゼナの助言の通り、今度は正規の手順で星雲荘に戻ってくるというペガの願いに、ライハが笑顔で頷いた。
「……あっ、ペガ。まだ、ちょっと時間良い?」
〈良いけど……どうしたの?〉
話が段落したところで、ルカは少し躊躇いながらペガへ呼びかけた。
「実は……今から、夕御飯作るところだったから。前に言ったみたいに、ちょっと、教えて貰えないかなーって……」
〈あ、なるほどね。うん、良いよ〉
厚かましい気もしていたお願いに、ペガは笑顔で頷いてくれた。
◆
そうして、ペガの指示を受けながら夕餉を拵えて。
ペガ自身もまた、家族との食事の時間が来たとのことで通信を終え、ライハと二人の食事の後始末まで済んだ後。
「じゃあ私、ドンシャイン見るから」
テレビに向かったルカがそう告げたところ、ライハは少し複雑そうな表情を浮かべた。
「……子供っぽいんじゃなかったの?」
やや躊躇った後、ライハが問うてきたのは、かつてルカがリクに向けて吐いた言葉だった。
若干痛いところを突かれた気持ちになりながら、ルカはその胸中を吐き出す。
「――そんなこと、言っちゃったからだよ」
リクが大好きなドンシャインにはしゃぐのを、あの日の自分は揶揄してしまった。
……いや、ドンシャインを愛好すること以上に、実際にはお行儀が悪いことの方が問題で、ライハもそれを窘めていたのだが。
ただ、その件に関してだけは、兄と互いに微妙な距離を感じる、居心地の悪さが残り続けていた。
本人の前で、期待通りの反応ができなかったらどうしよう、という懸念があり。鬼の居ぬ間に洗濯、というと語弊があるものの。リクが不在の今こそ、彼が夢中になる『爆裂戦記ドンシャイン』とはどんなものなのかを知って、一緒に語り合えるようになろうと、ルカは考えていたわけだが。
「ただ話を合わせたいだけで見るのは、やめた方が良いわよ」
そんなルカの思惑を、ライハはばっさりと切り捨てた。
「だって、あなたにとって一番のヒーローは、リクでしょ? それじゃ、義務感で見ても話を合わせるのは大変よ」
……ライハの言う通りだった。
既にルカは第四話までは目を通していたが、今の時点でリクのようにドンシャインへのめり込める気はしない。
何故なら、ルカが誰より憧れ、愛するヒーローは、ライハの言う通り兄のリク――ウルトラマンジードであったから。
そんな熱意の齟齬を、これからも作り笑いで埋め続けることができるのかは、ルカにも自信のないことだった。
「別に、ドンシャインのことを知らなくても、好きになれなくたって。リクにとって大切なものなんだって、それさえわかっていたら……あなたなら、その気持ちを尊重してあげられるでしょう? きっと、それだけで充分よ。私もドンシャインのことがよくわからなくても、それで嫌われたりなんかしてないから」
押し黙ったルカを励ますように、ライハは続ける。
「……でも、あなたを救ったリクを作ったのは、ドンシャインだから。見るなとも言わないわ」
ライハの主張が変わったのを受けて、ルカは彼女を振り返った。
「どうするのかは、あなたが決めたら良い。だけど、そのための理由はちゃんと考えておかないと、きっと後で悔やむことになる……そう思っただけ」
振り返った先のライハは、そこで苦笑を浮かべた。
「ごめんね、偉そうなこと言って」
「ううん……ありがとう、ライハ。私、もうちょっとよく、考えて見てみる」
ただ兄に好かれたいから見る、なんて
そうして、考えを改める。
リクへ媚びるためではなく、自分が大好きな兄のことをもっとよく知るために。孤独だった彼の心を導いた教えへ触れるために、ドンシャインとちゃんと向き合ってみようと、そう思った時だった。
〈よっ。ちょっと構わないか?〉
数日ぶりに聞く声が、星雲荘の通信機から響いたのは。
◆
「おっ、来たか」
街外れの山中に転送された、星雲荘のエレベーター。
その扉を潜ったルカたちの姿を見て、呑気に声を上げたのは端正な顔立ちの男性だった。
日本人――名前からすれば大陸系かもしれないが、ともかく壮年の東洋人――本人が言うには、同じくヒューマノイドタイプの異星人であるペダン星人の姿をしたその人物の正体は、異形のゼットン星人であるらしい。
ルカたちを呼び出したAIBのペイシャン・トイン博士は、仮設基地の簡易デスクに向けてルカとライハを手招きした。
「ご苦労だったな。呑むか?」
「……なにそれ?」
白衣のペイシャンが掲げたマグカップと、隣に備えられたポットの中に湛えられた液体の正体がわからず、ルカは小首を傾げた。
「バニラティーだ。廃盤になったセント・バレンタインって銘柄の再現を目指して、ピスタチオとココナッツをブレンドしてみている。なかなか近い味と香りにできていると思うぞ?」
「いや、急にマニアックにならないでよ……私、そういうの呑んだことないし」
レムから与えられた知識こそあっても、実物を初めて見る紅茶という飲料、それ自体について問うただけなのに、いきなり拘りを語り出されたルカは少し引いていた。
対し、ペイシャンは気にした風もなく鼻で笑う。
「なんだ、おこちゃまだな。折角の地球生活なのに損してるぞ」
「……そういう話をしにルカを呼んだんじゃないでしょ?」
マイペースなペイシャンに、ルカの気持ちを代弁するようにして、ライハが苛立った声をぶつけていた。
「それはそうだが、まだ準備中だ。その間、わざわざ足を運んで貰った相手を饗さないほど、俺も礼儀知らずじゃないつもりだったんだが」
どの口で言うペイシャンの背後では、白衣の彼と同じ色の防護服に身を包んだ無数の人影――AIB研究セクションの職員たちが、一心に作業を続けていた。
種々多様な機器を手に、あるいは乗り込み彼らが取り囲むのは、山の峰とも変わらぬ背丈を誇る、巨大な木の威容だった。
「さっきも言ったが、未知の宇宙植物でな。一応、最終確認中だ」
デスク上の機器に表示される情報に目を通しながら、ペイシャンが説明した。
突如発生した、巨大な宇宙植物――それに対応するために、ルカは培養合成獣スカルゴモラとしてAIBから協力要請を受け、こうして現地に赴いていた。
曰く、この未知の植物の存在自体は、一週間前から確認できていたものの。直後、ガーゴルゴン・フワワやノワール星人との騒動が続き、対応が後手に回っていたところ、今日になって突然、樹高三百メートル超にまで急成長したのだという。
この大樹が、地球環境に甚大な被害を及ぼす侵略的外来種の恐れがあるとして、AIBは急ぎの対応を強いられているわけだが。ノワール星との武力衝突が原因で、時空破壊神ゼガンの主砲が破損したまま、使用不可能な状況にあるそうだ。
そこで、仮に実力行使となった際のゼガンの代替手段として、スカルゴモラに白羽の矢が立ったとのことらしい。
「ま、わざわざ来て貰ったんだ。仮に何もなくとも頭金は払うさ」
ペイシャンが言うには、協力の見返りとして報酬が支払われるとのことだが。何よりゼガンが負傷したノワール星との戦いは、己の存在を発端としていたという負い目もあり。リクと約束した際に想像していた状況とは程遠いものの、ルカは彼らの求めに応じることとした。
そんなルカの決心に、ライハもレムも、付き合ってくれていた。
「改めて聞くが、そっちのデータベースにも情報はないんだろう?」
〈はい。多元宇宙を侵略したベリアル軍にとっても、この草体は未知の植物であるようです〉
ユートム越しに、ペイシャンの問いにレムが答えた内容を、ルカは素直に意外と思った。
「……そんなことってあるの?」
「そりゃあるだろう。地球人だって月や火星に探査機を飛ばせるようになっても、まだ地球の海の中もよくわかっちゃいないだろ? 銀河や次元を越えるほど発達した文明でも、案外近くに未発見の物事が転がっているもんさ」
そんなペイシャンの返答で、ルカは何だか不思議な気持ちになる。自分自身がまだ無知なだけで、レムやペイシャンならば調べてわからないことなどないのではないか、とすら考えていただけに、世界の広さを思い知った気分だ。
そこでふと、ペイシャンが視線を上げた。
「鳥羽ライハはここから向こうには行かない方が良い。俺の渡した剣があっても、地球人だと下手すりゃ死ぬぞ」
「どういう……っ」
何気なく踏み出していたライハが、返事の途中で声を詰まらせた理由は、ルカにも同時に理解できていた。
「何これ……ニンニク?」
「オゾンだ」
漂ってきた刺激臭にルカとライハ、二人が揃って眉を顰めたところ、ペイシャンが端的に答えた。
「データ収集できた範囲での予想だが、あの宇宙植物は細胞自体が電磁石のようになっているらしい。そこから発せられる電磁波が、大気中の酸素をオゾンに変化させているようだ」
酸素が三重結合したオゾンは、独特の生臭い臭気を持っている。
臭うだけならば可愛いもので、高濃度のオゾンは生物にとって猛毒となる。大気中の五万分の一を占めるだけで二時間以内に小動物が死亡し、二万分の一もあれば一時間で人命を脅かす――という知識を、ルカはレムから授かっていた。
「さっきからその濃度が急上昇している……あの植物が活性化している証拠だろうな」
現状を聞いたルカが心配するのに合わせたように、ペイシャンも再びライハに顔を向けた。
「この間くれてやった剣にはおまえの周辺の環境を整える機能もあるが、万一のこともある。そういう理由でモアも来させてないし、今回用があるのはスカルゴモラだけだ。変な後遺症を残す前に帰っておいた方が良いぞ」
「でも……」
「ライハ、無理しないで。私は大丈夫だから」
食い下がろうとするライハに、彼女の身を案じたルカは、ゆっくりと首を横へ振った。
〈私からも帰還を提案します、ライハ。ルカのサポートは任せてください〉
「……頼んだわよ、レム」
口惜しさを滲ませながらも、ライハはレムの出現させたエレベーターに乗り込み、星雲荘へと戻って行った。
……少し、心細く感じながらも。ライハを余計な危険へ晒さずに済んで、ほっと胸を撫で下ろしたルカは、続けてペイシャンを振り返った。
「……あなたは平気なの?」
「俺は地球人じゃないからな。紅茶が愉しめなくなった以外は今のところ問題ない」
若干、語気が強まる様子を見るに、この臭いにはペイシャンも本気で辟易しているようだった。
「さっさと焼いちゃおうか?」
「まぁ少し待て。植物でも知性を持った種族も確認されている――コミュニケーションを図れるかは試した方が良い、が……」
思っていたより危険だった外来種の駆除に向け、血気にはやるルカへ待ったをかけるペイシャンだが、その語気が弱まる。
「……数学に興味はないようだな」
〈光学、音声、触覚による、素数の発信を試みているのですね〉
「ああ。素数は文明を持つ多くの種族が共有する数学の基本概念だから、言語が不明な相手とも最初の取っ掛かりとして期待できるんだがな。植物相手じゃ望み薄か」
〈あの植物がオゾンを生成しているのが意図的なものであるのなら、そのスペクトルを示してみるのはどうでしょうか?〉
「そっちも試してみているが、実物のオゾンの提供含めて、反応なし……知性がない種なのか、それとも応答するつもりがないのか」
ペイシャンとレムが盛り上がるのに、ルカは付いて行くのがやっとだった。その頃には、立ち込めるオゾン臭へとルカの鼻も慣れ始めていた。
〈対象の根元に溜まっている青い液体も、オゾンですか?〉
「そのようだ。電磁波のせいで満足な内部スキャンができず、どうやって排熱しているのかはまだわからんが、レーザー冷却に近い真似までしているらしい。あの辺りは零下百四十度前後……酸素やオゾンの分子は磁性を帯びているから、電磁場で誘導することができる。それで引き寄せ、冷やすと同時に液化させられるだけの圧力も加えているようだ。液化させる理由も不明だが、器用なもんだな」
言われて、ルカは伊達眼鏡型のデバイスを操作して、遠景を拡大。二人の話題にする青い泉を目視した。
「……結構な量なんじゃ」
「ああ。こいつが生長する、あるいは増殖するペース次第じゃ、地球の環境はあっという間に作り変えられてしまう……交渉できないなら、駆除するしかないな」
それは地球の文明では手に余るだろう、とペイシャンは言った。
「地球人に余計な犠牲を出させず、AIBとしてもリーズナブルに片付けるなら、やはり今おまえに焼き払って貰うのが手っ取り早いようだ。構造上、オゾン分子は連鎖爆発し易いから俺たち用の防護壁が必要だが……準備でき次第、よろしく頼む」
〈……待ちなさい、ペイシャン。そんなことさせて、ルカは大丈夫なの?〉
ユートムから放たれた詰問は、星雲荘に戻ったライハの声によるものだった。
「当たり前だろ。あの程度のオゾンの引火が危険なら、これまでの戦いでとっくに死んでるさ」
対して、悪びれる様子もなくペイシャンは答えた。
「……まぁ、酸化だけは尾を引くかもしれないから、事が終わったらさっさとシャワーを浴びせてやれ。最強の合成怪獣さまにはそれで充分だろう」
続けて、気遣いを見せてくれたものの。揶揄するような最後の一言が、ルカは少し癪に障っていた。
◆
そうして、すっかり日が沈んだ頃に、AIBの準備も完了し。
培養合成獣スカルゴモラという本来の姿に戻ったルカは、自身の五倍も大きな宇宙植物と対峙していた。
「よし、やれ」
ペイシャンの指示に――命令口調なのは納得行かないものの、素直に従ったスカルゴモラは、体内で練り上げたエネルギーを純粋な熱量に変換して、口腔より解き放った。
「(インフェルノ・マグマ!)」
倒れる方向が特定できないため、根本ではなく先端から順に蒸発させるべく、スカルゴモラは遥か頭上に向けて熱線を放つ。
AIBとレムの解説によると、この植物が常時纏っている強力な電磁波が一種のバリアの役割を果たしているそうだが、高負荷を受け続ければその電磁シールドも微かな時間、展開が途切れるという。その間に焼ききれるだけの熱量を叩き込み続ければ何の問題もないとして、事前に充分チャージしたエネルギーをスカルゴモラは放ち続ける。
レムの予測通り、数秒の内に宇宙植物の防御と再生力を凌駕した熱線が、大樹の天頂を熔解させる。そうなれば後は早いもので、唐竹割りのようにして熱線が下りながら、危険な宇宙植物を焼滅させて行く。
発射台となるスカルゴモラの顔が、水平を向いた頃になって、根元の磁場に吸い寄せられていたオゾンが引火。
分子結合切断の連鎖が音速を越えた衝撃波と化す、オゾンの爆発的分解現象。しかしペイシャンの言う通り、スカルゴモラを脅かすには遠く及ばない。荒野に猛る炸裂の圧も微風のように受け止めて、熱線の斉射を続けるが――一瞬だけ、立ち込める蒸気が視界を遮った。
そして、ソナーのように全身から放つ音波に回す分のエネルギーも、全て熱線に注いでいたその時――スカルゴモラは、かつてガーゴルゴン・フワワに突かれたのと同様、明確な隙を晒していた。
そのために――インフェルノ・マグマが狙いの終点に届いた頃には、それが空撃ちとなっていることに気づくのが、一拍遅れていて。
「(あれ……?)」
〈ルカ、十時の方向です〉
手応えのなさを訝しむのと、レムから届いた警告、そして凄まじい衝撃がその身を叩いたのは、ほとんど同時の出来事だった。
「(――っ!?)」
音速超過の衝撃波を伴った衝突を受け、ちょうど熱線の長期放射を終えて一時的に消耗していたスカルゴモラは、不意打ちに踏み止まれず、仰向けに倒れ込んだ。
その際、スカルゴモラは自らに激突した物の正体を垣間見た。
それは、蟹や蜘蛛のような脚の多い動物の背に、人の上半身が生えたような形をした怪獣だった。
いや、違う――その碧い下半身は、動物ではなく、木の根だった。
まるで御神木の切り株の上に、緑色の力士の像が掘られているような、神々しくも異形の怪獣がその根を無数の脚として歩き――自らを攻撃してきたということを、スカルゴモラは理解した。
「(なっ、何この怪獣……っ!?)」
戸惑うスカルゴモラが、上体を起こすその間に。
未知なる怪獣の上半身が、太い樹木の寄り合わさったような逞しい腕を振るのに合わせて、大気中に青い波濤――液体オゾンの塊を生じさせ、その身に宿す電磁場で誘導し、スカルゴモラに浴びせかかってきていた。
ということで、今回は最近のウルトラマンだと三体以上は出ている気がする新怪獣枠となる、拙作オリジナル怪獣の登場回になります。
見た目のイメージはメタリックなゴリラ型怪獣の上半身と、東宝が誇る怪獣王シリーズの大ボスの一角、デストロイアの幼年体の脚部がくっついている感じになります。
無意味に操演難易度高そうな発想元は人気TCG『デュエ○マスタ○ズ』に登場する『剛撃戦攻ドルゲ○ザ』やその派生クリーチャーが大元ですので、そちらを含めて読まれる際のビジュアルイメージの参考になれば幸いです(?)。
以下いつもの言い訳補足。
・ジードライザーと星雲荘の次元間通信が上手く行かない、という設定は、「ウルトラマンZ」第六話の『帰ってきた男!』での通信不通もそんな理由だったのではないか、と考えております。Zの舞台となった宇宙も、『劇場版ウルトラマンジード 繋ぐぜ!願い』後のジャグラーが十年以上滞在しているのに対してリクくんは十年を経たという外観ではなかったので、パラレルアース同様、サイドスペースに比べて時間の流れが早い宇宙なのかな、という想定です。