……金色の鬼の夢を見た。
私は気がついたらそこに居て、気がついたら歌い出していた。
どうして、なのかはわからない。多分、本能的なものだったのだと思う。
何が、なのかはやっぱりわからないけれど。とにかく、何かがとても嬉しかったんだと思う。
歓喜。
相変わらず理由もわからないままだけど、今なら、そう呼ばれる感情に満ちていたのだということがわかる。
上手く反響しなかったりもしたし、多分、へたくそだったと思うけど、内に抑えておけない迸る衝動のまま、私はとにかく全身を使って歌っていた。
まるで、生まれたての赤子が産声を上げるように。
そんな私の前に現れたのが、あの鬼だった。
最初は銀色の姿で現れたあいつは、明らかな敵意を私に向けてきた。
私はその気配が不快で、鬼に向かって突っ掛かり返した。
だけど、鬼に比べると私はてんで弱くて。一方的に殴られ、蹴られ、投げられた。
その度に、鈍い痛みが傷つけられた箇所から響いた。一度、大声で叫んで吹っ飛ばしてやったと思ったら、鬼は金色の鎧を纏って、さらに強くなって襲って来た。
私の一部は鬼に千切られ、それを武器に何度も殴打され、魔法みたいに鬼の数が増えて滅多打ちにもされた。
――最高だぜ!
……何故だろうか。
急に、鬼の言葉がわかるようになったのは。
私を痛めるつけることが、この鬼にとっては「最高」のことであるらしかった。
違う。これは夢なんだ。過去の記憶を追体験する、昔の夢。
本当はあの時、私は鬼の鳴き声が意味することなんてわからなかった。
ただ、痛いという悲鳴を発することしか、もう私にはできなかった。
歓喜なんて、もう何処へともなく消えてしまっていた。
痛い。痛い。痛い……。
どうしてこんな目に。
私はいったい、何のために生まれて……?
そうして。鬼の放つ破滅の輝きを受けて、私は、私は――――
――ああ、違う。
夢の最中に一つだけ、また更新されたことがある。
この金色の悪夢の名は、『鬼』ではないという確信が、不意に私の中に生まれてきた。
この恐怖の名は……『ウルトラマン』と、呼ぶのだと。
何故か、そんな認識が、私の中に強く、強く、刻まれていた。
◆
「……結局、お互いに手がかりはないってことね」
ルカと名付けられた、リクの妹が目を覚ましてしばらく。
お互いの情報を交換し合うのにも段落したところで、ライハがそんな風に溜息を吐いた。
「ごめんなさい……何も、覚えてなくて……」
所在なさげに、ルカが謝罪の言葉を口にした。
自身の名前も知らない、ということから充分予想できたことだが。ルカは、自身の来歴に纏わる一切の記憶を持ち合わせていなかった。
「気にしなくても良いよ! これからゆっくり考えていけば良いんだ」
そんな風に――ちょっとだけぎこちなさを自分でも感じながら、リクは妹を気遣った。
「そうね。私たちこそ、力になれなくてごめん」
少し疲れた様子で、ライハもリクに続いた。
その正体が全くの不明である以上、まだ、彼女の身の上とベリアルに関する情報は伏せてあるが……たちまちは、この秘密基地が世間一般の常識から隔離された場所であることを伝えるに留めて、リクたちからもできる限りの情報提供を行ってはみたものの。モコの写真含め、ルカの記憶に引っかかるものはないようだった。
「えっと……お兄ちゃんも、私とは初対面なんだよね?」
「……うん。本当に、たまたまなんだ。偶然保護して、調べてみたら、兄妹なんだって言われて……僕も、すごくビックリしちゃったよ」
そもそも、何故調べることになったのか。肝心の情報を伏せてあるせいか、そんなリクの説明を疑うような眼差しを、ルカはじっと向けてきた。隠し事があるのは事実なので、少し居心地が悪い。
「……どう思う?」
「……無関係、ってことはやっぱりないと思うけど」
一方で、ペガがライハに耳打ちしているのが、リクにも聞こえていた。
つい先刻、野生種ではあり得ないはずのスカルゴモラを取り逃がした直後に現れた、ベリアルの娘。
レムの解析によればライザーもカプセルも見つからない以上、フュージョンライズ――複数の怪獣の特性を取り込むことによる、ベリアル融合獣という怪獣兵器への変身を行うことは不可能だ。
しかし、今現在何も所持していないということが、過去にもそのまま適応できるというわけではない。普通に考えれば、何の関連性も疑わない方がどうかしている事柄ながら、二人はどこか遠慮しているようだった。
……気を遣ってくれていることがわかっていても、リクは少しもやもやしたものを胸に覚えるのだから、二人が躊躇してしまうのも当然なのかもしれない。
そんな、重苦しい空気を破るように。くぅうという可愛らしい音がなった。
皆の視線が集まった先は、既にルカが自らの掌を置いた、彼女のお腹の上だった。
「えっと……?」
「あっ、お腹が空いたんだね!」
自らの体の調子に、戸惑っているようなルカを見て、リクは助け舟を出すことにした。
「待ってて、ここにカップ麺が……」
「リクこそ待ちなさい」
在庫を掘り出そうとしたリクを、ライハが力強く止めた。
「仮にも兄妹でする初めての食事が、インスタント食品じゃ駄目でしょ」
「えっ、でも美味しいし……」
「黙りなさい。初めての食事くらい、ちゃんとしたものにしてあげなさい。お兄ちゃんでしょ」
リクのデリカシーのなさを指摘するライハは、まるで保護者のようだった。
そこに、おずおずと言った様子で、ペガがリクに助け舟を出した。
「でも……まだ買い出ししてきてないから、今からご飯作ると時間掛かっちゃうよ?」
「今日は外食しても良いわ。お金は私が出すから」
「ほ、本当に!?」
日頃は倹約を掲げるライハの太っ腹な宣言に、リクとペガは揃って驚いた。
「ずっと地下に居るよりも、外を歩いている方が、何かを思い出せる可能性も上がるでしょ」
そんな男衆を無視して、ライハはルカに語りかける。
「何かあったら、リクが助けてくれるから。あなたのお兄ちゃんなんだもの」
ライハの言葉に、ルカはまだ決心の付きかねるような様子だったが――そこで再びお腹の虫が鳴ると、恥ずかしそうに頷いた。
「その……よろしくお願いします」
「――うん、任せてよ!」
ルカの言葉に嬉しくなって、思わず頷いたリクの背後で、「レム、いざという時はよろしくね」〈かしこまりました〉という女性陣のやり取りが堂々と交わされていた。
◆
――とは言ったものの。ライハだけに頼らずリクがお金を出したとしても、現状フリーターである二人の収入だけでは高級店の利用は躊躇われた。
故に、手頃かつ料理の出も早く、豊富な品揃えのファミリーレストランを利用することになったからだろう。見知った家族の一団と、その出入口付近でばったり出くわしたのは。
「あっ、リクくん! ライハちゃん!」
こちらの姿を見つけて嬉しそうに声を上げたのは、伊賀栗ルミナ。長い髪で聡明そうな顔立ちを縁取った、まだ年若い母親だ。
その横で手を振っているのは、彼女の娘のマユ。そして彼女を肩車しているのは、伊賀栗家の大黒柱であるルミナの夫、伊賀栗
「ルミナさん、マユちゃん、こんにちは! ……ゼロ。またマユちゃんとデート?」
「おう。悪いか? 休みをどう使うかは俺の勝手だ」
嬉しそうに、やや柄の悪い口調で返答をしたのは、気の弱いサラリーマンである伊賀栗レイトではなく――度々彼に憑依する、外宇宙から飛来した異星人だった。
その名はゼロ。ウルトラマンゼロ。ベリアルと因縁深き光の国の若き最強戦士であり、ウルトラマンジードと共にこの地球を数々の脅威から守り抜いた戦友だ。
ゼロは先の戦乱で、巻き込まれた子供を庇おうとして命を落としたレイトを蘇生するために彼と融合。普段はレイトとして生活し、戦いとなればウルトラマンゼロ本来の巨体に変身することで、その運命をともにした。
その同化による影響なのか、ゼロはレイトの子であるマユを実の娘のように溺愛し始め、多忙を極める戦士でありながら休暇の度にこの地球まで戻ってきて、こうしてレイトの体と伊賀栗家にお邪魔しているのだ。
伊賀栗レイトなのか、彼に憑依したウルトラマンゼロなのかの見分け方は非常に簡単で、ゼロの人格が強く出ている時はレイトの身体能力が著しく向上する都合上、視力も回復するので眼鏡をしていないという特徴がある。
よって、裸眼の彼を見て一目で状況を察したリクは、かつて経験したレイトの苦労を想い、仲間を代表してゼロを諭すこととした。
「ゼロ。レイトさんだって貴重な休みでマユちゃんと遊んであげたいんだろうから、あんまり独り占めしちゃ駄目だよ?」
「心配しなくても、ちゃんとレイトとは話をつけているんだ。おまえが俺に説教するなんざ、二万年早いぜ」
十万年以上の寿命を誇るウルトラマン基準の返し文句の後、ゼロは思い出したように表情を不機嫌にした。
「だいたいリク、おまえ今日の戦いぶりはなんだよ。あっさり逃げられてるじゃねーか」
「なっ……ゼロだって、前に同じように逃げられたことあるくせに!」
「あら、新しいお友達?」
人間の姿で売り言葉に買い言葉を始めたウルトラマン二人の横で、女性陣は穏やかな交流を続けていた。
「どうも……えっと……いつも兄がお世話になってます」
そんなルカの挨拶に、ルミナが綺麗な目を瞬かせた。
「えっ!? もしかして、リクくんの妹さん!?」
その言葉に、ゼロの感情が表れるレイトの顔つきが変わった。
「リクの……妹だと?」
「あっ、はじめまして。朝倉ルカ……といいます」
ルカの会釈を無視して、ただならぬ雰囲気を纏わせたゼロがリクを問い詰める。
「おいリク、どういうことだ……!?」
「ゼーロ。ちゃんとあいさつしなくちゃ、いけないんだよ」
「そうだなマユ! はじめましてだなルカ! よろしく!」
小学生になったばかりのマユに叱られると、五千九百歳のゼロは凄まじい勢いで爽やかな笑顔になり、ルカに挨拶を返し始めた。
ルカは少し引いている様子だったが、ゼロはそんな反応を意に留めるでもなく、再びリクの方にその険しい顔を向けて来た。
「リク、ちゃんと説明しろ……!」
「……詳しくは、後でちゃんと。僕らにもまだよくわかってないんだ。ルカ自身にも」
「……一つだけ聞かせろ。妹ってのは、おまえと血の繋がりがあるって意味で言ってるのか?」
「……うん」
「…………そうか」
深刻な表情で、ゼロが頷いた。
「呼び止めちゃってごめんなさいね。お腹空いてるでしょ?」
「あっ……ごめんなさい、実は……」
張り詰めていた空気を知ってか知らずか、ルミナの出した助け舟を逃さず、ライハが愛想笑いで応じていた。
「……後でもう一度、ちゃんと紹介しろよ。ルミナっちとマユにも」
最後の一言にどこか優しさを滲ませながら、伊賀栗家と共にゼロは去って行った。
「…………ゼロ?」
その背を見送るルカの目が、疑惑と警戒の光を宿していることに、気づかないまま。
◆
ようやく入店し、腰を落ち着けた三人とペガは、各々好きなものを注文することにした。
注文する料理のことも、よくわからないと言った様子だったルカの手助けには苦戦したが、無事に注文を完了させてあげられたのはなかなか兄として頑張れたと思う。
その様子に、奇異の念を顔に出して店員が去っていったものの、書き入れ時の忙しさで忘れてくれることだろう。
「ほら。下のお箸は、親指の付け根に挟んで――」
そんな姿を見ている間に、ライハがルカにお箸の持ち方をレクチャーし始めていた。
しまった、兄の見せ場が――などという考えが一瞬脳裏を過ぎるものの。やたら刀を振り回す以外は、リクよりもライハの方がこの手の作法や教養に精通しているのは確かだ。
知識は既にレムから教えられているのなら、実演でもより丁寧なライハ仕込みの行儀を身につける方がルカのためだろうと思い直し、リクは二人の分もドリンクバーから飲み物を取って来ることとした。
「何が良いかな」
「……楽しそうだね、リク」
チョイスを一任されたものの、妹が好む味はなんだろう……と考えているリクに対し、影に潜んで付いてきたペガが、喜びと寂しさの滲んだ声音で話しかけてきた。
姿を隠しているペガとの会話は、傍から見るとさらに怪しまれる恐れがある。物陰に身を寄せ、電話をしているような風を装ってから、リクはペガに返事をした。
「どうしたんだよ。折角のファミレスなのに、ペガは楽しくないのか?」
「ううん……でも、ちょっとペガも、家族のこと思い出しちゃった」
……星雲荘という秘密基地に集うのは、この地球に家なき子供たちだ。
リクもライハも親亡き孤児であり、レムもまた、創造主は既にこの世を去っている。
しかし、ペガだけは少々事情が異なり、親に大人の男になることを期待されて旅に出たところ、遭難に等しい形で地球に辿り着いた。そして当時のリクに拾われる形で生活を共にするようになり、今日に至っている。
つまりペガだけは、この中で両親が健在なのだ。
その事実を、リクがこれまで一度も羨ましいと思わなかったのかと問われれば、嘘になる。だからリクから話題を振らない限り、ペガもそれを察していたのか、自ら家族の話をすることはなかったが。
「……帰りたく、なっちゃった?」
「……会いたいなぁ、とは、ずっと思ってたんだ」
急な話の流れに、リクは動揺する。文字通り影のように、何年もずっと一緒に居た親友の告白に。
妹との前触れのない出会いと同じぐらい急な友との別離の予感と、家族への郷愁を、ずっと我慢させて来てしまったという事実に。
「だけど、ペガ、リクとも一緒に居たいんだ」
恨まれていても無理はない――そんな不安を、親友の言葉は簡単に払拭してくれた。
「だから、一度ちゃんと、元気にしてるよって伝えたいけど……」
「……良いんじゃないか? 一度なんて言わず、お盆とかお正月とか、もっと頻繁に帰ったって」
ペガがもじもじと相談するのに、既に迷いの晴れたリクは、笑顔でその背を押した。
「僕の影は、ずっと空いてるからさ」
「リク……!」
感極まったように、ペガが名前を呼んで来た。
「……ありがとう。大事な友達なんだって、ちゃんと紹介しておくね!」
「なんだか、照れ臭いな……」
とはいえ、やめて欲しいなどと言う事柄でもないと思ったリクは、話題を変えて気分を誤魔化すことにした。
「でも、どうやって帰るつもりなんだ?」
「星雲荘で飛んで貰わなくても、AIBに依頼したら大丈夫だと思う。でも、もうちょっと先にするよ? 家族水入らずの邪魔はしたくないけど、ルカのことも気になるし……」
「邪魔なんかじゃないよ。頼りにしてるぜ、ペガ」
こんな話をしてくれたのも、ペガもまた、リクがルカと出会えたことを、我が事のように喜んでくれたからこそなのだろう。
だから、隠すことなく羨んでくれたペガが安心して家族と再会できるようにするためにも、ルカに纏わる問題はきちんと解消しなければならない――その出自の謎だけでなく、リクがちゃんと、兄として付き合っていけるのか、という心配も。
「……随分遅かったわね」
とはいえ、話し込んでいたために、飲み物を持って戻った頃にはライハに怪訝な目で見られるようになっていたが。幸先は悪いようだ。
「ごめんごめん。ルカは、はい、オレンジジュース」
「……ありがとう」
まだどことなく警戒を残した様子で、ルカはリクからコップを受け取り、隣のライハの様子を真似して口につけた。
「――!」
瞬間。何にも気を許してなかったのか、やや垂れ気味だったルカの瞼が、勢いよく持ち上がった。
「美味しいっ!」
思わず、と言った様子でルカが大声を出した。
声を控えるよう、ライハと共にリクが指示すると、恐縮したようにこくこくと頷きながらも、ルカは喉を鳴らしてオレンジ色の液体を飲み乾していく。
「すごい、なにこれ、甘い? 冷たい? 喉の奥が綺麗になっていって、お腹の奥から力が湧いてくる感じ……?」
「……オレンジジュースを選んで良かった、かな?」
「あっ、うん。ありがとう、お兄ちゃん! これ、すっごく美味しいよっ!」
先程までの様子は何処へやら、ルカは喜色満面で感謝を伝えてきた。
また声が大きくなっているのを抑えながらも、園児でもそんな反応を示さないだろうと思えるほど、ルカはオレンジジュースを飲むことへの歓びを示す。もはや、初めて好物に出会ったというよりも、生まれて初めて食事という歓びを知ったかのような勢いだ。
その様に呆気に取られていたリクだったが、次第に落ち着いてくると……初めて妹が、心からの笑顔を見せてくれたことに気がついた。
きっと、自分の表情もまた緩んでしまっているんだろうな、と――目の合ったライハの顔つきを見て、リクはそう思った。
幸先は悪いと思ったが、前言撤回。この分なら、ペガの里帰りも、そう遠くないうちに叶えてあげられるかもしれない。
◆
ただ一杯のオレンジジュースで、ああもはしゃいだルカだ。
当然、肝心の料理が運ばれてくれば、それ以上の歓喜を見せるのは自明だった。
「美味しい……っ、美味しいよぉ……っ!!」
輝くような笑顔で、目の端に涙すら流しながら、刻んだハンバーグステーキをルカが口へ運んでいく。リクがペガと話している間にお箸だけでなく、ナイフとフォークについてもライハから指導を受けていたのか、感涙に咽びながらも、その所作はリクより丁寧だ。
それでも貪るような勢いは、テーブルマナーとして本来なら不適格だろう。だが、こうも美味しそうに食べている様子を見て不快になる人間の方が少ないのなら、マナーとしては及第点かもしれない。
現に、先程注文の際に奇異の視線を向けていた店員さえも、悪い気はしないのか何とも言えない表情になっていた。ここまで喜んでいると、リクたちも知らない普段の生活をあらぬ方向に疑われてしまうかもしれないが。
きちんと咀嚼し、嚥下する合間に感想を漏らしていたルカだったが、やがて自身のお皿の上にあるお肉も野菜もお米もなくなってしまうと、露骨に落胆した表情になった。
「……おかわり、頼む?」
そんなルカの様子を見計らったようにして、ライハが彼女に提案した。
「えっ……いいの!?」
「構わないわよ。まだお腹空いてるんでしょ?」
ライハの見せる優しさに、妹の喜ぶ顔を見れてリクも嬉しい気持ちになる一方、内心には焦燥もあった。
――貸しだから
そんなリクの内面を読んだように、唇の動きでだけ言葉を伝えてきたライハは、ルカにも聞こえるよう声を出す。
「大丈夫よね、お兄ちゃん?」
「――うん、もちろん!」
「やったぁ! ありがとう、お兄ちゃん!」
ペガの分をライハに出して貰い、自分とルカの二人分の注文だけを負担するような計算で、既にリクの手持ちのお小遣いとしては大きな打撃だったのだが、妹の屈託ない笑顔が見られるのなら、兄としてはやむを得ない。ライハには後で返済時期を交渉しておこうと決意した。
〈爆裂戦記! ドーン!! シャイン!!!〉
「あっ、ドンシャインだ!」
そうしてルカの頼んだお代わりを待つ間、不意に始まったCMに、リクと、影に潜んでいたペガが、反射的にはしゃぎ出した。
『爆裂戦記ドンシャイン』とは、リクが生まれる前から愛されている、特撮番組である。
全52話、既に放送終了して久しいが、主人公ドンシャインの人気から幾度も再放送され、リクや、さらに幼い子どもたちにも世代を越えて支持され続けるヒーローの活躍を描いた物語。その素晴らしさは、宇宙人であるペガまで魅了しているのが何よりの証左だろう。彼の活躍はテレビの中に留まらず、ドンシャインという人々の心の支えがなければ、地球は今頃、ベリアルの魔の手に落ちていた恐れさえある――と、ウルトラマンジードは考えている。
そうして、国民的ヒーローと言っても過言ではない人気を得たドンシャインは今でも新しいコマーシャルに起用されており、そのゲリラ的な登場はリクがドンシャインの録画やネット配信以外にテレビを見る大きな理由の一つにまでなっているのだ。
「こら。お行儀が悪い」
ライハに注意され、自身の声のボリュームを落としながらもリクは熱心にドンシャインポーズを取り続けていた。影の中で、ペガも一緒だ。
ペガが里帰りする時は、ペガ用と布教用のグッズも準備しておくべきかな――などと、頭の片隅で考えていたところ。呆気に取られたようにこちらの様子を眺めていたルカと、ふと目が合った。その途端に、妹は慌てた様子で曖昧な作り笑いを浮かべた。
「お兄ちゃんたち、ちょっと子供っぽいところがあるんだね」
「…………」
さっきあんなだらしない顔をしていたルカの方こそ、外付けの機械でズルして急に大人びているだけのくせに――などと。初めて妹の可愛くないところを見た気がして、すっかり気分が滅入ったリクに、さらに追い打ちをかけるような番組が始まった。
〈今日のニュースです。本日午前、星山市に怪獣が出現し、ウルトラマンジードがこれに対応しました〉
「怪獣……」
その言葉に吸い寄せられるように、今度はルカがテレビ画面に視線を向ける。
〈何が対応した、ですか。出てきた途端に怪獣が消えて、取り逃がした。久しぶりだからってこれじゃあ、まるで頼りにできないですな〉
〈しかし、ジードが現れたから怪獣が退散したという見方も街中では広まっています〉
いつものコメンテーターの辛辣な言葉に続いて、アナウンサーが中継へ繋ぐ。この頃ではお約束になりつつある、怪獣災害時の番組構成の展開だ。
〈ありがとう、ウルトラマン!〉
〈今度はあの怪獣、やっつけてくれよな!〉
そうして街角から集められた子どもたちの無邪気な声援や、若者たちの熱烈な支持を聞いて、リクの機嫌は少し戻りつつあった。
「あのおじさん、嫌い!」
「そうよねー、いつもウルトラマンのこと悪く言ってて、間違ってるわよねー」
近くの席の親子連れからも、そんな感想が漏れてくる。いいぞもっと言ってくれ、とリクは内心で呟きながらうんうんと頷く。
机が揺れたのは、ちょうどその時だった。
「……ルカ?」
勢いよく立ち上がった彼女を見ると、本人もまた己の行動に驚いた表情を見せた後、恐縮したように着席し直していた。
一際遠慮なく響いた音による、何度目かの視線の集中も彼女から外れて行くが、ただ一つ。一時間ぶりに鋭さを取り戻したライハの視線だけはそのまま、ルカへと据えられ続けていた。
「あの……急にごめんなさい。変に目立つことしちゃって」
「い……いいよ、全然! ほら、おかわりもちょうど来たし、食べなよ!」
嫌な空気になった直後、グッドタイミングで料理が届いた。お礼とともにお皿を受け取ったルカは食事を再開するが、中断する前と違い、その表情には陰りがあった。
◆
結局。喧騒に満ちた店内で、このテーブルにだけ存在した痛いような静謐の中、お代わりの分を食べ終えた時にも。ルカは、リクが期待したような笑顔は見せてくれなかった。
「あっ、その……やっぱり美味しかったです。ありがとう」
精算を終え、店を出た後になって、そんな風にお礼を言ってくれはしたものの。そのルカの言葉は、どこか義務的に伝えてきているようにも見受けられた。
「そっか、なら良かった……じゃあ、どうしよっか。このまま帰る? それとも、街を散歩してみる?」
「じゃあ……ちょっと疲れたから、散歩はまたの機会に」
やはり気落ちした様子のルカの返答に、リクは不安を感じながらも、その意志を尊重してみようと思った。
……元々、ルカは喋れるようになっても、どこか元気がなかった。潜伏用の学習装置を用いた教育だった、ということも影響しているのかもしれないが、最初に目覚めた時の様子から察するに、何か酷い目に遭っていて、まだ心が回復していないということも想像に難くない。
それが、一度は食事の歓びで埋まっていたのに、今度はその前とも少し性質の違う憂鬱を抱えてしまっている様が見て取れる。
契機はやはり、あの報道だろうか。
それがきっかけで様子がおかしくなるということは、やはり……
(……だとしても)
星雲荘に帰る、という考えに同意してくれたのなら。
今は、そこしか行き先がないだけなのだとしても。帰る場所があると、思って貰えるようにしていけば良い。
出会ってから、まだ三時間と経っていない。焦る必要はないはずだと、リクは一度大きく深呼吸した。
「その……」
ちょうどその時、ルカが口を開いた。
「やっぱり、教えて欲しいんだけど……お兄ちゃんたちは、何者なの?」
どうやら、人気のないところまで移動するのを待っていたらしい。
それでも、星雲荘に戻るまでは堪えきれないほどに。その疑念はルカの中で、急速に大きくなっていたようだ。
「私は……私は、自分が何なのか、まだわかんないけど……お兄ちゃんは、そうじゃないんだよね?」
ルカの赤い瞳は、自身の正体への唯一の手がかりとなる、兄を名乗る青年に向けられていた。
思い詰めたような妹の顔には、リクがこれまでの人生で、見たこともないほどの切実さが浮かんでいた。
「宇宙人の友達と、一緒に居て……秘密基地に住んでて。お兄ちゃんは、いったい、何なの?」
「…………僕は」
その先を、何と伝えたものか。もう少しだけ、星雲荘まで待って貰うべきか。
その時、リクの逡巡を突き破るような轟音が響いた。
「――何!?」
皆がその余波に翻弄される中で、ライハが真っ先に立ち直り、音の出た方を向いた。
その瞬間、ライハほどの余力はなかったリクは、腰に忍ばせてあるジードライザーの持ち手を握り、レムの報告を直接脳内に聞いた。
〈別の時空から、何者かが接近中。星山市上空に出現します〉
果たして――振り返ったリクの視線の先は、まさに次元の穴が開いたところだった。
赤と黒を中心に、いくつもの色彩が移ろう空に開いた穴。そこから現れたのは、褪せた金色の巨人だった。
前面に張り出した双角、背には天頂の欠けた日輪型の後光のような装飾を施された、アジア風の派手な全身鎧と一体化しているその魔神の髑髏の如き異貌を、リクはかつて目にしたことがあった。
「――あれはエタルガー!」
「知ってるの、リク!?」
ライハの問いかけに、リクは力強く頷く。
現れたのは、超時空魔神エタルガー。かつて闇の巨人、ウルトラダークキラーとの戦乱の中で復活し、闇の勢力に味方した、強大な力を持つ異世界の宇宙人だ。
その戦いの中、ウルトラマンギンガビクトリーに斃されたと聞いていたが、生き延びていたのか。それとも、三度復活したというのか。
いずれにせよ、そのエタルガーがこの宇宙に現れたのであれば、目的は一つのはずだ――
「我は時空の戦士、エタルガー!」
事態を注視するリクたち、そして星山市の人々に対して、エタルガーは大仰な身振りで名乗りを上げた。
「この星の人間ども。貴様らの信じるウルトラマンを滅ぼすために、私はこの宇宙にやって来た」
リクの危惧した通り――エタルガーははっきりと、ウルトラマンへの敵対を宣言した。
「まずは、ウルトラマンを呼び出すための余興に付き合って貰おう」
既にリクへその出現が察知されていることを知ってか知らずにか、エタルガーは朗々と続けた。
「地球人よ、ウルトラマンが必要とされるようになった理由を思い出すがいい。かつておまえたちを絶望させたもの、今もおまえたちを脅かすもの――おまえたちの、最も恐れる宿敵を!」
次の瞬間、エタルガーは両手を広げる。
そして、その手に抱えられていた紫紺の光球が、拡散して雨のように街中へ降り注いだ。
「あぁっ、ライハ!」
次の瞬間、ペガの悲鳴が上がる。
ライハもまた、エタルガーの散らした光線がその身に吸い寄せられるようにして直撃し、闇のような波濤に呑み込まれていた。
だが、回避が間に合わず、身構えたまま被弾したライハ自身も戸惑っていた。彼女の身には傷一つ増えることなく、その波濤は影のような靄へと変わり、天に帰って行く。
街中から、同じような靄が立ち昇っていた。ライハから飛び出た一際大きい靄と合流したそれらは、やがて一つの姿形を作り、色付いた。
自然落下で大地に降り立つ、その質量だけで街を破壊し、そこに生きる命や文明を脅かす恐怖の象徴。
それは始まりの怪獣にして、今も何処かに潜む脅威。星山市を蹂躙した宿敵。
ベリアル融合獣スカルゴモラとして、恐怖の影は産声を上げた。
「進撃せよ」
エタルガーの号令を受け、魔神が産み落とした恐怖の塊は咆哮し、その一歩を踏み出した。
「何あれ……どういうこと!?」
「聞いたことがある……あれはエタルダミー。エタルガーが、恐怖の記憶を具現化させて作る偽物だ」
かつて、闇の巨人との戦乱以前にも、エタルガーと戦ったことがあるというウルトラマンギンガから授かっていた知識を、リクは引っ張り出した。
「まさか……今朝のもあいつが?」
何ら装備を持たないルカは無関係で、偶然、全くの同時期に、エタルガーが工作に来ていたのだろうか――そんな都合の良い憶測が、不意にリクの中で鎌首をもたげる。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。実体を伴った恐怖の記憶は、運命のあの日の街を、そこに暮らす人々を、再び踏み潰そうと進んでいたから。
「――ルカ」
リクは、突然の事態に愕然と立ち尽くしていた妹を振り返った。
「さっきの質問、今から答えるよ。僕が何者なのか――そこで見ててくれ」
その手に握ったジードライザーを翳し、リクはふっと微笑んだ。
「大丈夫。君のことも、皆のことも、僕が守るから」
そう言って、続いてリクは心配そうに様子を伺っていたライハの方を向いた。
「ライハ。それに、ペガ。後のことはよろしく」
「……気をつけてね」
二人の見送りに頷き返して、リクは再びエタルガーと、その傀儡たるスカルゴモラに向き直った。
「お兄……ちゃん……?」
「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」
そしてルカの疑問を背に、リクはジードライザーのトリガーを押した。
「ユー、ゴー!」
《ウルトラマン》
「アイゴー!」
《ウルトラマンベリアル》
「ヒア、ウィ、ゴー!!」
栄光の初代ウルトラマン、そして父であるウルトラマンベリアルの力を再現した、計二つのウルトラカプセルを起動。同じく光の国の超技術の結晶であるジードライザーに装填し、片割れであるスキャナーでの読み込みが完了する。
《フュージョンライズ!》
「決めるぜ、覚悟! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」
そして、もう一度トリガーを押し込んだ瞬間。リクの体は、光と化した。
再編成されるのは、光量子情報体として保存されていた、リクの遺伝子を設計図とした光の巨人体。ウルトラマンベリアルの息子としての、本来の姿。
それがカプセルから追加された情報と掛け合わされ、さらなる戦闘形態へと
《ウルトラマン・ウルトラマンベリアル・ウルトラマンジード! プリミティブ!》
そして、暴虐を続ける怪獣の前に、銀色の体に、赤と黒の模様を浮かべた、光の巨人が降り立った。
「お兄ちゃんが……ウルトラマンっ!?」
ウルトラマンとなり強化された聴覚が、遥か後方でルカの零した驚愕の声を拾い上げた。
どうやら、彼女の疑問に答えることはできたらしい。
それがどのような結果に繋がるのか、見届けるのに今は集中できないことを申し訳なく思いながら、リク=ウルトラマンジードは、眼前の邪悪と対峙した。