「はじめまして。お兄さま、お姉さま」
黄昏時の、元星公園の入口前。
リクとルカの兄妹を呼び止めたのは、見知らぬ小さな女の子だった。
体格は、伊賀栗マユと同じぐらい。七、八歳と言ったところか。しかしその出で立ちは、公園に居る他の子供達とは、大きく印象が異なっていた。
真っ先に目を引くのは、眩い白地の修道服。金の刺繍が施され、留め具に赤い宝石を埋め込んだ高貴とも言える装いは、こんな街中の公園前で見かけるには違和感のある代物だった。
「……コスプレ?」
率直な感想を、リクは漏らした。
その疑念を促す、正式な修道女ではない証左なのか。青みを帯びて見えるほど艶やかな濡羽色の髪は、左右の側頭部それぞれに三日月型の黒い飾りを付けた
ルカの小麦色とは真逆な、蝋のように真っ白い肌。しかし西洋人種とも言い切れない不思議な印象の幼い美貌は、くりくりとした大きな丸い瞳を、これまたルカの紅い瞳とは正反対な、エメラルドグリーンに輝かせていた。
「……こすぷれ?」
「ああ、ごめん。何でもないよ。――はじめまして」
小さな子供へ聞かせるには、少しデリケートな単語を誤魔化すリク。
その返答に、きょとんとした女の子は再び小首を傾げ、そこから垂らした歪な斜め十字架――その中心に嵌め込まれた、アメジストの宝玉を揺らした。
しかし、意味不明な単語への興味を数秒で失ったのか、女の子は続けて挨拶したルカの方に視線を向けた。
「お姉さま……きれい」
「えっ!?」
小さな口から、陶然とした様子での呟きが零れる。突然称賛されたルカは、驚きの声を漏らしていた。
「そ、そんな……あなたこそ、綺麗だよ! お姫様みたい!」
「ほんと? ふふ、ほめられちゃった……」
照れたルカの返答に、女の子は心底嬉しそうに微笑んだ。
それに対するルカの反応を見るに、どうやら妹がこの小さな女の子に向けた言葉はお世辞ではないらしい、とリクは理解した。
「でも、わたしもほしいなぁ……」
「……えーっと、何が?」
女の子が続けた願望に、ルカが問い返した。
すると少女は、まっすぐに質問者の胸元を指差した。
「――まだ早い!」
思わずと言った様子で、ルカが自らを抱きかかえるようにして身を捩る。
「まだはやい、の……?」
「おっきくなるまで我慢して! ちょっとお兄ちゃん、あっち向いててよ!」
羞恥に塗れた妹の剣幕に、リクは慌てて視線を逸した。
……少なくとも現時点では、地球人に擬態した際の妹の体型は、外見年齢相応だ。本人が言うように、十年も待てば女の子の願いも叶うだろう――などと、下世話にも程のあることを、リクも考えてしまっていた。
「そっか、大きくなればいいのね!」
リクが目を背けている間に、ルカの回答に満足したようにして、女の子は頷いた。
「じゃあ、お兄さま、お姉さま……怪獣ごっこ、しよ?」
上品な装いをした、小さな小さな女の子の。前後の会話と接続がおかしい、思わぬ嗜好を聞かされて、リクとルカは揃って目を丸くした。
「……ごめん。僕たち、これから行くところがあるんだ」
「いそがしいの?」
「――うん」
病院が面会を許可する時間帯は限られている。リクにとっては半年ぶりのスイさんのお見舞いより、見知らぬ童女とじゃれ合うことを優先するのは、難しい選択だった。
「そっかぁ……じゃあ、しかたないのね」
「ごめんね。また今度会った時、一緒に遊ぼうね」
消沈した女の子の目の高さへ、膝を曲げて視線を合わせたルカが、そんな風に謝罪を重ねた。
「うん。やくそくだよ」
無責任かもしれない年長者二名の言葉へ、疑う様子もなく頷きながら。女の子はリクとルカを見送って、小さな掌を振ってくれた。
「――ものすっごく可愛かったね、お兄ちゃん!」
そうして距離が開け、互いの姿が見えなくなった辺りで、ルカが興奮した様子で口を開いた。
「あの服、品のある派手さっていうか、厳かで綺麗な感じだけど、あの子自身も全然それに負けてないの! お人形さんみたいな、って形容はよくあるけど、本当にそう! 自然に着こなしているけど、自然のものとは思えない美しさっていうか……!」
「ルカって……そういう趣味あったよね」
ルカがまくしたてるのに、リクは苦笑しながらも頷いた。
「お兄さま、お姉さまって呼んでくれるのも、雰囲気に合ってて……! お姉ちゃん、って呼んで貰える方が、私は好みだけど……!」
確かに、ルカが可愛い物好きの女の子だとは、リクも承知のつもりだったのだが。妹の勢いに、リクは若干引いてしまっていた。
ただ、直前の。エリとのすれ違いで曇っていた表情が、すっかり翳りを失くしているのを確かめて、リクは密かに安堵した。
ちょっと変な子だったけど、ルカの心を晴らしてくれたことに感謝しようと――そう思ったところで、あの子の名前を聞き忘れていたことに、リクは気がついた。
……だけど、あれだけ目立つ女の子だ。きっとまた会えることもあるだろうという、奇妙な確信が、リクの中に芽生えていた。
その時には、改めて自己紹介を交わして、今日の御礼を伝えたいと――星山総合病院を目指しながら、リクは密かに決心していた。
◆
……そこは、広大な空間以外、何もない場所だった。
宇宙、とは似て異なる。星はなく、この空間に巻き込まれた粉塵が、外周で嵐の如く無限に周回し続ける、上も下も、右も左もない世界。
その空間の中で、断末魔の叫びが拡がっていた。
弱々しく悲鳴を上げるのは、青い鱗で全身を覆った、巨大な生物だった。
比較対象となる物体に乏しいその空間でも、見る者に尋常ではない巨大生物であると直観させるその怪獣は、大鉈のような一本角を生やした般若の如き顔つきをしていた。白い双眸が一層凶悪な印象を強める、その魔物のような生命体は、巨大なヒダ状の耳を痙攣させることで、自らが死に瀕していることを示していた。
身長三百メートル超、その倍も長い尾を含めれば、全長一キロメートルにも達する超巨大怪獣――宇宙凶険怪獣マザーケルビムの命を奪おうとしていたのは、その十分の一にも満たない大きさの、銀色の怪獣だった。
その正体こそは、複合怪獣リガトロン――マザーケルビムより二日遅れて、この異次元空間へと追放された存在だった。
マザーケルビムの胸に、両手の鎌を突き立てるリガトロンの周辺には、体高四十メートル程度のケルビムや、二週間以上前、この時空の彼方へ放逐され、躰を動かすノワール星人からの指令が届かなくなり活動を停止していたラグストーン・メカレーターの、いずれも全ての生命エネルギーを吸い尽くされた亡骸が、塵のように漂っていた。
時空破壊神ゼガンの主砲、時空転送光線ゼガントビームを受けた存在が流れ着く、異次元の追放空間。このところ、立て続けに地球を脅かした凶悪な侵略者たちの流刑地と化したその時空の彼方で、尋常ならざる生命である宇宙怪獣たちはまだ、生きていた。
一切の行動を停止しながらも、ケルビムの攻撃力では捕食不可能なラグストーン・メカレーターたちを疎ましく思いながらも。たちまち、余力の限り出産し、新たな群れを作ることでこの閉じた世界を新天地として、今後降ってくる新たな存在を捕食し続けようとマザーケルビムが画策していたその環境を激変させたのが、最後にこの空間に送り込まれたリガトロンだった。
難攻不落の装甲と、その鎌の力により、次々と怪獣たちの命を刈り取ったリガトロンは、遂に最後の一匹となったマザーケルビムをもその手に掛け、その百万トン近い巨体を成立させていた、膨大な生命エネルギーさえも取り込んでみせた。
――リガトロンが同化したネオスカイラーク号には、多元宇宙を巻き込んだオメガ・アーマゲドンへ参じる戦艦として必要な、次元間航行機能が備わっている。
起動するのにも相応の準備を必要とし、特にエネルギーの消費が著しいものの。この機能を利用すれば、リガトロンはこの時空の牢獄を脱出し、元の次元へと帰還することができるのだ。
あの、赤い角の怪獣が胸に宿していた光を、今度こそこの身へ貰い受けるために。
乗っ取ったネオスカイラーク号の報告管理システムが、リガトロンの機体状況を報告する。
現在蓄積したエネルギーは、次元移動に必要な量の約八割。残念ながら、この次元に彷徨っていた怪獣たちの命全てを燃やしても、リガトロンの目的を達するには及ばなかった。
あるいは、ラグストーン・メカレーターの軍勢がもう少し新鮮であれば、話は変わったかも知れないが――ゼガンが次に飛ばしてくる何かが新たなエネルギー源となるまで、余分な消耗を抑えるべく機体をスリープモードに移行させようとした、その時だった。
突然――何もない空間が、割れたのは。
最初、リガトロンはゼガンがまた、何かを飛ばしてきたのかと身構えた。待ち望んだ新たな獲物を逃さぬために。
だが、続いて、その次元の穴の開き方は……自身をここまで飛ばした、時空転送光線によるものとは異なることに、リガトロンは気がついた。
そしてその空の割れ方を、ネオスカイラーク号の報告管理システムは、重要情報として記録していた。
「……ねぇ」
割れた次元の向こうから、その存在が姿を見せる。
少し舌っ足らずな印象の、甘く、しかしどこか鬼気迫るような声で、ゆっくりとリガトロンへと語りかけながら。
「あなたのチカラを、わたしにちょうだい――?」
計八本の触手を蠢かせる、その巨大生物のシルエットは、ネオスカイラーク号の記録から近似した敵性兵器が検出されていた。
同時、白い体色と、二本のアンテナのような頭部の黒い角。そして本体より長い尾という特徴により、別の怪獣もまた、データベースの検索に引っかかっていた。
そして、その身から放つ独特のエネルギー波長。先のいずれとも違うその解析結果が、リガトロンの取り込んだ乗組員たちの意識や、報告管理システムへの支配さえも再び掻き乱していた。
まるで――あの赤い角の怪獣と、最初に遭遇した時のように。
離反しかけた意志情報を再び支配下に統一し、リガトロンは咆哮する。様々な特徴と合致し、しかしそのどれとも異なる、眼前の不可解な存在の正体なぞ関係ない。その生命を自らの燃料へと変えて、再びあの光の下へ向かうだけだと、自らを鼓舞するように。
……そんな思惑が、余りに身の程知らずであったことを。
既に己は捕食者ではなく、被食者へと転落していたことを複合怪獣リガトロンが痛感するのに、さほどの時間はかからなかった。
◆
元星公園前で、修道女のような装いをした童女と遭遇してから、数日後の早朝。
星山市天文台地下五百メートルにある、星雲荘の中央司令室。そこに、呼び出しを受けた住人たちが集っていた。
〈揃ったようだな〉
レムが司令室のモニターに映し出していたのは、先日もゼガンを駆ってスカルゴモラと共闘したAIBの上級エージェント、シャドー星人ゼナの姿だった。
〈早朝からすまないが、緊急事態だ。了承して欲しい〉
「大丈夫です、ゼナさん。それで、緊急事態っていうのは……」
〈その先は俺が話そう〉
代表してリクが返答した直後、ゼナを押しのけて画面中央に陣取ったのは、AIB研究セクションの責任者を務めるゼットン星人ペイシャン・トイン博士だった。
〈明日の夜、厄介な怪獣がこの国を襲う可能性が高まった。それに備えた協力要請をおまえたちに打診したい〉
「厄介な、怪獣……?」
〈ああ。ゼガンは完全に無力な上、今のウルトラマンジードやスカルゴモラでも、出たとこ勝負を挑むのは無謀……そんな危険な奴だ〉
脅し文句を並べた後、まずはこれを見ろ、とペイシャンが動画の共有を開始した。
「これは……?」
〈ほんの一時間前に撮影された、火浦海岸沖での記録――これ自体が非常に価値のある、リトルスターを宿した怪獣同士の遭遇戦の様子だ〉
ペイシャンが解説するように、動画の中では、二体の怪獣が争う様子が映されていた。
内の一体は、リクも似た怪獣を見たことがある。そいつは凶暴怪獣アーストロンに、無数の鋭い角を生やしたような姿をしていた。
〈こいつらはまさに昨日、新たに観測可能になったリトルスター保持者だったんでな。ほぼ同じタイミングで発見できたそれぞれに観測機を飛ばしたところ、互いのリトルスターに惹き寄せられた結果の、戦闘行為に立ち会うことができた〉
アーストロンの方は、リトルスターを宿した影響で亜種の凶猛怪獣ギーストロンに変異する様子が確認できた、とか。自身が宿主となっている怪獣でも、他のリトルスターに引き寄せられる事例を初めて見られた、とか。
そんな、貴重なサンプルが多く観測できた――などと、ペイシャンが解説する間に。孤島に立ち、胸を光らせたギーストロンは額の角から光の鞭のような赤い刃を放ち――海からその姿を覗かせていた球体状の怪獣、タッコングの放つ青い光弾と相殺し合う、壮絶な撃ち合いを演じていた。
どうやら、両者ともにリトルスターに宿ったウルトラマンの力を行使しているらしい。
だが、それを考慮に入れても、ペイシャンが最初に語った印象とは噛み合わない――などと、リクが思った直後だった。
「……賛美歌?」
動画内で響いた玲瓏な歌声のような音色を聞いて、ライハが疑問の声を漏らした。
同時、白い霧が、ギーストロンの出現した小島と、タッコングの潜む海域のちょうど中間に、舞い降り始める。
――観測機が上空を向くと、そこには鮮やかなオーロラが広がっていた。
やがて、オーロラが吹き出していた霧が晴れると……海面に、奇怪な物体が現れていた。
出現したのは、半透明な多面体。ガラス細工のオブジェにも、海に浮かぶ氷山にも見える無機質な結晶体は、女性のコーラスのような鳴き声とともに、無数の光球を数珠繋ぎにしたような光線を、タッコングへと浴びせかかった。
そして、恐るべき異変が始まった。
光線を受けたタッコングの体が、激しく発光したかと思うと――その体表が、結晶へと変貌し始めたのだ。
〈光怪獣プリズ魔……こいつがリトルスターに呼び寄せられて、人里の近くまで来てしまった〉
生命の気配を感じられない、無機質な多面体の正体が、自ら活動する生き物――まさしく怪しい獣であると、ペイシャンが重々しい調子で述べる間にも。記録映像の中で、惨劇の再演は続けられる。
体が結晶化しつつあるタッコングと、その尋常ではない様子に乱入者の危険性を直ちに理解したギーストロン。両者の放つ殺意の光が、驟雨となってプリズ魔に襲いかかる。
一切の逃げ場を塞いだ破壊の嵐は、しかしプリズ魔の体表に触れると、そのまま吸い込まれるように消失してしまった。
〈プリズ魔は、限界まで圧縮された結果、物質に近い状態となった光で構成された怪獣です〉
ペイシャンのみならず、ベリアル軍にもこの怪獣の正体が知られていたのか、レムの解説も加えられる。
〈捕食対象は光――その種類は、限定されていません〉
ギーストロンとタッコング、二大怪獣がリトルスターから獲得したウルトラマンの光線技を外からどれほど浴びせても、それはプリズ魔に餌を与えるだけなのだと、レムは淡々と告げた。
その事実を悟ったように、タッコングが結晶化しつつある体の自由がまだ効く間に、高速回転しながらの体当たりをプリズ魔に仕掛けた。
しかし結果は、タッコングの炎を纏った突撃を傷一つ追わずに跳ね返した、プリズ魔の堅牢さを見せつけただけで終わった。
〈見ての通り、物理的にもかなり堅い〉
〈かつて、若き日のウルトラマンジャックが交戦した際にも、外からの攻撃は一切通用しなかったと記録されています〉
二人の解説が織り込まれる間に、プリズ魔は再びタッコングに結晶化光線を照射。完全に結晶化したタッコングが、全身から眩い光を放ったかと思うと、次の瞬間には痕跡すら残さず消え去ってしまうのを、リクたちは記録映像を通して見た。
〈先程、レムが餌とする光は限定されないと言ったが……実は充分な太陽光がある日中なら、こいつは無害な怪獣だ。だが夜になると、プリズ魔は積極的にあの光線で周りの物質を光量子情報体へ変換し、分解吸収する、無差別な捕食者と化す〉
戦慄するべき事実を、ペイシャンが告げた。
つまり、タッコングはただ消えたのではなく――光に変えられて、プリズ魔に喰われたのだと。ペイシャンは、そう言っているのだ。
その獲物は、タッコングたちに限られたものではない、とも。
〈当然、元より光源となるものには目がない。ただでさえ怪獣を引き寄せるリトルスターなんて光の塊、プリズ魔からすれば我慢できない最高の御馳走ということだろうな〉
「そんな怪獣が……どうして今になって?」
〈かつて別宇宙に出現したプリズ魔は、南極の氷に封じられていたものが黒点異常の影響で抜け出したと考えられています。予兆はありませんでしたが、今回出現した個体も同様か、あるいは――この星の外から飛来した可能性も、否定はできません〉
それは別の天体からか、それとも異なる宇宙からなのか。
そこまでは確かめようのないことだが、ともかく重要なことは、現にこの恐るべき怪獣が今、リクたちの世界を脅かしているということだ。
ギーストロンもタッコング同様、呆気なく消滅する映像記録を見届けたリクは、確かにこれが恐るべき強敵であることを認識した。
ペイシャンの言う通り、時空転送光線を最大の武器とするゼガンの攻撃は、プリズ魔には通用しないだろう。純粋な物理攻撃でゼガンがプリズ魔の防御力を突破するより、餌として捕食されてしまう方が間違いなく早いと、リクにも理解できた。
同じように。如何にウルティメイトファイナルに至ったウルトラマンジードでも、正攻法でプリズ魔を倒すことは困難を極めるかもしれない。
〈さて、ここからが対策の打ち合わせだ――さっきも言った通り、プリズ魔は無差別な捕食行為を繰り返す、生物としては単純な相手だ。それだけに交渉の余地はない〉
この怪獣は、災害と同じ。理不尽な現象として対峙するしかない脅威。
しかもただ待っていれば消えてくれるわけではない、此方と彼方、どちらかが滅びるしかない敵であると、ペイシャンは語る。
〈だが、単純故にその行動は予測できる。プリズ魔は日中なら太陽光で満足して動かない。奴が襲来するのは、次の夜ということになる〉
〈実体化したプリズ魔は、あらゆるものを光に変換して捕食しますが――それでも、近隣で存在する光源へ真っ先に惹き寄せられるという性質もわかっています〉
〈そう。つまり出現位置をある程度、誘導することができる〉
打てば響く、とばかりのレムの回答に、気を良くした調子でペイシャンが続ける。
〈決戦は今夜。既に政府に働きかけ、日没と同時、星山市を含む関東地方全域で、事故に見せかけた停電を起こす計画を準備させている〉
「えっ、それって……」
思わず、リクとルカが声を重ねた。
〈ああ。現代の文明社会で、電気が使えないということは、生命の維持すら危うくなる人間を作ってしまうということだ。予防策は打たせるが、死傷者の出る交通事故等も間違いなく発生するだろう。だが、そのリスクを秤に載せなければならないほどの脅威が、プリズ魔には存在している〉
リクは、先日見舞いした、朝倉スイが今居る場所を思い出した。
……被害を受けるのは、彼だけでは済まない。この文明社会を成り立たせる電気が停まれば、ペイシャンの言う通りもっと一溜りもない人々が居ることを、リクもルカも理解している。
〈まぁ、その手の施設には予備電源がある。そこに限れば、プリズ魔の目に留まらないよう、AIBの設備で外部に光が漏れないように工作することも不可能ではないが、それでも長時間は保たない。民家や一般車両の、独立した光源も含めてな〉
だから短期決戦が求められる、とペイシャンは続けた。
〈ウルトラマンたちはかつて、光線を吸収されない内部に飛び込む、特攻紛いの手段でプリズ魔を攻略している。だが、そんな危なっかしい方法で倒すのにも、事前にプリズ魔を冷却しておく必要がある。しかし、おまえたちにもAIBにも、それを可能とする能力が存在しない〉
その通りだ、とリクも頷く。そんなものがあれば、ギエロン星獣を退治するのに一般市民の手を借りる必要はなかったのだから。
そして今回の敵は、残念ながら家庭用冷蔵庫が何万台あったところで、どうにかできる余地はなさそうだ。
〈そこで――突破口になるのが、リトルスターの研究記録だ〉
「リトルスターの……?」
思わぬ単語が飛び出して、リクは疑問符を浮かべた。
〈プリズ魔は周囲の光を強制的に吸収する。同じく光の結晶であるリトルスター、その核となる、カレラン分子の働きに似ているとは思わないか?〉
「それは……まぁ、確かに」
〈それは偶然じゃない。とっくにくたばったエンペラ星人たちのカプセルを作ったように、怪獣墓場に漂う概念を収集し利用することは、ベリアルの十八番だった〉
ペイシャンのその言葉で、流石にリクも察しがついた。
同じく答えに至ったらしいルカが、一足先に声を上げる。
「カレラン分子の元になったのが、プリズ魔だった……ってこと?」
〈正解だ――まぁ、この情報は、元々はそっちが持っていた物だったんだがな〉
曰く、かつてレムがネオブリタニア号における権限を完全に掌握した時。秘匿されていたリトルスターに纏わる真相もまた、全てが詳らかになったのだという。
そこで得られた情報を提供したことで、AIBが本物のカレラン分子のデータを獲得したことが、分解酵素の特定・生産をベリアルとの最終決戦に間に合わせることができた、大きな要因であったそうだ。
〈光量子情報生命体であるプリズ魔が、自身を活動させるのに必要な情報を保存・更新し、同時に新陳代謝として外部の光を取り込む作用を発揮するための構造を、ベリアル軍はグレアム配列と呼んでいたらしい。あくまで光量子情報の配列による効果だが、その特性の一部を再現し、制御性を向上させ、対象を
ネオブリタニア号に残されていた研究レポートによれば、暗所ではグレアム配列効果を維持するために要求される距離が縮むことから、夜間のプリズ魔は物質化するまで自身を構成する光を圧縮することで、自己の情報を維持している。また低温下では、エネルギー枯渇状態と同様、機能不全に陥るという性質があるらしい。そして、その条件下で内部から爆破されたことにより、グレアム配列を崩された過去のプリズ魔は自らの情報体を維持することができなくなり、撃破されてきたのだそうだ。
〈そしてこれは偶然だが、本物のカレラン分子の構成モデルを手に入れる以前、トリィが試作した酵素の中には、グレアム配列を阻害する働きを持つものが既に存在していた〉
「おぉ! プリズ魔分解酵素、ってことだね!」
〈……まぁ、短いし明白だから、作戦上はそのネーミングを採用しておこう〉
リクが思わず漏らした感想に、ペイシャンはどこか呆れた様子で応じた。
〈そのプリズ魔分解酵素の生産にも取り掛かっている。日没までに用意できる量だけで、プリズ魔を抹殺することはできないだろうが――用意した光源で奴を誘き寄せ、この酵素を浴びせた後なら、倒すために冷却して内部から爆破する、なんて必要もなくなるはずだ〉
その作戦を成功させるための、星雲荘への協力要請。
ウルトラマンジードだけでも、AIBだけでも攻略できない難敵へ対抗するための申し出に、リクたちは一も二もなく頷いた。
◆
AIBとの打ち合わせを終えた後。
星雲荘の三人は、銀河マーケットでのアルバイトに出勤していた。
「二人とも、今日は無理はしないでね」
こっそりと、ライハが耳打ちしてくれる。
光怪獣プリズ魔が襲来するのは、あくまで日没後。それまでは、直接戦闘に当たる星雲荘は、作戦に支障を来さない限り、普段通りに過ごせば良いと――裏方に徹するというAIBからの助言を受けて、三人は労働に勤しむこととしていた。
もっとも、アルバイトに向かう旨を伝えたところ、既に数年遊んで暮らせるだけの資金を渡したはずだと、ペイシャンには呆れられたのだが。
ついでに言えば、その話を受けた直後、リクがやや挙動不審となって事情を聞いてきた。
何のことはない。この二週間、AIBの要請に対し――ルカの応答が、今のところはその契約に違反しなかったために、ペイシャンが報酬を振り込み続けてくれただけなのだが、兄は何故か著しく動揺していた。
その後、何故かライハやレムがリクを折檻するに至っていたが、理由まではルカにはわからなかった。
「おう、今日もよろしく頼むぜ」
顔を合わせると、店長が元気に笑いかけてきた。
確かに、元は生活費のための就労だったが――当面困らないお金が手元にあるから、だけでは、将来的には不安なだけでなく。
例え、自分たち兄妹の正体や、その事情までは知らないとしても。何だかんだ言って、兄の恩人でもあり……ルカの働きぶりを認めてくれた久米ハルヲ店長への恩義も、ルカの働く理由の中には既に、存在していた。
……ベリアル融合獣スカルゴモラのせいで、財産に多大な被害を受けたということへの償いのような気持ちも、確かに。
うっかり物思いに耽り、仕事が疎かにならないよう気合を入れ直していたところで。不意にルカは、聞き覚えのある足音に気づいた。
「……ルカ姉ちゃん」
現れたのは、原エリだった。
少女の来訪に気づいたリクや店長もやって来ると、面子が揃ったのを確認したとばかりに、エリは頭を下げた。
「この間は……変な空気にしちゃって、ごめんなさい」
「……謝ることじゃないよ」
健気な様子に、リクが代表して首を振った。
……それにはルカも、同じ気持ちだった。
事情を知っているライハでさえ、ヤプールに憑かれる隙を生むほどに、心を乱したことがあったのだ。
どんな人間も、いいや、人間ではないルカ自身も。どうしても目に見えるものや、過去の恐怖に心が引っ張られてしまう弱さがある。それはきっと、どんなに忌み嫌っても変わらない事実だ。
だから、その弱さを克服しようと頑張るのと、同じぐらいに――無闇に責めないことも大切なのだと。ルカは既に、充分学んでいたから。
エリや店長が、スカルゴモラという怪獣への苦手意識を持ち続けることが、ルカにとって嫌なことでも。そんな感情を抱くに至る過去を経ている二人もまた、同じ以上に辛いはずだと……そう思うことにした。
「あっ……」
そうしていると、また一人、あの日と同じ人物が姿を見せた。
「トオルくん……」
エリが振り返ると、少年はバツが悪そうに顔を伏せた。
だが、彼がこの店にわざわざ足を運ぶ理由は――リクとのドンシャイントークもないとは言えないが、十中八九、エリや店長とまた話すためだったのだろうと、ルカにでも読み取れた。
「この間は……ごめん。エリちゃんの気持ちも知らないで」
「――いいよ。私も言い方、きつくしちゃったから……」
甘酸っぱい気配が、二人の中学生の周囲に満ちる。
微笑ましい気持ちになるルカの隣で、興奮した様子の店長をリクが宥め、ライハが仕方ないとばかりに他の来客対応を引き受けていた、その時。
このことをモアにも後で伝えてあげようと考えていたルカは、視界の端で、妙に気を惹く赤と青の光があることへ気がついた。
「……何、あれ――?」
異様なまでに強く、ルカの興味を引き寄せる光の出処へ、視線を巡らせれば。
太陽とは別の光源――日天下でも煌々と輝く不自然なオーロラが、揺らめいて。
今朝、機械を通して耳にした、賛美歌の如き玲瓏な音色が、青空の下に降って来た。
◆
天を仰ぐルカに遅れて、リクはその出現に気がついた。
〈リク。ただちにフュージョンライズしてください〉
かつてなく切迫して聞こえる、レムの機械音声。
それが耳に届くのは、リクが既にジードライザーに触れるという、臨戦態勢を取っている証拠だった。
「皆、上!」
ルカが、まずリクの変身をアシストする。
周辺に呼びかけ、人々の注意を惹いた隙に。咄嗟に物陰へ飛び込んだリクは、ジードライザーを起動した。
《ウルトラマンジード! プリミティブ!》
ジードライザーが形態認証の音声を吐き出すのと、上空に突如出現した半透明の巨大多面体――光怪獣プリズ魔が、結晶化光線を真下に向けて放つのは。辛うじて前者が先を取った。
結果、銀河マーケットと結ばれていた射線上に出現することが間に合ったジードの展開したバリアが、プリズ魔の放つ光を受け止めることに成功していた。
「――っ、うわぁあああああ!?」
だが、プリズ魔の光線の出力は凄まじいものだった。照射が終わるまで凌ぎきることこそ叶ったものの、そこでバリアは耐久限界を迎えて砕かれ、その威力の余波にジードは落下しそうになる。
《――ソリッドバーニング!》
ウルトラマンの肉体が持つ、飛行能力だけでは持ち堪えられない――そう判断したジードは、かつてエリとトオルから譲渡されたリトルスターで獲得したフュージョンライズ形態、ソリッドバーニングとなって、外付けの推力であるバーニアを全開。銀河マーケットに墜落する手前で踏み止まり、上昇へと転じることに成功した。
バーニアの余波は、ライハがペイシャンから託された剣のバリア発生機能を密かに用いて、地上への被害を遮断してくれていた。
背後の心配をせずに済んだジードは、腕のバーニアによる加速も利用して、不気味なオブジェの如きプリズ魔を殴りつける――が、装甲された拳は軽い接触音を鳴らしただけで、簡単に跳ね返されてしまっていた。
「こいつ……強い!」
ウルトラマンの力を宿した、二体の怪獣を一方的に捕食した時点でわかっていたことだが――光怪獣プリズ魔の脅威を、ジードは直に感じ取った。
そして――続いて予想外の事態へと、呻きを漏らす。
「でも……日没まで出て来ないんじゃなかったのか!?」
〈そのはずでした。日中にプリズ魔が出現する事例は、今回が観測史上初めてとなります〉
淀みなく答えるレムの声にも、心なし、動揺が滲んでいるようにジードは感じた。
先の打ち合わせの後も、プリズ魔のデータには目を通していたのだ。光に満ちた環境下では、グレアム配列が成立する距離が長大化し、プリズ魔は自らを凝縮せずとも存在できる。そして、光量子として拡散した状態の方が、太陽光と触れる範囲が増大するために効率良く新陳代謝が叶う。
このことから、食欲しかない原始的な光量子情報生命体であるプリズ魔は、それだけで怠惰に満足しているのだと――ベリアル軍の研究データには、残されていたのに。
ジードの眼前には、間違いなく。ウルトラマンの攻撃も無力化するほどにその身を凝縮させたプリズ魔が、顕現していた。
それは、レムをして予測不可能な、とびきりの異常事態だった。
自然光で食欲を満たしているはずのプリズ魔に、本来あり得ない出現を招くものがあるとすれば、それは――
「もしかして……今朝の二匹以外にも、リトルスターが?」
〈――不明です。プリズ魔が取り込んだその二つ以外の反応は、検出できていません〉
ペイシャン曰く、プリズ魔にとって我慢のしようもない御馳走。その存在を疑ったジードであったが、レムの返答は端的なものだった。
〈AIBも事態に気づきました。本来の予定の三十パーセント程度ですが、既に使用可能状態にあるプリズ魔分解酵素の弾薬をネオブリタニア号へ搭載するそうです。一旦、星雲荘はそちらに向かう必要があります〉
「……わかった、頼む」
一瞬。足元に居る皆を、転送して貰うべきか悩んだ末に、ジードはレムを送り出した。
事情のわからないまま、店長たちを巻き込むことは却って事態を悪化させかねない。ここは自分が食い止めれば良いだけだと、ジードは頭部の宇宙ブーメランを投擲した。
だが、サイキックスラッガーはプリズ魔の堅い体表に弾かれるだけで、傷の一つも付けられはしない。
ならばとジードクローを装備し、コークスクリュージャミングを発動しようと試みるが――プリズ魔の放つ青い光線がジードを呑み込むと、金縛りに遭ったように動きが食い止められ、吹き飛ばされそうになる。
何とか持ち堪えたところで、姿勢が崩れた隙を狙うように――プリズ魔は再び、数珠繋ぎの結晶化光線をジードに浴びせた。
しまった、と思った時には、ソリッドバーニングの装甲表面が結晶化を開始する。プリズ魔の支配下にある、ウイルスのように侵食性の高い光量子情報体へと、ソリッドバーニングの全身鎧が変換され始めているのだ。
《アルティメットエボリューション! ウルトラマンジード! ウルティメイトファイナル!!》
その危機を、ジードは自らを構成する光量子情報を再び書き換えることによって脱した。
本体ではなく、装甲を纏ったソリッドバーニングでの被弾だったからこそ、何の後遺症も残さず凌げた。その幸運を噛み締めながらウルティメイトファイナルへと転身したジードは、プリズ魔が次のアクションを起こす前に超音速飛行で距離を詰め、ギガファイナライザーを一閃する。
――ガラスの割れるような、耳障りな音とともに。プリズ魔の構造体に亀裂が走った。
「……いけるっ!」
確かな手応えに、ジードは思わず歓声を漏らした。
一切の光学干渉を受け付けないという特性を無視した、純粋な硬度の話なら、プリズ魔はエタルガーやラグストーン・メカレーターよりは脆いらしい。
ウルトラ兄弟の伝説的な実力はジードも理解しているが、彼らが束になったのさえ蹴散らしたのがベリアルだ。その父から受け継いだ可能性を全解放したウルティメイトファイナルの身体能力と、光線を無効化する装甲を貫くために造られたギガファイナライザーの組み合わせは、プリズ魔にも通用する――!
確信とともに、二撃目を繰り出す。上手く立ち回れば、プリズ魔分解酵素を待たずとも、このまま倒し切ることができるかもしれない――
――それが願望混じりの希望的観測に過ぎないことを、ジードは盛大な空振りとともに理解した。
「――なっ!?」
プリズ魔の姿が、消えた。
機敏な印象から程遠い、無機的な多面体が高速移動した結果ではなく――光の結晶体が解け、大気中に偏在する光量子に還ったことで。
……日中のプリズ魔は、実体化するほどに凝縮せずとも、自己の存在を維持できる。そのために、通常は日が昇っている限り、この光怪獣は姿を消しているが――
もし、自らの意志により、昼間でも活動しようとすることがあったなら。それは夜間と異なり、実体と非実体、どちらへも自由に相転移しながらの活動が、可能であることを意味している――!
そうして一度、光量子に拡散することでギガファイナライザーの一撃を回避したプリズ魔は――ジードを無視して、星山市の街中に再出現すると。
結晶化光線を三度。執拗なまでに、銀河マーケット目掛けて繰り出していた。
◆
青空の中、突如出現した怪獣プリズ魔に、ウルトラマンジードが応戦している最中。
車輌を用いた移動式店舗である銀河マーケットは、抱えていた商品を捨てる決断を下した久米ハルヲ店長が、子供客を中心とした逃げ遅れた人々を乗せて避難しようとしていたが。
「駄目だ、全員は乗れない!」
「なら私、走って逃げるね! かけっこ、ライハより速いから!」
荷物を掻き出した店長が悲鳴のように叫ぶのに、ルカはそんな言い訳を口にした。
もちろん、一緒の避難を拒む本当の理由は違うと――心の中で、密かに呟きながら。
「あっ、おい!?」
「ルカ姉ちゃん!」
店長や、エリが呼びかけて来る中。少女の隣に身を詰めたライハが無言で視線を送って来るのに、ルカは頷きを返して駆け出した。
「ぼ……、僕が残ります!」
「馬鹿言わないの――出して。ルカの勇気を無駄にしちゃいけないわ」
震えた声で飛び出そうとするトオルを抑えながら。窓越しに、ライハがそんな風に言ってくれるのを、人外の聴力で聞き取っていると――同時に降って来た不快な破壊音に、思わずルカは顔をしかめた。
「……さっすがお兄ちゃん!」
だが、音の出処に顔を向ければ、それはたちまち歓喜の声に変わった。
ペイシャンが散々脅していたプリズ魔の防御力を、ウルティメイトファイナルと化したジードは易々と突破していたのだ。
流石に一撃では軽度な損傷だが、ギガファイナライザーで何度も殴りつけてやれば、すぐ粉々にしてやれるだろう。
これなら己の出る幕などないかもしれない――などと。兄の活躍に胸を躍らせていたルカは、次の瞬間の出来事に瞠目した。
ジードの追撃が当たる前に。プリズ魔が――消えたのだ。
光に還ったその行き先を、ルカはしかし目で追うことができた。
プリズ魔の中心に存在していた赤と青、双つの蠱惑的な輝きが、ルカの視線を自然と吸い寄せていたから。
そうして、ルカが振り返ったその先に。ジードに負わされた傷さえ再生した、完全な状態に自らを再構成したプリズ魔の実体が、銀河マーケットの車が逃げるのを塞ぐように出現していた。
続けて、プリズ魔が発光する。店長がハンドルを握る車ごと、ルカを真っ直ぐに貫く射線で、結晶化光線を放とうとしていた。
そのことに気づいた瞬間、ルカは即座に自らの保存する光量子情報に接続し、本来の姿を解き放った。
プリズ魔が再出現した際と同じように、ウルトラマンや、その血を組み込まれた光量子情報生命体である培養合成獣は、実体を結ぶ座標をある程度、任意に再設定することができる。
その気になれば、応用で敵の攻撃を回避することも難しくはない。
故に、ルカ――スカルゴモラは、銀河マーケットの車輌に覆い被さるように、その肉体を顕現させて。
その身で直接、プリズ魔の結晶化光線を浴びることにより。大切な人たちの詰まった入れ物を、庇うことが間に合った。
……車とスカルゴモラ自身の衝突は、怪獣念力で優しくブレーキを掛けて防ぐことができた。
バリアと、サイコキネシス。まだ同時に扱うには、順番に発動するしかない。だからバリアを先に貼れば、激突を防げなかった故の苦肉の策は、何とか望んだ通りの結果をスカルゴモラに齎していた。
「――ルカ!」
光線に灼かれる最中、ジードが空から降りてきた。挿し込むように兄の展開するバリアが、スカルゴモラと銀河マーケット、その両者をプリズ魔の光線から遮断する。
そうして生まれた余裕の間で、身を起こしたスカルゴモラが車輌の無事を確かめていると――後部座席に座ったエリと、目が合った。
「……助けて、くれたの……?」
音波を武器とするスカルゴモラの超聴覚は、ガラス越しの少女の、呆然とした声を拾っていた。
――本音を言えば、その問いかけに、頷きたい気持ちだったけど。
しかし今は、そんな余裕もないと。スカルゴモラはゆっくりと、車に被害を与えないように注意しながら、その動線を阻害していた体を退けて行く。
「……あの怪獣はね」
緊張した面持ちの店長が、こちらの様子を窺うように運転席の窓を開けて、身を乗り出したのと同じタイミングで。車中のライハが、エリに向けて優しく語りかけている声が、変わらずスカルゴモラの耳に届いていた。
「前に、あなたを狙った怪獣と、そっくりだけど――全く違う怪獣なのよ」
ライハが、そう言ってくれている間に。周辺の状況を把握し終えた店長が覚悟を決め、戦場から距離を取るように脇道へと車を走らせたのを見届けて。
スカルゴモラは、プリズ魔と対峙していたジードの隣に歩み出た。
「ルカ、怪我は!?」
「(……火傷しちゃった。あいつの光線、物凄く強いね)」
ジードの心配の声に、被弾した右腕を翳したスカルゴモラはそう強がった。
だが、兄が本当に心配していたのだろう結晶化現象は、幸いスカルゴモラの身に起こっては居なかった。
……おそらくだが、スカルゴモラとしての肉体を完全に成立させる前から、自分から当たりに行ったのが功を奏したのかもしれない。プリズ魔による光量子情報の変換を、スカルゴモラ自身の転身で上書きすることで、克服したのだ。
そして、その経験が培養合成獣の遺伝子に、結晶化光線の作用を無効化する術として記憶されたことで、その後の効果をも掻き消したのだろう。
ただ、結晶化作用が働かない場合の、純粋な破壊熱線としても相当の火力だった。結晶化作用の無効化に消耗する体力も考えると、やはり何度も喰らいたくはないというのが、偽らざる本音だ。
「(だけど……お兄ちゃんと一緒なら、負ける気がしない!)」
この二週間、七度に渡る怪獣との交戦経験。そのどれと比べても、プリズ魔は別格の強敵だろう。
だが、その時には居なかった、最高のヒーローと一緒なら。恐れることは何もないと。
そう吠えたスカルゴモラに、治癒光線を浴びせてくれていたウルトラマンジードは、力強く頷いた。
「……ああ。僕も、ルカと一緒なら――どんな相手にも、絶対負けない!」
互いに向ける信頼を確かめ合い、怪獣は大地を揺るがし、光の巨人は空を翔けて。
闇の血を継ぐ兄妹は、愛や信頼といった感情とは無縁の、邪悪なる光の化身へと立ち向かった。
Bパートあとがき
宣言通り、というと変かもしれませんが、今回のメイン敵怪獣となるプリズ魔に、「昼間は姿を消している、光が物質化するほどに凝縮した怪獣」という設定を超拡大解釈して「(本来出現自体があり得ないが)日中なら凝縮した実体と拡散した非実体を切り替えできる」だの「リトルスターの誕生に関わった」だの、ものすごい量の独自設定を加えています。ご了承ください。
以下、いつもの雑文。
・グレアム配列
プリズ魔の元ネタであるSF小説『結晶世界』の作者、ジェームズ・グレアム・バラードが元ネタとなる独自用語です。
もちろん公式にはリトルスターとプリズ魔の関係やら、プリズ魔のグレアム配列がどうとかいう設定はありませんが、『ウルトラマンジード』はSFに由来するネーミングが非常に多い作品であるため、ネオスカイラーク号と合わせてジードの二次創作っぽくなっているかな、と自己満足気味であります。
なお、レムがリトルスターに関する情報を提供したことでカレラン分子分解酵素の完成が間に合った、という設定も、公式には特に存在しませんので、ご了承ください。
そもそも今更ですが、本作で勝手にウルトラマンを分類している『光量子情報生命体』という用語も公式ではないですね、はい。某邪悪なる暗黒破壊神の魂が『光量子情報』と表記されていたりするぐらいかな、といったところですが、Xやメビウスが自身をデータ化して電脳世界で活動したりもするので、ウルトラマンは光であり情報としても成立する生命体、という解釈を何となく表現した形になります。