ウルトラマンジード ベリアルの子ら   作:ヨアンゴ

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第九話「共闘-コンビネーション-」Aパート

 

 

 

 降りしきる雨の中、虚空が割れた。

 路地裏の何もない空間が、ガラスを割るようにして砕け散る。そこに開いた異次元の穴を通って、小さな白い影が転がり出た。

 辺り一面を浸した水溜りへ飛び込む格好となり、盛大な音を立てて豪奢な修道服を汚した少女は、それを嘆くでもなく立ち上がり、駆け出し始める。

 

「おこらせちゃった……おこらせちゃった――っ!」

 

 どうしよう、と目元に涙を浮かべながら走るのは、サラと名付けられた七歳前後の女の子――の姿へ擬態した、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)だった。

 痛みや恐怖を感じない暗黒の化身たる生物兵器(テリブル・モンスター)、超獣。その偏った特性の孕む限界を越える、新たな可能性として創造された彼女は今、その心が新たに感じることのできる痛みと恐怖を確かに味わい、それに支配されていた。

 

 脳裏を占めるのは、新たなる超獣の頂点である自身をも蹂躙する圧倒的な暴力の主。創造主たるヤプールが畏れ、サンダーキラーSには少量しか与えなかった究極生命体の血、それを色濃く組み込まれた設計者違いの姉、培養合成獣スカルゴモラの見せた、その怒りの凄まじさだった。

 

 ……ずっと、遊んで欲しいと思っていた。

 一人きりで生まれて。意識が確立した頃には、既にヤプールも消え去り。同じ異次元に存在する超獣たちは、そのヤプールの干渉がなければ自我もない。

 そんな自分とも、兄姉なら遊んでくれるかもしれないと聞いて。サンダーキラーSは、一も二もなく生まれ故郷を出奔した。

 そして、二人と初めて会ったその時に。見かけた仲良しの兄弟が楽しそうにしていた、怪獣ごっこ――サンダーキラーSの兄や姉の真似っ子をする遊びを、自分は本人たちとできるのだと、舞い上がって。その時は断られて、何日も我慢した次の機会はウルトラマンゼロに邪魔されて。その後、ドンシャインごっこで気が紛れたとはいえ、一度抱えた期待は完全には捨て去ることができず。そんな欲望を後押しする言葉に甘えて、嫌がる兄と姉を遂に、無理やり怪獣ごっこへ巻き込んだ。

 

 サンダーキラーSは――サラは、愚かだった。

 初めて痛みを感じることができるようになった革新機、独立した一個の生命体として作られた究極超獣は、痛いというのがどんな気持ちなのかを、理解していなかった。

 だから、ずっと制止を呼びかけていた兄姉が、どれほど嫌がっていたのかを理解せず、遊び半分で傷つけて、遂に本気の怒りを買ったのだ。

 そして、(リク)を傷つけられた(ルカ)が見せた怒りは、超獣など及びもつかない究極生命体の力の片鱗を存分に引き出し、サンダーキラーSを一方的に叩きのめした。

 その時になってようやく、痛みを知ったサラがどれほど許しを請うても、もう遅かった。姉は、許してくれなかった。

 

「――っ、うぅ……」

 

 沢山の笑顔を向けてくれた、優しいお姉さま。そんな彼女から容赦なく叩き込まれた、感情の烈しさを振り返る。呼応したように、殺意の刻まれた傷が全身で疼いて、体勢を崩したサラは駆ける勢いのまま倒れ込んだ。

 せっかく手に入れたお揃いのリトルスター(おほしさま)も、その姉の憤怒を浴びる間に、すっかり萎んで見えなくなってしまった。

 そのおほしさまを準備してくれた……そもそも、兄や姉と遊んで貰うと良いと、独りで目を覚ましたサラに教えてくれた不思議な声も、今はもう聞こえない。

 

「どうしよう……どうしよう……」

 

 なんてことをしてしまったんだろうと、今になって悔やむ。

 ただ、遊んで欲しかっただけなのに。優しい二人は、ちゃんとそれに応えてくれたのに。サラという、素敵な名前もくれたのに。

 全部、自分の手で壊してしまった。弁えずに、甘え倒して、そして我慢の限界を越えさせて、否定された。

 ……また見つかったら、痛い目に遭わされるのだろうか。今度こそ、この命を奪われるのだろうか。悪い子の自分には、もう、かけがえのない兄姉とさえも、そんな関係しか許されないのだろうか。

 再び膨れ上がる不安が、サラの小さな体を取り囲み、押し潰し始める。その負荷はやがて、彼女の疲れた心を現実の世界から切り離し、仄暗い眠りへと誘った。

 

 ……それでも。命の危機すら感じながらも、サラは、星山市から離れはしなかった。

 元より他に行く宛のない身とはいえ、敢えて同じ次元にその傷ついた身を晒す理由は、彼女の中にただ一つだけ残された希望にあった。

 それが、どんなに身勝手なものか、既に重々承知の上でも。

 因果応報で、姉に殺されかけていたその時。サラに命を脅かされた張本人でありながら、その報復を止めて――傷ついたこの身を癒やす、優しい光をくれたその人。

 ウルトラマンジード――兄、朝倉リクの存在が、この場所にはあったから。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ゆるして、お兄さま、お姉さま……!」

 

 悪いのはサラ自身。それでも、今、姉に会うことは怖い。

 ――もしかすると、お腹を裂いてしまった、兄とさえも。

 なのに、都合の良い許しを求めて。生まれたばかりの究極融合超獣は、意識を失ってもなお、そんな言葉を唱え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 ……金色の鬼の夢を見た。

 その鬼は、私よりずっと強くて。一方的に殴られ、蹴られ、投げられて、その度に、鈍い痛みが傷つけられた箇所から響いた。

 

「痛い、痛いぃ……もうやめてぇ――!」

 

 泣きながら、許しを請う。

 だけど、私は知っている。私の声は、鬼には届かない。いじめないでと訴えても、鬼は私を――

 

「わたしがやめてって言っても、自分はやめなかったのに?」

「……えっ?」

 

 甘ったるい幼い声が、私の訴えに応えた。

 記憶にない変化に、恐る恐る目を見開いた時。そこにいたのは鬼ではなく、金色の兜を被った白い竜だった。

 

「ひどいわ、お姉さま」

「あ……っ、ちが――」

 

 その言葉を否定しようと思った、次の瞬間。気がついた時には、私は既に、その白い竜に殴りかかっていた。

 

「痛っ、痛いぃ……もうやめてぇ、お姉さま――!」

 

 泣きながら許しを請う妹を、私は限りのない力が溢れるままに打ちのめす。拳を通して伝わる振動は、確実に目の前の存在を屈服させ、内なる衝動を解放する心地良さで私を囃し立てた。

 

 違う――違う、違う!

 私は、私はこんなこと、したくない――!

 

 そんなことを口にするちっぽけな自我は、圧倒的な力の行使に伴う、快楽の闇に呑まれてしまっていた。

 

「ルカ……もう、やめるんだ」

 

 そんな私の楽しみを、掣肘しようとする不届者が居た。

 だから私は、その邪魔者も、漲る力のままに腹を割いてやって――

 

「あ……うぁあああっ!?」

 

 ――引き裂いた後に、相手の正体に気がついた。

 

 それが……私の何より大切な人。世界の何もかもに否定されたと思っていたこの私を、守ると言ってくれた――私が生まれて初めて見つけた、心安らげる居場所である、

 同じ血をその身に宿した――私の本能が、命を壊す標的とする、兄だということに。

 

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 言葉にならない絶叫とともに、朝倉ルカは身を起こした。

 一時は戦闘後の定位置となっていた修復装置ではなく、自室として与えられた星雲荘の一室、そのベッドの上で。一ヶ月ぶりの、そしてあの時以上の悪夢から帰還したルカは、激しい動悸に襲われながら、思わず己の両手を見つめていた。

 そこに、兄の血が付いていないことを確かめて心底安堵し、続けて己の浅ましさに愕然とする。

 

 己が、兄を引き裂いたのは未遂であっても――あれほど嫌悪した理不尽な暴力を、妹相手に行使して、その心身を深く傷つけたことは、紛れもない事実であるというのに。

 自身も重体であった兄が、その身を挺して止めてくれていなければ、間違いなくそのまま命を奪っていたのに……何を、ああ良かったなんて、安心を――?

 

 ……例え、痛いのがどういうことかすら、何もわかっていない(サラ)が、(リク)の話を聞かず、その生命を脅かしたことは事実でも。

 傷つけられて、痛みを知って。痛い痛いと涙し、自らが悪かったと省みて許しを請うサラを甚振ったのは、かつて兄が信じてくれた己の生き方から外れたその振る舞いは。紛れもなく、ルカ自身の本能に呑まれた――拭い去れない宿痾であるというのに。

 

「……珍しいわね」

 

 自己嫌悪から嗚咽を堪えられなくなって、ベッドの上で蹲ってから暫くの後。扉の向こうから、そんな呼びかけが聞こえてきた。

 

「リクじゃなくて、あなたが寝坊するなんて」

 

 声の主は、同居人にしてルカの師である、鳥羽ライハだった。

 

「――っ、お兄ちゃんは!?」

「あなたが修復装置を譲ってあげたから、もう大丈夫。まだ座ったままだけど、とっくに目を覚ましてるわよ」

 

 名前を聞いて、真っ先に飛び出た疑問に、ライハは安心させるように答えてくれた。

 ベッドから飛び出し損ねたルカがそのまま、ほっと胸を撫で下ろしていると。ライハは部屋に入らないまま、続けて問うてきた。

 

「とっくに朝練の時間、過ぎてるけど……どうする?」

「………………やりたくない」

 

 悩んだ末に、ルカはライハの確認に首を振った。

 

「もう……強くなんか、なりたくない」

 

 自分から、弟子入りしておいて。そんな身勝手な言葉をルカは吐いた。

 

「……そう。あなたが本気でそう望むなら、私はそれでも良いけど」

 

 これが原因で、ライハにも嫌われるかもしれない――そんな苦悩の末、涙すら滲んだ回答を、しかし壁の向こうのライハはあっさり受け入れた。

 

「でも――あなたはまだ、自分で思うほど、強くなれてはいないわよ。ただ、自分を見失って力に振り回されただけ」

 

 だが、扉越しのライハはまだ、ルカに向かって語りかけ続けていた。

 

「力任せに拳を握れなんて、私は教えた覚えはないわ」

「……そんな生き物なんだよ、きっと、私は」

 

 いくらライハが親身になって、色々なことを教えてくれても。自分はあっさりとそんなものを忘れてしまう浅ましい獣なのだと、ルカは頭を振る。

 

「それは、あなただけじゃないわ。最初から自分の力の使い方を知っている生き物なんて、そうはいないもの。正しい使い方を、すぐ身に着けられる存在も」

 

 兄弟殺しの本能を持つ己が、これ以上力を増してしまっても。きっとリクを傷つけるだけになると嘆くルカへ、ライハは飽きもせずに付き合ってくれる。

 

「だから、あなたが望んだ自分を見失わないように――また、私の拳法を習いたくなったら、いつでも言ってね。今まで通り、訓練してあげるから」

「望んだ、自分……」

 

 ライハの言葉を反芻して、ルカはしかし消え入るような声で続けた。

 

「……自分から、遠ざかっちゃったよ、そんなの」

 

 今の己の有様を思えば、ルカはそうとしか思えなかった。

 

「ちゃんと考えて覚悟したから、じゃない。自分にとって都合の悪い相手をやっつけることに慣れちゃってたんだ、私」

 

 それは、あの日。初めて怪獣の命を奪った際、ライハを相手に宣言した決意表明と、真逆の在り方だった。

 

「そんな鈍った覚悟で、よりによって、自分の妹相手にあんな、あんな酷いことを……っ!」

 

 きっとこの罪は許されない。自分自身も許せない。

 

「――私にも、同じようなことがあったわ」

 

 そうしてルカがまた、嗚咽を漏らすだけになってから、少しして。再び、扉越しでライハが口を開いた。

 

「大きな力を手に入れて。それで、自分が本当に嫌悪したものと同じことを、何も悪くない相手にして……絶対に、許されないと思った」

 

 未だ、微かな後悔を残していると感じ取れるその想いが、口から出任せではなく。普段から考えていることを言葉にしているだけだとわかる落ち着いた口調で、ライハは続ける。

 

「だけど、あなたは許してくれた」

「――っ!」

 

 深い感謝が籠もったライハの言葉へ、ルカはすぐには返事ができず、ぱくぱくと口を開閉させた。

 

「それは……ライハは、操られてただけだもん……」

「そんなことない。私の中に、確かに理不尽な憎悪の心があったから、ヤプールに利用された。あの時、何の罪もないあなたを傷つけたのは、間違いなく私の弱さだった」

 

 理不尽、などというライハの自己評価に。相手から見えもしないのに、ルカは思わず首を振る。

 

「だって……ライハは、あんな過去があったのに、私にずっと優しくしてくれてて。捕まってても、ヤプールから、私たちを守ってくれたのに……許すも何も、そもそも私にそんな資格なんか、なかったよ」

 

 あの日モアは、自己嫌悪するルカに対してライハを許してあげてと、言ってくれたけど。ルカにはそうとしか思えなかった。

 自分のせいで、兄の大切な居場所を壊したくなかった。だからどうか星雲荘に居て欲しいと、ルカがライハにお願いする立場であったとしても、逆はないと――そう思っていた。

 許されないと思っていたのに、許してくれたのは、ライハの方だと――ルカはずっと、そう感じていた。

 

「それなら――あなたと妹も、一緒なんじゃないかしら」

 

 その時。ライハは、そう問いかけた。

 ――許されるはずがない、という気持ちは。ルカだけが抱いているものではないのかもしれない、と。

 

「……そんなの、虫が良すぎるよ」

 

 ライハの時とは、違う。彼女の両親を奪い、在りし日の銀河マーケットを踏み潰し、原エリをも付け狙ったのは、ベリアル融合獣スカルゴモラでも――サンダーキラーSを傷つけたのは、培養合成獣スカルゴモラ自身なのだから。

 その事実の重さに押し潰されそうなルカへ、ライハはもう一度、優しく告げてくれた。

 

「でも――そんな虫の良い私を許してくれた、あなたの妹なんだもの」

 

 ……ライハのくれた言葉に、救われた気がするのは、やはり己が浅ましい獣だからだろうか。

 そう悩みながらも、ライハの励ましを本当に有難く思ったルカは、同時にこうも考えた。

 あの子には――サラには。そんな言葉をくれる相手も、今は居ないのではなかろうか、と。

 

 

 

 

 

 

〈……大変なことになっていたんだね〉

 

 画面を通し、遥かに遠い銀河の彼方から、ペガッサ星人ペガがそんな感想を零すのを、修復装置に横たわったまま朝倉リクは聞いていた。

 昨日は、新しい妹であるサラに関わる事態の数々で、ペガとの定例通信ができなかった。そのことを心配していたペガに、予めレムが情報を伝えてくれてはいたが――やはり、リク自身の口から大切なことは話しておきたいと、謝罪も兼ねてこうして通話していたのだ。

 

「うん――ごめん、ペガ。心配かけた」

〈気にしないでよ、リク。ペガは大丈夫。それより今は、ルカと――サラのことだよね〉

 

 新たに出現した超獣のことを、リクたち兄姉(きょうだい)が妹として付けた名前で呼んでくれながら、ペガが言う。

 ちょうどその時、中央司令室の扉が開く音が、リクの耳に届いてきた。

 

「……お兄ちゃん!」

 

 上体を起こして振り返るリクを見て、入室してきたルカが、思わずと言った様子で声を上げた。

 

「おはよう、ルカ。もう起きてきて大丈夫?」

「おはよう。私は平気。お兄ちゃんこそ、本当にもう大丈夫なの……?」

 

 問われたリクは、頷きながら腹の上を叩いてみた。走る痛みですぐに後悔して、ゆっくりと修復装置の上に横たわり直す。

 

「だ、大丈夫!?」

「もう、変な意地張っちゃって」

 

 思わず駆け寄ってくるルカと、その後ろから呆れた調子で姿を見せるライハが各々、痛みに震えるリクを心配してくれる。

 ……そんな二人の様子を見て。ルカのことを心配していたリクは、ライハが代わりに動いてくれたことを悟り、胸中で深く感謝しながら、二人に向けて口を開いた。

 

「ごめん。それより、ペガとも話していたところなんだけど……レム。今、サラがどこにいるか、わかる?」

〈不明です〉

 

 リクが代表して問うと、星雲荘の報告管理システムであるレムが、端的な回答を寄越してきた。

 

〈今のサラは、リトルスターも観測できなくなっています。昨日と違い、この次元に現れたとしても、簡単には特定できないでしょう〉

 

 ……昨夜の、ごっこ遊びから命の奪い合いに発展しかけた戦いの中で。究極融合超獣サンダーキラーSは、レイオニクスの力を爆発的に開花させた培養合成獣スカルゴモラの猛威に晒され、深い絶望を覚えた。

 その結果として、宿主の夢や希望と言った想念と深く結びつくリトルスターは、観測不可能なほどに縮小してしまった――それこそ、かつてベリアル融合獣スカルゴモラの暴虐に両親を奪われた、ライハのように。

 

「……私のせいだ」

「違う。僕のせいだよ」

 

 思い詰めた様子で、ルカが呟くのを聞いて。リクは反射的に訂正していた。

 

「僕が……ちゃんとサラを叱らなかったから。ルカに、辛い役目を押し付けてしまったんだ」

「そんな――そんなわけないよ! だって、お兄ちゃんはずっと、私を庇って……あの子のことだって、お兄ちゃんが、私から助けてくれたのに!」

「……約束しただろ、ルカ。僕は君を守る。そしてもしも君が、世界を傷つけてしまいそうな時には、僕が君から世界を守るって。君が笑顔で居られるように……」

 

 ――なのに、自分はその約束を果たせなかったと。リクは、ルカの表情を見て悔やむ。

 リクが無様を晒したばかりに。リクを案じる余り、ルカはレイオニクスの血を暴走させてしまう憂き目に遭った。そして、あんなにも笑い合えていた末妹(サラ)の命を奪いかねないほどの、憤怒に呑まれてしまったのだ。

 その光景は――この手で実父を討ったリクが、何より見たくないものだったのに。己の無力と覚悟の不足が、そんな事態を招いてしまった。

 

「だから、僕が不甲斐ないせいだ。ルカとサラが、笑えなくなっちゃったのは――」

「ちが、違うよ――っ!」

「……そこまでにしなさい、二人とも」

 

 ルカがまた声を掠れさせるのを、見てられないとばかりに、ライハが割って入った。

 

「自分で自分を責めている家族を見て平気で居られるほど、あなたたちの兄妹は無責任じゃないでしょ」

〈そうだよ、二人とも。ペガも、そんな二人は見たくないよ〉

 

 遠い銀河の彼方まで身を移し、兄妹の平穏のために努力してくれているペガからも制止されるのを受けて、リクたちは押し黙った。

 

〈――再発防止の原因追求はともかく、犯人探しで勝手に弱られたら困るのは、俺たちとしても一緒だ〉

 

 そこで、マイペースに割り込んで来た声の主は、星雲荘の人間ではなかった。

 

「ペイシャン博士」

 

 ペガが表示されている通信画面に追加で表示されたのは、AIBの研究セクションの責任者――なのだが、ジードが不在とした期間に行われた星雲荘との共闘が影響し、この頃は実質的な顔役になりつつあるゼットン星人の名を、リクは呼んだ。

 

〈そもそも最初に暴れ出したのはサンダーキラー(ザウルス)の方だ。おまえらの監督不行届ではあるんだろうが、あれだけの超獣が出現したのに、結果的に被害は怪我人一名だけで済んでいる。そう悪く思うほどのものじゃない〉

「……お兄ちゃんだけじゃないよ」

 

 そのただ一人の怪我人であるリクを見ながらペイシャンが言うと、ルカが口を挟んだ。

 

〈ん、おまえは戦闘終了時には治っていなかったか?〉

「じゃなくて! 私が、サラを――!」

〈そういうのをやめろと言われたのに、しつこい奴だな〉

 

 呆れた調子で、ペイシャンがルカの抗議を受け流した。

 

「……あなたが言ったんでしょ。レイオニクスの血に気をつけろ、って」

〈あれは気を許しすぎるな、という意味だ。少なくともあの時点で、俺が超獣の心配をするわけがないだろう〉

 

 ……暗に、自分たちのことを心配してくれた、と。

 呪いを自覚させられたと恨み節をぶつけるルカも、ペイシャンの発言が意味することを理解したのか。末妹(サラ)について、今の彼がどう思っているのかは不明ながら、その言葉に耳を傾け始めていた。

 

〈加えて言えば、仮におまえが暴走しても、レイオニクスの闘争本能はウルトラマンの干渉で鎮静化できる。だから正気で破壊活動を行う恐れがあったサンダーキラー(ザウルス)はともかく、今更おまえを疑うつもりもない〉

 

 信頼を告げられたルカは、一瞬虚を衝かれたような顔をした後、再びその顔に不安を浮かべた。

 

「でも……それじゃ、もし、私が……」

 

 一瞬だけ、ルカがリクに視線を向けて、俯いた。

 

「――私が、お兄ちゃんを……」

〈信じられないのか? おまえらの父親にも打ち勝って、この宇宙を救ったウルトラマン――おまえの兄の力が〉

 

 リクへの遠慮と。そして、ただ言葉として吐き出すだけでも辛いといった表情で言い淀むルカの懸念を見て取ったペイシャンが、先を取る形で問いかけた。

 ……現実問題として、その兄は、ルカの目の前で醜態を晒していたわけだが。

 今、そんな口を挟む意味はないと。むしろ、ペイシャンから向けて貰えた信頼に応えることを考えようと、リクは決意して。

 もう一度、こちらに視線を向けてくれたルカへと、力強く頷いた。

 

〈そもそも、やめろと言っている身内の腹を切るような悪ガキをぶん殴らなきゃ気が済まなくなるのは、別にレイオニクスじゃなくても同じだと思うがな。それでも自分で不快だというのなら、次からは気をつければ良いだけだ〉

 

 ペイシャンが言い切る頃には、リクもルカも、彼が言うところの犯人探しをやめた。

 

「それで――そもそもは何の用、ペイシャン?」

 

 そこで、その真意を探ろうとするように、ライハがペイシャンへ問うた。

 

〈元はただの情報共有だな〉

〈AIBも状況を把握し、サラの行方を捜索してくれています〉

〈ま、別に成果もまだ上がっていないし、そもそもがおまえらが期待しているような形じゃないぞ〉

 

 レムの補足に対し、素直に協力しているわけではないという顔で、ペイシャンが言う。

 

〈モア辺りは違う思惑かもしれないが……究極超獣が今も潜伏しているなんて、単純に危険過ぎる状況だ。AIBとしても優先的に警戒するのが当然という、ただそれだけの理由に過ぎない〉

「……見つけたら、どうするつもり?」

〈当然無力化する――わけだが、今この瞬間の俺たちに、それができる戦力があるかと問われれば、まぁない、な。十中八九、おまえらに協力を要請する格好になるだろう〉

 

 結局のところ、単に捜索へ協力してくれているに等しい、というペイシャンの告白に、リクは思わず肩の力を緩める。

 

〈どんな形で連絡することになるかはわからないが、そのつもりで備えていろ。……とりあえず、おまえはさっさと傷を治せ。この宇宙を脅かす問題は、サンダーキラー(ザウルス)だけじゃないんだからな〉

 

 例えば、ウルトラマンゼロたちが立ち向かっている滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワン。

 例えば、プリズ魔を操り、またヤプールをも滅ぼして、サラをこの世界に導いた何者か。

 トレギアが滅びてなお、次々と現れる恐るべき脅威を想起したリクは、ペイシャンの指示に深々と頷いた。

 見届けたペイシャンは、〈進展があれば報告する〉と言い残し、通信画面を終了した。

 

「……お兄ちゃん」

 

 ペイシャンが姿を消してから、不意に、ルカが呼びかけてきた。

 

「――ありがとう。昨夜、私を止めてくれて」

 

 そうして妹は――ようやく。自分を責めるだけではなく、周りを振り返れるだけの落ち着きを、取り戻せた様子だった。

 

「おかげで、私は……あの子の命までは、奪わずに済んだから」

「――僕の方こそ。ルカが戦ってくれなかったら、もしかするとサラにその気がなくても、僕は死んでいたかもしれない。助けてくれてありがとう、ルカ」

 

 そんなルカに釣られるように、リクもまた、彼女に助けられたことへの御礼を告げた。

 

「……ライハも、ペガも、レムも。さっきからごめんね」

「いいわ、気にしないで」

 

 代表して応えるライハに、ルカはもじもじとした様子で言葉を続けた。

 

「ライハ。いきなり話をひっくり返して悪いんだけど……また、トレーニングして貰っても、良いかな?」

「ええ……もちろん」

 

 ルカのお願いに、ライハは嬉しそうに頷いてくれた。

 ……やっと。昨夜の惨劇を受け止めて、日常に回帰した上で、さらに前を向いて進めるようになり始めた、その時のことだった。

 AIBからの入電と入れ替わるように、新たな通信をレムが受け取ったのは。

 

〈聞こえるか、ウルトラマンジード。こちらUFZ(ウルティメイトフォースゼロ)、ジャンボット〉

 

 そして、衝撃的な報告が飛び込んできた。

 

〈結論から言う。我々は敗北した――ザ・ワンは遠からず、君たちの地球に飛来する〉

 

 

 

 

 

 

 ――AIB地球分署極東支部の、研究セクション本部。

 ピット星人トリィ=ティプは、そこに勤める研究員の一人だった。

 かつて、彼女が試作したカレラン分子の分解酵素の失敗作を、光怪獣プリズ魔を弱体化させる毒素として転用することが決まったのが、昨日のこと。

 その生産管理や、前倒しとなった実際の運用と、その散布後の周辺状況の収束。

 それらの監理者として関わった上で、理論モデルではない実物が、ぶっつけ本番の運用後、地球環境に悪影響を残していないかのデータを纏めていると、気づいた時にはすっかり徹夜してしまっていた。

 そうして、ようやく懸念事項がなくなるまで段落したので代休を申請しようとしたところ、上司が星雲荘との通信を行う場面に遭遇した。

 

「ペイシャン。何だか親戚のおじさんみたいだったわね、あなた」

 

 星雲荘とのやり取りを終えたゼットン星人ペイシャン・トインが一息吐いたのに、待機していたトリィはそんな感想を零した。

 言ってから、ペイシャンが不機嫌そうに睨めつけてくるのを見て、トリィは疲れからか少し口が軽くなっていたと悟る。

 

「誰がおじさんだ、誰が」

「ごめんなさい。口が滑ったわ」

「全く。おまえもすぐに、そんなことも言っていられなくなるぞ」

 

 ――おそらく、疲れても軽口を叩く余裕すらなくなる、という意味で述べたのだろうペイシャンは、その頭を小さく振ってから続けた。

 

「だから定時で上がれと言ったのに、結局今まで働いていたな?」

「ええ。悪いけど、今日は代わりに休んでも良いかしら?」

「昨夜の残業は命令していなかったぞ、と言いたいところだが――心情は理解できる。余裕のある間に、前倒して案件を片付ける必要性もな」

 

 ――地球という星と、そこに生きる人類が今、形成している文明を気に入っている。

 そんな理由でAIBに参加したトリィが、万に一つも自らの発明で地球を汚してしまいたくないという気持ちと。今後の組織体制の不安定さが見込まれる状況下での、専門業務の調整を認めたペイシャンは、あっさりとトリィの申請を受け付けてくれた。

 

「まぁ、ゆっくり休んでおけ。わかっていると思うが、地球に限らず、AIBの活動できる星域でスペースビーストの討ち漏らしが発生しようものなら、即防疫体制に移行することになる。星間労働基準法も適用されない特例業務になるからな。今のうちから準備しておくことだ」

 

 傘は俺のを使って構わない、という言葉に送り出されながら、トリィは朝から職場を後にした。

 朝とは言っても、太陽は分厚い雲に隠され、辺りは夜のように薄暗い有様だったが。

 

「……凄い雨」

 

 天気予報――地球の一般社会で利用されているそれではなく、複数の恒星間航行文明の技術を組み合わせたAIBの超演算気象予測システムでも予知できなかった豪雨を前にして、トリィはペイシャンの心遣いに感謝した。

 

 ――この雨は、昨夜、ベリアルの子らが争った後に発生した。

 事態が事態なだけに、情報を共有して貰ったところによれば。培養合成獣スカルゴモラが発した高温が、彼女自身の展開していた不連続戦闘用時空間(メタフィールド)を解除した後も残留し、大気を急速に熱したことで、本来の気象状況をも捻じ曲げて発生させた積乱雲の仕業だという。

 気分一つ、その残滓だけで、局所的とはいえ天気という惑星の環境すら書き換えてしまう――怪獣の猛威を再認識しながら、トリィは大雨に晒された街並みを歩き出す。

 

 ……トリィもかつて、怪獣を育てたことがあった。

 AIBに参加する以前。別宇宙から襲来したウルトラマンベリアルの軍勢が齎した戦乱、オメガ・アーマゲドンにより、一定水準の軍事力を維持するための資源が枯渇したこの宇宙において。ベリアルや宇宙警備隊が関心を寄せるこの星、地球を侵略して隠された秘密を暴くことで、故郷の栄光を導くために。

 だが、潜入工作員であったトリィは、奪うことしかできない母星や同胞よりも、牧歌的ながらも温かな地球という星と、そこに生きる人々を愛してしまった。

 そのために仲間を裏切り、同時に、侵略兵器でありながらも我が子のように育てていた宇宙怪獣エレキングを冬眠させたが……やがて、報いを受けた。

 

 トリィ自身が、地球をホットスポットとした神秘の光――リトルスターを宿したことで、その光に惹かれたエレキングが目を覚ました。

 リトルスターの輝きは、怪獣を狂わせる。我が子のように育てたエレキングも、トリィのことを光を宿した餌としか認識できなくなり、制御不能に陥った。

 地球の文明はおろか、ベリアルによって戦う力を奪われた敗戦宇宙人の集団、AIBにもエレキングの猛威を止める術はなく。トリィは一度、自らを犠牲にすることで事態を収束しようとしたが、それも次のリトルスターが発見されるまでの、時間稼ぎにしかならないことは明白だった。

 ――故に、その時現れたウルトラマンジードに、トリィはエレキングの介錯を頼むしかなかった。

 悪意のために産み出し、私欲のために育て、身勝手な改心で眠らせて、そして自分を見失うほどの眩い光に中ててしまったエレキングを、どうか楽にしてあげて欲しいと。

 

 後に、ウルトラマンジード――朝倉リクもまた、エレキングと同じような悪意によって産み出されながら、その運命に抗う存在であったと知った時には。自分は彼に、何ということをさせてしまったのかと、トリィは深く悔やんだ。

 ……エレキングの犠牲を無意味にしないためにも。あの子の命より優先した、この地球を何としても守り通さなければならない。

 そんな決意を、より一層強く固めながら。

 

 だが、このところ。そんなトリィの決意をほんの少し、揺らす存在が現れた。

 それこそが、この雨を生んだ主――そしてウルトラマンジードの妹だという、培養合成獣スカルゴモラだった。

 ベリアルの血を組み込まれた彼女を、他の怪獣と同列で語るのは不適切だろうが。高度な知性を持ち、地球人や他のヒューマノイド種族とも変わらぬ精神活動を行え、地球人に擬態することで、その猛威を抑えて共生することができる存在を見ると、どうしても、トリィは夢想してしまうのだ。

 あの時、他の選択肢がなかったことは、間違いないのに。

 自分とエレキングの間にも、そんな道はなかったのか、と――

 

 ……全くの別個体だが。たった今AIBを騒がしている新たな究極超獣も、かつて滅亡の邪神と呼ばれたハイパーエレキングの細胞を素材に産み出されているらしい。

 悪辣なヤプールの思惑通り、同じベリアルの血を組み込まれたジードやスカルゴモラと対決することになり。あのペイシャンが思わずケアするほどに、二人の心に深い傷を与えたらしい。同時、返り討ちに遭った格好となり、自身も深い傷を負って姿を隠しているのだとか。

 超獣であるのなら、倒す以外の道はないだろう。だが、どうしてエレキングばかりが利用され、こんな目に遭うのだろうという、もどかしい気持ちが拭えない。

 

 そんな風に、物思いに耽ってしまっていたからか。夜勤明けのトリィは、ふと水溜りに足を取られそうになった。

 

「あ、危なかった……」

 

 思わず、己のドジにそんな声を漏らしてしまいながら、崩れかけた姿勢を戻し始めたその時。

 トリィは偶然、視線の過ぎった路地裏で、地べたに倒れ込んでいる小さな影を発見した。

 

「――ちょっと、大丈夫!?」

 

 呼びかけながらトリィが駆け寄って見ると、その人影の正体は想像以上に深刻な状態だった。

 倒れていたのは、金の装飾品で彩られた、純白の修道服を着た幼い少女だった。身につけた衣服は泥に汚れているが、それ以上に、背中から滲んだ鮮血を吸い、赤々と染まっていた。

 左目の周りを中心に、顔にも殴られた痕が目立ち。首も、強い力で締められたことを示すように、内出血の青痣が浮かんでいる。

 

「――ごめんなさい、ごめんなさい、わたし、わるい子だったから……」

 

 余りの有様に一瞬、立ち竦んでいると――目を閉じたまま、少女が何事かを繰り返し呟いていることに、トリィは気がついた。

 それは、トリィの呼びかけに起因してのことではなく。意識を失ったまま、譫言として吐き出される、懇願だった。

 

「はんせい、するから……もう、いたくしないで……」

 

 ――きっと、ろくでもない輩に、暴行されたに違いない。

 AIBの一員としては、積極的に人間社会の問題に介入するべきではない。しかし地球人を愛するトリィは、だからこそ彼らの中に存在する不正は許し難かった。

 すぐに救急通報をしようと、携帯電話に手を伸ばそうとしたその時――視線を下ろしたトリィは、気がついた。

 丸まった少女の、臀部から――スカートの裾を越えて伸びる、地球人にはあり得ないはずの器官の存在に。

 青や赤と言った、通常種に含まれないアクセントを加えながらも――白を基調に、黒い斑点を浮かべたその尻尾が、エレキング種の物と、酷似しているということに。

 

「まさか」

 

 ――今回出現した究極超獣、サンダーキラーSは、既存超獣の一部に見られたような、人間に擬態する能力を見せたという。

 兄姉となるジード及びスカルゴモラと交戦し、大きなダメージを負って撤退したという話を踏まえれば、眼前の存在の正体と符合する。

 傘を投げ捨て、すぐにペイシャンの連絡先を呼び出したトリィは、発信ボタンへ指を伸ばした。

 

「ゆるして……おねがい……お兄さま、お姉さま……」

 

 ――そして、その縋るような声を聞いて、トリィは端末の操作を止めてしまった。

 そのまま立ち尽くすトリィと、倒れ伏した究極超獣に。一層勢いを強めた雨が、重たく冷たく降り掛かって来ていた。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 実は第五話からずっと名前だけは皆勤賞だったピット星人トリィ=ティプ、他の元リトルスター保持者(※本編でフュージョンライズに使用されたカプセルに限る)に遅れて遂に登場です。

 彼女が地球を狙った理由や、サイドスペースがオメガ・アーマゲドンの影響で資源が枯渇寸前となり、軍事力を落としているという設定は公式ではありませんので、念の為お断りしておきます。

 サイドスペースの資源不足については、そうでないのならペダン星人もいるんだしキングジョーぐらいAIBも配備すれば良いのに、という個人的な感覚への言い訳みたいに用意した設定になります。複数の宇宙人が参加しているという、ウルトラシリーズの地球防衛組織としては歴代最高峰の技術力を持っていてもおかしくないAIBの保有兵器がゼガン以外にないのはそんな理由なのかなぁ、と。
 逆に、比較的資源に余裕がある星(ダダ星とか)はAIBには参加していないみたいなイメージですが、あくまで本作独自の解釈ですので改めてご了承ください。



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