星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室にて。
衝撃的な報せに、思わず心配してしまいそうな勢いで、修復装置から抜け出たリクが声を張り上げていた。
「敗北した、って――ゼロは!? 皆は、無事なの!?」
〈現状で言えば、ゼロが重体だ〉
淡々とした声でジャンボットがゼロの敗北を告げるのを、彼の出鱈目な強さを目の当たりにしていたルカもまた、驚愕とともに受け取っていた。
〈元々は、ゼロ以外の我ら全員が、ザ・ワンに敗れた。ゼロは我らを救うため、シャイニングの力で時間を逆行させたのだ〉
当然のように、ゼロが時間を逆行させたなどというとんでもない話を聞かされて、ルカはさらに驚きを深める。
〈結果、ゼロだけが消耗した形となり、ザ・ワンの追撃で戦闘不能に陥った。このままでは全滅すると悟った我々は、ミラーナイトの能力でザ・ワンの目を掻い潜り、地球人が打ち上げた人工衛星を転送先として撤退してきたわけだが――〉
自ら豪語する無敵の称号に恥じないほどの強さを見せた、あのウルトラマンゼロが敗れた。
――考えて見れば、彼が渡り合ってみせた究極融合超獣サンダーキラー
〈我らの行方など関係なく、ザ・ワンは最初から、この地球を一直線に目指して進行していた。原因は不明だが、まず間違いなく、奴はこの星に襲来するだろう〉
そして、そのゼロを退けた恐るべき滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンが、この星に向かってきているという事実に、思わず身を竦めた。
この、大変な時に――臍を噛むルカに代わって、レムがジャンボットに問い返す。
〈遠からずとは、具体的にはいつ頃となりますか?〉
〈不明だ。どうやらこの宇宙にビースト振動波を浸透させるため、意図的に遅い星間航行を行っていたようだが――〉
〈び、ビースト振動波!?〉
未だ通信を切らずに残っていたペガが、その報告に怯えた声を漏らす。スペースビーストの恐ろしさは、どうやら彼も知っていたらしい。
〈ゼロとの再戦で宇宙警備隊に捕捉されたことに気づいたとすれば、悠長にはしないだろう。光速以下で五百年以上を費やして迫ってくる、ということはないはずだ〉
切迫した様子でジャンボットが告げる内容は、人工知能である彼が並べるにはあまりにも具体性を欠いていたが――それを責めるような事態ではないと、ルカを含めた星雲荘の面々は既に、重々承知していた。
〈取り急ぎ、共同戦線の提案と、ゼロの回復に協力を要請したい。頼まれてくれるだろうか?〉
「もちろん」
ジャンボットの問いかけに、リクが一切の躊躇なく頷いた。
〈ただちにAIBとも情報を共有します〉
「よろしくね、レム」
手際良く分担する仲間たちの様子を見ながら、ルカも今の自分でもわかる問題について頭を捻ろうとした。
「でも、どうやってゼロを回復させれば……」
そう思いながら仲間を振り返ったが、その手法に見当がついていないのは、どうやらルカだけであったらしい。
「レイトさん、だね」
その名を口にしたリクは、既に携帯電話を取り出して、目当ての人物に連絡を取ろうとしているところだった。
◆
――気がつくと。サラは、知らない部屋の中に居た。
ふかふかのベッドの上で、自身に被さっていた暖かいお布団を退けたサラは、きょろきょろと周囲を見渡した。
綺麗な部屋の中には、サラと、机に凭れかかってうつらうつらと頭を揺らす知らない女の人以外、誰も居なかった。
「……起きたのね」
サラの動きに気がついたように。眠たそうにしていた女の人は、覚醒した様子で呼びかけてきた。
「ごめんなさい。あなたがあんまりドロドロだったから、勝手にお風呂に入れちゃったの」
言われて見てみると、サラは自身がこの姿を取った際、ヤプールに設計された通りに作った修道服ではなく、ぶかぶかの成人女性向けパジャマを着せられていることに気がついた。
「……あなたは、だぁれ?」
「私は、鳥居……トリィ=ティプよ」
トリィ、という名前らしい女性は、そっと立ち上がると、サラの方に寄って来た。
「あなたの服は、ちょっと干させて貰っているから、今はそれで我慢してね……もう痛くない?」
「痛……」
痛みを問われて、恐怖の記憶を想起したサラは一瞬、言葉に詰まった。
「……く、ない?」
だが、言われてみると。ずっと自らを苛んでいた全身の傷が、すっかり平気になっていることに、サラは気がついた。
「エレキング用の傷薬が、あなたにも合ったみたいね。良かった」
そんなサラの様子を見て微笑んだトリィは、一度部屋の奥へ消えたと思うと、掌一杯の大きさのプラスチック容器とスプーンを持って戻ってきた。
彼女が差し出してくれたのはどうやら、ヨーグルトという食べ物らしい。
「食べる?」
「えっと……うん。いただきます」
勧められて、サラは暫し返答に悩んだ末、頷いた。
悩んだのは、別に積極的な食事などしなくとも、超獣であるサラの生存には差し障りがなかったからだ。
だが、そんなことを説明するべきなのかがわからなかった結果、たちまちは相手の誘いに応じることとした。
そうして、スプーンで掬った白い発酵食品を口に含んだところで、サラは驚きを覚えた。
……こんな、怪獣と比べようもないほどカロリーに乏しく、有用な生体情報が得られるわけでもない食料が、妙に心地良く味覚を刺激して、サラの胸の内を満たしていくのだ。
この嬉しい感覚を表現する言葉は、きっと……
「――おいしい」
「良かった。予想が当たったみたいね」
サラが感想を零す様子に微笑みながら、トリィが言う。
「エレキングは雑食だけど、幼体の頃は水中で微生物を主食としていて、成体になると陸上の植物を好むようになるの。地球の生き物で例えれば前者は淡水魚で、後者は草食動物が近いわ。だから、草食動物の乳と、淡水魚の餌にもなる菌を混ぜて発酵させたヨーグルトは、あなたの好きな味だと思った」
何やら難しそうなことを、トリィが沢山喋る間に、サラは彼女のくれたヨーグルトをもぐもぐと完食していた。
トリィの言っていることはよくわからなかったけれど、美味しいヨーグルトと――サラの嬉しい気持ちを、自分のことのように喜んでくれた、彼女の笑顔のおかげで。
サラは、さっきまで沈む一方だった気持ちが、初めて上を向いたような気がした。
「雨、止んだみたいね」
不意に、窓の外を見たトリィが、そう呟いた。
「――そこのソファ、使って。日向ぼっこしたら良いわ。きっとあなたの身体には、今は日光が必要なはず」
「うん」
トリィの勧めに、サラは素直に頷いた。
トリィの見立ては正しい。光怪獣プリズ魔――そして、ヤプールの元を出奔する際に、液汁超獣ハンザギランをも取り込んでいるサラには、太陽の光を糧として、体の傷を治す力がある。
だが、昨夜まで傷を負ったことがなく、故に誰にも見せたことのないその再生能力をも知悉しているような口ぶりに、サラは少し驚いていた。
トリィが何者なのか、サラは知らないが――もしかするとトリィは、サラ自身よりも、サラのことをよく知っているのかもしれない。
(じゃあ……わたしがどうしたらいいのか、トリィならわかるのかな……?)
そんな、縋るような気持ちになりながらも。
眠たそうなトリィが、再びうとうとし始めたのを見て、今は休ませてあげようと。サラは我慢することを決めた。
……相手の気持ちを考えず、自分のしたいことばかり押し付けたら――相手を傷つけて、嫌われてしまうのだと。もう、文字通りに痛感していたから。
雲の隙間から覗く、暖かなお日様の光に、兄がくれたあの癒やしの光の柔らかさを想起しながら――サラは、目の前のトリィと同じようにして、そっと瞼を閉じて、お昼寝をすることにしたのだった。
◆
夕方。トリィが目を覚ますと、既に少女は乾いた自分の服を着て、ちょこんと正座していた。
その手前には、代わりに着させておいたトリィのパジャマが、お行儀よく折り畳まれて置かれている――どうやら、トリィが他の服をどうやって保管しているかを参考に、見様見真似でやってくれたらしい。
「ぱじゃま、ありがとう」
「……どういたしまして。ごめん、昨日徹夜だったから」
まだ、浮かんでくる欠伸を噛み殺しながら、トリィは少女の御礼に微笑みを返す。
眠る前に負っていた無数の傷跡を、その白い肌に一つたりとも残しておらず。拾った時に尻尾がはみ出ていたような、擬態が不完全ということもない。完全復活という様子の少女へと、トリィは既に答えを知っている問いを投げてみた。
「あなたの名前を教えて貰っても良いかしら?」
……その正体を踏まえた、話し合いに移るために。
「わたしはサラ――あさくらサラ、なのかな?」
思っていたのと、少し違う答えが返ってきた。
もっとも、口にしている本人も、それが合っているのか半信半疑のような顔で、小首を傾げている。
「サラで、いいのかな……?」
「――どうしたの? 自分の名前に、自信がないの?」
「……このお名前、昨日、お姉さまがつけてくれたの」
……星雲荘で、サンダーキラー
どうやらベリアルの子らは、想像していた以上に、究極融合超獣とも仲良く過ごしていたらしい。
だが、それでも彼らは、結局――
「だけど……わたし、お兄さまにひどいことしちゃったの。それで、お姉さまにおこられちゃった……」
「……どうして、そんなことになっちゃったの?」
だから、このお名前を使っても良いのかな、と悩むサラへ。トリィは、身の上話を促してみることにした。
「……あそんでほしかったの」
ぽつりと、サラは呟いた。
ヤプールの操り人形、純粋な生物としての心を持たない、異次元の生体兵器――超獣一般に抱くイメージとは、あまりにかけ離れた印象の声音で。
今朝、雨の中で見つけた時と、同じように痛ましい様子で、サラは続ける。
「はじめて会うから……兄妹でどんなあそびをしたらいいのかなって、まわりを見てて……怪獣ごっこをしよう、って、思ったの。
でも――わたしたちじゃ、ごっこにならなくて。わたしがばかだから、お兄さまたちを痛くしちゃった。痛いのは、イヤなことなのに……」
心底から悔やんだ様子で、サラが自らを「ばか」と称しながら語るのを、トリィは黙って聞いていた。
「だから、お姉さまが怒って、わたしのことをぶったの。わたしがわるいけど、やめてって言っても、お姉さま、もうやめてくれなくて……」
「……あなたも辛い目に遭ったのね」
言葉に詰まったところでトリィが相槌を打つと、サラは涙を浮かべた。気持ちに寄り添って貰えたことで、我慢していたものが、表に出てきたかのように。
……おおよそは、今朝、彼女を発見した際に。トリィが予想した通りだった。
超獣のイメージからあまりにもかけ離れた、エレキングを素体とした幼き生命。
その痛ましい姿を見て、感傷的になっていたトリィはつい、自らが危険な行為をしていると理解した上で、独断でサラを連れ帰り、治療を施した。
組織人としては無責任な振る舞いだと、重々承知の上で――ウルトラマンジードとその妹たちに、何かしてあげられることはないだろうかと、そんな想いが無視できずに。
一応、自らの生命反応と同期させて、不慮の事態が起きればAIBに連絡が届くように細工はしているものの――叶うのであれば、こうして事情を聞いてから、彼女の心に寄り添った解決策を、一緒に探してあげたかったから。
「それで、お姉ちゃんから頑張って逃げてきたの?」
「……うん。ううん」
肯定と、否定とを、サラは続けて繰り出した。
「にげられたのは、お兄さまが、お姉さまをとめてくれたから……」
「――なら、まずお兄ちゃんには、ごめんなさいと、ありがとうを言わなくちゃいけないわね」
「……うん」
「よくお返事できました。偉いわね……お兄ちゃんにきちんと謝って、ちゃんと御礼ができたら、怒ってたお姉ちゃんも許してくれるかもしれないわ」
「そう、かな……?」
「ええ。このまま、何もしないままよりは、きっと」
不安そうに問うサラへ、視線の高さを合わせたトリィは、力強く頷いてみせた。
「あなたのお兄ちゃんたちに言わせたら、『ジーッとしてても、ドーにもならない』ってところじゃないかしら」
「ジーッとしてても、ドーにもならない……」
愛崎モアから伝え聞いた、彼女から朝倉リクへと受け継がれた勇気の合言葉。その決め台詞を知ったサラもまた、その意味を確かめるように口ずさむ。
その様を見ながら、トリィは微笑みかけた。
「……トリィは、お兄さまたちのことも、知ってるの?」
「そうね、普通の人よりは――友達が、あなたのお兄ちゃんと、仲良しの人だから」
「じゃあ……わたしがちゃんと、ごめんなさいできたら、ほんとうにお姉さまもゆるしてくれるか、わかる……?」
「――ごめんなさい。あなたのお姉ちゃんのことはまだ、そんなに詳しくないの」
返答を受けたサラが、再び視線を落とすのを見て、トリィは少しだけ慌てて付け足した。
「でも私なら、ちゃんと反省して謝れる、賢い良い子の方が――許してあげたくなる、って思うかな」
「かしこい、いい子……」
その響きに、希望でも見出したような。ほんの少し高揚した様子のサラを見て、トリィはさらに続ける。
「仲直り、したいんでしょ? お姉ちゃんに貰ったサラってお名前を、まだ使いたいんだものね」
トリィがそう言うと、サラは震えながらも、こくりと頷いた。
その動作を見届けて、トリィは携帯電話に手を伸ばす。
「じゃあ、星雲荘まで連絡するわね」
「――あっ、まって……!」
そこで、頷いてくれていたサラが、トリィの行動に制止を呼びかけた。
「わたしも……ちゃんとあやまれるかしこくていい子に、なりたい。けど、でも……!」
言い淀む様子を見守っていると、やがて目を伏せたサラは、観念したように呟いた。
「……まだ、こわいの」
「――わかったわ」
俯いて、震えながら訴えかけるサラの様子を見て、トリィは通信画面を閉じて頷く。
「昨日の、今日だもの。怖いのも当然よね」
叱られることへ怯える子供のように、目を瞑ったまま震えるサラへと、トリィは努めて穏やかに語りかけた。
「良いわ。また今度、決心が固まったら……いつでも言ってね。その時は、私も一緒に行ってあげるから」
「ほんとう……?」
「ええ。それまでは、内緒でここに居てくれても良いから」
トリィがそう告げると、サラは開いた目一杯に涙を湛えて、泣き出してしまった。
だがそれは、痛みと孤独に怯えていた、今朝方のものとは違う――救いを見出した者の感涙に見えたのは、自惚れが過ぎるだろうかと。
眼前の少女の姿に、自分もどこか心に巣食っていた重荷が溶け出すような気持ちとなったトリィは、そんな風に思っていた。
――スペースビースト対策の緊急通達をトリィの端末が受信したのは、その直後のことだった。
◆
「いやぁ、久々に声をかけて貰えたね」というのが、電話を受けた伊賀栗レイトの第一声だった。
エタルガーとの戦いで肩を並べてから一ヶ月の間、全く顔を合わせなかったわけではない。
しかし、ゼロと融合していない一般人であるレイトを、怪獣や宇宙人との戦いに巻き込むわけにはいかないと、その間に起きた事件では、いつも彼を当事者から外してしまっていた――そのことを、レイトなりに気にしていてくれたらしい。
そんな彼は、地球に迫る脅威に備えるため、ゼロと融合して力を貸して欲しいというリクの突然の連絡に、一も二もなく頷いてくれた。
彼の家族が生きるこの世界を守るため――そして、相棒と言える間柄の、ゼロの力になるために。
そうしてレイトは傷ついたゼロを受け入れ、星雲荘の中央司令室まで足を運んでくれていた。
〈……悪ぃな、レイト。急に巻き込んじまってよ〉
「水臭いですよ。僕らとゼロさんの仲じゃないですか」
〈……そうか。いや、マユの進学とかで結構大変だって話だったからな。邪魔したくはなかったんだが……〉
星雲荘のモニターに映し出された、レイトと一体化したゼロが言う。
かつては自身が不調を抱えていたことから、宇宙を揺るがすベリアルの暗躍に対抗するためレイトの生活に不自由を強いていたゼロは、その点に負い目を感じていたらしい。レイト個人に、という以上に、愛娘であるマユの幸せのためという側面は大きそうだが。
「それで、僕がゼロさんを回復させるのって、こうして体を貸しているだけで良いんですか?」
〈はい。星雲荘の修復装置は、あくまでも使用者自身の肉体を対象とするものです。一体化したとはいえ、レイト自身の肉体に不調がないのなら、使用に特段の意味はありません〉
レイトの疑問に、レムが応じる。ゼロの治療は、リクたち兄妹と同じようにはいかないらしい。
〈さっきリクに、コスモスの力で治せるところまで治して貰ったところでもある。この調子なら、二日も安静にすれば全快する……はずだ〉
「……その二日の間に、ザ・ワンが攻めてきた場合にも備えておかないと、ね」
ライハが呟くのに、リクたちもまた頷いた。
〈光の国にも応援を要請してあるが、俺もザ・ワンとの戦争以来戻れていない。主力は既に別の任務に当たっていたはずだから、すぐ動ける戦力にアテがあるのかは不明だ〉
ゼロが告げるのに、リクもまた現状を再確認する。
「今は、
〈……ザ・ワンは本体も恐ろしく強いが、特に厄介なのは分裂能力だ〉
そこで、光の国とこの宇宙とで、二度に渡ってザ・ワンと激突したゼロが言う。
〈奴は自身の細胞を、これまでに取り込んだ生物の情報から作ったスペースビーストとして独立させ、軍勢を使役することができる。そいつらが得た外敵の情報も、ビースト振動波としてザ・ワンとその配下、全ての個体間で共有されてしまう。まぁ並の分体なら、情報を既に取られた上でも、
そこで、画面の中のゼロはリクたち兄妹に視線を向けた。
〈リク。おまえはまだスペースビーストと戦っていない。俺もレイトと一緒ならビヨンドの力を隠していると言えるが、おまえも何か切札があるのなら、可能な限りザ・ワン本体と当たるまで温存しろ〉
「……わかった」
ゼロの助言に、リクはしっかりと頷いた。
〈それとルカ。おまえは今、ネクサスのリトルスターを宿しているんだったな?〉
「そう、だけど……」
〈ウルトラマンネクサスは、スペースビースト退治の専門家だ。さっき言った情報共有や、斃された個体の再生に関わるビースト振動波は、ネクサスのメタフィールドに隔離することである程度遮断ができる。俺も似たような真似はできるが、今はこの様だ〉
「ゼロさん、本当に何でもできるんですね……」
自らに宿った歴戦のウルトラマンへと、呆れ半分、感心半分と言った様子でレイトが呟いた。
――そんなゼロと仲間たちでさえ敗走を余儀なくされたというのだから、ザ・ワンの脅威は計り知れないものなのだろう。
〈スペースビーストを完全に倒すには、その手の隔離空間が不可欠だ。俺がその力を使えるまで回復するには、さっき言った通り二日は掛かる。もしもその間にザ・ワンが来たら、頼めるか?〉
「……そんなの、拒否している場合じゃないでしょ」
ゼロにしては遠慮がちな問いかけに、ルカは頷いた。
「――スペースビーストは、生物の恐怖を捕食して、星を滅ぼすんだよね?」
〈ああ。しぶといしグロいし獰猛な、最悪な奴らだ〉
「だったら……やっぱり、拒否している場合じゃない。私を受け入れてくれてた、この世界を守りたいし――妹が、狙われるかもしれないから」
ルカがそう呟くのに、ゼロは驚いたような顔を見せた。
〈妹、って……サンダーキラー
「――うん。今は、サラって呼んでる」
ゼロの問いかけに、リクは代わって、ルカとともに決めた名前を答えた。
〈狙われるって、あいつは超獣だろ? 恐怖も痛みも感じないはずじゃ――〉
「……あの子は、そうじゃないの」
ルカの様子と、迎えに行った際にリクが行った掻い摘んだ状況説明を組み合わせ、ゼロも事情を察したらしい。
それを吟味した上で、ゼロは問いかけた。
〈……ヤプールは悪辣だ。そう演技させているだけって可能性は――〉
〈リクが既に伝えた通り――サラは、プリズ魔から奪ったリトルスターの宿主でしたが、昨夜の一戦以来、その光が観測不能となりました〉
ヤプールという脅威をよく知る故に、疑いの姿勢を見せるゼロへと、同じく引いた視点からの助言を主とするレムが口を挟んだ。
〈それは、七年前のライハの身に起きたのと同じ、宿主の孤独と絶望を意味する現象です。その事象が発生するということは、サラに少なくとも地球人と近似した、心があることを証明しています〉
〈そう、か――〉
レムの反論を、ゼロはそれ以上異を唱えることなく受け入れた。
「……お姉ちゃんになってたんだね、ルカちゃん」
「――はい」
事情をずっと知らなかったレイトが、頭に解析装置を被ったまま優しく呼びかけるのに、ルカは少しだけ柔らかさを取り戻した笑顔で応えた。
「……多分、いきなり失格しちゃったけど」
自らの振る舞いをそう恥じるルカは、すぐにまた顔を俯けるものの。固い決意を伺わせる声音で、続けた。
「だから、せめて――身を守るぐらいは、してあげたいんです」
「ルカちゃん……」
ルカの発言を聞いて、痛ましく感じた様子だったレイトは、暫しの間を置いて続けた。
「それは、罪滅ぼし?」
「……えっ?」
思わぬ問いかけだったのか、ルカは虚を突かれた表情でレイトを振り返り、また視線を逸らした。
「――なのかも、しれません」
「そっか。うん、そういう埋め合わせも大事だよね。僕も、マユと約束守れなかったりすると大変で……」
ルカの返答に頷きながら、自身の平凡な――けれど、リクたちの知らない体験談も踏まえて語るレイトは、改めてルカに問いかけた。
「でも、その子を守ってあげたい理由は――罪滅ぼしだけじゃないんでしょ?」
そうして、起こった出来事の苦しさで、目を向けられなくなっていたその気持ちを、レイトが指し示した。
「だったら……きっとまだ、お姉ちゃん失格なんかじゃないよ。……あの日、君を迎えに行ったリクくんも、同じ気持ちだったんだから」
レイトがそう言ってくれるのに、リクは一ヶ月前、ルカと出会った日のことを思い出した。
レイトの言う通り――あの日、リクもまた、自らの振る舞いでルカを傷つけ、さらに現れた恐怖の記憶から守ってあげることができなかったと、罪の意識を抱えていた。
だが。あの時のリクは、その埋め合わせのためだけに、ルカを守りたかったわけではない。それは、サラに対してもきっと、同じだと――
そんな、リクが気づいた想いと同じものに、ルカもまた思い至ったようだった。
その妹に代わって、リクは彼に礼を述べていた。
「レイトさん……ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、御礼を言われるほどのことじゃない――ただ、君たちがして来たことを、言ってみただけだから」
微笑んでくれるレイトに、リクもまた笑みを深めて、頷き合った。
〈――話は聞かせて貰った〉
そこで、遅れて会話に入ってくる声があった。
「ペイシャン」
〈……AIBの、ゼットン星人か〉
ルカとゼロが、その声の主を言い当てる。
〈無数に分裂するスペースビーストを相手に、地球にそもそも侵入させないという戦略は現実的ではない。かと言って、僅かな細胞片――あるいはそれから残留したビースト振動波だけでも、生物の恐怖と結合し再発生するスペースビーストに都市部への侵入を許せばもう、手がつけられなくなる〉
改めて、多元宇宙有数の侵略的外来種にして生物的汚染源であるスペースビーストの脅威を述べたペイシャンが、しかしその事実に竦むことなく言う。
〈だがルカがその気なら、次善策は取れる〉
「ペイシャン、何をさせるつもり……?」
警戒心を顕にして、ライハが真っ先に問うた。
対し、不敵な笑顔のペイシャンは言い淀むことなく、その考えを口にした。
〈簡単だ。怪獣を呼び寄せるリトルスターの光を使った――誘導用の、囮役さ〉
◆
――UFZの敗北が伝えられた、さらにその翌日の朝。
〈ワームホール発生〉
星雲荘の中央司令室で、事態を察知したレムの警報が鳴り響いた。
東太平洋上の空に、次元の穴が出現していた。
それは、UFZが防衛ラインを構築していた衛星軌道を遥かに下回る高度であり、彼らの守りを嘲笑うかのように、恐るべき侵略種はその穴を通って、遠い宇宙から地球へと入り込もうとしていた。
〈ビースト振動波、確認。次元の穴を通しているため、正確な数を計測できませんが、複数の個体が接近して来ています〉
次元の穴の向こうから届いた光量子情報から、レムが観測結果を報告する。
その言葉を待っていたように、煙に隠されたような穴から、血飛沫のように無数の真紅が吐き出された。
それは、鮮やかな紅をした、無数の翼――巨大な板のようなそれを両腕部に取り付け、両目のない頭部は下顎が二つに開く、悍ましい姿をした鳥型の怪獣の群れだった。
〈あれは、アリゲラじゃないのか?〉
映し出された映像を見て、ペイシャンが疑問を零す。
即座にレムが送ってくれた情報によると、出現したのは宇宙有翼怪獣アリゲラという、スペースビーストとは本来別種の怪獣と酷似した怪鳥の群れだった。
〈そうだ。言ったはずだ、ザ・ワンは取り込んだ生物の情報を元にしたスペースビーストを作り出す――その対象となる生物に、怪獣も含まれているということだ〉
その疑問に、レイトの口を使ってゼロが答える。
――つまり、このアリゲラと酷似した怪獣の群れは、それを喰らったザ・ワンが産み出した、眷属であるスペースビーストなのだと。
どうやら怪獣ほど強靭に完成した生命であれば、同化した生物の遺伝子情報を改変し進化するスペースビーストをして、元型から大きく乖離した形態を作る必要性は薄いらしい。
数え切れないほどのアリゲラ型スペースビーストの群れがワームホールを通って、赤い竜巻のようにして時空の穴を取り囲み警護する中――その中心から、新たなスペースビーストが出現した。
それは、左右非対称の白と黒による格子柄の体色をした、烏天狗の如き姿をした巨大な怪人だった。
〈破滅魔人ブリッツブロッツ――ウルトラマンガイアの存在する地球を狙った謎の勢力、根源的破滅招来体に所属していた、強力な宇宙怪獣と同種のようです〉
レムが表示した記録画像に比べると、出現したスペースビーストは全身に血管のような溝が浮き出し、悍ましさを強調する姿となっているが、それ以外は同一と言って良い容姿をしていた。
〈ザ・ワン事件の黒幕は、その根源的破滅招来体ということか?〉
〈不明です。かつてのギャラクシークライシスなどの際にザ・ワンの宇宙に流れ着いた同勢力の一部か、単に元となった怪獣の同種がスペースビーストに敗れ、取り込まれた可能性も考えられます〉
レムとペイシャンが事態の裏を推測する間に、地球に出現したブリッツブロッツ型のスペースビーストは、アリゲラ型の群れを率いるようにして空を飛んだ。
アリゲラの大群を左右に従え、巨大な赤い翼のようにして向かうその先は、日本や他の国家と言った人口密集地ではなく――東太平洋上に存在しないとされている、地図にない島だった。
AIBが、実験場として保有し一般社会から隔離している幻の地、中ノ鳥島――そこに立つ、培養合成獣スカルゴモラが宿したリトルスターの輝きに、鳥型のスペースビーストたちは惹かれていたのだ。
「(やろう、お兄ちゃん!)」
「ああ――ライザーレイビーム!」
本来の姿を晒すルカの呼びかけに応えるように、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルとなった兄は開幕から、最大火力の一撃を繰り出した。
ギガファイナライザーから放たれる、莫大なエネルギー――それはブリッツブロッツ左翼側のアリゲラの群れを丸呑みにして、一瞬の間に蒸発させていた。
〈よし! 細胞の欠片も残っていない――ビースト振動波が人間の恐怖と結合するには距離もあり、この状況を一般の地球人は知らない。とりあえず今の連中を復活させる心配はない〉
ジードの上げた成果を、ペイシャンが解説する。
――結果的には、彼の立案した作戦が上手く行った。
本来、スペースビーストはどれほどの規模の軍勢で、地球上の何処に出現するのか、何処が襲われるのかわからず、相手の先制攻撃を防ぐのは困難を極めた。
だから、リクとライハには反対を唱えられたものの。ルカはペイシャンの提案を呑み、自らが敵を誘う餌となることを認めたのだ。
結果、ブリッツブロッツの持つワームホール能力を用い、寝ずの番をしていたUFZの防衛網を素通りしてきたスペースビーストの軍勢を、周囲に被害が及ぶこともない絶海の孤島に釘付けにすることができたのだ。
海上での戦いに備えてか、空中でも海中でも高い機動性を持つアリゲラの軍勢と、純粋に戦闘力に優れたブリッツブロッツを指揮官として派遣してきたスペースビーストだが、一度に大軍として出現した分、全ての個体が光線を躱すことはできず――さらには胸部の結晶体で光線技を吸収して反射できるというブリッツブロッツをして、その胸部より照射範囲が広く、桁違いの破壊力と持続性を持つライザーレイビームを受け止めることはできないのか、回避に専念させられている。
さらにそこへ、スカルゴモラは全身の角を音叉として、撹乱音波を発射した。
レムから送られた情報によれば、これらスペースビーストの元となったアリゲラは視覚がなく、超音波を利用した聴覚で外界を認識しているのだという。
……リトルスターに引き寄せられているということは、あくまでもアリゲラに似た姿をしているに過ぎないスペースビーストには光を感知する能力があるのかもしれないが、それでも音響を狂わさせられれば、その機動性も満足には発揮できないのだろう。
結果として、次々と動きに精彩を欠いていくアリゲラたちを、ジードがライザーレイビームを薙いで、蒸発させて行く。無尽のエネルギーを供給する、ギガファイナライザーあってこその芸当だ。
消耗が伴い、また敵の後続に対応できなくなってしまうメタフィールドを展開するまでもなく、こうして敵の戦力を削ぐことが叶っている。さらに、文字通り裏を掻かれる格好となったUFZも、既にスペースビースト出現の報告を受けて東太平洋上に集結し始めている。緒戦はこちらが優位を取ったと言って間違いない。
だが、スペースビーストの情報共有能力と、その多様性による対応力を、スカルゴモラはまだ、侮っていたのかもしれない。
――突然。中ノ鳥島の周囲が、虹色の光に包まれた。
「……何っ!?」
その途端、ギガファイナライザーから放たれていたライザーレイビームが拡散し、海を爆ぜさせたのを最後に消えてしまった。
スカルゴモラもまた、アリゲラの撹乱に放っていた超音波が弱まるのを感じ、困惑したその時。背後から強烈な衝撃を受けた。
「(きゃあああっ!?)」
「ルカ! ――ぐっ!?」
心配してくれたジードもまた、振り返った瞬間大火力による攻撃へ晒されて、不意を打たれた格好で転がってしまう。
――倒れた兄妹が見たのは、異形の怪獣だった。
恐竜型の頭部、のみならず。両肩と胴体、両足に、さらに八つの顔面を浮かび上がらせた怪物。
さらに、右腕には鋭く巨大な鉤爪を、左腕には尖った刃物のような突起を備え、その背にはアリゲラのものと酷似した翼を備えている。
その怪獣が、いつの間にか――まるで透明であったかのように、誰の目にも留まらぬまま、中ノ鳥島に侵入してきていた。
〈あいつは――〉
〈フィンディッシュタイプビースト、イズマエル。かつてダークザギが造られた宇宙で観測された、地球に出現した全スペースビーストの特徴を備えた最強のビースト〉
驚愕した様子の
〈いえ、さらにアリゲラの翼も取り込んだその姿は、既に別種――強化個体の既存命名法則に倣い、イズマエルグローラーと呼ぶべき存在でしょう〉
別の位相に移動することで姿を消し、ビースト振動波を持たない一定以上のエネルギーを拡散させるフィールドを展開でき、さらに無数の能力を備えた恐るべき怪獣。
かつて、最強のビーストと謳われたイズマエルの強化体が、滅亡の邪神が繰り出すただの尖兵として、ベリアルの子らの前にその悍ましき姿を現していた。
Bパートあとがき
純粋なスペースビーストの活躍に期待していた読者の皆様に対して、再登場の難しい怪獣を何とか使い回すための言い訳として他生物との同化能力設定を悪用して繰り出す暴挙(挨拶)。
滅亡の邪神、ということで、『ウルトラマンサーガ』のハイパーゼットンで没となった『取り込んだ怪獣を元にそれを模した分身(怪獣兵器)を生み出し、使役する能力』を、スペースビーストでならやり易いかな、と考えた形でもあります。
元々は『ウルトラマンネクサス』が短縮されなければ登場予定だったカラス型スペースビーストを出したいという思いつきから考えた設定なので、カラス型の怪獣というと(厳密には烏天狗型ではありますが)真っ先に思い浮かんだブリッツブロッツや、そのカラス型のスペースビーストのデザインを流用しているアリゲラをチョイスした形となります。
映像作品のノベライズという体の話で言えば、アリゲラの群れは大怪獣バトルでCGモデルが存在し、ブリッツブロッツはショーでスーツが現役のため改修すれば再登場でも経費は抑えられているはずという妄言。
以下、いつもの公式設定との整合性に関する言い訳になります。
・エレキングの食性
「幼体は淡水魚、成体は草食動物に近い」というトリィの言及ですが、これについては実は原本を読めているわけではない、某wikipediaに幻冬舎の書籍『21世紀ウルトラマン宣言』36p出典とされている、公式かグレーな記述が元ネタとなります。正直調べた範囲では公式設定ではないと思われますので、今後の公式描写との乖離が生じた際にはどうかご容赦ください。電気食の方が確実ですが絵面の問題でお見逃しをば。
・液汁超獣ハンザギラン
暴君怪獣タイラントの背中としての方が有名な気がする超獣。今作独自の解釈として、元々は別の狙いでヤプールが再生産している設定とした超獣ですが、貰い事故でサンダーキラーSに美味しく頂かれたことにもなってしまいました。
現時点では、本作におけるヤプール配下の超獣は、基本的には公式時系列の映像作品で再登場の確認された種類に限り、再生産ラインが存在するという設定を考えているのですが、その中で一番事情が特殊な気がするのがこのハンザギランになります。そもそも初代ハンザギランは超獣とはいえ純粋なヤプール製の兵器ではないという点と、映像作品での再登場についての両面で説明が必要な超獣になるので……。
まず、映像作品での再登場という点は、『ウルトラマンギンガ 劇場スペシャル』にてスパークドールズとして登場=明確にダークスパークウォーズに参戦した設定を伴って登場しているということでクリアとしています。
そのダークスパークウォーズには、ヤプール自身も他の超獣を率いて参戦していました。そのため、設定上は倒されたヤプールの破片が元で発生したハンザギランはベロクロンのような純粋なヤプール製の超獣ではないものの、そのデータを取得したヤプールが再生産したと解釈する方が、両者が同時に存在する設定との矛盾は少ないものと考えた次第です。
結果として、不死身に近い生命力が売りの超獣なのにサンダーキラーSに食べられている設定が加わってしまいましたが、ヤプールの異次元では肝心の太陽光もなさそうだし、そういった場所でも最初から超獣として成立できる代わりにそもそもの再生能力もオリジナル個体より低下していそう、等々の言い訳を重ねておきますので、どうぞ一つご容赦のほどをお願いします。
あと、この理屈だとバラバも食べられている設定となるのに、前話でアグルブレードしか剣持ってないなんて言わせちゃっていますが、ドンシャインごっこで使えるサイズの剣はアグルブレードだけだったという解釈でお願いできればと思います(多分テリブルソードを実際に使用するシーンは描かないつもりなので……)。
※11/22追記
公式時系列に置いて、映像作品に次ぐ優先度を持つと思われるボイスドラマに置いて変身超獣ブロッケンの亜種が登場しているのをすっかり失念していたので、上記に条件にボイスドラマ含む旨を追加します。
・中ノ鳥島
おそらくウルトラシリーズファンの方には「D4レイの実験島」と言う方が通りの良い、一度は日本地図に載った実在しない島のことです。
この島が『ウルトラマンジード』原作で言及されたことはありませんが、『Z』の地球にあるのなら太平風土記と同じようにサイドアースにも存在していて、地球防衛軍に相当する役割と言えるAIBが保有しているとしても良いかな、という発想で登場して貰いました。