「サラ……そんな――っ!」
ハイパービースト・ザ・ワンを引きつけながら空の彼方に消えて行った、サンダーキラー
……同じ血を引く妹のことで、リクとルカが心を痛めていたことを、ライハは一番近くで目にしていた。
その二人に想われている――ほんの一ヶ月前、ライハの新たなトラウマになりかけた究極超獣の系譜であるサラが、身を張って自分たちを守り、恐るべき脅威を引き離してくれたというのに。何もできない己の無力さを突きつけられ、苦々しい気持ちでいっぱいだった。
「あの怪獣……さっきの、女の子なの?」
――ふと、ライハに問いかける声があった。
声の主は、伊賀栗レイトがウルトラマンゼロとして、AIBへ協力する見返りに――かつてのベリアルとの決戦を教訓に、彼が不在の間、スペースビーストの侵攻が本格化した際の護衛をAIBが預かった、彼の娘のマユだった。
本来は極東支部の本部施設に居るはずだったマユと、その母親である伊賀栗ルミナだったが、顔馴染みであるライハとモアがこちらの研究棟に呼ばれた際、本人らの希望と――曰く、ゼナに並ぶ戦闘力を持つライハの近くに居る方が安全だろうという理由で、同伴してここに連れて来ていた。
まさか、サラがここに居るとも……それを狙って、敵の親玉が仕掛けてくるとも予想していなかったために、怖い思いをさせたはずだが。ウルトラマンゼロのリトルスターを宿した際、自身が狙われているにも関わらず、ライハを心配して駆けつけてくれた優しい少女は、自らの身よりも案じているものがある様子だった。
「わたしたちを、まもってくれてたの……?」
かつてライハに影響され、
そのマユの目に浮かぶ、不安の色を見て取って。そして、もしもこのことをリクとルカが知ればどう想うか、そこにもう一度思考を及ばせたライハは、覚悟を決めて立ち上がった。
「ペイシャン。出撃させて」
ライハが強い決意を込めた声で呼びかけるのに、元々はそのためにライハをここへ呼びつけた張本人は、溜息とともに首を振った。
「馬鹿言うな。ついさっきも、最短で一週間先だと言っただろ」
「だからって! 私たちを守ってくれたサラが、リクとルカの妹が襲われているのに、ここで何もせずじーっとしてろって言うの!?」
もう一月近く前になる、ノワール星との激突の頃、彼から聞かされた将来の希望。命の恩人であり、弟子であり、今のライハの大切な家族でもあるルカを守るために、無力な地球人に過ぎないライハにもできること――その力を、一番戦力を必要としているだろうこの時に、まだ使えないという事実がライハを苛立たせる。
「無理なもんは無理だ。俺だってこのままじゃまずいと思っている――折角手に入れた対ビースト抗体のモデルも、サンダーキラー
「だったら――!」
そこで、ライハの声を途切れさせたのは、大地を揺らす振動だった。
その出処を振り返ると、先程までザ・ワンが降り立っていた場所に、新たに一匹のスペースビーストが出現していた。
「ヘイデウス――っ!」
ザ・ワンが立ち去り際、密かに残した分身体――最上位の眷属であるアマルガムタイプビースト・ヘイデウスの出現に、ペイシャンが息を詰まらせていた。
「まずい、閉じ込められた――この虹の内側は、外界とは位相の異なる隔離空間、奴の狩場だ……っ!」
ペイシャンの解説を聞き、咄嗟にライハは前に出た。彼に支給された剣型デバイスを操作し、バリアを発生させようとするが――しかし、隔離空間の作用によって何も起こせず、ライハが己の無力を知らしめられる結果に終わる。
絶望する一行の恐怖を煽るように、ヘイデウスが悠然と距離を詰めようと歩み出し――
「――させるかよっ!」
隔離された位相にまで、時空を越えて現れた銀色の流星が、その巨体を逆に何百メートルも吹っ飛ばしていた。
絶体絶命の窮地に現れたのは、時空を超越する鎧であるイージスをその身に纏った、ウルトラマンゼロだった。
「(ルミナ、マユ! 大丈夫っ!?)」
「レイトくん……!?」
着地したウルトラマンゼロから発せられる、思念として響く伴侶の声。マユを庇って目を閉じていたルミナが、放心したように、彼の名を漏らしていた。
「助かった……でも、どうして!?」
あり得ざるはずの救世主にモアが疑問の声を上げると、ゼロは事も無げに答えを口にした。
「カイロの連中は片付けてきた……スペースビーストがマユに、俺の娘に手を出そうなんざ二万年――いや、二百万年早いぜ!」
戦い通しのはずだが、それでも昼間より全快に近づいたのか。圧倒的な戦力を発揮したゼロは、受け持っていた敵軍を誰より早く殲滅し終えていたらしい。そしてザ・ワンの出現を受け、時空移動能力で瞬時に駆けつけ、行き違いとなった邪神の置き土産を文字通り一蹴してくれたということのようだ。
だが、そのゼロがこちらの状況を把握し終え、振り返ったその時には。ヘイデウスも既に、その体勢を立て直していた。
ばかりか、その胸に先程、サンダーキラーSがザ・ワン相手に放ったのと同じ紫色の光を収束し、既に臨界まで届かせつつあった。
「D4レイ……っ!」
「まずい。あれを防ぐには純粋なエネルギー量で上回るしかないが、この空間では――!」
「それがどうした」
敵の仕掛ける攻撃を一目で察したトリィとペイシャンが絶望的な叫びを漏らすのに、しかしゼロは些かも動じずに応じていた。
ライハたちの居る研究施設を庇い、ヘイデウスと対峙する彼は身に纏っていたウルティメイトイージスを変形させる。巨大な銀色の鳥のようにも見える形となったイージスを左腕に装備したゼロは、弓の弦のよう生じた光の糸を右手に握り、大きく引き絞った。
「ファイナルウルティメイト……ゼロ!」
掛け声とともに、ゼロが光の糸を離すと、弓部分も含めたウルティメイトイージスそのものが巨大な矢となって撃ち出される。
同時に発射されていたD4レイの奔流に、ウルティメイトイージスが接触。先端の刃で時空構造体に干渉するエネルギーを弾き返しながらその流れを一方的に断ち切って、速度を落とさぬままヘイデウスの胸に突き刺さる。
隔離空間の発生源であった、胸のメガフラシの顔を潰すと同時。ヘイデウスの体内に突き立った銀色の刀身から、莫大な光のエネルギーが解放される。隔離空間の作用から逃れた青い光はヘイデウスを内側から灼き祓い、一瞬の内に爆発四散させていた。
「――フィニッシュ!」
決め台詞とともに戻ってきた無傷のイージスを左腕に装備しながら、その爆発に背を向けて研究施設を守るゼロの瞬殺劇に、あのスペースビーストの同種をよく知っていたらしいトリィが呆気に取られた顔をしていた。
「……なるほどな。時空を超越するイージスなら、次元崩壊によるダメージは無効化できる。さらには着弾するまで内部にエネルギーを込めて攻撃する技だから、隔離空間内でも実弾兵器同様に扱えるということか」
危機を脱したばかりのためか、未だ険しい表情を崩さぬまま、ペイシャンが目の前で起きた事象を解説していた。
「それで、ザ・ワンは」
「サラが――身を挺して、ここから引き離してくれたわ」
「サンダーキラー
ライハの回答により、尋ね人だった相手の思わぬ動向を知らされて、ゼロも戸惑った様子だった。そこでペイシャンが、弁明するように経緯を述べる。
「偶然トリィが手懐けることに成功し、対ビースト抗体の開発に有用なデータが取れるからと、ここに連れて来ていた」
「対ビースト抗体……だと!?」
光の国でも――単に彼らには不要だったとはいえ、開発できなかった代物を聞かされたゼロは、心底から驚いた様子だった。
「だが、それはサンダーキラー
サンダーキラーSとザ・ワンをただぶつければ良いというわけではないと、ペイシャンは言う。
「今回得られたデータを元に調整を加え、俺たちが抗体を完成させても、それだけでザ・ワンを倒すのも無理だ。それどころか、先にザ・ワンがサラを取り込んでしまえば、逆に抗体への耐性情報を取得され、全ての個体に共有されてしまうだろう。阻止したいところだが、戦力が足りない」
「……例の秘密兵器とやらは、動かせるようになるだけでも一週間だったか?」
不意に、思慮を挟んだように間を置いたゼロが、そんな問いかけをペイシャンに発した。
「それと――仮に、今ここにある設備だけで、おまえたちが想定している対ビースト抗体の完成を目指すとすれば……どのぐらいの時間が掛かる?」
「ゼロ……?」
ペイシャンの頷きに重ねられた奇妙な問いに、ライハが意図を測りかねて眉を寄せると――未だショックの抜けきっていない様子のトリィが、額を抑えながら立ち上がり、応答した。
「週どころか、年単位は必要よ。今、サラを助けに行かないと意味がなくなってしまうのに――!」
「……だが、おそらくその抗体がなければ、俺だけで向かってもまた返り討ちだ」
あの無敵を自称するほどのゼロが、そんな情けない結論を、恥じる様子もなく淡々と吐き出した。
「もう少し聞かせろ。何年あれば、抗体はできる?」
「五年……いえ、それだけに集中して、元となるデータを再現するだけで良いのなら、四年……」
妙な迫力に押されたようにトリィが答えると、ゼロは頷きを見せた。
「それなら、今の俺でも何とかなる――モア。悪いが、一分だけ、ルミナっちとマユを任せても良いか?」
「えっ?」
突然の指名と、奇妙な依頼の内容に、モアは素っ頓狂な声を上げた。
「それとライハ。リクたちの妹を助けるために――四年、おまえの時間を貰っても良いか?」
「……ええ。お安い御用よ」
――今の状況でさらに四年待て、という言葉は、本来なら受け入れられるものではなかったが。
何となく、ゼロがしようとしていることが見えたライハは、躊躇せずに頷いていた。
「……レイトも。おまえやライハの寿命に影響はないと思うが、構わないか?」
「(寿命、って――ゼロさん、何をするつもりなんですか……?)」
「ゼロ。それに、パパ」
恐る恐ると言った様子でレイトが問い返していると、そこに割り込む声があった。
「おぉ、何だマユ!」
「――あの怪獣さん、たすけてあげて」
呼びかけに勢いよく食いついたゼロに、マユがそんな言葉を続けていた。
「わたしたちのこと、まもってくれたし――それにリクくんとルカちゃんの、妹さんなんでしょ?」
「(マユ……)」
ゼロの中から、娘の願いに感じ入ったようなレイトの思念が、周囲に漏れた。
「(うん、わかった――ゼロさん。僕にできることなら、よろしくお願いします)」
「ああ、頼むぜレイト! ……AIBの連中も、構わないな? 同意しない奴は申し出てくれていたら外してやれるが――」
「――ま、ここでザ・ワンを倒さなきゃ、四年どころかいつ地球、いいや、この宇宙が滅ぶか、良くて牧場にされるかわかったもんじゃない。降りる奴はそれも踏まえて手を上げろよ」
ゼロが何をするつもりか既に理解した様子のペイシャンは、施設内から集まった部下たちに向け、やや威圧的な問いかけを投げていた。
「降りないわよ。他に、今の私がこの星とサラにしてあげられることなんて、何もないもの!」
そして、強い決意を表明したトリィの言葉に頷いて、ゼロはその姿を黄金の輝きに包んだ。
「――シャイニングウルトラマンゼロ!」
名乗りの通り。金と銀に体色を塗り替え、その全身に輝きを湛えたウルトラマンゼロは、さらにその身から虹色の光を放射した。
「シャイニングフィールド――!」
そしてライハたちは、ウルティメイトイージスと融合したゼロが、メタフィールドと同じように創造する亜空間――時間の流れが現実世界よりも遥かに速い、光に包まれた異世界へと、AIBの研究施設ごと転移を果たした。
◆
――夜を裂いて飛ぶ、一隻の船。
星雲荘の真の姿、ネオブリタニア号が、無数のスペースビーストを躱しながら、地上に光る星を目指して空を翔けていた。
追跡して来るスペースビーストは、ウルトラマンジードが食い止めたのとは別に出現した軍勢だ。出航時点から、搭乗するルカのリトルスターは不可視化してあるはずなのに、明確に攻撃対象とされている。ネオブリタニア号が邪魔者であるウルトラマンの勢力に属する存在であると、先のデスボーンの襲撃時点から見抜かれていたらしい。
……何故、という疑念が、報告管理システムであるレムの中に生じる。
今朝、この地球にスペースビーストが侵入してから、中ノ鳥島を発つまで、一度も――ネオブリタニア号は、その姿を晒していなかったはずなのに。
暗中にその答えを見つけるよりも早く、遂に飛行機能に障害を来たす被弾を受けた。宙にあるネオブリタニア号の船体が、傾き――慣性のまま、斜め向きに墜落し、大地へと落下を開始してしまった。
〈ルカ。不時着後、エレベーターで、サラの近くまで転送します。その後のことは、申し訳ありませんが……〉
「……うん、わかってる。大丈夫だよ、レム。だってお兄ちゃんは、約束してくれたから――!」
市街地から外れた位置へ落下するよう調整しながらのレムの報告に、ルカが躊躇なく頷いた。
……次元間移動能力を有するネオブリタニア号が航行不能となる、ということは。おそらく、同様の能力を持つウルトラマンゼロが合流しない限り、ジードが
飛行能力を持つハイパービースト・ザ・ワンを抑えるため、空を飛ぶ術がない彼女に打てる手が、そのメタフィールドに捕らえるしかない、ということと合わせた上で。
……その決意に報いるために、レムはネオブリタニア号の全砲門を開き、墜落する最中にも追撃を仕掛けようとするアリゲラたちを牽制する。
だが、突然――ワームホールが発生した直後、そこから飛び出した白と黒の格子柄の魔人が、胸の結晶体でネオブリタニア号の光線を吸収し、無力化してしまった。
「あいつは――っ!」
新手である破滅魔人ブリッツブロッツ型のスペースビーストが、光線を取り込んだ水晶体から、それを倍加して反射した。
その光景に息を呑むルカが、仮にこの状況を潜り抜けられたとしても……マスターであるリクから託された彼女を、二人の妹の下に送り届けるという役目を、このままでは完遂できなくなってしまう。避けるべき事態を前に、打開策を検索しようとしたレムはその時――超音速で迫る、高エネルギー体を感知した。
「極星光波手裏剣!」
アリゲラたちを貫きながら飛来した、一筋の流星。光子エネルギーで作られた巨大な十字手裏剣は、ネオブリタニア号の背後に割り込むと、ブリッツブロッツの反射した光線の数々を受け止める盾となった。その星が、砕け散るまで守護してくれたことで、ネオブリタニア号は爆散せずに済んでいた。
星を投げた張本人――駆けつけた青い体躯の救い主の名を、ルカが叫ぶ。
「フーマ!? なんで!?」
「――オレの速さを舐めるなよ、嬢ちゃん!」
一度共闘したルカの、疑問に応えるその間にも。ネオブリタニア号のカメラですら、残像を捉えるのがやっとという神速で駆け巡るウルトラマンフーマは、周辺のアリゲラたちを次々と切り払い、肉片へと変えて墜落させていた。
「上海のビーストどもを全部倒した後、こっちにも奴らが出たって聞いて来りゃあ、おまえらのピンチに出会したってわけだ!」
雑魚を蹴散らしたフーマはそのまま、滞空してブリッツブロッツを牽制するように構えると、落下するネオブリタニア号に向けて語りかけた。
「エスコートはしてやれねえが……行けよ、妹ちゃんを助けるんだろ?」
「うん! ありがとう、フーマ!」
〈感謝します、ウルトラマンフーマ〉
元を正せば、彼らウルトラマンと敵対するために建造されたベリアル配下の戦列艦の報告管理システムであるレムは、しかし心からの礼を、フーマへと述べていた。
おかげで、マスターである――そして、大切な家族であるリクや、ルカの願いを繋ぐために、レムもまだ活動することができると。そんな喜びを感じながら。
ネオブリタニア号は破壊されることなく、横たわる地球の大地に硬着陸した。
◆
……破滅魔人型スペースビーストと対峙しながら、ウルトラマンフーマは微かな感傷を抱いていた。
「――ったく。妹を助けてぇだけの女の子の邪魔するたぁ、なんつー不埒な輩だよ」
その妹を。花の名を冠した少女は、自らの秘めていた力を制御できずに、酷く傷つけてしまったのだという。
かつて、フーマが若気の至りで傷つけてしまったあの子と、同じように。
……その過ちにも負けず。傷つけてしまった相手と、そして己の涙を自ら拭おうという少女の意気を、我欲のためだけに潰えさせようとする邪悪が今、青き英雄の前に存在していた。
「そんな奴らは、このオレ――風の覇者フーマに成敗されるってことを、テメーにも、まだ見ぬ銀河の悪党どもにも、やかましいぐらいに教えてやらぁ!」
かつて、旅の最中に見つけた絵本。風のような速さで、困った人々を助けるために戦う青き英雄の冒険譚。
その英雄の名を借りて――その絵本の中で、出会えて幸せだったと教えてくれたあの花に、彼女のくれた勇名が届くように。
――そして、光に選ばれなかった、異形の師の代わりに。
彼から教わった技を叫び続け、本来その術を扱う異種族の志を継いだ、希望となるために――
奇しくも、人間の師匠から教わった拳法で戦う、
異質な生まれ故、一度はフーマの仲間に命を絶たれかけた彼女が。
……まぁ、そんな一方的な投影まで、口に出すのは風流ではない。むしろ気色悪い。
だから、それだけはただ行動で示すべきだと、誰より口喧しいウルトラマンは決意していた。
「セイヤッチ!」
故に、いつも以上に、この戦いには負けられないという気迫を込めて。青き残影と化した風の覇者は、烏天狗の姿をした魔人と、夜天に無数の光芒を散らす超音速の空中戦を開始した。
◆
必勝撃聖棍が、唸りを上げる。
縦に振り下ろされた赤き鋼は、全体が骨化していたタイラント型スペースビースト、デスボーンの額を割り、そこから黒く腐りきった屍肉のような体液を噴出させ、動きを鈍らせる。
「ギガスラストぉ!」
突き刺したまま、膨大なエネルギーによる刺突を放ったウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルは、デスボーンを跡形もなく消し飛ばし――ギガファイナライザーを振り下ろした勢いのまま旋回させ、右腕だけで保持すると、空域に残像するスペースビースト目掛けて両腕を横に広げた。
「コラプサーブースト!」
そして胸全体から高威力の破壊光線を放ちつつ、ジード自身が回転する砲台となることで、三百六十度全周囲の敵を粉砕し、灼き尽くす。
〈リク、お疲れ様でした〉
敵影が見えなくなったところで照射を止めたジードの耳に、レムからの通信が届いた。
「レム! そっちは……」
〈申し訳ありません。撃墜されました〉
「大丈夫!?」
〈ルカは、現在無事に転送中です〉
淡々と述べるレムに思わず叫び返すと、そんな返事が返って来た。
「レムは!?」
〈――無事とは、言えません〉
一瞬の間を置いて、返事が寄越された。
〈ネオブリタニア号の飛行能力に障害を受けました。ルカがメタフィールドを張ってしまえば、後からあなたを送り届けることができません〉
別宇宙への航行能力の応用により、メタフィールドという別位相への転移をも理論上は可能とするネオブリタニア号。リトルスターの力により、ルカが不連続時空間を展開しても、後から合流するアテとしていた手段の喪失を伝えられ、追手を防ぎ切れなかったジードは焦燥を覚える。
……だが、メタフィールドに辿り着く手段はそれだけではないと、ジードはすぐに立ち直る。
〈だから、急いでください、リク〉
そもそも、その前にルカに追いつけば問題ないと――素早く合流できるためにも自分が足止めを選んだのだと思い直したジードは、レムの助言に頷いた。
「わかった。レムも……後で必ず迎えに行くから、待っててくれ」
〈了解しました。それでは、ルカの転送先を伝えます〉
心なし。喜びに和らいだように聞こえるレムの電子音声が、ジードの目指すべき場所を言う。
〈場所は――〉
◆
――光瀬山麓が、大きく揺れた。
それは、十万トン近い質量の巨大生物が、人類の知る物理法則を超越した飛行能力を維持できなくなり、墜落した結果だった。
「あっ……うぁ……っ!」
苦鳴を漏らすのは、究極融合超獣サンダーキラーS。
異次元の生物兵器の頂点に立つ最新の究極超獣であり、ウルトラマンベリアルの因子を繋ぎとして、そのベリアルがかつて数多の宇宙を餌に完成させたハイパーエレキングの生体情報をも組み込まれた、滅亡の邪神の幼体である生命体。
怪獣と総称される生物の中でも一際強大なその存在が今、圧倒的な力の差に敗れ、倒れ伏していた。
サンダーキラーSを追い詰めたのは、こことは別の宇宙で全ての生命体を捕食し絶滅させた、スペースビーストの集合体。幼体である彼女とは違い、羽化を果たした完全体である滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンであった。
いくら究極超獣とは言っても、同時に滅亡の邪神の幼体でしかないサンダーキラーSと、完全体であるザ・ワンの間には、文字通り子供と大人ほどの差があった。
甚振るように弄ばれ、嬲られ続けていたサンダーキラーSだが、遂にザ・ワンの気を惹きながら逃げ続けるだけの余力も奪い去られ、こうして人里離れた山中に叩き落されてしまっていたのだ。
――同じカテゴリーで呼称される怪獣とはいえ、全くの別種であるザ・ワンが、サンダーキラーSに手心を加える道理はない。
むしろ、宇宙全ての生命を取り込んでしまうほどの欲望の塊である邪神からすれば、自らに匹敵するポテンシャルを秘めた生命体は、栄養に優れた餌にしか見えていないのだろう。
まして、スペースビーストが何より好む恐怖という感情――それが本来生じないはずの超獣でありながら心を与えられた上に、怪獣を誘引するリトルスターまで、軽率にも他の怪獣から奪って宿してしまったサンダーキラーSは、ザ・ワンの食欲を無尽蔵に刺激して仕方ない存在だったのだ。
その性質を利用して、ザ・ワン本体は引き離したが――果たしてトリィたちは無事だろうか。仮に、今は大丈夫でも、己が一矢報いることもできなかったこの邪神が舞い戻れば、結局皆、殺されてしまうのではなかろうか。そんな不安が、サンダーキラーSの中で鎌首をもたげる。
……あるいは、創造主であるヤプールが死んでいなければ。同じく知性体の負の感情を奪い合う生態的地位の競合相手として、いずれヤプール側の戦力としてザ・ワンと相対するのに変わりはなくとも、結果を変えることはできたかも知れない。
しかし、完全な邪神に至る遙か手前でヤプールが滅び、未熟な雛のまま外界に飛び出すこととなったサンダーキラーSには、そのような未来はなかった。
だが、それはそれで良かったと、サンダーキラーSは思う。作られた時に決められた運命のままであれば、きっとトリィたちとこんな風には出会えなかったから。
こんな無価値な自分に、暖かさをくれた優しさを知ることはできず――自らの過ちで傷つけてしまった兄や姉と、その前にたったの一度でも、笑い合うことなんてできなかっただろうから。
けれど、その暖かさを守る力が、今の自分にないこと。ただ一個の生命として力を増し、知性を向上させるだけの本来の在り方では得られなかった――トリィの教えてくれた、過ちをやり直す希望を、実現することができなかったこと。それがじわじわと、独りぼっちの惨めな死を前にしたサンダーキラーSを、蝕んでいた。
そんな絶望と恐怖が、リトルスターの輝きを縮小させ始めるものの。今更、ザ・ワンが見逃してくれるはずもない。
恐怖を孕んだ、消え去る目前の閃光を前に――より一層の欲望を刺激されたように、全身の牙を剥き出しにして迫って来る。
その姿に、この世界の全てが怯えるように。山の木々がざわめき揺れるが、当然草も木も、動物たちも、助けに来てくれなかった。
「(私の妹に――っ!)」
ただ――一輪の花だけが、飛び出していた。
「(手を出すなぁあああああああっ!)」
その思念の叫びとともに。雷鳴の如く轟いた咆哮の主が、滅亡の邪神を弾き飛ばした。
「――っ、お姉、さま……?」
突如として出現し、ハイパービースト・ザ・ワンに体当たりを仕掛けて距離を取らせたのは――培養合成獣スカルゴモラだった。
星雲荘による転送から、即座に本来の姿に戻って繰り出した完全な不意打ち。それでスカルゴモラの全体重と筋力を、重心移動の瞬間に叩き込まれれば、如何に滅亡の邪神といえども不覚を取ったらしく、ザ・ワンは百メートルほど後退していた。
だが、効果はそれだけ。一切のダメージを受けていないザ・ワンを前にして、しかしスカルゴモラは些かの怯みも見せずに対峙する。
――サンダーキラーSを、その背に庇って。
「なんで……?」
同じくベリアルの血から造られた姉である、培養合成獣スカルゴモラ。
レイオニクスの力を最も直接的に引き出せるその潜在能力の凄まじさは、サンダーキラーS自身もトラウマに等しい形で知っている。
――だが、それだけで、未だザ・ワンに敵うはずなどないというのに。
「どうして、たすけてくれるの……?」
……こんな、悪い子を。
話を聞かず、大切な兄を傷つけた、憎むべき相手を――
「(――お姉ちゃんだからだっ!)」
そんな妹の疑念を晴らすように、培養合成獣スカルゴモラが吠えた。
「(喧嘩してたって、お姉ちゃんは妹を守るものなんだ!)」
叫びながら、スカルゴモラは全身の角から青白い光線を発射。フェーズシフトウェーブで、亜空間への入口を作り出す。
対して、ザ・ワンは口腔内に出現させた巨大な魔眼から、金色の混じった青い光をスカルゴモラに浴びせた。
微かに散った飛沫の付着した木々が変貌するのを見て、サンダーキラーSはその正体を悟る。あれは邪神が操る、石化の呪いが込められた光線だと。
――サンダーキラーSの光線吸収は、間に合わない。
結果、助けに来た姉を物言わぬ石に変えることで、サンダーキラーSの絶望をさらに煽ろうとしたザ・ワンの悪意は――しかし、スカルゴモラには何の効果も発揮せずに弾かれた。
そうなった原理は、サンダーキラーSも知る由もない――かつてこの場所で、兄妹の父であるベリアルの部下だった怪獣との戦いを通し、スカルゴモラが石化耐性を獲得していたことなど。
その怪獣が、何を望んでいたかなど。
「(こいつは私が食い止める! だから――もう怖がらなくていいんだよ、サラ)」
サンダーキラーSを蹂躙した、あの赤い姿に変じながら。しかしそれ以前の、たくさんの笑顔を向けてくれた時の優しさを損なわないまま。
石化光線を無効化されたことで意表を突かれたらしく、動きに戸惑いの生じていた
「あ……っ!」
何か、返事をする前に。
サンダーキラーSの前で、スカルゴモラが飛び込んだ別位相への入口は、完全に閉じられ消えてしまったのだった。
Bパートあとがき
・光の国には対ビースト抗体不要説
これは完全に妄想なのですが、『ウルトラマンネクサス』内の設定に存在する「ビースト因子を無力化し、消滅させる未知の因子」である対ビースト抗体の正体、作風的に愛や勇気や希望、そしてどんな困難にも諦めない心といったポジティブな感情そのものだと勝手に予想しているので、光の国ともなるとデフォルトで満ちているんじゃないのかなと考えています。
まぁ仮に違っていても、別にスペースビーストに今更恐怖して再発生を許すような存在でもないだろうというイメージがありますし、ウルトラベルとかで浄化代用できていそうなので、光の国ではザ・ワン戦後もスペースビースト再発生の余地はないという作中設定になります。そうでもないと公式との乖離が大きくなり過ぎるし……という理由ももちろんありますが、そういうことでよろしくお願いできればと思います。
・シャイニングフィールドの時差倍率
思い切り「約一分=約四年」と作中で言及してしまったので、そんな設定は公式にはなく、本作独自の解釈です、といつも通りお断りしておきます。
公式設定では完全に不明ですが、唯一使用された『ウルトラファイトオーブ』での映像作品としての時間で判断すると、シャイニングフィールド発動から「十年も特訓」という発言まで、約160秒(某配信サイトですと17分10秒~19分50秒ほど)が経過していました。
作中ではそれなりに切羽詰まった事態だったはずなので、実際にこの程度の準備で作戦の成功率が上がるなら――ぐらいの感覚だったら、あのタイミングでの使用にも頷けるかな、と感じるところです(ぶっちゃけオーバーしても時間戻せば良くない? は禁句)。
ここで、ちょうど『ウルトラマンタイガ』にてゼロがプラズマゼロレットを渡す際に「二百万パーセント」という単語を口にしていたので、その数値を倍率として採用してみると、十年は約3億1500万秒なので、二百万で割ると約158秒と、まぁまぁ近い感じになりました。
よって、シャイニングフィールド内外の時間進行速度の差は約二百万倍、現実時間では一分程度で行けるので、作劇的にも扱い易い気がするのでとりあえずこの倍率を採用してみました。ある程度は可変式な気もしますが、その可変式かな? という予想含めて完全に本作独自の設定となるので、念のためここで断っておきます。
ちなみに四年という経過時間は、作中設定では同い年であるライハ役の山本千尋さんとリクくん役の濱田龍臣プロの演者間実年齢の差をチョイスした形になります。生きるために必要なあれこれは、シャイニングフィールドに入った途端オーブも回復していたし、他にもAIBの研究施設なら何やかんやあるんだろうということで一つ。
作中では触れないので先にこちらで弁明しておくと、そんなに長い間連続で同化しているとレイトさんと分離できなくなりそうなので、シャイニングフィールドを維持する主観四年の間に何度も分離と再融合を繰り返している想定です。
・石化光線
ガタノゾーアのみならず、実はハイパーゼットン(コクーン)がウルトラマンダイナを倒した際に使用していたりするので、邪神の基本技扱いで使わせてみました。設定的には普通にガーゴルゴンかその亜種が取り込まれている形です。
そして、少なくともガーゴルゴン由来である故に、本作の培養合成獣スカルゴモラにはもう通用しないというわけです。