――星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室。
ウルトラマンジード、朝倉リクを中心とする、彼の家族が暮らすこの場所は今――野戦病院のような有様となっていた。
「リク、しっかりして!」
呼びかけるのは、リクの親友であるペガッサ星人のペガ。
その隣では、看護師を目指して勉強中だという湊アサヒが、懸命な表情でリクの治療を実施している。
先程、治癒光線を受けたことで致命傷ではなくなったとはいえ。未だ腹を貫通した傷の痕が残り、その他の部位にも数え切れない打撲や切り傷が残り、再び昏倒し魘されているリクの状態は、彼が身を投じた戦いの凄惨さを物語っていた。
……アサヒの手を煩わせなくとも。星雲荘――宇宙戦列艦ネオブリタニア号には、本来、ヒューマノイド用の肉体修復装置が備えられている。
だが、そこにはリクよりもさらに酷い容態の人物が運び込まれているために、利用が不可能となっていた。
修復装置に横たわるのは、鳥羽ライハ。リクよりも酷い全身の打撲や骨折に、頭部からの出血等、命に関わるほどの大怪我を彼女は負っていた。
そして、リクと、ライハを傷つけた犯人は――二人をここまで運んだ後、己の所業と向き合わされ、呆然と立ち尽くすしかできずにいた。
〈虚空怪獣グリーザ。ダークサンダーエナジーは、奴が獲物を探す際に用いるセンサーのようなものだ〉
そのダークサンダーエナジーに打たれ、正気を喪った末、兄や師匠といった大切な家族を己の手で傷つけた培養合成獣スカルゴモラ――それが地球人の少女に擬態した姿である朝倉ルカは、どこか認識の鈍い頭で。通信画面の向こうから放たれる、異星人捜査局AIB所属のゼットン星人ペイシャン・トイン博士の現状解説を聞いていた。
〈グリーザの観測できる座標は、そこだけ宇宙に穴が開いたように、あらゆる質量も空間エネルギーも零となっています。この結果が示すのは、グリーザは存在しない存在であるということ。我々が見た形態は、本来観測者に認識できない無の情報を強引に解釈した結果に過ぎない――生物というより、自然現象に近いようです〉
獲物を狙う、というペイシャンの解説に、あたかも異を唱えるような補足を発したのは、星雲荘の報告管理システムであるレムだった。
そんなレムの所感を受けて、ペイシャンはさらに言葉を繋ぐ。
〈そのとおりだ。だが無という超自然現象は有である命、特に強い生命力への食欲があるかのように振る舞う。まさに怪獣としか表現できない〉
ルカは己の耳にこびり着いた、気味の悪いグリーザの笑い声を思い返す。
宇宙恐魔人ゼットの襲来を発端とした、日中の戦い。
その恐魔人ゼットという強大な生命体を追って地球にダークサンダーエナジーを降らせ、スカルゴモラを暴走させた張本人にして。消耗しきった地球戦力の前へ最後に降り立った存在が、虚空怪獣グリーザだった。
ダークサンダーエナジーを受けても弱体化も暴走もせず、唯一戦える状態にあったベリアルの子らの末妹――究極融合超獣サンダーキラー
〈今はゼロが融合したことで、虚無と実体の狭間に囚われたような形となり、一時的に活動を停止している。だが……それでも現状の俺たちにできることは何もない〉
ようやく身動きの止まったという脅威に対して、しかし諦めたような溜息を、ペイシャンが漏らしていた。
監視役を引き受けてくれたサンダーキラーSが星雲荘に戻らず、現地に居残りながらもただ見張り続けることしかできない理由を、レムが解説する。
〈グリーザという穴に干渉する手段は、基本的には二つしかありません。理屈を越えたパワーを押し付けるか、ゼロが回収に向かった『針』を用いるか。そして今の地球で、あのグリーザに干渉できるパワーがあるとすれば、培養合成獣スカルゴモラだけでしょう〉
「……私が、あいつを倒せるの?」
レムが告げた思わぬ言葉に、集中を取り戻したルカは、そんな問いかけを口にしていた。
〈無理だな。仮に干渉できるとしても、倒せるわけじゃない〉
だが、仄かに見えた希望は、ペイシャンの回答で呆気なく切り捨てられた。
〈奴はこの宇宙に開いた穴だ。底の抜けたバケツでも思い浮かべれば良い。少量の水ではすぐに穴を抜けてしまうが、大量に浴びせればバケツを動かし、穴の存在する座標を変化させることはできる――これが理屈を越えたパワーによる干渉、というものの理屈だ〉
不条理な怪獣の特性を身近な事例に置き換えたまま、ペイシャンが続ける。
〈だが、いくら水を浴びせたところで、それだけでは穴が存在する事実は消えず、無にダメージが通ることはない――拡がることはあるかもしれないがな〉
忌々しげに、ペイシャンが続けた。
……兄であるリクや、名付け親である朝倉スイと遊んだゲームで例えれば。理屈を越えたパワーがあれば当たり判定を得て、ノックバックさせることまではできても。結局ダメージ判定が存在しないままなのがグリーザの性質なのだと、ルカは解釈した。
ウルトラマンゼロがしているのは、バケツと水の例えで言えば穴を抜けて完全に失われてしまう前、氷となることで穴の座標と一体化し、一時的に蓋をしている状態ということだろうか。
だが、所詮氷ではいつかは融けてしまう。穴は元に戻り、ゼロという水の全ては底から抜け落ち、この宇宙から失われてしまうのだ。
〈完全な無は、それ以上削りようがない。だからグリーザを倒すには実体化させる必要がある。それを可能にするのが、この宇宙の穴を縫う針……ということなんだろうな〉
「グリーザの中にあるその針を、ゼロが取って来るまで待つしかない、ってこと……?」
〈ああ。取って来られれば、な〉
「……どういう意味?」
思わせぶりな言葉に問い返すと、画面の向こうのペイシャンは額を掻いた。
〈俺たちがグリーザを知ったのは、過去に大空大地のエクスデバイザーから提供された情報の中に交戦記録があったからだ。彼らの地球をグリーザが襲った際、ウルトラマンエックスはグリーザの中から針を取って来て倒す、なんてことはしていなかった〉
ここまでの話、その大前提を覆すような情報に、ルカは目を見開いた。
〈だが、ゼロの話を聞いた今ならわかる。あの宇宙の針は、既にグリーザの外にあった。エクスラッガーと呼ばれる武器がそれだったんだ〉
エクスラッガー――かつて、大空大地とウルトラマンエックスがこの地球を訪れた際に見せた、虹色の短剣。
「じゃあ、大地さんとエックスに、一緒に戦って貰えれば――!」
〈無駄だ〉
〈彼らが持っているのは、あくまでも彼らの宇宙の針です。この宇宙のグリーザに対しては、私たちの求める効果を発揮できないでしょう〉
ペイシャンの短い結論と、レムの並べた理由とが、俄に見えた希望を一瞬で摘み取った。
そして、脱線した話の本題へと、ペイシャンが話を戻した。
〈問題なのは、そういう風に……宇宙の穴を縫う針が、既に取り出されている場合があるということだ〉
〈心当たりがあるのですか?〉
〈いや。AIBに記録はない。総本部にも確認を依頼したが、クライシス・インパクトの際に散逸したのでもなければ、そんな事態はこの宇宙の歴史にはないようだ〉
「じゃあ、どうしてわざわざそんな話を……」
〈遅いからだよ、ゼロの奴が〉
ルカの抗議のような疑問に、ペイシャンが小さく頭を振った。
〈ウルティメイトシャイニング――あの形態なら、時間も空間もない無の中でも問題なく活動できるだろう。それなのに、ゼロはまだ帰らない。針が見つからないんだ〉
ペイシャンの推理は、ルカに悪寒を走らせるのに充分な衝撃を持っていた。
〈もちろん――無の中にそんな概念があるのかは知らないが、単に針は深いところにあって、ゼロもまだ手が届いていない場合も考えられる。だが、針は既にグリーザの中にはなく、こちら側で存在している可能性も否定はできない。ゼロに任せて胡座を掻く、というわけにはいかないのが俺たちの現状だ〉
故に、グリーザ対策へ集中すると……そう告げたペイシャンは、現状報告を終えて通信を切ってしまった。
そうして話を聞き終えたルカは、今一度、目を背けていた二人に視線を戻して、そして挫けた。
「……ルカ、どこに?」
「ごめん、トイレ」
こちらの様子を見咎めたペガの疑問を力なく誤魔化したルカは、中央司令室を抜け出た後――廊下を少し歩んでから、自らが常に身につけるヘッドホン型の通信端末に手を触れた。
「……レム。私とだけ話してくれる?」
〈可能です〉
星雲荘の報告管理システム――リクをマスターとする人工知能は、彼を傷つけたルカ相手でも、変わらずに接してくれていた。
その優しさへ、素直に喜べない自分を、ルカはなおのこと嫌悪しながら……今問うべきことを尋ねていた。
「星雲荘は、まだ飛べないんだよね」
〈はい、申し訳ありません。怪獣墓場での被弾から五百時間を経過しましたが、資源に乏しい現状、航行機能の完全修復には、もう百時間ほどを必要とします〉
「じゃあ……グリーザからは、逃げようがない、よね」
そもそも、本当にそんな選択を取るのかは別として。
リクが命を削る勢いで、切札であるギガファイナライザーを引き換えにしてまで止めてくれたから。
そして今は、ゼロが身を擲ってくれているから、まだこうして居られるが。
――次はない、ということを、ルカは重々承知していた。
「じゃあ、ごめんだけど、レム……私をここから出して」
だから、そんな願いをレムに告げていた。
沈黙しか返してくれないレムに対して、ルカは意地が悪いとわかった上で、事実を問うた。
「もし、またダークサンダーエナジーが飛んできたら。レムでも防ぎきれないんだよね?」
〈――はい〉
「じゃあ、私はもうここに居ちゃいけない」
家族の安全を保証できない
〈ルカ。それは……〉
「お願い。私に、レムまで殺させないで」
――厳密に言えば。ルカは、培養合成獣スカルゴモラはまだ、敵性怪獣以外は誰の命も奪っていない。
だがそれは、本当に結果論だ。ダークサンダーエナジーを浴びて、EX化をも越える
その結果、ギルバリスに捕らわれていたライハや、暴走するスカルゴモラを止めようとしたウルトラマンジード――兄であるリクを、文字通り瀕死の重傷に追いやった。今二人が生きているのは、二人の強い意志や努力、そして幸運の賜物であり、ルカ自身の心は、その結果を導く上で何の役にも立てていない。
同じように。再びダークサンダーエナジーを受けてしまえば、スカルゴモラはまたも為す術なく正気を喪って暴走し……まず最初に、ネオブリタニア号を内部から破壊してしまうことだろう。
そうなれば、大切な皆の居場所である星雲荘が失われ、下手をすれば今度こそリクやライハを殺しかねない。
何より――
「もし、他の皆は逃がせても。この中で私がまたああなったら、レムは絶対に逃げられなくて死んじゃう」
〈ルカ。私は報告管理システム。死にはしませんよ〉
「死んじゃうよ! システムだとか、関係ない……っ!」
話を誤魔化そうとするレムに、ルカは思わず声を大きくした。
人工知能だろうと、ルカの心を慮り、その成長を願ってくれたレムが、家族の一員であることは変わりない。
そんな彼女を、自分の手で引き裂いてしまうなんて、考えるだけで身の毛もよだつ事態を避けようとするルカの悲鳴に、レムは静かに問いかけてきた。
〈外に出て、どうするつもりですか?〉
「……大丈夫。地球を守る方法は、ちゃんと考えてるから」
ダークサンダーエナジーを浴びれば、次の瞬間には地球自体を破壊してしまうかもしれない爆弾――それが今の自分だと、よく理解しているルカは、レムに懇願していた。
「だから私を、ここから出して」
◆
果てなく拡がる、何もない虚空。
宇宙に開いた『穴』、『無』の中を進む、一筋の光があった。
世界を渡る、翼にも似た鎧を纏う銀色の流星こそは、時間を操る力を覚醒した光の巨人。
ウルティメイトシャイニングの力を発動した、ウルトラマンゼロだった。
時空を越える力を全開としたゼロは、時間も空間もない無――虚空怪獣グリーザの中でも、何ら制約のない活動を可能としていた。
だが、その自由はいつまでも続くものではない。
ウルティメイトイージスの顕現と、シャイニングへの変身。ただでさえ消耗の激しい二つの力を、道理を捻じ曲げ強引に同時発動させているのだ。今のウルトラマンゼロが扱えるあらゆる力の中でも、彼に掛かる負担として最も重たいものが、この形態――ゼロの交戦経験でも類を見ない強敵との連戦から続けてということもあり、許された時間は決して長くない。
故に。維持するだけでも放出され続ける膨大なエネルギーは、一時的にグリーザの活動を停止させるのに充分な効果を発揮しているが――あくまでも足止めではなく、この無の中からグリーザ攻略に不可欠な『針』を見つけ出すことが、ゼロの目的だった。
「どこにある……!?」
しかし。その針は、ゼロの予想に反して、全く見当たらなかった。
異常なことだった。無の中には、針しか安定して存在できないはず――だから、無の中でも自在に動ける今のゼロならば、すぐに見つけ出して脱出できるはずだった。
なのに、無の中を――そんな概念が正しいのかはともかく、深く深く、進めど進めど、光源となっているゼロ以外の何も見当たらず。伝説の神器は、影も形もない。
「どういうことだ。宇宙の針は、グリーザの中にあるんじゃなかったのかよ!?」
光の国で学んだ伝説を思い返し、ゼロは悪態を吐く。
その話を疑いながらも、引き続き針を探して飛行すると同時に――ゼロは他に考えられる可能性を、改めて振り返っていた。
虚空怪獣グリーザ。宇宙に空いた、消えない穴。
その出自故に、存在しない者、完全な無とも称されながら、生命を無に帰すという本能で動く――まさに怪獣と呼ぶに相応しい、超自然現象。
そんなグリーザの中にしかない針がなければ、グリーザは倒せないとされている。
……逆を言えば。もし、過去にグリーザが発生していて、なおこの宇宙が無事であるなら。誰かが針を取り出して、穴を縫った可能性が考えられる。
だが、そんな大事件があれば、AIBの規模なら記録を保管しているはずだ。そのAIBがエクスデバイザー由来の情報でしかグリーザを知らなかったのなら、そんなことはなかったのか、あったとしても散逸したか、あるいは――誰にも知られることなく、針を使って過去にグリーザを退けた者が居ると考えられる。
だが、本来ウルトラマンも存在しなかったこの宇宙で、ウルティメイトシャイニングにならねばゼロでも身動きできない無の中から針を回収し、グリーザを倒すなどという所業、いったい誰が……
「……待てよ」
そこでゼロの脳裏に、ふと閃くものがあった。
誰にも気づかれない、というのは――必ずしも小さな出来事ではない可能性も存在する。
逆に、大き過ぎるものも。その全貌を認識できる者が、極端に限られてしまう場合があるのではないか。
……虚空怪獣グリーザ。宇宙に開いた消えない穴。
その中に針が存在することを知っていて、取り出し、宇宙の穴を塞げてしまえる何者か。
この宇宙に穴が開いた時。そして、針の伝説を知り得る別の宇宙の、強大な存在が訪れたタイミング――
そして、ゼロがこのグリーザの中に飛び込む直前に目にした一つの光景が、脳裏を過ぎる。
「まさか――!」
二つのピースが噛み合うことで真相に至った、ちょうどその時。
強大な力の負荷で、遂にゼロの肉体が、限界を迎えた。
「……くっ!?」
ウルティメイトシャイニングを維持できなくなり、基本形態に戻ったゼロは、無の中で身動きする術を喪ってしまった。
グリーザの中から自力で脱出することもできなくなったゼロは、必死で消滅に抗いながら、ただ八つ当たりのような叫びを上げるしかできなかった。
「そりゃねーぞ、キングのじーさん!」
不満の声は、ただ無の中で際限なく拡散し、どこにも届くことなく消えてしまっていた。
◆
「……悪いが、おまえを今、別の星に移すことはできない」
己の正体を知った時以来となる、星雲荘からの脱走を果たしたルカが向かった先は、あの夜と同じ光瀬山麓ではなく。
協力関係を築き、共にこの地球を守ってきた、AIB――その中でも、ルカにとって馴染みが深く、かつ、この星では高い権限を与えられたペイシャンの研究室だった。
だが、ルカの希望はあっさりと、ペイシャンによって否決された。
「どうして!?」
「俺のせい、だな。この星で、AIBの活動が原因でギルバリスを復活させてしまったために、物質の星間移動が総本部から制限されてしまった」
こんな時、なのに。
いや、こんな時だからこそ、混乱に乗じてさらなる災いの種が拡がってしまわないよう、AIB総本部が決断するのも、至極当然の話だと言えた。
昨日、ペガを故郷から届けてくれた惑星間転送装置も。各種宇宙船も、地球分署を越える総本部の権限で停止させられており、ペイシャンたち極東支部だけではどうしようもないのだと、彼は続ける。
「おまえの状況と要望をあの査察官殿に届けて、働きかけて貰えれば特例措置の可能性もあるが――いくら彼女でも、即決させられる案件じゃない。そもそもここでグリーザを止められなければ、地球が滅びた後はおまえが移された星が順番に狙われるだけだ。受入先を探すのにも時間は掛かるだろう」
ダークサンダーエナジーによる暴走で、地球を破壊させまいと、いくらルカが願っても――グリーザを放置すればどの道、地球上の生命は全て消し去られてしまう。それが早いか遅いかの違いでしかない。
その上で、今度はルカが避難した星にダークサンダーエナジーが降り注ぐようになる。
いくら、ベリアルの子らが慎ましく生きる権利を、ペガが勝ち取ってきてくれたと言っても。誰の血を引いている以前に、グリーザから優先して狙われる羽目になる怪獣を受け入れてくれる星なんて、あるはずがない。
それでも、少しでも破局までの時間を稼げるならと。
「じゃあ、ゼガンに……私を、異次元に送って貰えれば、地球は!」
……あるいは、時空転送以前に、ゼガントビームで物理的に消し飛んでしまえば。
少なくとも自身が地球を脅かすことはないと、そう考えたルカだったが――ペイシャンは首を横に振った。
「昼間のゼットン軍団との戦闘で、ゼガンは行動不能に追いやられた。おまえの希望には添えない――そもそもゼガンが、そんな希望に応じてくれるかも知らんがな」
厄介の種を追放し、一旦そこでグリーザに始末されるのを待ち、一時でも地球を守る――辛い役を戦友に押し付けようとする己の発想を戒められ、ルカは絶句する。
だが、ゼガンすらそれに同意してくれないのなら。例えば同じ能力を持つからと言って、妹が協力してくれるはずがない。
……させたい、とも、もう思えない。
「――変な気は起こすなよ」
……きっと、本当はただ、あの場所から逃げ出したかっただけの。
自らの考えの甘さを突きつけられ、彷徨うルカの視線を見咎めたように、ペイシャンが口を開いた。
「今となっては、銃や爆弾で片がつくほど簡単な話じゃない。半端に死に損なって、身動きが鈍ったところにダークサンダーエナジーが飛んで来る方がたちが悪い――おまえという生命は、その姿ですらもう、そこまで強くなってしまった」
諦念を含んだペイシャンの言葉に、部屋に備わった対星人用の光線銃から目を逸したルカは、俯いたまま呟いた。
「……そんな、無駄に強くなっても」
答える声が震えるのを、ルカは、抑えきれなかった。
「大事な人を傷つけるだけで、肝心のグリーザを倒せないんじゃ、意味ないじゃん――っ!」
培養合成獣スカルゴモラ。ウルトラマンベリアルの遺伝子を素材とした、最強の合成怪獣となるべく産み出された生物兵器。それがルカの正体だ。
だが、その力は、守りたいものまで傷つけて……なのに、退けるべき真の脅威を前にしては、何の役にも立てやしない。
まるで、この身を作る血の根源――大嫌いな父の名が意味するものと、同じように。
……ベリアルとは奇しくも、地球の宗教で語られる悪魔の名と一致している。
その悪魔が体現するものは邪悪と、そして、無価値。
その気持ちは、暗黒の稲妻一つで崩れる頼りない決意でも、きっと本物だったから。この星でのたくさんの出会いが、ルカに優しさをくれた。
リクやライハ、スイさんはもちろん。ルカの成長を願い、多くの助言をくれたレムや、ルカのために一時の別離を選んでくれたペガ。
本当の姉のように親しくしてくれたモアや、彼女と一緒に戦ってくれるペイシャンやゼガンたちAIBの仲間たち。
ルカだけでなく、妹のサラとも仲良くしてくれる、伊賀栗家の人々。
そして、ルカの正体を知らずとも。一人の従業員として面倒を見てくれた銀河マーケットの店長や、振る舞いから培養合成獣スカルゴモラを応援してくれたトオル少年に、最初は敵意すら見せていたルカにもすぐに心を開き――かつて、己を追い回したのと同じ姿のスカルゴモラへの恐怖も乗り越えてくれた、エリ。
彼らから貰えた優しさに応えたいと思って、本当は好きじゃない戦いにも、ルカはずっと身を投じることができてきた。
戦うために造られた自分が兄や皆の役に立てて、大切なものとともに生きる世界を、守れるならと。
……なのに、戦い続けた結果が、その優しい世界を壊す爆弾にしかなり得ないというのなら。
そもそも、これまでの脅威、そのほとんどが、培養合成獣スカルゴモラの存在が呼び寄せたものだったのなら。
自分がこの世界で生きるための頑張りになど、何の意味があったのだろう。
「こんなことなら――っ、私なんて、あの時、タイガに殺されてたら良かったんだ。そしたら、お兄ちゃんたちだってあんなに傷つかないで、グリーザから世界を守るだけで済んだのに!」
自棄になって、気づいた時、ルカはそう叫んでいた。
もし、もしも。あの時、生まれてすぐに死んでいたのなら。
それは、考えたくもない孤独と引き換えでも。
「私なんかが消えるのに、誰かが傷つく心配だって、要らなかったのに……!」
「今更そんな話は止せ。仮にゼロが居てもそこまで時間は戻せない。逆行ではなく、時間移動になれば並行世界へ分岐するだけで、ここにいるおまえが消えることはない」
冷ややかに、事実しか述べないペイシャンの言葉は、しかしルカを落ち着かせることはできなかった。
「じゃあ、どうしたら良いの!? このままじゃ、私は――っ、皆を殺しちゃう……!」
「喚いても仕方ない。まずは針が見つかるのを待て」
「そんな悠長なことを言ってる間に、またあの雷が飛んで来たらお終いでしょ!?」
叫び返したその時、ルカは自らが泣いていることに気がついた。
情けなくて、腹立たしくて、悲しくて、堪らなかったのだ。
「そうだな。昼間みたいにサラが食い止めようと待機しているが、街を守りながらじゃ厳しいだろう。壁にはなれても、あいつでもグリーザに干渉できないことは確認済だ」
そこで、妹の決意を、ルカは改めて知らされた。
暗黒の稲妻を浴びても狂うことのない、優秀な超獣である妹は。あんな無茶苦茶な相手へ、不出来な怪獣である姉を守るために、単独で立ち向かおうとしているのだ。
……自分のために、妹が傷つき、命すら脅かされるのに。力だけは勝るルカが駆けつけても足手まといどころか、グリーザと一緒になってサラを傷つけかねない。
なおさら打ちのめされているルカに対し、ペイシャンは変わらず淡々と告げる。
「だが、どんなに嫌なことでも、世界の仕組みは変わっちゃくれない。だからゼロとサラが時間を稼ぐうちに、針か別の手段が見つかるのを待つしかないんだ」
「……私が居たら、その稼いだ時間も、すぐなくなっちゃうのに――?」
自分を守るために何度も何度も傷ついてきた兄の姿を思い出し、その努力の果てにある己の在り方を突きつけられて。
同じ姿でも、両親の仇だった怪獣とは違う、と――許してくれたライハを、結局は見境なしに傷つけてしまって。
そして、きっと遠からず――自分はまた、二人を傷つける。サラを始めとした、他の皆も一緒に。
その上で、グリーザには結局敵わず、一矢報いることもできずに意味なく消えるのだ。
……なら。
「この星から出られないのが、あなたのせいだって言うなら……お願いだから、何とかしてよ。これ以上、私が皆を傷つけてしまう前に……っ!」
「――消えたい、とでも言う気か?」
言葉にしきれなかった、ルカの胸の内を見透かしたように。
放たれたペイシャンの問いかけに、ルカが震えながらも頷きかけた、その時だった。
「少し落ち着いてください、ルカ」
突然、涼やかな声が、研究室に入り込んだ。
名前を呼ばれて振り返ると、研究室の入口には、亜麻色の長い髪をした女性が居た。
聴覚に自信のあるルカが、その接近へまるで気づくことができなかったのは――それだけ思い詰めていたというのもあるが、彼女からはあるべき生体音が、まるで伝わって来なかったせいでもあった。
「……誰だ?」
「レムです」
警戒した様子のペイシャンの問いに、その美しい女性は。
確かに、電子的な加工を取り除かれた、星雲荘の報告管理システム――レムの声で、自らの素性を答えていた。
◆
「あなたたちに見せるのは初めてでしたね」
妙齢の地球人女性の姿で現れたレムは、どことなくいたずらっぽい調子で口を開いた。
「これは、私の音声から想定される姿で形成した、地球人型のボディです。今はこの体に、私の意識プログラムを移植した状態となります」
「……それで、どうしてそんな格好で、ここまで来たんだ?」
心なし、楽しそうにその姿をお披露目するレムに対し。緊急事態とはいえ、無断で研究室に踏み入られたためか、ペイシャンは若干苛立った様子で問うていた。
対してレムは、質問者ではなく――ルカを振り返り、微笑んだ。
「この体があるのなら――もし、星雲荘が破壊されても、私が絶対に死ぬとは限りませんよね? ルカ」
「……っ!」
自らの胸に手を当てて、レムが述べたその理由に、ルカは息を詰まらせた。
「ルカ。絶対は、ありえません。あなたが私を気遣ってくれたことは嬉しいですが、そのためにあなたが自分を追い詰めることは望みません」
それを、伝えるために。
レムは、彼女を信頼できずに逃げ出した
「だから、落ち着いてください。私はかつてあなたに、何と言いましたか?」
優しくも、しっかりとした芯を持った口調で、レムがルカに訴えかける。
「……フワワのことも覚えてあげていてくださいと、私は願ったはずです」
フワワ。
それはかつてベリアルに従った石化魔獣ガーゴルゴンに、ルカが贈った名前。
その贈り物を受け取ってくれた彼女なりに、本気でルカのことを心配してくれた結果――決定的に敵対して死別することとなった、ルカにとって忘れ難い怪獣の名だった。
「……覚えてるよ、レム。あなたとそんな話をしたことも。忘れたことなんか、一度もない」
「良い記憶力です。やはりそういった点では、あなたはリクより優秀ですね」
ルカの回答で満足したように頷いたレムは、それから少しだけ、その視線を険しくした。
「ですが――あなたは今、家族にとってのフワワに、自分がなっているとは思いませんか?」
ルカは再び、息を詰まらせた。
今度はレムの見せた優しさではなく、あまりにも痛烈な指摘によって。
「ペイシャンとの話は聞かせて貰っていました」
ルカが愛用するヘッドホン型通信機――その製造者であるレムは、当然のように盗聴を暴露して、ペイシャンが少しだけ嫌そうな顔をした。
「あなたに消えて欲しいと、私たちの誰かが望みましたか? あなたが苦しんでいることはわかります。ですが、自分の苦しみだけに囚われて――リクの覚悟を台無しにするのなら、いくらあなたでも許しませんよ」
そんな風に、レムから詰られて。
ルカはすぐには言い返せず、パクパクと口を開閉させるしかできなかった。
「……でも、レムだって!」
だが、ようやく。ルカは、自分でも最悪だと思う言葉を、口にする決心がついた。
「レムだって、自分はフワワとおんなじだって、言ったくせに! 私と同じように、レムだって、勝手に決めてるだけなんじゃないの!?」
「……そうですね。そうならないよう気をつけると、私はあなたと約束しました」
ルカの、嫌われようとする一世一代の罵倒を、しかしレムは微かに表情を沈めるだけで、予想していたように受け止めた。
「ですから――きちんと、話し合いましょう。まだ、取り返しのつくうちに」
そうして、答えたレムが、その手を掲げれば――彼女の背後に、星雲荘の転送エレベーター、その扉が出現した。
そして、当然。その扉の向こうから、姿を見せたのは。
「……ルカ」
「――っ、お兄ちゃん……っ!」
ルカが、培養合成獣スカルゴモラが与えた傷のために、今も自力で立ち続けることが叶わずとも。
アサヒとペガに支えられ、少しずつ前に歩む兄――朝倉リクが、逃げ出した
Aパートあとがき
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。Bパート以降もお楽しみ頂けると幸いです。
そしてレム役の三森すずこさん、おめでとうございます(本日令和4年5月30日のお知らせより)。
後はいつもの、設定の独自解釈についての解説。
・宇宙の針エクスラッガー
ベリアロクとエクスラッガーを知るほとんどの人は同じ考察をしているとは思いますが、現状公式で言及はありませんので、念のためここでお断りしておきます。
着ぐるみの状態的にグリーザは再登場しなさそうなので、本作中では『原則その宇宙の針でしか、その宇宙のグリーザは倒せない』という推測と合わせて答え合わせなしの推測なら断言しちゃってもセーフという予想。
エクスラッガーよりベリアロクが高性能なのは、やはりベリアル因子が影響した結果だと思われますので、実は怪獣の類なのかもしれませんね>宇宙の針