……自分は、平和を守るために生まれたと教えられた。
どんな窮地からも人々を守る、あの、伝説の巨人のように。
敵を退け、皆を守ってみせると、創造主たちは喜んだ。
だが……それは、俺に感謝しているわけではなかった。
俺は、ウルトラマンを模して造られた――道具でしかなかった。
創造主は、ウルトラマンを再現した自分たちの技術を喜び、優れた道具を生み出す元となった、ウルトラマンに感謝していただけだった。
それが俺には許せなかった。
――俺は、俺だ。にせウルトラマンでも、都合の良い道具でもない。
そんな俺の自我を認めないのが正義だというのなら、正義なんてクソ喰らえだ。
だが、俺の元になったウルトラマン――伝説の超人であるノアがいる限り、誰も、俺のことを、唯一無二の存在だと認めはしない。
だから俺は、越えてみせる。神にも例えられるウルトラマンノアを凌駕する存在に進化して、奴を抹殺し、他の誰でもない俺になる。
所詮創造主の力では不完全な模造品にしかなれないというのなら、本来敵である獣どもを利用してでも。それ以外にも、どんなことへ手を染めてでも。
俺は――俺になってみせる。
◆
……どうして、ヒーローになりたいって想ったのか。
それは、忘れもしないあの日。泣いていた僕を、励ましてくれた人が居たからだった。
あの頃の僕には、まだ、心を許せる場所なんかなかった。
どこか自分が、他の人とは違うと感じていた――幼さ故の全能感、というわけではなく。
後に知った、
だから僕は、ずっと不安だった。この世界に僕を受け入れてくれる人は居ないんじゃないのか。僕の居場所なんて、永遠に見つからないんじゃないのか。
……そんな僕の笑顔を、取り戻してくれた人が居た。
その人は、みんなのヒーローだった――ただし、偽物の。
作り話に出て来る、正義の戦士。そのヒーローの、ショーをする人だった。
だけど、本物のヒーローならすることを、その人は泣いている僕にしてくれた。
本当の自分が、わからなかった僕にも。その人は偽物でも、本物のヒーローの優しさを伝えてくれる人が居るんだって、その時初めて知った。
だから、本当の僕なんか、わからないままでも。この世界には優しさがあって。それを守り、伝えようとする人が居るんだって知って。
僕も、そうなりたいと想うようになった。
……やがて、自分の正体を知って。自分に力があることを知って、僕は戦った。
僕自身が、ヒーローとは真逆の、悪の目的で造られた道具だったと知っても。その頃には、支え合う仲間にも恵まれていた僕は、戦い抜くことができた。
そして――あの日の僕みたいに。
異物である自分が受け入れて貰えるか、わからなくて。怖くて寂しくて泣いている――僕の妹たちと、出会った時。
僕は、昔僕がして貰ったみたいに。その笑顔を取り戻してあげたいと、そう想った。
……そう想って、いたのに。
◆
……世界は終焉に向かっていた。
邪悪なる暗黒破壊神、ダークザギ――伝説の超人を模して造られ、彼らに準ずる力を持つとされる巨人が周到なる計画の末、四体の邪悪な怪獣のカプセルを使って進化した究極の姿、アルファオメガ。
その降臨により、世界のバランスは崩壊し。既に地球全土を襲っていた異常気象や、地殻変動に引き続き――影響は、外宇宙にも及び始めていた。
太陽系の星々はその公転を乱れさせ、太陽そのものも活動の活発化と沈静化を異常な形で繰り返し――さらに遠くの星系では、光を生む恒星そのものが死に始めた。
その異常の根源である破壊神の前で、崩折れている者が居た。
たった今、人々の目が届かない閉鎖空間の中で、ザギに敗れた、この地球のヒーロー。
そして、妹たちを守ることができなかった兄でもある――ウルトラマンジードこと、朝倉リクだった。
ベリアルの血を引いた怪獣という過酷な運命に抗い、どんな困難にも諦めずに留まり、いつか立派な花を咲かせる――そんな風に生きて欲しいと、共に生きたいという兄の願いへ最初に応えてくれた妹である、培養合成獣スカルゴモラこと、朝倉
そのルカが受け継いでくれた、リクからの愛情のバトン――笑顔を取り戻し、幸せになって欲しいという想いを受け止め。兄姉を抹殺するために造られた宿命を抜け出し、さらには自らの無知を認め、多くのことを学び、自分も皆を幸せにすることを願ってくれた末妹である、究極融合超獣サンダーキラー
その二人を、リクは、守ることができなかった。
初めて得られた、傷つけ合うことなく、笑い合い支え合う肉親――そんな妹たちを守るのが、兄であるリクの責務だったはずなのに。
AIBに潜伏していたダークザギの暗躍を見抜けず、二人をザギに吸収され、喪ってしまった。
守るべき家族を初めて得た幸せを知ったリクは、今――初めて、守るべき家族を喪った苦しみに、苛まれていた。
「あぁ……あぁぁぁ……っ!」
リク。朝倉
この大地に、しっかりを足をつけて立つ。
そして、どんな困難な目に遭っても、また立ち上がる。
――そんな願いを込められた名前を背負いながら、この時のリクは、立ち上がることができずにいた。
……なんで、どうしてこんなことになってしまったのか。
せめて、せめて順番が違うはずだ。妹よりも、長く生きた兄の方が、先に死ぬべきなのに。
なのに、祈りを集めることを目的に造られた
そしてリクが弱いから、二人を前に出させてしまって、先に死なせてしまった。
「……いつまで泣いてやがる、リク」
そんなリクを、叱咤する声が降って来た。
「まだ何も終わっちゃいない――下を向いている場合じゃねぇ」
いっそ無慈悲に告げて来るのは、伊賀栗レイト。
その肉体に憑依した、ウルトラマンゼロだった。
……喚き返すことは、簡単だった。
だけど、いくら失敗したからと言って。一度は兄となった身では、妹たちに恥ずべき振る舞いを選びたくなかった。
しかし、諦めることを選べないとしても。ならばと他の選択肢を取ることも、今のリクには不可能だった。
現実問題として、今のリクにできることは何もなく――そんな無力感と喪失感の重さに、手足に言うことを聞かせることすらできない。
「……立てよ。せめて逃げて、態勢を立て直せ。兄貴のおまえまでこのまま死んじまったら――俺たちを庇ったサラになんて詫びれば良い」
言って、レイトに憑依していたゼロは、こちらに向けて歩みを開始したダークザギ・アルファオメガを睨みつけた。
「レイト。リクとアサヒ――それにマユを頼む」
言い残した直後、レイトの体から光が分離した。
「えっ、ゼロさん!?」
当惑するレイトの眼前で、彼の肉体から分離した光が昇り――ダークザギに劣らぬ体躯を持つ巨人と化して、暗黒破壊神の前に対峙した。
「……あ」
「俺はゼロ……ウルトラマンゼロだ!」
絶対的な戦力差を、その経験で誰より把握しながら。
宇宙拳法の構えでダークザギ・アルファオメガと対峙する巨人を見上げて、リクは呆けたような声を発していた。
「ダークフィールドを解いたのは失敗だったな……おかげで俺は、また戦える!」
「――なら、この機会に助けを求めたらどうだ? おまえのノアの羽があれば、光の国の奴らももっと早く来れるんじゃないのか?」
……先程までと違い。ダークザギは、ゼロ相手でも会話に応じていた。
とはいえ、その声には小馬鹿にしたような、悪意ばかりが篭っていたが。
「……へっ、ぶっ壊した張本人がよくもぬけぬけと」
応えるゼロが、己の左手首に視線を落とす。
そこに装備された、ウルティメイトブレス――世界を越える次元移動装置でもある翼、イージスの待機形態には、深い損傷が刻まれ、そこに灯る光も喪われていた。
先程の、シャイニングウルティメイトゼロでダークザギを攻撃した際――ザギに一時の傷をつけることができた代わりに、イージスもまた、損傷してしまっていたらしい。
つまり、今のゼロは世界を越えることができない。
そして、ゼロがそんな状態だということは。かつてウルトラマンベリアル・アトロシアスが出現した時の対応から逆算すれば、もしも光の国から応援が来るとしても、まだ十時間前後の猶予が必要となることを、意味していた。
……そのことを、ダークザギが把握していないとは思えないが。
ダークフィールドの再展開を誘うような言葉は、隔離空間にザギを一瞬でも長く移すことで、そのための猶予を稼ごうという魂胆からだろう。
それが、ウルティメイトイージスを使用不可能になり、シャイニングの力にもアクセスできなかった今のゼロが取れる、最良の時間稼ぎであるから。
……仮に、光の国の総力を結集したところで、勝てる見込みが極めて薄い相手だとしても。
最後まで、決して諦めることはない――ゼロは、ウルトラマンだから。
「――待て、ウルトラマンゼロ」
体格だけは同等の、しかし絶対的な力の隔たりが存在する二体の巨人へと、制止の声をかける者が居た。
「……そいつは我々の裏切者だ。始末はAIBで担当する」
出現したのは、時空破壊神ゼガン――それを駆る、シャドー星人ゼナだった。
「リッくーん!」
その出現とほぼ同時、リクたちの方へ駆け寄って来たのは、異星人捜査局AIBの地球人エージェントにしてリクの姉代わり――愛崎モアだった。
「……ゼナ先輩が時間を稼ぐうちに、早く逃げて」
そして――普段の様子からはかけ離れた硬い表情で、無理をして出したような冷たい声で、モアが告げた。
彼女の言葉で、確信する。強気過ぎるゼナの言葉は、もちろんそれができると思っての発言ではなく――AIBという組織の責任として、前線に赴いてくれているのだと。
そして、同じように捨て石になろうとしたゼロを。組織としての責任の面でも、戦略的な価値でも、守るために……ダークザギ相手でも、徹底抗戦しようとしていた。
「モアさんは、アサヒちゃんを……」
人手が増えたことで、分担をレイトが申し出る間に――既に状況は変化していた。
そちらを見もしないダークザギから吹き出した闇が、ゼガンを襲い。
小波のように闇が引いた時には、AIBに残存する唯一の怪獣兵器は、リクの妹たちと同じようにして。
呆気なく、この世界から消えていた。
「嘘……」
肩書だけは同じ、破壊神でも……ダークザギとゼガンの間の戦力差は、当然のように隔絶していた。
「ゼナ先ぱぁーいっ!」
「――ぜぇえやぁあああああっ!」
思わずモアが悲鳴を発した頃には、ゼロが気合の叫びを纏って突撃していた。
取り乱していたモアは、しかしその動揺を一瞬に抑えて――表情に現れるのは隠しきれないままでも、未だ意識を喪ったままのアサヒを抱えて、立ち上がる。
「行くわよ、皆!」
眦に涙を浮かべるモアの顔を見ながら。
……モアにももう、そんな顔をして欲しくないと願った、ついこの間のことを思い出して。
そのために力を合わせてくれた妹が、もういないことを、もう一度思い出して。
そしてまた一人――と、一匹。仲間が消されてしまった事実に打ちのめされて。
レイトに支えられ、立ち上がりながら――リクは未だ、その四肢に力を入れることができなかった。
そんな、情けない様を晒している間に。
その場を一歩も動かなかったザギの手刀に、容易く胴体を貫かれたゼロが、その頭上に高々と掲げられていた。
「――ゼロっ!」
「心配すんな……!」
ほんの少しだけ、移動しただけで振り返ったリクたちの呼びかけに。目に光を戻して顔を起こしたゼロは、自らを貫くザギの腕を両腕で握り、その拘束から逃れようと体を持ち上げていた。
「俺は無敵の、ウルトラマンゼ――っ!」
その返事が、最後まで紡がれることもなく。
ちょうど、抜けるか抜けないかというところまで来た拳から放たれた光弾、ザギ・シュートが、体内からウルトラマンゼロに炸裂し。
ゼロが、光の粒子と化して飛び散る様を――リクたちは、まざまざと見せつけられることとなった。
◆
「……立ちなさい、リク」
兄貴分であるゼロの敗北を目の当たりにしたリクは。レイトの力が緩んだところで、再び崩れ落ちていたその時、聞き慣れた声を耳にした。
気づいた時には――鳥羽ライハが、傍に立っていた。
その後ろには、飛行端末であるユートムを介して、星雲荘の報告管理システムであるレムも居て――
「ゼロアイ、見つけたよ!」
少し遅れて、リクの親友であるペガッサ星人ペガが、色を失ったウルトラマンゼロの変身アイテムを回収して来ていた。
リクと出会い、共にベリアルとの戦いを駆け抜けた仲間たち。
その中でも、ライハは。両親の仇と同じ姿をした、リクの妹――ルカのことを、新たな家族と受け入れて、弟子に取り。リクが注ぐのにも負けないほどの愛情を持って彼女を慈しみ、守り、導いてくれていた、血の繋がらない家族のような仲間だった。
そんなライハは、涙の跡を隠さない顔で、ダークザギ・アルファオメガを睨んでいた。
「あの子たちが大好きだったお兄ちゃんは、こんなところで諦めているあなたじゃないでしょ」
存在するだけで、世界を滅亡に導き。
歩くだけで、街を消滅させて行く破壊神を睨みながら、ライハがリクを叱咤した。
「今は自棄にならないで、立って逃げなさい。そしてもう一度、ウルトラマンの力で――あいつを倒して」
ライハの言葉にも、リクは項垂れたままだった。
「……逃して貰っても」
――そのために、ゼロもゼナもゼガンもやられたのに。
その犠牲を無下にするような言葉を、遂にリクは口にした。
「僕はもう、ウルトラマンにはなれない」
ギガファイナライザーは今も壊れたままで、そこから取り出すこともできないエボリューションカプセル以外のウルトラカプセルは、全て奪われた。
フュージョンライズも、アルティメットエボリューションもできない今。朝倉リクは、ウルトラマンジードになる術を持たないのだ。
「……そんなことないわ。そうよね、レイトさん」
「え……? あ、そうか!」
振り向いたライハに問われて、レイトが思い出したように己の懐を弄った。
「リクくんのカプセルが全部奪われたんだとしても……まだ、僕たちのカプセルが!」
「……けど、オーバーヒートしてる」
ゼロが分離した際、レイトに預けたままだった、四本のウルトラカプセル。
ゼロビヨンドへのネオ・フュージョンライズに用いられたそれらは、確かにまだ残されていたが――先程ゼロとレイトが使用したことで、待機時間に突入していた。
「今は無理でも、残ってることは変わらない。再使用できるまで持ち堪えれば、希望は残る」
告げたライハは――ダークザギがAIBのゼットン星人ペイシャンを騙っていた頃に渡された、バリア発生装置を兼ねた剣を握ると、再び接近する破壊神を見据えた。
「だから、あなたは生き残りなさい。あの子たちが守りたいと想ってくれた、この世界を救うために」
「ちょっと待って……何するつもり、ライハ!?」
「……時間稼ぎよ。今はもう、他に戦える者なんていないじゃない」
先程襲撃を受けたネオ・ブリタニア号がもう、戦力にはならないと示唆しながら、ライハはあっけらかんと言う。
「あいつの予定だと、私は死んでたみたいだから。そんな汚点が喧嘩を売れば、優先的に狙われるでしょ」
「無茶だ。皆負けたんだぞ!? そんな剣一本で……!」
「勝てるわけないし、皆瞬殺された。だったら少しでも感情的にさせて時間を稼げる可能性がある分、今の私でもウルトラマン並に活躍できると思わない?」
「――ふざけるな! 諦めてるのはライハの方じゃないか!」
儚げに笑うライハに対し、リクは思わず、声を荒らげた。
「ルカが死んだからって……そんな風にライハが自棄になるのを、ルカが望むわけないだろ!?」
「だからって――ジーッとしてても、ドーにもならないでしょ」
静かに、気迫を込めた勇気と覚悟の合言葉を返されて、リクが思わず黙ったところに、ライハが畳み掛ける。
「このまま黙って震えていたって、世界は滅んで皆死ぬ。あなたやルカたちがずっと守ってきた世界が……それなら私は、少しでも皆を守れる可能性を選ぶ!」
リクに啖呵を切ってから、ライハは微かに表情を緩めて微笑んだ。
「……それに、私はまだ、ルカたちを諦めていないから」
「――え?」
「あなただって。敵に吸収されたことなんて、今まで何度もあったでしょ」
言われてみれば、それは事実だ。
リクもライハも、レムやペガだって。何らかの形で敵の怪獣に囚われたことが一度以上あったが、皆こうして帰って来た。
「でも……」
〈ルカたちの反応は、既に感知できません〉
気弱な調子で続けたペガの声に、レムが淡々と事実報告を続けた。
「だからって……諦める理由にはならないわ」
数々の絶望と向かい合って来たライハは、その報告を受けてなお、現実逃避ではなく――確信をその瞳に宿していた。
「あいつが言っていたもの。今のルカを乗っ取ることは難しいから、自分から消えたいと思わせたかったって……」
……戦いの最中に語られた、ダークザギの真意。
AIBのペイシャン博士として正体を偽り、共闘して来たその目的は、戦いを通してベリアルの子らを強化して、その力を利用して復活するためだった。
だが、その計画は、ザギの理想の形では遂行されなかった。
ザギが利用しようとした、リクの仲間たち――そして、敵であった宇宙恐魔人ゼットすら。ただ決められた筋書きに従うのではなく、自らの意志で懸命に生きたから。
その計画は最後に、綻びが生じていた。
強敵との戦いの渦中にいたリクたちよりは、その情報を検分する余裕があったライハが、リクに希望を語り続ける。
「きっと、わざわざ戦って吸収したサラも同じ。ルカたちが諦めない限り、あの子たちの心は、ザギにだって消せはしない」
変身アイテムが遺されたゼロのように――妹たちも、まだ、帰って来られる可能性がある。
その希望が、絶望のドン底に沈んでいたリクの心に、明かりを灯した。
……ダークザギの暗躍を睨んでいたAIB総本部の査察官、サイコキノ星人カコは言っていた。
どんなに強大な闇でも、確かな信頼で結ばれた絆を断ち切ることなんて、できはしないと。
なのに。その気持ちに応えようとする妹たちより先に、残されたリクたちが信じることをやめてしまえば――その繋がりも、こちらからなくなってしまう。
「それに私たちには、まだヒーローが居るんだもの。皆の祈りを絆で繋いで、何度も奇跡を起こしてきた――ウルトラマンジードが」
……彼女にとっては、少し、悔しいことに。
今からそんな奇跡を起こせる可能性は、ただの地球人であるライハではなく、ウルトラマンに成り得るリクにしかなくて。
だから、諦めるなという激励と――その根拠となる、真っ直ぐな信頼を告げられて。
「……ライハさんの言うとおりですね」
それでもリクが、未だ言葉を見つけられずに黙っていると。新たな声が会話に入った。
声の主は、いつの間にか意識を取り戻していた湊アサヒだった。
アサヒは自分を支えてくれていたモアにぺこりと感謝を伝えると――後は頼みますと、エネルギーを託したのに、不甲斐ない結果に終わったリクを見据えた。
「カツ兄のお友達が、トレギアの手で怪獣にされた時も。リクさんは諦めなかったじゃないですか」
そんな彼女の口から吐かれた言葉は、リクを責めるものではなかった。
「あの時リクさんが、あたしたちに諦めるなって言ってくれたから……初めてグルーブになれた。それで、どうすれば元に戻せるのかわからなかったあの人を、助け出すことができたんです」
……そうだ。敵の方が強大な上に、助ける術の見当もついていなかったのは、あの時と同じ。
だけど、あの時のリクは――確かに、決して絆を諦めなかった。
「だから、リクさんが……自分の家族を諦めるなんてこと、しないでください」
その時、地面が大きく揺れた。
話し込んでいる間に、ゆっくりと歩いているダークザギは、再び目と鼻の先になるまで、リクたちに近づいて来ていた。
〈ダークザギ・アルファオメガのエネルギー、さらに上昇。知性体の恐怖をエネルギーに変換し、吸収しているようです〉
……既に、誰も勝てないのに。
グリーザの力で、物理的なエネルギーと生命を。
ザ・ワンの力で、恐怖の感情を。
ギルバリスの力で、世界を世界たらしめる量子情報を。
あらゆるものを蹂躙し、取り込み――さらにはダークザギ自身の、自己進化プログラムを働かせ。
無制限に強大化し続けるという絶望の化身、その接近に対し。
「――ライハさんも、無茶はしないでください。ルカちゃんが帰って来た時に、また泣いちゃいます」
身構えた一行を制するように、微かに強くした調子で、アサヒは告げた。
「あたしが皆さんの代わりに、戦いますから」
周りの視線を集めながら、それで微塵も揺るがぬ強い決意を載せて、アサヒは続ける。
「あたしだって、ウルトラマン――ウルトラウーマングリージョです!」
叫ぶと同時、アサヒはルーブジャイロを取り出して、光の戦士へと変身を遂げていた。
……だが、出現したウルトラウーマングリージョは、既に。今にも灼き切れそうな勢いで、カラータイマーが点滅を繰り返していた。
「行きますよ、ダークザギ! 悪いことをするあなたには反省して貰って――ルカちゃんたちを、返して貰います!」
明らかに限界が近い、自身のコンディションを理解しているはずなのに。
グリージョに変身したアサヒは、先程は戦うことすらできずに敗北した絶対の脅威を前にしながら、なお。
リクたちが逃げる時間を稼ごうと、ダークザギに正面から立ち向かう。
……無理だ、とリクは確信した。
託されたエネルギーの分、グリージョよりはまだコンディションの良かったゼロが、あっさりと消滅させられたのだ。
そもそも、グリージョよりずっと強大なスカルゴモラ
このままでは――今度はアサヒが殺される。
「借ります――!」
「リクっ!」
そう悟った時、リクは、レイトが用意していたカプセルを掴み取り、駆け出していた。
……そもそも、その組み合わせでフュージョンライズできるかもわからないのに。
それ以前の問題として、カプセルは未だクールタイム中のはずで、使うことはできない。
……だが、それを言うならアサヒだって同じだ。
明らかに無理を圧した変身をしていて――少しでも長い時間、皆を守るために。
――リクのできなかった、兄としての振る舞いを見せてくれたゼロも。
敵わないとわかっていても、最後まで諦めずに戦った。
そんな、素晴らしい心を持った、大切な者たちを――これ以上、奪われるわけにはいかない。
……ルカたちを取り戻せた時に、その笑顔を曇らせないためにも!
ジードライザーにセットしても、フュージョンライズ以前にオーバーヒートのためにエラーを吐くばかりのカプセルを使い切っても――リクは足を止められなかった。
あるいは、無謀を止めようと追いかけるライハが危惧していたように、自棄になっていた面もあるかもしれない。
けれど、変身できないからって――ここで諦めてはいけないという強い衝動が、リクを裡から囃し立てていた。
そう感じる理由を、思い出す頃には。
リクの目の前に、かつて夢の中で見た赤い発光体を連想させる短剣型のアイテムが、突如として出現して。
「――っ!」
瞬間、どうすれば良いのか、脳裏を過った直感に従って。
あの時届かなかった手を伸ばして、その短剣のようなアイテムを手にしたリクは、その刃を鞘から抜き放ち――その存在を、ジードとは違う光へと変換していた。
◆
無言のままのダークザギ・アルファオメガが構えた拳から、ウルトラマンゼロを撃破した光弾が放たれる。
対峙するウルトラウーマングリージョは、優れた防御力を発揮するグリージョ・バーリアを展開するが――限界に近い身では、当然のように防ぎきれず、儚く砕け散る。
そうして、また一人ウルトラマンを貫くはずだった光弾は――続いて割り込んだ、青色に輝く円形のバリアに当たり、水面に波を立てるようにして粉砕しながらも。
グリージョに破壊の牙を届けることなく、霧散していた。
「……リク、さん?」
限界を越えて展開したバリアを砕かれ、その反動だけで膝をついていたグリージョは、その名を呼ぶことに確信が持てなかった。
頭部は戦国武将の兜を、胸の装甲や肩は裃を、銀を基調としたボディは日本甲冑を連想させる姿をした、その巨人は……紛れもなく、ウルトラマンではあるが――ウルトラマンジードでは、なかったから。
瞳は、ウルトラマンジードの特徴である、優しい羽のようにも、歪んだ稲妻のようにも見える形状の青ではなく、ザギのような三本線の刻まれた、楕円形の黄色。
そして、胸に宿る生命の象徴であるカラータイマーは、カプセル状のジードのそれとは異なり――やはりダークザギ同様の、エナジーコアをしていた。
その、グリージョにとって未知のウルトラマンは――小さく振り返り、問いかけへ答えるように頷いた。
――ああ、彼は、このウルトラマンは……朝倉リクだと。
たったそれだけの所作で心から確信できたグリージョは、一緒に戦わなければ、と想う気持ちとは裏腹に。
同時に抱いた安心感で、限界を越えていた緊張の糸が切れてしまって――慌てて奮起しても、もう巨人体を維持できず、湊アサヒに戻ってしまっていた。
「――アサヒ!」
再び、自力で立つほどの力も喪って、倒れ込んだアサヒのところへ。元々は別の目的で走ってきていた鳥羽ライハが、駆け寄り肩を貸してくれていた。
「ライハさん……ありがとうございます」
「こっちこそ。あなたのおかげで――リクは、また立ち上がれた」
そうして顔を上げるライハに倣って、アサヒもまた、自分たちを庇ってダークザギと対峙するウルトラマンを見上げていた。
「リクさんの、あの姿は……」
「――ネクサス」
アサヒの知らないウルトラマンの名を、ライハが口ずさむ。
……その名前だけは、アサヒも先程、耳にしていた。
「ウルトラマン、ネクサス――ルカのリトルスターが起動させたカプセルの、ウルトラマンよ」
◆
「――遂に来たな、ウルトラマン」
銀色の巨人となって立ちはだかる、リクを前にして。
究極の形態と化したダークザギ・アルファオメガは、どこか興奮した気配で語りかけてきた。
「おまえが来ることはわかっていた。カプセルを通じて、ジードに呼びかけさせることで――おまえたちの間に繋がりを用意させたのは、そのためだったんだからな」
ネクサスのリトルスターを最初に生み出し、リクの妹であるルカに継承させた張本人、ダークザギ。
その真の狙いは、培養合成獣スカルゴモラを、自身の復活のために利用するだけでなく。
マルチレイヤーを発動させ、カプセルを通じて共振するウルトラマンネクサス――いや、その本体であるウルトラマンノアと、朝倉リクを繋げるためでもあったのだと。
新たな希望として光臨した巨人に対し、ダークザギは喜々として語りかけた。
「――そんな姿では、今の俺には敵わないとわかっているはずだ、ウルトラマン!」
告げると同時。ダークザギは両手を突き出して、収束された超重力波を放射して来た。
受けるリク――ウルトラマンネクサスは、再び円形状のバリア、サークルシールドを展開し、迫り来る黒い波濤を防御する。
防壁は貫かれずとも、勢いを止めきれずに足裏で地面の舗装を割り、後退することとなったが――先程、グリージョバーリア越しのザギ・シュート一発で砕かれたサークルシールドが、より上位の技であるザギ・グラビティに突破されず、持ち堪えていた。
「おまえを降ろすために用意した器の具合はどうだ!? ベリアルの道具となる模造品として生まれながら、貴様の大好きな諦めない心で運命を塗り替え、オリジナルを殺し――唯一無二の存在となった!」
それは、リクの体がネクサスの力に馴染み、さらに力を発揮できるようになったから――ではなく。
ダークザギが、己の目的のために。意図して手加減しているからだった。
「そいつを器にして現れた貴様を――ウルトラマンノアを殺し! 俺こそが唯一無二の存在となる! そのために、この時を待っていた!」
ウルトラマンノア。
ダークザギのオリジナルである、光の戦士。
恐るべきスペースビーストの被害を食い止め、そして自らの行いが原因となって造られた暗黒破壊神の暴虐を止めるため、数多の人々の諦めない心の光と共鳴し、いくつもの宇宙で戦い続けて来た伝説の超人。
かつてウルトラマンベリアルが荒らし回ったアナザースペースにも伝説を残し、ベリアルの暴虐を挫くため、立ち向かった人々へ最後に力を授けてくれたという守護神。
「さぁ……ノアになれ、朝倉リク!」
――その光が今、リクの中に宿っている。
◆
「……あなたなら。今のダークザギにも、勝てるの?」
現実では。ウルトラマンネクサスに変身したまま、ダークザギの攻撃を、何とか食い止めながら。
心の中では。リクは、自身と融合した
リクの心の中に、出現した眩い光。
あのウルトラマンキングとも同格と語られる伝説の超人――ゼロの物とは少し形状の違うイージスを背負ったダークザギを、眩い白銀に変えたような姿のウルトラマンノアは、リクの問いかけへ、ゆっくり頷いた。
……それなら。強くなり続けるダークザギを確実に止めるため、今すぐ、リクはウルトラマンノアへと変身すべきだ。
――本来であれば。
リクが、皆のヒーローであるのなら。自分の活躍だけに拘らず、より多くの平和のために、確実な道を選ぶべきだ。
もし、ノアを顕現させるために代償が必要であるなら、それを背負うだけの覚悟だって必要だ。
他者のために、自らを犠牲にする――オスカー・ワイルドの童話である、幸福の王子のような心が。
……だが。
「じゃあ、あなたは――ルカとサラを。僕の妹たちも、助けてくれる?」
……リクの問いかけに、ウルトラマンノアは首を左右へ振った。
今の彼にできるのは、あくまでもダークザギを倒すことだけ。
何故なら――ノアと彼女たちの間に、奇跡を起こすための絆は紡がれていないから。
「わかった……なら僕は、あなたにならない」
リクは――幸福の王子を助けた、ツバメのようにはなれなかった。
「僕が、僕として戦うことを諦めて。あなたに全部任せるなんて、やっぱりダメなんだ」
より多くの幸せのためでも。
そのために、自らの愛する者を差し出す道だけは、選べなかった。
……奇しくも。
かつてアサヒが亡くした友人――ウルトラマンの兄を持つ、怪獣になる少女。
ツルちゃんこと美剣サキの、正義の完遂を目指した晩年の在り方を――その地球で彼女の友となった当時のオスカー・ワイルドは、幸福の王子に例えていて。
かつて湊アサヒは、リクの妹を、
「ルカやサラたちが助けて、って――そして、僕の家族を助けたいって想ったのは、他の誰でもない、僕なんだから!」
――決して絆を諦めない。それが家族。
その決意を。ともすれば、父と同じく、ウルトラマン失格の烙印を捺されかねないエゴを剥き出しにして。
譲れない想いを吐き出すリクに対し、光の国のウルトラマンたちからも神格視される伝説の超人は――改めて深々と、頷いた。
――まるで、その答えを、待っていたように。
ウルトラマンノアが、手を伸ばす。
その掌から、二筋の光が、リクへと注がれる。
光の片方は、リクのジャケット――その裏に付けてあった、破損したままのギガファイナライザーを包み込み。
もう一つは、リクの目の前で――一つのカプセルの形を取った。
新たに出現した、ウルトラカプセルに描かれていたのは、翼を持つ銀色の巨人――ウルトラマンノアだった。
そして、もう一つ。壊されたギガファイナライザーの中から取り出すことができなかった、エボリューションカプセルが、リクの手に収まり。
――見上げた時には、もう一度頷きの残光だけを残して、ウルトラマンノアはカプセルの中へ姿を消した。
掌には、ただ、彼が託してくれた希望だけが遺されていた。
「ありがとう」
――躊躇わず、リクはそれを起動した。
「ユー、ゴー!」
《ウルトラマンノア》
遂にジードライザーへ装填できた最初のカプセルは、ウルトラマンノア――ウルトラマンネクサスの、ウルティメイトファイナルスタイル。
「アイゴー!」
《ウルトラマンジード》
もう一つは本来はジードライザーではなく、ギガファイナライザーでの使用を前提とした――ウルトラマンジード自身の可能性を開放する、ウルティメイトファイナルへの変身に用いるエボリューションカプセル。
「ヒア、ウィ、ゴー!」
《ウルティメイトフュージョンライズ!》
その二つの力を解放し、自らを書き換えて、朝倉リクは再び、ウルトラマンジードへと変わって行く。
「纏うぜ、祈り! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」
《ウルトラマンジード! ソウルプリミティブ!!》
その魂が抱く、祈りの原点に回帰しながら。
◆
加減しながらも、今にもサークルシールドを粉砕する寸前だったグラビティ・ザギが、ウルトラマンネクサスのコアインパルスによって打ち払われた。
そしてネクサスの姿が、光の中で変わって行く。
……その光景を、かつてダークザギは目にしたことがあった。
その後に待っていたのは、苦い敗北の記憶――自らのオリジナルであるウルトラマンノアが光臨し、人々の絆で高まった力を存分に発揮して、一方的にダークザギを撃ち破った。
だが、あの時とは違う。
所詮はネクサスの光を反転させた、ノアに及ぶべくもない復活ではなく――カプセルを利用し、全盛期のザギ自身の力をベースとして――カプセルの軛から解き放たれた今は、ネオ・デモニックフュージョン・アンリーシュによって、さらに力を増した。
今度こそ、ウルトラマンノアを葬り去り、確固たる己を手に入れる。
……そう決意していたザギは、だから。
かつての再演のように、ネクサスを包んだ光の中から現れたのが、見知ったウルトラマンノアではなかったことに、驚愕していた。
そこに立っていたのは、過去の再現でも、予見した運命でもない。
ダークザギが越えるべき、最高のウルトラマンノアの器として仕立てたはずだった――そのために、彼自身の姿へ変身するための力を全て奪い去ったはずの。
ウルトラマンジードが、光を伴って現れていた。
「……なんだそれは」
ダークザギの前に立つそのウルトラマンは、イージスも持たず、エナジーコアもない。
強いて言えば、先程までのネクサスが装備していた両腕の武装、アームドネクサスと同様の――ギガファイナライザーを模した意匠の篭手を装備していることだけが、ノアがそこにいた名残の。
ウルトラマンジードが、初めて戦いに臨んだ時の姿――プリミティブと酷似した形態で、ダークザギと対峙していた。
「行くぞ、ダークザギ……!」
――予見し、導いたはずの運命を塗り替えられ。
完全に予想外であった事態を前に混乱するザギの心境など、知ったことかと言わんばかりに。
「僕の家族を、返して貰う!」
獣のように駆け出したウルトラマンジード・ソウルプリミティブが、ダークザギ・アルファオメガ目掛けて、戦いを挑むべく飛びかかっていた。
Aパートあとがき
ここまでお読み頂きありがとうございます。
とうとう出てしまった、非公式の完全オリジナルフュージョンライズ形態。ウルトラマンジード・ソウルプリミティブ。
名前の元ネタは、意味としては逸れますが、『ULTRA N Project』でウルトラマンノアのテーマが『
なお、玩具ではもちろん再現できません、あしからず……!
2022/7/24追記
@kutinawa40様より、Twitterでファンアートを頂きました。掲載許可もまことにありがとうございます。
ソウルプリミティブのイラスト化になります。
【挿絵表示】